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【完結】私の幸せ  作者: P太郎
クローデット
38/59

子殺しの罪

胸糞悪いと思います。

聖堂のステンドグラスから光を受けて、聖者を模した純白の石膏像を脇に置いて佇む麗しい女神像。建国当初から在ったとされる我が国が仰ぐ生命の女神像へと、私は祈りを捧げる。


女神が遣わせた命を奪った贖罪と、その魂が女神の下で安らかに眠ることを祈って。




フラメル王国王女クローデット・フラメル。それが以前までの私の立場。父であるフラメル国王に剥奪されたわけではなく、私自らが放棄した身分。私は、もうこの国の王族に相応しくはない存在。

身を汚され、父親の分からぬ子を孕み、産めないからと堕胎した。生命を司る女神を拝する我が国の王族として、許し難い行いだと思ったから。どのような理由であろうとも、私自身が許せなかった。


でも、これは結局、言い訳に過ぎないのかもしれない。私は人目が、男性が怖い。公の場に出ることができないほどその存在を恐ろしく思ってしまう。父上でも、お兄様だろうとも、私は同じ部屋にいることすら困難になっていた。

女性とは違う逞しさのある体付き、大きな手、低い声。私を思って心配だと身を寄せられても、私は恐怖心が勝って撥ね付けてしまう。


男性が、男性というものが怖い。

六年ほど前、私は隣国であるシルヴァン王国の建国祭に合わせて入国をした。以前の婚約者がかの国の王太子であり、いずれ輿入れをするのだからと招待をされたから。ただ、その政の余興として私は酷い暴力を受けた。

元婚約者に騙されて、罵倒されて、一糸纏わぬ裸にされると複数の男性達に・・・嬲られた。

あのときのことは恐ろしさや痛みで朧げだけれど、この身に起きたことは、分っている。複数人の不快な手に体を弄られて、異様な匂いを感じながら、大きな体に抱き締められて何度も・・・恐ろしいことをされただと。

あまりの暴力に体も心も疲弊して、意識を手放しかけた。そのときに、声を上げてくれたのは元婚約者の国の方。ディルフィノ公爵と善良な貴族の方々で、彼らを親に持つご令嬢の方々が、私を地獄から引き揚げてくれた。

しっかりと抱き留めて、睨み付けてくる元婚約者のエリオット様と、懇意のご令息達から隠すように庇ってくれた。

私を救ってくれた方々のことは、お兄様に聞かされたから分っている。感謝しきれない。

あの狂気の場に躍り出るなんて、私と変わらぬ年頃のご令嬢には、悍ましい光景から直視すら困難だっただろうに。


私は、善良な方々のおかげで生かされた。あの悪魔のような所業をした元婚約者から逃されて今、一人で女神に祈っている。


「・・・この地に息吹く生命に、健やかなる平穏を・・・」


ゆっくりと目を開く。

優美な彫像たる女神像は穏やかな微笑みを浮かべている。




『お前一人を送るべきではなかった、ごめんよ、クローデット』


私を気遣って涙を浮かべるお兄様の手を、私は恐怖から振り払ったのを覚えている。

キリアンお兄様は、私とよく似ていて中性的なご容姿をされている。私に向けた手はほっそりとしていて、声も高め。他の男性よりも逞しさはない。でも、当たり前だけれど女性よりは逞しくて、手も大きい。声だって女性よりも低い。

あの手に掴まれたら私は抵抗できない。押し付けられて、逞しい体が覆いかぶさってきたら・・・。


キリアンお兄様の手と声から感じ取ってしまった。お兄様が私に無体など働くはずがないのに、私に乱暴するつもり、だと。

自国の侯爵家から美しく聡明な令嬢を妻に迎えて、すでに三人の息子がいらっしゃる方なのに、私はお兄様に襲われると一瞬でも思ってしまった。

振り払われたキリアンお兄様の呆然とした顔を覚えている。それが、すぐに憤怒の表情に変わったことも。


『おに、さま・・・わ、わたし・・・』


『お前に怒ったわけじゃない・・・クローデット、怖がらせてしまったな。今は休め。ゆっくりと、自分自身のことを労るために休むのだ・・・いいな?』


はっきりと言葉を紡ぐことすらできなかった私に、キリアンお兄様は微笑んでくださった。慈しみのある顔。四つ年上のお兄様は私と仲良くしてくださっていた。優しく慈しんで、私に危険が及ばないように守ってくださっていた。

