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【完結】私の幸せ  作者: P太郎
本編
31/59

王太子との再会

まず始めに、壁沿いに控える騎士達が見える。私に礼を取る彼らの制服には緑のライン・・・エリオット王太子殿下の近衛騎士だった。

言葉は交わさずに会釈をして、執務室の中央に目を向ければ、机の前にアベルが腕組みをして立っている。ソファに腰を下ろしているのは、やっぱり王太子殿下。

アベルの瞳より薄い色の青い瞳で、真っ直ぐに私を見ていた。


「・・・お久し振りでございます、エリオット王太子殿下」


臣下として、淑女の礼をする。

なぜ、フラメル王国との戦争の前線にいらっしゃる王太子殿下が当家にいるのだろう。アベルとは親戚だから気軽に来訪されたのか。でも、ベルアダム侯爵として会いに来たと聞いているから、親戚ではなく臣下として会合されているわけで・・・まさか、ベルアダムの領民を徴兵するつもりなのかもしれない。戦果はシルヴァン王国が僅かに優勢だと聞いている。戦い慣れた兵士や騎士職を優先的に徴兵したそうだ。だから、今更農民の多いベルアダムで徴兵されても、無意味に等しい。


「楽にするように・・・何事か考えているようだが、君が心配に思うことは何もないぞ」


「戦場にいるお前がベルアダムに来たんだ。コルネリアが不安に思うのは仕方がないだろう」


敬するエリオット王太子殿下を「お前」呼ばわりするなんて、と思ったけれど、アベルとは再従兄弟の間柄だから私の知らないところで親交はあったのだろう。

私は顔を上げて王太子殿下を見つめる。少し汚れた上位の軍服はやや着崩されていて、厚い胸板が見えてしまっている。戦場から直接いらっしゃったのかもしれない。


「・・・まだ男装をしているのか」


私の頭から爪先までを視線でなぞったエリオット王太子殿下は、軽い溜め息を漏らした。

この方は、まだ私の服装に文句を言いたいのか。わざわざ遠方の戦いから抜けて蔑みにいらしゃったのか。

呆然としてしまったから、すぐに口を開けなかった。以前の私なら大声で言い返していたのに。日頃の疲れが蓄積しているのも原因だろう。つまりは無体を働くアベルのせい。


「以前よりは落ち着きがあるが、やはり似合わない服装は止めたほうがいい。君には花のような鮮やかなドレスが似合う」


「いちいち口を出すな。どのような衣装だろうとコルネリアが好んで着ているんだ。何より似合っている。お前のようなセンスのない人間が言うべきことじゃない」


まさか、アベルが諌めてくれるなんて。いや、彼は私の嗜好や行動を否定するような人ではなかった。彼自身を拒絶する意思を示せば、乱暴者に変貌するけれど。


「センスがないとは酷いな。可憐な女性には相応の装いでいてほしいだけだ」


「お前、まさか俺のコルネリアを口説いているのか?」


何やら話が妙な方向へと向かっている。


「何を言うか、私にはクローデットがいる。彼女以外の女性を求めるなど二度としない。大体、コルネリア夫人は私のことを苦手なはずだ。好意的な様子が一切無いからな」


エリオット王太子殿下自身が話がそれることを止められたけれど、クローデット王女殿下の名前に私の体に力が入った。

やはり、王女殿下を求めていらっしゃる。フラメル王国との戦争は、王女殿下を得られるまで終わらないだろう。


「まあ、夫人の姿は女性らしさが増している。侯爵位を譲渡して力が抜けたか・・・良かったじゃないか」


(何が『良かった』よ)


私は何もよろしくない。いくら普段は温厚だろうとも、暴力性を秘めた男が夫なのだから。私の言動次第では監禁すら匂わせる男なのに。


「侯爵だった頃は妙に肩肘の張った様子だったからな。今の方が好ましい」


「・・・お言葉ですが」


私は入室前から苛立ちがあって、解消などできていないから募り続けていた。必死に耐えてはいたけれど、いつまでも終わらない「私への品評」に限界を迎えてしまった。


「エリオット王太子殿下に置かれましては、私を品定めされるつもりで当家にいらっしゃったのでしょうか?そのような悪趣味な行いは止めていただきたく存じます」


「・・・君は、本当に率直な言い方が変わらないな」


「お前のやっていることは間違いなく品定めだ。俺のコルネリアを邪な目で見続けるなら潰すぞ」


「お前はいくらか物騒になった思考を正せ・・・」


険しい顔で睨み付けてくるアベルに、エリオット王太子殿下は呆れの表情で諌めた。殿下にも問題はあると思うのだけれど、口を噤む。


「コルネリア」


お互い視線を向け合っていた男達は、王太子殿下がうんざりと息を吐いたことで視線をずらした。エリオット王太子殿下はそのまま窓の外を眺め始め、アベルは私へと柔和な眼差しを向ける。彼の手は、王太子殿下と向かい合わせのソファを示した。

