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【完結】私の幸せ  作者: P太郎
本編
23/59

自ら鍵をかけた籠の中で

絶望を感じながら

王城からも、王都からも逃げ去った私はベルアダム領の屋敷に引き籠もっている。一歩も外に出ずに執務だけをする日々。

ベルアダム領は王都と隣接しているから、領地内だろうとも安全ではない。途方に暮れて執務室の窓から外を眺めたのは、一度や二度のことでなかった。


侯爵としても、臣下としても礼を欠いた態度で謁見室から逃げた日から、王家とフィガロ家、何よりアベルから手紙が届いている。

王家の手紙は、再び謁見を設けるというもの。フィガロ家からの手紙は、不当な婚約破棄による慰謝料の返金に関してと、婚約が継続状態にあると説明されたもの。

王家へは多忙を理由に謝辞の手紙を送り、フィガロ家には返金不要と婚約破棄をしているという事実を丁寧に綴って送った。

そして、アベルからの手紙。一通目は「会いたい」から始まり、如何に私を愛しているかという熱烈な恋文だった。無視するために暖炉の火に焚べた。二通目からは「愛している」という文言から始まり、魔女であるデイナのせいで私との関係が拗れたという恨み言。私への詫びと未来の、私との結婚に関してのこと。それも暖炉の火に焚べて、以降は同じような手紙ばかりだったから、六通目からは目を通すことなく暖炉に放った。

断っても何度も送られてくる王家とフィガロ家の手紙に、アベルの手紙が入っていることもあって、悲鳴を上げたことがある。今では厚みから察して驚くことはなくなった。作業のようにアベルの手紙は暖炉の火の中に放り込む日々。


手紙が届き始めた日から、王都からの来訪者が増えた。私に目通りたいと部下に訴えて、私に会うことなく追い返されている。

彼らは王家の使者で、フィガロ家の関係者でもあるのだろう。私に接触することでアベルに引き合わせようとしていた。僅かに存在するベルアダムの諜報員が、すぐさま相手の思惑に気付いてくれたから助かった。

知らずに会っていたら、私は誘拐されていた可能性があった。使者に扮したアベルもいたから。


ベルアダム領と隣接する領地の境に検問所を設けた。他領からの来訪者を調べるための措置。王都以外からも何人か、荷物から判断したものだけれど、私の身柄が目的の人がいた。勿論、扮装したアベルもいた。

領都は城壁に囲まれているから数少ない守備兵に出入り口、抜け道などを守ってもらっている。領都から少し離れているけれど、城壁内にあるこの屋敷も警備は厳重にするよう通達した。アベルの姿を領都の内部で見かけたという報告はない。領境の検問所で押し留めているようだった。それにホッと胸を撫で下ろす。何度も報告されるたびに安心していた。

だけど、それでもアベルは私を狙い続けている。王城の謁見室にも関わらず、私を得るために強姦を示唆するような男だ。一瞬でも隙を見せたら彼に拐われるだろう。


デイナの被害者である男達は、今や加害者。操られてたときに捨てた女性達に手を伸ばし、奪うように手に入れている。女性達の意思を踏み躙っても、自分達は「愛している」からと欲望に従った略奪行為を行っている。


私が情報を得るのは、諜報員からの報告と発行される新聞だけ。目にする新聞は、国内全土に渡るため少し情報が遅い全国紙と、王都で発行される地域誌。地域誌を開けば、一面に大体的に書かれた記事が目に入る。

リカルド国王陛下が、タリス公爵領に奇襲をかけて制圧し、「捕らわれていた」というアドリアーヌ王妃殿下と幼い王女ステラ殿下を救出された。お二人はすぐさま王城へ。体調の優れない王妃殿下は、静養のために私室から出ることはできないけれど、王女殿下はお目見えされた。

国王陛下が武力制圧から凱旋された日。王都の人々が拝謁できる広場で、連れ戻されたステラ王女殿下が王城のバルコニーからリカルド国王陛下に抱き上げられて姿を現した。

少女ながら美しい容貌を見せて下さったようだけれど、母恋しさにぐずったそうだ。父親たる国王陛下が優しく宥めていたと記載されている。愛情のある光景だったと記されている。

ステラ王女殿下は、きっと母恋しさに泣いていたわけじゃない。自分を抱き上げる男に恐怖して泣いていたはずだ。突然、近親のタリス公爵を制圧して現れた男が父親だと幼い姫に認識できるはずがない。静養中のアドリアーヌ王妃殿下も、夫に対する恐ろしさから心身に影響が出たのだろう。

