エリシャとの再会
応接室に辿り着いて、二人掛けのソファにエリシャを招いた。そのまま腰を下ろした彼女の隣に座れば、柔らかく微笑まれる。
「こうして並んで座るなんて久しぶりだね」
「貴女は死んでしまったことになっていたから・・・本当に無事で良かった」
安心している。父親のロンド辺境伯と婚約者のウリエルに殺されたと聞かされたとき、血の気が一気に下がった感覚を覚えている。凄まじい喪失感と深い悲しみ。殺人者の二人に憎しみも抱いた。
私達、カーラとアリアを含めた四人はとても仲良しだった。離れていった婚約者達に対する複雑な気持ちを紛らわせるように、心を埋めるように共にいた。
きっかけがあっての友情だったと思うけれど、それでもお互いを支えて、無くてはならないと寄り添っていたから。自惚れでなければ、皆が生涯の友と思っていたはず。
「貴女に何があったのか、教えて?」
メイドがお茶を運んでくれた。以前、エリシャがこの屋敷に遊びに来たときに、好きだと言ってくれた銘柄の紅茶。
一礼をしたメイドが退室すると、飲んでもらおうと私自らがカップに注ぐ。
「ありがとう」
柔らかい微笑みを浮かべたままの彼女は、優雅ながら颯爽とした所作でカップを手に取り、紅茶を飲んでくれた。
カップから唇を離すと、ホッと息を吐いて私をまっすぐに見てくれる。その夕日色の瞳は、以前と変わらずに曇りなどない美しさを称えていた。
「まず、私とお母様がデイナ・・・魅了の魔女だっけ?その魔法に心を操られた『あいつ』とウリエルに殺されかけた。王城の演習場にある射撃の的として括られたんだ。『あいつ』の言い分だと、『俺のデイナを殺そうとした』だってさ。ウリエルも似たようなことを言っていた」
「あいつ」とは、きっとお父様のロンド辺境伯を指しているのだろう。この呼び方からエリシャの怒り、もしくは悲しみはロンド辺境伯に向いている。
ウリエルは名を呼んでいるのに、父親は名前さえ呼べないほどなんて、ロンド辺境伯に対する嫌悪が凄まじいのだろう。
「デイナに操られた男達って皆同じことを言うのよね」
「魔女様の語彙と発想が貧相だったんだろうね」
辺境伯のことは言わずに別のことを呟いた。エリシャの容赦ない発言に思わず笑いそうになったから耐えた。表層だけは平静に努める。
「お母様は苦しそうに泣かれていて、私は最期は寂しくないようにって抱き締めたんだ。生存は諦めていた。あいつもウリエルもおかしいほど激高していたからね。話は通じないし、私達に施された拘束は厳重だったから逃げるなんてできなかった」
エリシャの元婚約者ウリエル・ルノーを思い出す。茶色の短髪は綺麗に整えられ、金の瞳は宝飾の輝きを宿していた。長身の鍛えられた体格は正しく騎士のごとく。次期辺境伯になる人だったから当たり前だけれど、武闘派の美丈夫といったところだった。
そんな人が激高していたのなら、普通の人ならば恐怖で萎縮するだろう。彼には整った顔立ちに見合う迫力があったから。
「最新の砲台の的になるように言われて、何だっけな・・・『せめて我が国の武力の礎になれ』だったかな?そんなことを言われて砲身が向けられた。泣いているお母様を慰めらながら、私は死ぬんだなって暢気に思っていたんだ」
エリシャは紅茶を一口飲むと、音を立てずにソーサーにカップを置いた。彼女の顔は緩んでいる。今はこうして生きているけれど、当時は絶体絶命だったのに緩くて・・・これがエリシャだったと思い出す。
普段の彼女はのんびりと言われるほど落ち着いた女性だったと。
「そうしたらさ、辺境伯軍の軍師が助けてくれてね。撃たれるってときに拘束を解いて逃がしてくれたんだ。あと二秒くらい動きが遅れたら砲弾が直撃していただろうね。火力も粉塵も凄まじかったから、あの砲台は、今のところシルヴァン王国で最強の兵器かな」
そんなことを言いながら、笑い話のように頬を緩めている。決して笑い事ではなく、善意によって九死に一生を得たのに。
「笑い事ではないわ、殺されかけたのに」
思わず口に漏らしてしまった。それにエリシャは頷く。