座るように促されたから、ゆっくり歩いて腰を下ろした。続くようにアベルが横に座り、私の腰に腕を回す。

密着することを強制されて、居心地が悪い。


「見せ付けるな」


「夫婦として適切な距離だ、見せ付けているつもりはない」


私の頭はアベルの肩に触れているのだけれど、これが適切な距離ならば、想い合う夫婦はどれほど密着するのだろう。想像してしまいそうになる。


「要件を言え」


エリオット王太子殿下に向けての声は不遜で冷淡だった。でも、対面している王太子殿下は気にする素振りはなく、私へと視線を向ける。


「ベルアダム領は薬草の類も豊富に生育していると聞いている」


何故、薬草のことを気にされたのだろうか。疑問に思っても求められているのは答えだけ。


「はい、薬草を栽培する農家もございますが、野草も多く生育しております」


「採取は可能だな?」


「野草でしたら丘陵地帯に群生していますので、特別に保護している希少種以外ならば採取できます。ただ、農家が栽培しているものでしたら、薬師や医療機関に必要数を納品しています。簡単にお渡しすることはできません」


「野草だ。アモワという薬草を探している」


「ベルアダムの丘陵地帯が発生地と言われている薬草ですね。希少種でもありませんので、申請せずとも採取されて問題はありません」


アモワは毒消し草のことだ。恵みの大地と呼ばれるベルアダムのみで群生している品種だけれど、人が手を加えずとも勝手に増える一般的な野草に過ぎない。郷土料理にも使われるから、特別では・・・いえ、確か特定の蛇毒に効力があると一年前に発見された。アモワが効くと知られる前は、その遅延性の毒を受けたら徐々に弱っていき、決して死は免れないと言われたほど強力なもの。

その毒蛇が、シルヴァン王国には分布していない種だから発見が遅れた。最近はアモワを求める他国の医師もいて、採取目的に入国する方もいる。

何故、エリオット王太子殿下が求めるのだろう。毒蛇はシルヴァン王国にはいない種なのに、入ってきたとしてもベルアダムにアモワがあるから大丈夫で・・・何か嫌な、予感がする。


「勝手に採取していいのだな?」


「え、ああ・・・はい。問題はございません」


「群生地は丘陵地帯全土か?」


「ええ、どこにでも生育しております。ですが、エリオット王太子殿下。何故アモワをお求めに?毒消し草ではありますが、ベルアダムでは薬味として料理にも使われる一般的な野草です。特別貴重なものでもありませんので、殿下が欲するような代物では」


「必要だよ、コルネリア夫人。すぐ『必要に』なる」


空を思わせる色の目が細まる。何が、何が楽しいのだろうか。エリオット王太子殿下の笑みは怖くて、その恐ろしさはアベルとよく似ていた。


「では、アモワを貰い受ける。適当に取って構わないのか?」


「・・・特殊な採取方法などございません。葉に解毒作用がありますから、気にせずに切り取ってください」


「ありがとう。世話になったな。アベルは新参者だろう?ベルアダムの野草のことなど詳しくないから、前侯爵である君の知識を借りたかったのだ。おかげで問題は解決するだろう」


私の返答に満足した王太子はソファから立ち上がると、軽く手を振って去っていく。近衛騎士達が後を追って退室すれば、私はアベルと二人きり。

腰に回された手で引き寄せられる。体の力を失っていた私は、彼の胸に身を預けてしまう。


「すぐに戦争も終わる。フラメルは隣国だから、戦いが続けばいずれ領民を送ることになっていた。領民に影響が出なくて良かったね」


どんな理由で戦争が終わるのか。そのようなことは私に分からなかった。



それから数日後、フラメル王国の王太子殿下が戦場で矢を受けた。傷こそは大事に至らなかったが、鏃に毒が塗られていて、前線にいらっしゃった王太子殿下は倒れたそうだ。ゆっくりと衰弱していく様子から、フラメル王国では以前より脅威となっていた蛇毒を受けたとされた。解毒できるのは、シルヴァン王国のベルアダム侯爵領にある毒消し草のアモワのみ。

兄君が伏したことで、クローデット王女殿下が公の場に姿を現した。嫡流である王女殿下は、アモワを有する我が国のエリオット王太子殿下と交渉されてしまった。

どんなやり取り、どんなやり口がされたなんてベルアダムにいる私には分からない。私が知れたのは大衆に向けて刷られた全国紙にある情報だけ。

全国紙に大々的に書かれていたのは、フラメル王国との戦争の終結。フラメル王国の王太子殿下は譲り受けたアモワで回復し、クローデット王女殿下がシルヴァン王国に招かれてしまったから終わった。王女殿下は友好の証としてエリオット王太子殿下との再婚約、一年待たずして婚姻が決定される。

つまり、クローデット王女殿下も捕まってしまった。エリオット王太子殿下から逃げることはできなかった。


夜の帳の下りた暗い寝室。私はアベルに抱き締められながら、その考えに至って、とても悲しくなってしまった。

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