そんな優しいお兄様を怖がるなんて。


私は手を伸ばした。キリアンお兄様に向かって・・・でも、触れることができなくて、視界に映った自身の指先が、体が震えていると分かった。


『傷が癒えたら帰国する。クローデットの・・・容態は?』


控えていらっしゃったお医者様とお兄様が話している。お兄様は言葉を濁されたけれど、私の体の傷、女性の部分が乱暴されたことで。


『うぅ・・・はぁっ・・・う・・・』


『クローデット!?すまない、頼む。私では触れることができないから介抱を』


込み上げてきた不快感、絶望に吐き気を感じた。胸も、心臓が掴まれたように痛んだ。丸くなるように蹲った私に、女性の看護師が側に寄って症状を聞いてくる。

潤む視界に映ったのは、初老の男性医師とキリアンお兄様の顔。とても険しくて、悲しそうに見えた。


治療の最中、妊娠していると分かった。診察で判明して、私は打ちひしがれた。

複数人に乱暴されて身籠った子。父親は不明で、分かっているのは犯罪者ということ。その子を私は、産めるのか・・・。


産めるわけがない。

私は、フラメル王国の王女。地位があるからこそ立場がある。王家の者として、犯罪者の子供を産むことはできない。

でも、私のお腹に宿った命で、生命の女神を主神とする我が国は命を粗末に扱うことを厭う。それに、このお腹の子は、私を選んでくれた。母親になってほしいと願って宿った。そう、私は、フラメルの国教で習って・・・。


『クローデット、堕ろそう』


『で、でも、お兄様』


『いや、これは命令だ。腹の中の子を王家に連ねることなど王太子として許可はできない。堕胎をしろ・・・堕胎をしていいのだ、クローデット。非道な兄がそう命じた』


『でも、でも、お兄様!こ、この子は私のお腹の中で生きているのです!』


『産まなくていい・・・これ以上、苦しまないでくれ』


そのときは泣き叫んだのを覚えている。妊娠に放心してしまった私を、キリアンお兄様が助けてくれたのに。私の罪を自身が被るとお兄様は仰ってくれたのに、命を奪うことを私は悲しくて、苦しくて泣いてしまった。




身を包む白い修道服の上から、下腹部を撫でる。この中にもう赤子はいない。私が堕胎を選んだから。


「どうか安らかに眠って・・・見ることもできなかった私の子・・・」


乱暴されて出来た子だとしても、私は生まれてくることを拒んだ。これは私の罪。罪あるものが王族として在るべきではない。

だから、私は身分を捨て、国教の修道女となった。奪った命が安らかに眠ることを願う。その他の、我が国の子供達が皆に祝福されながらも無事に生まれて、健やかに平穏に過ごすことを祈り続ける。


罪人の私に幸せなどない。ただ一介の修道女として子供達が幸福に包まれながら成長をすることを願い続けるだけ・・・───。






───・・・本日の奉仕の合間、修道院の先達である大伯母様とのお茶の席が作られた。

大伯母様は、当時の内乱を先導した公爵家と真っ向から対決し、重罰を下した張本人。自ら剣を取り、戦いによって公爵家を没落させた。

その後は公爵家の人々を傷付けた罪を認め、修道女として女神に仕え、贖罪を続けている方。


もし、剣を取らずにいたら、内乱を武力で制圧しなければ、フラメル王国の女王として君臨しただろうと言われている。

私と同じ白い修道服をきっちりと着込む姿。その表情は穏やかな笑みを浮かべているけれど、姿勢の正しい佇まいと圧力を感じる雰囲気は迫力がある。

決して心を見せぬ王者の風格に、私の背中に冷や汗が流れる。綺麗な所作で、恐れを感じていると見せずにいなければ。


「本日は良い天気ですね、クローデット」


「はい。陽光は柔らかでも暖かく、洗濯物もよく乾くでしょう」


気軽に世間話をするように、と言われているから畏まらずに告げた。

マルグリット大伯母様は、口元に浮かべていた笑みを深くするけれど、その目は、私と同じ緑の瞳の光は強い。


「自身のことは自身で成す。貴女がこの修道院に入って三年、すっかり心身が馴染んだようで安心しています。ただ、やはり年若い娘には変わりない。何より為政者となるべく教育を受けた者です。貴女は以前の生活に戻るつもりはないのかしら?」


「以前の・・・」


大伯母様に向けていた視線は落ちる。私の視界には、私が淹れた紅茶が満たす白磁のカップと、白いテーブルクロス。そして、膝の辺りの布地をキツく握り締めた手・・・私の手。

手の力を抜いて、落ちた視線を戻す。同じ修道女とはいえ、マルグリット大伯母様は偉大な先達。年齢は勿論、風格からも目をそらしていい方ではない。

視界の大伯母様は慈しむように私を見ていた。瞳にあった強い光も失せている。


「この修道院は、王家の女子が理由あって入る場所。私は傷害の罪を受け入れて、残りの生涯を女神への奉仕をすることを贖罪としました。私の罪は私の意思によるもの」


大伯母様は、自身のカップを持つと、化粧をせずとも薄桃色の唇で口を付ける。一口だけ飲んで「美味しいわ」と微笑まれた。


「ただ、貴女の罪はと思うことはあります。他者から受けた理不尽な暴力が原因で、貴女は罪を犯した。貴女自身が罪だとした。何よりも可憐で美しい貴女が受けるべき罰などないのに」


「いいえ」


マルグリット大伯母様の顔を真っ直ぐに見る。この話題で、私は目をそらすことはしない。


「私は子殺しです。始まりはどうあれ、理由がなんであれ、命を奪ったのです。罰は受けなければなりません。私は生涯を女神への祈りと我が国の子供達に対する奉仕に捧げます。この国の子が餓えることなく、争いに巻き込まれることもないように心身を捧げるつもりです」