「うん、そうだね。間一髪だったからお母様は破片に両目とも傷付けられて失明された。助けてくれた軍師も、多分亡くなっただろう。見てしまったから分かるんだ」
「それは・・・何て気の毒な」
悲惨な状況だっただろう。命の恩人は死んでしまい、エリシャが敬愛していると分かるお母様は光を失った。
こうして私に会いに来るまでに、大変という一言では表せられない日々を過ごしていたのではないか。
「まあ、軍師はさ、お母様を助けたかったんだ。ロンドの分家から嫁入りをしたお母様の護衛として本家に来た人だったし、お母様のこと女性として好きだったんだろうね。あいつがおかしくなっていたときも、お母様と娘の私を庇ってくれていたし・・・感謝と哀悼は忘れていないよ。おかげで私達は生きている」
「そう・・・私も、お悔やみ申し上げます」
「うん、ありがとう」
ふっと一息付いたエリシャ。その目が細められ、夕日色の瞳は落陽を思わせる。最後に光を放つ太陽のようで鮮やかに美しい。
「軍師は私達を逃がすための準備と人員を手配してくれていた。私達が死んだと見せかけるために、代わりに豚の死骸を用意して爆散させたんだ。あいつとウリエルは殺したことに満足していたから、残骸の検死なんてしない。しようとする者もいなかった。それも軍師が手配してくれていたんだ。人員も、隣国に逃亡するための護衛と使いを寄越してくれていた。私達は王城の敷地内を護衛達に隠されながら脱出して、隣国のクレイバーンまで逃亡した」
「今までずっとクレイバーンに?」
「うん」
快活に応えると、エリシャは自分の足に肘を乗せ、傾けた頭を手のひらで支える。
「クレイバーンに軍師のツテがあったというか、お母様にあったんだ。軍師も知り合いだったから、お母様と私の身柄を預けるのに相応しいって考えたんだよ、きっとね」
「お母様のお知り合いの方に保護されたの?」
「そうだよ、それが今の私のお父様。クレイバーンのロウ商会は知ってる?その会長が私のお父様になってくれたんだ。お母様が再婚されたことで、私はエリシャ・ロンドじゃなくなった。シャーリー・ロウが今の私の名前だよ」
「・・・え、えぇ?」
驚いたことで目が見開いた。声も、情けない変な声を上げてしまう。エリシャはそんな私を笑った。
「草原みたいな色をした可愛い目が真ん丸になってる!こうしていると、やっぱり君は変わらないんだなって安心するね。あ、勿論コルネリアはエリシャって呼んでくれて構わないよ。ただ、二人っきりのときにお願いするね」
「な、何を言って!驚いてしまうのは仕方がないことだわ!」
「ふふっ、そうだね・・・お父様は私達を快く迎え入れてくれた。お母様と結婚する前から私にも優しくてさ。どうしてだろうって思っていたら、以前はお母様の恋人だったんだって。ずっとお互い想い合っていて、邪魔さえ入らなければ結婚するはずだった。邪魔をしたのが『あいつ』なんだけどね」
「・・・ロンド辺境伯が結婚に口を出したの?」
「そうだよ。私のお母様を覚えてる?かなりの美人だろう?分家で血も薄い男爵家の末子だったけど、太陽の女神とか言われるほど美貌は轟いてしまってさ。懇意にしていたロウ商会の跡取りとの結婚の取り決めの日、あいつの目に留まったんだ。拐うように本家に連れて行かれて、私が宿ったから結婚させられた。跡取りとの、今のお父様とはそれで別れたきりだった・・・でも、別れから二十年は経っていたのに、助けようと手を差し伸べてくれたなんて凄いよね。本当に愛していなければできないことだ」
エリシャの言葉がストンと私の胸の中に入り込む。本当の愛。まさしくその通りだ。
エリシャの「お父様」はお母様を愛しているからこそ、置かれた立場を考えて想い続けるだけにした。辺境伯夫人という身分から、無闇に奪い取るなどできない。だから、幸せを願って見守り続けたのだろう。そして、苦境に立たされたときに即座に手を差し伸べた。
これこそ愛情。独り善がりで、押し付けてくる愛に偽装した執着とは違う。




