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【完結】私の幸せ  作者: P太郎
アドリアーヌ
37/59

受け入れなければならないのか

もはやお決まりになりつつありますが、女性を支配すべく強姦する描写があります。この様な時は指定に基づいた描写に留めていますが、苦手と感じる方はご注意ください。

馬車の車窓から流れていく景色を目に映す。身を寄せ合うように家屋が建つ村落が過ぎ、林や草原が現れるが、すぐに人々の住居が建ち並ぶ。貴族の領地の端にあっても、家屋の素材はしっかりとしていて村落は荒れていない。この国が豊かなのだと分かる。魅了の魔女に荒らされたとはいえ、根幹は崩れていなかった。きっと、それは中央から退いていた貴族達の采配。

国の中央にいた者達は、私と向かい合って座る人を含めて、正常ではなかった。魔女の魅了に屈していたから。


私は、泣き疲れたことで膝を枕に眠るステラの頭を撫でる。ウサギのぬいぐるみを抱きしめながら眠る彼女の、柔らかい髪を撫で続けた。よく梳かされているから、絡むことなく指が通る。この子が私と共に斬り捨てられていたら、このように髪を撫でることもできなかった。産声すら上げられなかった。

私が、私達が乗せられた馬車は、石畳で舗装された街道を走行している。王都に、あの王城に帰るために。


「アドリアーヌ」


私を見つめている人が名前を呼ぶ。恐る恐ると大きな手を伸ばしてくる。あの時この手は、剣を握って刃先を私に向けてきた。

リカルドの大きな手を私の小さな手で払い落とす。


「触らないでください」


視線すら向けない。伸びてきた手を握るつもりもない。

私は、眠るステラの温もりを感じながら、この苦痛な時間が終わるのを待つだけ。


リカルドからデイナという少女が魅了の魔法を使い、彼や高位の貴族、その子息達を操っていたと聞いた。心を奪い、思うように従わせたというのも聞かされた。

デイナは国を乱すほどの存在になっていたのは事実だった。フラメル王国の王太子が自国への被害を懸念して、わざわざシルヴァン王国まで足を運び、即刻処刑をしたのだという。魔女の死により魅了の効果は失せ、操られていた男性達は解放された。

男性達は正気に戻ったということで、手放してしまった婚約者や妻を取り戻すつもりだという。私も、その一人。


「私を拒否しないでくれ、アドリアーヌ。やっと再会できたのに、君に手を払われたら苦しく思う」


「・・・左様ですか」


きっと苦痛に歪んだ顔をしているのでしょう。私と二人でいた時のリカルドは、気持ちが表情に出やすい。私だからと気が緩むそうだけれど、だったら私の気持ちはどうなるというの。

彼の手は私を殺すための剣を握り締めていた。私を殺す手だった。だから、触れられたくはない。怖い、恐ろしい。それしか感じないのに。

どうして、貴方に抱く恐怖心を理解してくれないの。


「君とステラを取り戻すために、非道なことをしたとは自覚している。だが、取り合わないタリス公爵の返事を待つことはできなかったのだ」


「何度も申しました。その様な理由で、タリス公爵家に武力行使をするなど有り得ぬことです。国王陛下は常軌を逸していらっしゃいます」


魅了から解放されたリカルドは、話し合いに応じないステファノから私とステラを奪うためにタリス公爵領に挙兵した。リカルド自ら陣頭指揮を取って、夜間に奇襲をしかけた。

それをタリス家の者である私が許すと思ったのかしら。いくら籍はシルヴァン王家にあるとはいえ、タリス家は生家であり、私の育った大事な場所。他界した両親も含め、ダヴィドお兄様や嫡男のステファノは、私達を保護してくださったのに。


「早計だったとは思っている」


「ええ、その通りです。あの美しかった領都の町並みを破壊して、多数の重傷者を出すなど国王陛下のするべきことではありません」


幸いにも死者はいなかった。砲台が城塞の破壊のみに使われ、あとは白兵戦だったから。

奇襲に対する防衛の陣頭指揮は勿論ステファノで、ダヴィドお兄様も加勢していらしたから、二人は捕縛されたという。タリス公爵領に残った王国軍の将軍とオルトリンデ騎士団長が戦後処理をされるけれど、タリス家が課される罰は比較的軽くなるらしい。