タリス公爵を始めタリス公爵家は、王家に抗ったという反逆罪と、王妃殿下と王女殿下に対する監禁罪に問われた。王妃殿下による口添えで多額の罰金と現公爵の謹慎で済まされたようだけれど、元々罪などないから不当な厳罰だ。

お二人を奪い取るための冤罪だから、その程度で済まされただけ。タリス公爵家の方々も、リカルド国王陛下の身勝手に振り回された被害者。そして、私が余計なことを口走ったから、その被害が拡大した。アドリアーヌ王妃殿下にもステラ王女殿下にも、タリス公爵家にも顔向けのできないことをしてしまった。己の愚かさを痛感してしまう。


項垂れそうな気持ちを抑えて、王都の地域紙の記事を読み続ける。

次に目に止まったのは、辺境の男爵が人身売買に手を染め、美貌の夫人も誘拐された伯爵令嬢というもの。横領と密売、人身売買と未成年略取。児童買春まで咎められたられた男爵は処刑された。被害者とされた夫人は、懇意だった伯爵家に保護されている。

これはパトリツィア夫人のことだ。感情の高ぶりやすいノヴァが、彼女を手に入れるために現在の夫に法を振りかざして殺害した。記載された罪状は全部嘘で、ノヴァによる恐ろしい所業だったと分かる。

なんて痛ましい。ノリス男爵は命も奪われてしまった。全てはパトリツィア夫人に狂った異常な男のせいで、名誉も妻も失った。ノヴァを憎悪しながらも命が潰えたはずだ。

そして、パトリツィア夫人は、彼女は無事なのだろうか。愛する旦那様を失ったことで、心身に影響が出ていないだろうか。いえ、きっと無事ではない。保護したのは感情の高ぶりやすいノヴァだ。あの執着心からも、欲望のままに扱われている可能性がある。パトリツィア夫人は、きっと泣き叫んで苦しんでいる。連れ拐われたときと同じように。


アリアもそうだろう。同じ書面に宰相家の婚姻について書かれていた。嫡男のルーベンス・マルチェロが「長年の婚約者」と無事挙式を迎えたとある。花嫁が魔女に害された過去があるからと、身の安全を優先させて外部には非公開の挙式を上げた。名は伏せられているけれど、次期宰相であるルーベンスの花嫁が何者か、貴族ならば誰だって知っている。アリアの愛らしい美貌は有名だったから。

予定通りと安堵した記述に嫌悪感を得る。アリアはルーベンスが元々嫌いだった。酷い暴言を吐かれてやっと離れられたのに、無理矢理従わされて、花嫁に仕立てられた。

下世話な記者が懐妊を待ち望んでいることに怖気が走る。見目麗しい二人の子供だから、娘ならば国一番の美女となるだろう、と。アリアの気持ちも意思も蔑ろにして、本人以外が盛り上がる様子に怒りを感じた。

日々、アリアに会いたいと思う。助けられなかった悔いが残っていて、今からでも手を伸ばせるのではないかと何度も脳裏に過った。そのようなことは無理だと分かっている。あの子を捕らえたのは、宰相で侯爵位のマルチェロ家。その跡継ぎのルーベンスなのだから。


アリアの記事を読み終えて浮かぶのはカーラのこと。きっとレグルスに捕まっている。今なら確信が持てる。レグルスの冷静な様子は狂気的で、それはきっと安心感があるからだ。火災で死亡したとされる彼女が手の内にいるから、荒ぶることはしなかった。

火事は、偶然起きたものだったのだろうか。レグルスの隠し切れない狂気から、本当に火を付けたのかと思ってしまう。カーラの旦那様を恨んでいたから殺害することも厭わない、かもしれない。カーラに対する熱愛から、手に入れるために何でもするという恐ろしさがあった。彼はカーラに宿っていた命をどうしたのだろう。恐ろしい想像をしてしまい、身震いをする。

これは全部想像したことで、証拠もない。だけど、もしカーラがレグルスの元にいるのなら会いたい。助けられるのか、と考えても無理だと分かる。アリアと同じく、もしくはそれ以上の異常人物に捕らわれたからだ。


「何より、私は屋敷からも出れないわ。アベルが待ち構えている」


自分の身を守ることで精一杯だった。私は無力で非力で愚かな人間だから。何もできない自分が嫌になる。


全国紙と地域紙には同じ記事がある。フラメル王国との和平交渉が決裂したことで、エリオット王太子殿下が宣戦布告をした、と。

進軍を決めた王太子は最後通告として、交渉の場にフラメル王国王女クローデット殿下を望まれた。王女殿下を手に入れる算段があったのだろうけれど、フラメル王国の王太子が拒否されたことで両国は戦争となる。


