襲撃
エリシャが商団の露店に戻ると言ったから、エントランスまで見送った。
「コルネリア、もしクレイバーンに行くつもりになったら、すぐに言ってね。五日ほどはベルアダムにいるつもりだから、それまでは待っていられる」
発言を聞いた屋敷の使用人達に緊張が走っている。私とエリシャを見比べていて、不安を感じたようだった。
「・・・クレイバーンに遊びに行くことがあったら、貴女の元に伺うわ」
「もう一度言うよ、私は待ってるから」
扉がフットマンによって開かれると、その向こうに男性が二人いた。一人は商人のように見える柔和な顔をした青年。もう一人は体格が逞しく、険しい顔と武装から護衛の傭兵だろう。
「あ、お嬢!迎えに来ました・・・へぇ!その女の子がお嬢のお友達ですか!話には聞いていたけど、実物は想像以上に可愛いじゃん!」
「領主様に対して不敬だよ」
赤茶色の髪の気さくそうな青年の頭を、エリシャは腕を振り上げて拳で殴った。蹲る様子から、かなり痛いと思うけれど大丈夫だろうか。
「部下がごめんね、よく聞かせておく」
「いいえ、気にしていないわ」
頭を擦りながら腰を上げた商人の青年に微笑む。いい人、だと思う。纏う雰囲気が明るくて、おかしくなったアベルとは全く違う。
「笑うと更に可愛い〜」
「見つめるのも禁止。ほら、行くよ」
エリシャは青年の背中を押す。見届けていた目付きの鋭い傭兵も、歩き出した青年に続いて背を向けた。
「それじゃあ、またね・・・本当に気が変わったら、いつでも相談して」
微かに口角を上げたエリシャは、私に手を振るとすぐさま背を向けた。立ち去る背中を私は眺める・・・小さく、視界から消えるまで眺め続けた・・・───。
───・・・エリシャとは、商団が店じまいをする日に再会した。『クレイバーンに来る気になった?』と第一声を上げた彼女に、私は自分の意志を伝えた。
『一緒には行けないわ、私の気持ちは変わらないから』
そう告げたら、がっかりと落ち込ませてしまったけれど、エリシャは私を抱き締めてくれた。
『またベルアダムに来るから、それまで無事でいて』
願いの籠もった別れの言葉。私も再び会えることを願って言葉を返し、エリシャと離れた。
すっかり店じまいをして馬車と馬で商団は去っていった。馬に跨ったエリシャは、最後まで私に顔を向けてくれたけれど、私は笑って見送るだけ。彼女の気遣いを無下にしてしまった。私を思って連れ出そうとしてくれたのに、私の心は靡かなかった。
(ごめんなさい)
最後まで言えなかった謝罪も内に秘め、私は窓の外を眺める。時刻は日付けが変更される十分程前。新月のせいで輝きは星しかなく、弱い光で漆黒の空を飾っている。
エリシャと分かれて三日経っている。領都の警備も変わらず、領境の検問所では厳しい審査を行っている、けれど。
「・・・ねえ、いないの?」
呼びかけても、いるはずの人達は誰一人返事をしてくれない。
今更おかしいと気付いた。ベルアダムにいる諜報員から報告が全くない。執務で忙しかったから、報告がないことを、彼女達の来訪がないことに気付かなかった。
諜報員達は私が外出できない代わりに、領境の検問所や領内の視察をしてくれている。ひっきりなしにやって来るアベルのことを警戒してくれているはず、なのに。
「午前の報告からされていない・・・」
昨日は就寝前に報告を受けた。
昨夜までは諜報員達は屋敷に出入りしていたのだ。ベルアダムの諜報員は三人の女性。その全員から全く報告を受けないなんて、何か起こったとしか思えない。
「誰か・・・」
私は押し黙って革張りの椅子から腰を上げる。不安だからと声を上げるのは良くないと思った。何か、夜に紛れて近付く者がいたら、位置を知らせることになる。だから、机に置いた何枚もの書類をそのままに執務室から出た。