二人は私達を匿っていただけなのに、罰せられるなんておかしいと思う。


「貴方は・・・国王陛下は、正気を失っておいでかと」


「私は正常だ。本当に愛する君を取り返したのだから」


また手が伸ばされる。何度目か忘れたけれど、手で払って叩き落とした。


「触らないでください。私にも、ステラにも・・・」


父親だと名乗ったリカルドを怖がって泣いた愛しい子。それなのに、父親だからと寄り添うことなどさせない。タリス公爵領の屋敷では笑顔の絶えなかったステラを怖がらせて泣かせるなんて、許し難い。




馬車は何事もなく王都に着き、私達は王城に連れ戻された。ただ、やっぱりリカルドと同じ空間にいたくはなかったから、ステラを連れて私の自室に籠もった。

部屋が残っていたのは幸い・・・もしかしたら、デイナという少女が使っていたかもしれないけれど、その痕跡はなかったから胸を撫で下ろす。


「急な帰城で疲労があるので暫く休みます」


「畏まりました、アドリアーヌ王妃殿下」


現在、王城には女性の出仕人はいない。メイドも侍女もデイナが追い出してしまったようで、タリス公爵領から連れてくるしかなかった。無理に同行させた彼女達に不便をかけると謝罪をしたけれど、優しい人ばかりだから受け入れてくれた。

ステラも、赤ちゃんの頃から世話をしてくれている侍女がいれば、少しは安心してくれるはず。


「お母さま」


「はい、何かしら?」


ずっと着ていたシミーズドレスを脱いで、下着を身に着けると、クローゼットに納められていたペールグリーンのデイドレスに着替える。

その最中、先程まで眠っていたステラは、未だ夢現とぼんやりした顔をしている。


「お母さまは、おーひでんかですか?」


「・・・ええ、そうです」


「じゃあ、あのヘンなおーさまの奥さま?」


「・・・はい、その通りです」


ステラは顔を顰める。不機嫌だという表情から、私に嘘を言われていたと気付いたのでしょう。父親は「死んでいる」なんて、苦し紛れの嘘で騙し続けていたから。


「母は嘘を付いていました。ごめんなさい。貴女の父は・・・貴女が生まれたときにおかしくなっていたのです」


「おかしく・・・」


「ええ。ですから、私は生まれたばかりの貴女を連れておじ様達のいるタリス家にいたのです。ステラ、嘘付きな母を許せないとは思いますが、嫌わないでください。貴女の安全が一番でしたから」


理解してくれるかしら、なんて望んではいけない。

ただ、幼い子が受ける衝撃が緩和するように、比較的に優しい言葉を選んで謝罪をした。

ステラは唇を尖らせながら、首を左右に何度も傾けて、そして私を真っ直ぐに見る。


「他にウソついています?」


「え?」


「ヘンなおーさまの他に。おーさまがおかしくなったから、おじさまたちの所に行ったんですよね?おーさまだけがおかしくてタリスまで行くなんて、ヘンですから」


言いたいことは分かる。リカルド一人が正気を失っていただけなら、わざわざタリス公爵領まで逃げる必要はないと。

この子は冴えている。きっと聡明な子になるだろう。


「貴女には兄が二人います」


「ちゃんとしたお兄さまですか?」


「ちゃんとした?・・・ああ、はい。貴女と同じく母が産んだ兄達です。その二人もおかしくなってしまって、沢山の人達を使って、そうですね・・・命令された沢山の人達が暴れたので、私は貴女を連れて逃げたのです」


「・・・そうなんですね」


ステラは近くのカウチに座ると、足が届かないことからゆらゆらと揺らす。


「お母さま、ステラはここがキライです」


「・・・まあ」


「だって、お母さまをイジメた方たちがいっぱいいたんでしょう?だからキライです!ステラのお母さまをイジメた方たちなんてキライ!」


「そう・・・そうですね」


着替えが終わってステラの座るカウチに歩み寄ると、真横に腰を下ろした。ステラは馬車に乗っていたときのように、私の膝に頭を乗せる。


「タリスのお家にかえりたいです」


「・・・貴女のお家はタリスの屋敷なのですね」


「はい。だって、お母さまもニコニコしていて、お花がいっぱいで、ヘンなおーさまもいませんでした!かぞくはお母さまと二人だけでしたけど、いっしょにいてくれるやさしい方たちがいっぱいいました!」