はっきりと伝えた。言い淀むこともしなかった。私の気持ちが、思いが確固たるものだと示すために。

マルグリット大伯母様はカップをテーブルに置くと、珍しく溜め息を漏らした。普段は気持ちを表すことなんてしないのに。


「これは子を持つことを止めた私が貴女を見て感じたことです。私は、幼き頃の貴女をよく見ていたした。まだ子供にも拘わらず、慈愛に満ちた穏やかな気性からフラメルの王女として愛されていた。私を含めた皆に幸せを願われていた子なのです。だから、私は貴女にこそ幸せになってもらいたい。過去のおぞましい事柄を忘れることはできないだろうけれど、それでも我が国の王女として在った日々があります。私からみて、貴女には王女としての格がありました。あの世界こそ貴女の生きる場所です。フラメルの花として、社交の場を彩る貴女はとても輝いていた。私達フラメル王家自慢の娘だと胸を張って誇れたものです」


「・・・大伯母様、男性恐怖症となった女に何ができると言うのですか。私は男性と同じ部屋にもいられません。そのような身で公務を熟すことはできないのです」


「華ある貴女が忘れられないのです」


「ただ象徴として在るだけならば、そのような私などいなくともよいのです。フラメル王国は、お兄様・・・キリアン王太子殿下が王位に継かれます。聡明で麗しい王としてフラメルを導くでしょう」


顔を真横に向ける。高台にある修道院の庭からは、眼下に広がる王都の街並みと、その奥。丘の上に建つ荘厳な銀灰色の王城が見えた。

いつか、キリアンお兄様が国王として君臨される。父上である現国王陛下は、年齢から発症した病で臥せがちになっている。私も何度かお見舞いの手紙を送ったけれど、死に繋がる病ではないとしても執務を熟すのは難しいという手紙を受け取っている。王太子のお兄様が国王代理として執務も熟しているとも、父上は教えてくださった。

その政策は国民を苦しめることはない。貧困層は少なく、支援も体制が作られている。他国に侵攻するなどという野心もない。

キリアンお兄様は、この魔法使いの王家が座すフラメル王国を守ってくださるはずだ。


「・・・キリアンですか。良い心根を持っているけれど、貴女と自身の妻に対する想いが強い。あれは想う相手を害したものに容赦などしないから、諍いを起こす可能性があります」


「お兄様がそのようなことを」


マルグリット大伯母様へと顔を戻せば、瞳にあった光が戻っていた。鋭く、真っ直ぐに私を見つめていたから、言葉が続けられなくて。


「あれの妻イサベルが、侯爵令嬢のときに言いがかりで糾弾され、複数人の証言から厳罰を与えられそうになったことがありました。その複数人、今はもう名も所在もない者達を厳しく断じたのはキリアンです。婚約者を守るためとはいえ、裁判もせずに自ら断ずるなど、感情の制御ができないと思える」


(それは、大伯母様も・・・)


思ったことを言えなくて、少しだけ視線をそらした。

視界の端に映るマルグリット大伯母様の表情は冷めたものだった。


「貴女を害した王太子にも、国交断絶を突き付けて実行したではありませんか。魅了の魔女によって蝕まれているとはいえ、大国で友好国であったシルヴァン王国との関係を断つなど、感情に左右されていると分かる最たる例です」


「・・・そうですね」


当時の私では分からなかったけれど、暴行を受けた時に元婚約者のエリオット様には女性が侍っていたそうだ。彼女は、シルヴァン王国に隠れ住んでいた魅了の魔法を受け継ぐ魔法使いの家系で、どうやらエリオット様を含めた様々な男性達を魅了していた。心を奪って従えていたらしい。

私は未熟だから、同じ魔女として彼女に反抗できなかった。すぐに気付くことができなかった。私達フラメル王家が受け継いでいる「耐魔」の魔法を持ってすれば、魅了の魔法だろうとも無力化できたのに。

そうすれば、操られていたエリオット様を正気に戻して、魅了の魔女を捕らえて魔女討伐をしなければならない。一人の女性を殺めて、私は・・・子供を宿すことはなかった。


「ただ魅了の魔女の脅威は我が国まで迫っていると報告されました。今更、魔女討伐を敢行するつもりのようですが、感情から隣国が乱れるのを眺めていただけなど、一国の君主になろうとする者がすべきことではありません」


「・・・え?」


情けなくも声を漏らす。

キリアンお兄様が、シルヴァン王国に向かう。魔法使いの使命として、邪悪となった魔女を狩る。


「そ、それはお兄様が成すべきことなのでしょうか?」


「貴女のためでもあるのでしょう。あの魔女は、貴方を想うキリアンの怒りを買っていましたから」


そう告げると、マルグリット大伯母様は紅茶を一口飲む。「ちょっと冷めてしまったわね」なんて呟きを聞きながら、私はまた遠くに見える王城へと顔を向けた。

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