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【完結】私の幸せ  作者: P太郎
パトリツィア
34/59

浅ましい女

相変わらず女の子が襲われています。

私の書く執着心つよつよ男の最終手段が強姦に行きがち。

なぜ、なんて思ったのは一瞬だけ。

これはガリアード家の馬車。職用車に使うわけがない。つまり、彼は最初から私をガリアード家に連れてつもりだった。だから、私は嫌な予感がして。

馬車が止まったことで、玄関前に控えていた使用人が歩き寄ってくる。ドアの前まで来ると、開くために手をかけた。

私は使用人の動きを見つめて、ドアが開かれた瞬間に動いた。

何を企んでいるのか分からない恐ろしい人から逃げるために。得体が知れないノヴァそっくりな人から急いで離れようとした。


「おっと」


「いやっ!」


彼の大きな手が私の腕を掴む。握り潰すほどの力はなかったけれど、引いても外れなくて、藻掻いてもどうにもできない。鍛えている男性の力に、私のような弱い女が勝てるわけがなかった。


「はな、離して!!」


「パトリツィアの部屋は?」


「既にご用意できております」


腕を掴まれたまま馬車から降ろされた。怖い人が腕を引いて、私を屋敷の中に連れて行こうとする。


「いや、いやぁ!はなして!!」


どこに連れて行くつもりだろう。向かう場所は私には関係ない場所。もう、二度と足を踏み入れることのないノヴァの屋敷・・・わ、私を私刑にするのかもしれない。愛する人を害したと痛めつけるか、拷問にかけて苦しめて無惨に殺すつもりか。


「はなしてぇ、はなして!しにたくない!!ロバートさまぁ!!」


助けてほしくて愛しい人の名前を呼んでも、声すら返ってこない。だって、ロバート様は私の目の前で捕らえられて、どこかに連れて行かれてしまった。


「ロバートさま!ロバートさま!いや、いやよ!ロバートさまのところにつれていって!」


でも、あのような怖いところに行きたくない。怖くて恐ろしい人に殺されてしまう。私は、私はデイナ様の恋人にとっては許しがたい罪人なのだから。


「い、ぁっ、くっ」


顎が掴まれた。すごい力。痛くて、声が出ない。

涙でぼやけた先にライトブラウンの瞳が見える。怖い人が私の顔を覗き込んでいる。


「パトリツィア、俺以外の男を求めるな。君には俺しかいない。他の男になど触れさせない。名前も呼ばせない。これから君はずっと俺と一緒にいるんだ。誰にも、決して渡すつもりはない」


「な、にを」


怖い。こんな強く掴むなんて、やっぱり私を殺すつもりだ。言うことを聞かせて、屋敷に引きずり込んで。


「ああっ!?」


思考の最中に腕を引かれて、彼の体と密着する。私の体は抵抗虚しく抱き上げられて、逃げることもできない。近くにある美しい顔を叩いても、胸を押してもどうにもできなくて。

私は屋敷の中に連れて行かれると一番奥の部屋、ノヴァのお母様が使っていた寝室に閉じ込められた。




ノヴァ・ガリアード。

私の元婚約者。愛するデイナ様を害したと、私を殺そうとした怖い人。

彼がおかしくなったのは、貴族の子女が通う国立学園の入学式からだった。同じく新入生のデイナ様を目に映した瞬間、ノヴァは指を絡めて握っていた私の手を振り払い、駆け寄っていった。騎士のように跪いて、愛を乞うように指先に唇を落としていた。

家の決めた婚約者ではあったけれど、交流を重ねるうちに恋人となり、前日まで愛を囁かれていた私は呆然とその光景を見るしかなかった。

伯爵令嬢という立場から純潔こそ捧げなかったけれど、ノヴァとは肌を重ねていた。早く結婚したいとせがまれて、私も気持ちを同じくしていた。

それなのに、彼は私を簡単に捨てた。邪魔者だと罵って、死ねなど暴言を吐いて、実際に殺そうとした。

度重なる罵倒に私にあったノヴァへの愛は砕け散り、殺そうとして死罪すら率先して望む姿に、恐怖しか感じなかった。

二度とノヴァとは顔を合わせたくない。辺境で暮らすのだからあり得ないことだけど、再会するつもりはなかった。


それなのに・・・。

私の手を握るこの男性は誰なの。愛しそうに見つめて、手の甲に唇を落として、頬を擦り寄せている。

誰、誰なの。ノヴァにそっくりな人。ノヴァじゃない、こんなことはしない。私を愛していない。私だって愛していない。ノヴァだって認めたくない。


怖い、怖い、怖い、怖い。

ノヴァに似た男性が私に愛を囁いてくる。ノヴァの声で私の耳をおかしくさせている。


閉じ込められて数日。

逃げ出そうと藻掻いても使用人や侍女に捕まり、ノヴァに似た人も私を捕らえて再び部屋に閉じ込めた。

この人は、ノヴァが魔女であるデイナ様から魅力の魔法を受けて、心を操られたのだと教えてくれた。デイナ様は、この国の国王陛下並びに高位の貴族や子息を魅力して、好きなように国を作り変えようとしたそうだ。