「そうですね・・・ステラも楽しそうでしたものね」


膨れる可愛い子の髪を、指で梳かすように撫でる。心地の良い手触り。

居心地の悪く感じる王城の中で、ステラだけが私を癒してくれる。




王城に戻って日を置かずに、様々なことが起きて大変だった。大抵はステラのこと。

リカルドがお目見えと称して、ステラを王都の国民の前に見せた。嫌いな王様に抱かれたあの子は泣きじゃくって、慰めるのに一日を要した。リカルドには、ステラに接触しないでほしいと願ったけれど聞きはしない。


「私はステラの父親だ」


それを免罪符に触れようとする。

エリオットとジャレッドも。妹に会いたかったと焼き菓子を用いて誘惑したり、追いかけたりする。追いかけるのはステラが嫌がって逃げるからだけれど、それを素直に追うなど成人した男性がすることではない。


「愛らしい妹と交流したいと願って何がいけないのですか?母上だって六年近くも離れていたのです。なぜ、私の目を見て話してくださらないのか・・・」


「母上、ステラと一緒に庭園に行きませんか?ステラは花が好きだと聞きましたよ。母上も、僕が子供の頃は庭園の芝生でピクニックをしたじゃないですか・・・お願いです、断らないでください」


私は貴方達も怖いの。吐き出すように言われた暴言と怒りの形相を忘れられるわけがない。

その気持ちが、いつも一緒にいるステラに伝播してしまうのは仕方がないこと。あの子は私を虐げた方達は嫌いだと言った。嫌いな人にエリオットとジャレッドも含まれるとは気付いてくれない。


「アドリアーヌ・・・」


時折、リカルドが熱を帯びた声で名前を呼んでくるのも苦痛になっている。彼の思うことが良く分かるから。

私に触れたい、と。寄り添いや抱き締めるなんてものではない。彼の望みは交わりたいということ。

デイナが介入するまで私達は仲が良かった。私は自分の寝室で眠ったことがなく、リカルドの寝室で抱き合いながら眠っていた。常に愛される喜びを感じていたけれど、今はもう、彼の側にいることさえ苦しい。二度と触れ合うことはできない。

帰城してからは、殆ど自室で過ごしている。精神的に、王妃としての職務を熟すことは難しくなっている。私はこの国に貢献などできないかもしれない。


「・・・タリスの屋敷に戻りたいですね」


兄達から逃げ疲れて眠るステラの頬を撫で、思わず口にする。いつも通りウサギのぬいぐるみと眠っているけれど、離さまいとしっかり抱く姿は痛ましさを感じた。

私達の望みが叶うことはないと分かっているから、ただ漏らすことしかできない。落胆しつつ、私の自室内に造られたステラの寝室から歩き去った。

ステラは私から離れない。あの子にとって周囲にいる人々、リカルドもエリオットも、ジャレッドも含めて嫌いな人。タリスから連れてきた侍女達は兎も角、多勢の嫌いな人達に心を許せることなんてできない。起きているときは勿論、寝る間も私を頼って側にいる。

それでいいと思う。私だって、あの人達を信用すらできない。もはや私達母娘は、嵐の中で寄り添うように生きていくしかできないだろう。


「・・・ふぅ」


ガウンを脱いで、白いネグリジェのみでベッドに入り込む。

今日の夢は良いものでありますように・・・六年間、リカルドに殺される夢ばかり見ているから、細やかなこの願いも届くことはない。






「はぁっ・・・っ」


思っていた通り、いえ、思わぬほど酷い悪夢を見た。エリオットとジャレッドにステラが惨殺されて、私はリカルドに拷問のように急所を外されながら八つ裂きにされる夢。今までで一番の、最悪な悪夢・・・。

詰まった息を正すように、ゆっくりと深呼吸を繰り返して、額を拭う。汗も酷い。肌から流れ落ちるほどで、ネグリジェはぐっしょりと張り付いている。

私は身を起こすと、サイドテーブルの上に置いてある水差しとコップを取った。手が震えているけれど、零さないようにゆっくりと注ぎ、レモンの風味がする爽やかな水を飲み込む。