湯浴みを終えてあとで就寝前の仕事をしていた。そのため、私の身に付けているのはアルパインブルーのナイトドレスだけ。長袖だけれど襟ぐりは深く、胸の上まで肌を晒している。何より、肌触りの良いものを選んでいたから、生地は薄くて膝下からは足が透けて見えていた。寝るために身に付けるものだから、人目など考えていなかった。
男性が見れば扇情的に映るだろうか。この屋敷に男性は少ない。執事のモリスンと庭師、フットマン。警備兵もいるけれど、女性の方が多い。
心許ない姿だから、自分の肩を抱き締めながら廊下を歩く。深夜の屋敷内は僅かな灯りで薄暗く、静まり返っているけれど。
「!!」
大きな音を立てて正面の扉が勢いよく開いた。開けた誰かが私の方に、駆けるように近付いてきて・・・ああ、モリスンだった。安堵から息を吐き、緊張が解れたことで肩を抱く腕の力を抜く。
モリスンは慌てていて、額には汗が滲んでいた。どこからか走って来たのだろうか。
「何をそんなに慌てているの?」
私の声は気が抜けたもの。それに彼の顔付きが険しくなる。
「お嬢様、今すぐお隠れになられてください!」
「突然どうしたの?何かあったの?」
「王家から兵が差し向けられております!中隊規模で、既に領都は制圧されており、指揮官がこの屋敷に向かっているそうです!」
「・・・どう、して?」
何が、何が起こっているのだろう。理解が、理解をしたくない。
王家からの出兵した兵士達が領都を制圧。つまりはベルアダムを制圧されたということで、私のベルアダムは王家から武力行使を受けたことになる。何かしらの罪があったから、王家が、国王陛下が動いて、何の罪が。
「わ、私は何もしていないわ。武力制圧を受けるようなことなんて、何もしていない!」
「勿論、その通りでございます。清らかなるお嬢様が罪人などあり得ない!恐らくは王家の企みごとでしょう!お嬢様を貶めて、逃さないように深夜に制圧戦を仕掛けたのです!」
「企みごと?私を貶めて、逃さないように?」
足元がふらつく。衝撃が凄まじくて、起こったことを理解したくなくて、事実への拒絶から私は意識を手放そうとした。
でも、モリスンがしっかりと肩を掴んでくれたから、倒れはしなかった。
「指揮官はアベル・フィガロです。お嬢様に罪状を突きつけるため、こちらへ向かっています」
恐ろしい言葉に落ちそうだった意識が覚醒する。
アベルが指揮官。ベルアダム制圧の指揮官で、私の元に、恐らく捏造しただろう罪を掲げてやって来る。私を、私を捕まえに、遂にやって来る。
「な、なぜ、ア、アベル・・・」
「お気を確かに!すぐに離れをご用意します。そちらにお隠れに」
大きな音。エントランスから聞こえた。衝突音と木材が割れた音に、エントランスの扉が無理矢理開かれたのだと分かる。
ああ、来た。遂に来た。アベルが私の元に、私のところに。
「い、いや・・・」
複数の足音と金属の擦れる音から兵士達を引き連れて、アベルはここに向かっている。怒声が、指示を出す声が聞こえる。アベルの声だ。屋敷内に隈無く兵士達を向かわせて、私を探している。
私を抱き止めているモリスンの手に力が入っている。悔しそうに顔を顰めて、それでも守ろうとしてくれていた。
「お嬢様、こちらへ!」
使われていない奥の部屋に向かおうと背中を押される。私は従おうとしたけれど、正面の扉が蹴り上げられたことで留め具が弾け飛び、枠から外れて落ちた。向こう側に誰かいる。
「コルネリア!!」
アベルだ。上位の軍人服を身に着けたアベルが、悪魔のような恐ろしい顔で私を、私を見ている。私の前にアベルが。
「いやぁっ!!」
怖くて逃げようとしたけれど、足が上手く動かなかった。縺れて床に落ちて、モリスンの声と複数の足音が聞こえて。
気付いたときには、目の前にアベルの顔があった。仄暗い目で、そのまま口元は笑みを浮かべている。私を捕まえるために大きな手が近付いてきて・・・───。