魔法が破られた彼女は処刑されて、操られていた男性達は狂ってしまった状況を正そうとしているらしい。

だから、私とノヴァの婚約も正された。本来ならば、在学中に執り行うつもりだった婚姻をすぐに執行するつもりらしい。

なぜ、そのようなことをしなければならないの。私は彼と結婚したくはない。それに私は既婚者。私には愛するロバート様がいるのに。


「俺のパトリツィア、一週間後には俺の妻になる。もう俺のものだ」


何を言っているのか分からない。ノヴァの偽物が何か、私のことを妻と言っている。おかしい、だって私はロバート様の妻なのに。


「お、仰っている意味が分かりません。私は、ロバート様の」


「俺以外の男の名前を言うな。君の声が穢れてしまう・・・パトリツィア、ノヴァと呼んで。再会してから一度も名前を呼んでくれない。君の声で呼んでほしい。これから唯一となる君の夫の名前なのだから」


「貴方は」


名前なんて呼びたくない。呼んでしまったら、この男性はノヴァだと認めて、私に愛を囁くつもりだ。

ノヴァは私を愛さない。彼が愛しているのはデイナ様。私じゃない、私じゃない。認めて愛されたくない。


こんな人を、もう愛せるわけがない。


「わ、私の知人に似ていらっしゃいますが、あの方は貴方の仰る言葉を私には言わないのです。だから違う。貴方はあの人では」


「俺は君のノヴァだ」


「違う!」


爛々とした光があるライトブラウンの瞳が、ひたすら私を見ている。決してそらさずに、額を合わせて。


「やっ、いやぁ!」


押し倒された。座っていたベッドに押し倒されて、ノヴァに似た人が、ノヴァが、私に何をするつもりなの。私をどうするつもり。分からない、分からない、分かりたくない。


「やめ、いやぁ、どいてぇ!」


胸を押しても敵わない。覆い被さって、私を覗き込んで、ずっと見ている。私をずっと、視線をそらさず見つめている。


「愛しているんだ、パトリツィア。君の全てが愛しい。優しい色の髪も、深い海を思わせる美しい瞳も変わらず俺を魅了する。ああ、この柔らかな唇にずっと触れたくて堪らなかった」


「やめ、やめて!」


近付いてくるノヴァの顔を、口元に手を当てて押し出した。

キスをしようとした。ロバート様の妻である私に。高位の伯爵というだけの人が、キスをしようとした。


「な、何度も、申します!私はロバート・ノリス男爵の妻です!夫以外の男性に、唇を、ましてや体を明け渡すつもりはありません!私はロバート様のものです!!」


「・・・あんな老いた男に操でも立てているのか?あれと君は触れ合ったことすらない。女に興味を持たない男はずだ。俺が正気に戻る前のことだが、老人にすら女として求められずに惨めになるようにと仕組んで縁組をさせたんだ。魔女に操られながら決めたが、今では良かったと思っている。君は清らかなままだからね」


緩んでいる口元。美麗な男性だからこそ、いやらしく見えた。このような人に、私とロバート様の関係を教えたくないけれど、真実を告げれば諦めてくれると思った。

本来のノヴァは潔癖症だもの。以前ならば、複数の人と関係を持つ女性を毛嫌いしていた。


「ロバート様と私は夫婦です!きちんと妻としての役目も果たしています!貴方が口を出すようなことでは」


「パトリツィア」


「あうっ」


彼の顎を押していた手が掴まれる。手首が痛みを感じるほど強く握られて、目が、光のあったライトブラウンの瞳が曇って見えた。


「君は、あんな老いぼれに・・・体を、この体を委ねたのか?君の体は俺だけのものなのに・・・嘘、だろう?」


唇が戦慄いている。信じられないものを見ていると、目が見開いていた。ああ、やっぱりノヴァだった。もう純潔ではない私のことを不潔だと思ったはずだから、必ず引いてくれる。


「ノリス男爵家に嫁いだのですから当然です。妻の役目は跡継ぎを産むこと」


気圧されていたけれど、はっきりと答えた。これが私のあるべき姿だと教えた。

私はロバート様の妻。愛する方と結ばれたいと思うのは当然のこと。受け入れて、子を授けてほしいと願うのは間違いじゃない。


「う、嘘だ。君が、俺のパトリツィアが、あんな醜い男に体を明け渡すなんて!認めない、そんなもの、認めない!!認めるものか!!君は俺のものだ!!俺が君を!!それなのに、あんな、はぁ、あ・・・う、あぁあぁぁぁぁっ!!」