「・・・はぁ」


まだ心臓がドクドクと脈打っている。汗ばむ肌も不快だから、このまま寝入るなんてできない。

照明が消えた室内は、レースのカーテンを引いた窓から月の光が入り込んでいる。青白く、レースの影で疎らになった光に照らされていた。


「・・・湯浴みをしましょうか」


閉ざされている部屋の扉も良く見えた。私はふらつく足元に力を入れて、浴室に向かう。

ボタンを外してネグリジェを落とし、下着も脱ぎ去る。

湯を浴びたあとで片付ければいいと、多少だらしないと感じたことに言い訳を思い付いて、浴室に入った。

バスタブを覗けば、香り付けの花弁が浮かぶ湯が張られたままだった。流されていなくて良かった。ホッとしながらも手を入れる。


「ぬるま湯だけれど、汗を流すだけですから丁度よいでしょう」


そのまま足も入れて、ゆっくりと身を沈めた。肩まで浸かると温かく感じる。湯の中で刷り込むように肌を撫で、浮き上がっていた汗を流す。


「気持ちいいわ・・・」


香りも好きな花のものだった。鼻腔で吸い込んで、肺に一杯溜め込むと、ゆっくり口から吐き出して、バスタブの縁に首を乗せる。


「はぁ・・・」


見上げていた見えるのは、彩りのタイルをはめ込んで作られた模様。見慣れた、それでいて久し振りの花と蔓のレリーフを、湯の心地良さに身を委ねて眺め続けた。




「ああ、いけません」


少々、時間を使ってしまった。湯浴みを始めて二十分は経っているはず。ぬるま湯は更に冷めて水の温度に近付いているから、そろそろ出なければ。

最後に顔にかけて、花の香りを強く感じる。バスタブから飛沫を上げて出たけれど。


「あら、着替えが」


用意するのを忘れていた。タリス領の屋敷でも失敗していたことを思い出す。一人で湯浴みなんて慣れないことですもの。

タオルはあるから体を隠して・・・誰も見てないのだから隠さなくともよろしいかしら。何より肌よりも髪だわ。そのまま湯に浸かったから、びっしょりと濡れている。乱暴だけれど、水気を絞ってタオルで包めば乾くかしら。


「・・・アドリアーヌ?」


そのようなことを考えながら、裸を晒したまま寝室に戻ろうとした。寝室に入る前の続きの間、人が立ち尽くしている。背が高く体が大きくて、逞しい筋肉がガウンの襟元から覗いていて。その手には私が脱いだネグリジェを持っていた。