私から離れたノヴァが、怒りで歪んだ顔を手で覆いながら後ろに下がっていく。獣のような唸り声を上げて。


「ひぃっ!」


近くあった花瓶を、拳を叩き付けて割った。生けられていた花が落ち、散乱した欠片に水と、彼の手から流れた赤い血が滴る。


「・・・絶対に、許さない。俺のパトリツィアを汚して・・・俺のパトリツィアを、よくも・・・」


喉を震わせて、ノヴァは口元を手で隠す。眉間に深い皺を刻んだ険しい顔。射殺すような鋭い眼差しが、私に向けられている。


「殺してやる・・・」


地を這うような低い声で恐ろしい言葉を紡いだ。




あれから三日。

震える私を部屋に閉じ込めたまま、ノヴァは帰宅すらしていないようだった。


『殺してやる』


その言葉が意味するものを正確に捉えられなかった私は、逃げるように隣室に走って身を縮めていた。けれど、ノヴァが襲いかかってこなかったから、彼が怒りを露わにした寝室を覗いた。

そこにいたのは、割れた花瓶と飛び散った水と血を片付けているメイドだけ。私の姿に気付いた彼女はすぐさま私に付けられた侍女を呼び、再び寝室に閉じ込めた。


『殺してやる』


私に対しての発言だと思ってしまった。あれは、あの言葉に至る言動を思い起こせば、私に対してのものじゃない。

では、誰に対してと冷静に、ノヴァと顔を合わせないことから心が落ち着いいたから考えることはできた。


あれは、ロバート様に対しての発言だと。


血の気が引いて、夫の安否が気になって、侍女に訴えても部屋から出してもらえない。私を閉じ込めている寝室には、常に監視をする侍女が控え、出入り口の扉には警備の女性騎士達が守っている。外敵のためではなく、私を監禁するために。

私は考えることができても行動をすることはできない。つまりは何もできなくて、途方に暮れながら過ごした。


「パトリツィア様、もう少しだけでもお食事を口にしてくださいませ。このままでは痩せ細って立つことも儘なりません」


「・・・ごめんなさい、食欲が沸かなくて」


「では、デザートのプディングだけでもお願いいたします。旦那様より、パトリツィア様の健康に注意をするように言付かっております。きちんとお食事を取って下さいませんと、お体に悪うございます」


食欲なんて沸かない。だって、ロバート様が心配で、私は恐ろしい男に監禁されている。


「・・・半分だけ」


それでも心配そうな表情を浮かべる侍女に、気を使わせてしまっていると思った。彼女のことは昔から知っている。私がこの屋敷に足を運ぶたび、お世話をしてくれていた優しい方だった。

知己の侍女のために、プディングを何とか半分食べる。彼女はホッと息を吐くと、円形のテーブルに並べられていた食事を片付け始めた。


「まだお顔色が良くありませんわ。ベッドでお休みになられたほうがよろしいかと思います」


「・・・それよりも太陽の光を浴びたいわ」


私は蔦の絡まる装飾のされた窓へと顔を向ける。


「バルコニーで日光浴をされますか?」


この部屋の扉から出て、長い廊下を走り、外に飛び出したい。ロバート様の所に行きたい。

そんなこと、監禁状態では口に出してはいけないと分っている。


「・・・いえ、休みます。日の光が入るようにカーテンを開けて眠っても構いませんか?」


「私が開けておきます。よくお休みになってください」


私のために用意されたローズレッドのデイドレスを脱ぐと、薄地のクリーム色のネグリジェに着替えて、ベッドに身を預けた。

レースのカーテンすら開けられて、太陽の光が室内に注いでいる。青空が広がっている・・・雲すらない、真っ青な空・・・。




頬を撫でられている。そんなことを思って、視界が暗くて、目を閉じていると気付いた。

眠っていたと分かったから、躊躇なく瞼を開けば・・・ノヴァがいる。


「ぁ・・・なっ」


涼しげにライトブラウンの瞳の目を細めて、口元は緩く微笑み、大きな骨ばった手を私の顔に伸ばして。


「さ、触らないでください!」


逃げようと起き上がろうとしたけれど、彼は私の後ろに腕を伸ばした。両手で檻のように囲い、私に顔を近付けてくる。


「女神が眠っているのかと思った・・・おはよう、パトリツィア」


「あ、貴方、ご当主とはいえ、婦女の寝姿を覗き見るなんて」


「君の寝顔を見れるのは夫の特権だろう?」


「っ・・・再三、申しております。私はロバート・ノリスだ」


「君の書類上の夫は排除した。悍ましくもオルセイン家の麗しき令嬢である君を誘拐し、偽装した婚姻届で妻にした犯罪者だ。きっちりと断罪をして処した。君はもう自由の身だよ」


「・・・え」


何を、言っているのだろう。分からない、理解したくない。誘拐、犯罪者。違う、ロバート様は私を愛してくれた旦那様。この目の前にいる人が引き合わせて、結ばれて夫婦に・・・ロバート様、ロバート様はどこに。どうされているの。断罪って何に対して。


「ロ、ロバート様は」


「はっきりと言ってあげたほうが君のためだな・・・ロバート・ノリスは処刑した。横領と密売に加えて、人身売買と未成年略取、児童買春と様々な犯罪に手を染めていたんだ。情状酌量の余地なしと司法省は判断し、本日の明朝に見せしめを兼ねて公開処刑をした」


「ぇ、あ・・・な、なん」


分からない、分かりたくない。でも、ノヴァの言葉ははっきりと聞こえて、理解をしろと浸透していく。苦しい、辛い、なぜ、愛する人がなぜ、罪状を増やされて殺されてしまったの。

胸が詰まって、心臓が痛くて、滾るように体が熱くて涙が、涙が溢れていく。何も見えない。歪んで見えない。分かるのは、ノヴァが笑っているということだけ。


「はは、はははっ!パトリツィア、かわいそうに!六年間も醜悪な男に囚われていた!やっと!やっと救い出せた!!」


頬を濡らす涙が拭い取られる。何が、ノヴァの手の指先が、拭っている。


「夫だと居座っていた犯罪者は死んで婚姻は無効になっている。そもそも君は誘拐されて身分を偽られていたんだ。俺は最愛の君を探して救い出した。俺が救った!取り戻した!俺だけのパトリツィアを!!」


「ぁ、は・・・あぁ・・・っ、は、ど、どいて!!」


覆い被さっているノヴァの顔を叩く、胸を殴る。痛みを感じないのか、怯まなくて、叩いた私の手が痛い。それでも叩いているのに。


「抵抗するな、パトリツィア。これから初夜だ。順番は逆になるが、悠長にはしてられない。すぐに俺の子を孕ませなければ」


手首が強い力で掴まれて、ベッドに押し付けられる。寝ている私の体の上に、ノヴァが乗り上がってくる。

勝てない。力でも、気持ちでも、弱い私じゃ勝てない。


「いやぁあぁっ!!」


「逃さないよ、パトリツィア。ずっと、ずっと一緒だ。俺の妻として側にいて、俺だけが君に触れられる。君の全ては俺のものだ!愛していいのは俺だけだ!!」


ロバート様にだけ捧げた体。ノヴァの手が、ネグリジェを掴むと引き裂いて・・・ああ、ロバート様。


「た、すけ、てぇ」


私の声は届かない。言葉を漏らした唇にノヴァの口が齧り付いてきた。声すら出せない。

ロバート様は私のせいで命すら失ってしまった。私が愛したから・・・私の大切な最愛の人。ごめんなさい、ごめんなさい・・・───。






───・・・腕の中で眠る赤ちゃん。その眠りが穏やかであるために、揺り籠のように腕を揺らす。

今は深夜。星だけが漆黒の夜空に瞬いている。先日産み落とした子が夜泣きをしたので目を覚ました。宥めて落ち着かせたことで、今はすうすうと小さな寝息を立てている。私は夜空から視線を落とし、眠る我が子を眺めた。


「おやすみなさい、ヴィクトル」


涙で濡れた頬にキスをして、ハンカチでその頬を拭って、私は再び夜空を見上げる。


『男の子なら、そうだな・・・ヴィクトルがいい。我が国に名を連ねている英雄の名前だよ』


『勇ましいお名前・・・じゃあ、女の子なら?』


『君のように美しい子になるだろうから・・・』


最後に素肌で抱き合って交わした会話。私の脳裏に焼き付いている思い出。


「ロバート様・・・」


ヴィクトルはロバート様の子供ではない。そうだと願いたかったけれど、叶わなかった。

この子はノヴァとの子供。強制的に体を繋げられて出来てしまった。望んで身籠ったわけじゃない。それなのに、生まれた子を蔑ろにはできなかった。だって、私は母親になりたかったから。

ロバート様との子供の母親に・・・。


「貴方の子よ・・・そう思わないと、私は潰れてしまうの」


浮かんできた涙が頬に落ちた。

愛する貴方、浅ましい私を許して・・・───。

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