リカルドが、ガウンを着ているだけのリカルドが、私の部屋にいる。


「きゃあっ!なぜ私の部屋に!」


晒している体を隠すために、両手で肩を抱き締めると蹲る。照明の消えた室内は、月の光で照らされているのだから。


「こ、国王陛下。ご城主とはいえ、ここは私の部屋とされています。勝手に入り込み、あまつさえ、わ、私の肌を見るなど配慮していただきたく存じます」


「・・・」


リカルドは答えない。手にしていたネグリジェを落として私を見ているだけ。瞬きをせず、私を見つめ続けて、喉を上下に動かした。


「お、お願いします。このまま、退室をしてくださいませ。め、目にしたことは、忘れて頂ければ」


「君を置いて部屋を出ろと?」


リカルドが近付いてくる。私へと手を伸ばして、裸の私を捕まえようとしている。


「忘れろと?その美しい肢体を目にして、忘れられるわけがない・・・淫らで美しい君の姿は、ずっと脳裏に在り続けていた」


最後に肌を重ねたのはいつだったか。いつだろうとも、最早触れ合うことはできない。

見下ろす目は熱を帯び、興奮を隠せないと息を漏らしている。捕らえようとする手は下げられることなく、一歩、また一歩とリカルドが近付いてくる。

私にはゆっくりした動作に見えた。恐れで硬直しているから、何も出来ずに見ていた。


「へ、陛下、さ、さが、下がって」


「アドリアーヌ。君の肌に触れたい、抱き締めて深く触れ合いたい」


「い、いや、嫌です、わ、私にはもう、陛下は、もう」


「以前のようにリカルドと呼んでくれ。甘く啼きながら私の耳元に囁いてほしい」


捕まる。このまま蹲っていては、捕まって、私は。


「いやぁっ、あっ!!きゃあっ!」


立ち上って床を蹴り上げながら走ろうとした。私はそんな素早く動けない。力もない。

対人の戦闘訓練を積んでいるリカルドから、逃れられるわけがない。気が付いたらカウチに寝そべっていて、リカルドが私を覗き込むように覆い被さっている。


「アドリアーヌ、愛しい人」


「いや、んんっ・・・ん・・・ん、ん・・・」


口づけを受けた。触れ合うなんてものではない。リカルドの舌が口内に入り込んで、舐め回して、私の舌に絡み付いてくる。

ああ、嫌。嫌なの。以前は快感だった交わりは、不快感しかないのに。


「愛している」


私の口の中を好きなように嬲った男は、吐息混じりに囁くと、私の体を蹂躙し始めた。




「愛している、アドリアーヌ」


ずっと、ずっと囁きながら、私の体を貪る男。触らないで、離して。そう叫んでも嬲る手も舌も止まらなかった。

私の体は、以前のことを思い出して受け入れる準備ができたけれど、心は張り裂けそうだった。


怖い、怖い、苦しい、貴方が怖い、怖い。

欲に負けて私を嬲ったあとで、貴方は私を殺すかもしれない。無防備に放心している私に剣を向けて、腹を裂くかもしれない。あの時の貴方なら、私を殺しているのだから。


ああ、誰か・・・誰が私を助けてくれるというの。

私は救われない。私は捕らえられた。逃げようにも手段もなく、リカルドには隙もない。彼の城の中、私の部屋は牢獄と変わらない。


それにステラ、ステラがいる。

あの子がいるから私は逃げられない。あの子を置いて逃げるなんてできない。私の可愛い子、私の愛しい子、私が死と隣り合わせになりながらも産んだ子。


ステラのために、私は、受け入れなければいけない。




「アドリアーヌ」


私の濡れた髪を、大きな手が指を絡めて梳かす。

力を失った私は、その手の動きをぼんやりと見つめた。


「私の部屋に行こう。君の眠る場所だ。私から二度と離れぬように、抱き締めて温もりを与えよう」


青い瞳。私の色より濃い青が近付いてきて、視界を支配する。


「愛している、アドリアーヌ」


拒絶の言葉は、唇を塞がれたことで言い放つことができなかった・・・───。






「どうしてお母さまはお父さまがキライなの?」


昼下がりの庭園で、私は娘達とお茶をしていた。銀の髪と深い青の瞳を持つ十一歳のステラと、金の髪と深い青の瞳を持つ四歳のセレーネ。

セレーネは、私がリカルドの度重なる寵愛を得て身籠った子。年齢を踏まえて最後の子となるシルヴァン王国の第二王女。


「セレーネ、お茶の席で何を言うのです。お母様は国王陛下を嫌ってはいません」


何も知らない幼いセレーネ。皆に愛されて甘やかされているこの子に、私達夫婦の複雑な関係を理解するのは難しい。聡明なステラは、嘘を言ってセレーネの発言を制そうとした。


「お姉さまもよ。お父さまのこと、こくおうへーかってよぶわ。どうしてお父さまってよばないの?お母さまがお父さまを見てこわがるのはどうして?」


「わたくしは国王陛下を嫌っていません。王女という立場から、節度ある態度をしているだけです」


「その、せつどあるたいど、というのがキライってみえるの」


「嫌いなんで表していません!」


声を荒げたステラは、セレーネから顔を背けた。ソーサーを手にして、横顔を見せながらカップの紅茶を飲んでいる。


「お姉さまはエリオットお兄さまもジャレッドお兄さまもキライだわ」


「あれほど構われては嫌いにもなります!あの方達はわたくしをペットだと思ってるのだわ!」


ステラは臍を曲げてセレーネを見ようともしれない。それでも椅子から降りて身を寄せてきたセレーネを振り払わないのだから、姉としての情があるのだろう。


「お姉さまはこたえてくれないわ!ねぇ、お母さま、どうしてお父さまがキライなの?」


純粋な眼差しが私に向かう。リカルドと同じ色の瞳が、私を見ている。


「・・・嫌い、ではないと思います」


この内に秘めた感情を聞かせるべきではない。セレーネは純粋無垢。本心なんて言えなくて、濁した言葉を呟くように言う。私はそのまま娘の視線から逃れるように庭園を彩る花々に目を向けた。

その奥、花壇の向こうに人がいる。執着心を持って私を縛り付ける人がいる。愛していると囁きながら私の気持ちを蔑ろにしている悪魔のような人。回廊を歩いていたリカルドは、私を見つけた。

仄暗さのある深い青の瞳の目で、瞬きをすることなく私を見つめている。決して私から目を離そうとはしない。


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