私は再び窓の外に視線を向けた。自然の緑の中にある領都の街並みは平和そのもの。何もできない私は、それを眺め続けるだけ・・・───。





「クレイバーンからの商団?」


引き籠もって三週間。

午後の仕事を始めようとしたときに、来訪したベルアダム商会の役員から聞かされた。

西の隣国クレイバーンからの商団が、領内で露店を開きたいと言う。二十人で構成された大規模の商団らしく、団長から商売の許可を願われた。

私は治安維持のための資金を計算しながら、役員の言葉を待つ。


「閣下、如何なさいますか?」


「貴方はどう思う?場所を貸すほどの魅力的な品揃えなのかしら?」


書類から顔を上げてみれば、役員の表情は柔らかい。商団に対して好意的のようだった。


「ええ、絹織物やクレイバーンの民族飾りなどを扱っているのですが、中々の良品でございます。特に絹織物は、上質な肌触りと色味から領内の婦人達が喜ぶかと」


「何より高額の場所代も頂けるというわけね」


「ははっ、流石閣下です!分かっておいでだ!」


カラッと笑った役員は気持ちいい性格の男性だ。ベルアダムの利益になるならばと働く人物であるし、他所との交易に積極的でもある。彼の頭の中では、商団を迎えることでベルアダムが更に盛り上がると分かっているのだろう。


「いいでしょう、商店街二番区の広場を使いなさい。あの場所なら領民達も足を運びやすいですし、クレイバーンの商団も宿が取りやすいわ」


「ありがとうございます、侯爵閣下。ああ、そうでした!」


再び書類に目を落とし、万年筆を走らせようとしたら役員が上擦った声を上げた。


「商団員の女性が閣下とお話したいと言ってましたよ。同年の女性が侯爵であることに憧れを抱いたそうです」


「そう・・・問題は、ない?」


役員を見れば、先程の朗らかな表情とは違い、真剣な顔でしっかりと頷いた。


「間違いなくクレイバーンの商団です。王家もフィガロ家とも関係はありません」


「・・・分かりました、こちらに通してちょうだい。私も他国の女性とお話がしてみたいわ」


一礼をして、役員は執務室から出ていった。私は革張りの椅子の背もたれに深く背中を預けて、口を開く。


「本当にクレイバーンからの人々なのね?」


「はい、領内に進入した時点で見ておりました。団員に王家の間者もフィガロ家の者も紛れておりません。順路を追跡したところ、ロンド辺境伯領とルノー領の間にある街道からシルヴァン王国に入国したようです」


椅子の後ろ、大きな本棚の影に潜ませていた諜報員が答えてくれた。

祖母の代からベルアダムに仕えている彼女の話の通りなら、問題ない。


「・・・わざわざ私に会いたいと言うのだもの。警戒してしまうわ」


「閣下は麗しく、お若いながらベルアダム領を支えるご手腕をお持ちです。他国の婦女すら憧れを抱くのでしょう」


「そうかしら・・・そうだと良いわね・・・」


自信はない。

自嘲気味に笑うと、諜報員が離れる気配を感じた。


「行くの?」


「はい、今日も王都側の検問所が騒がしいようです。観察のために行って参ります」


「・・・あとで報告をお願いね」


またアベルがやって来たようだ。うんざりしながら言うと、執務室内から気配が消えた。

私は椅子から重い腰を上げ、執務室から退室する。エントランスの方から執事のモリスンと先程の役員が歩き近付いてくる。

私は彼らに合流すべく足を速め、彼らを連れ立ってエントランスに向かった。

私は歩き慣れた廊下を進み、広さはないけれど豪華なシャンデリアと当家自慢の調度品が飾られたエントランスに足を踏み入れた。

お母様をモデルにした女神の絵画を前に、焦げ茶色の豊かで波立つ髪の女性がいる。背中を見せているから、艶のある美しい髪しか分からない。

でも、私の歩き寄る足音にすぐ気付いたようで、女性は振り返った。私は、立ち止まって彼女を見入ってしまった。


「貴女がベルアダムの麗人と噂されている候爵閣下か。確かに、変わらないね。私の知る可憐なお嬢様のままだ」


笑みで細められた目。その目は、その瞳の色は夕陽のような色。顔も、歳を重ねたことで大人の女性になってはいるけれど、私の、私の記憶にある強気な顔立ちで。


「エリシャ!」


感情が抑えられなくて駆け寄ってしまった。抱き着いた私を彼女は、エリシャはしっかりと抱き止めてくれる。

ああ、生きている。生きていた。砲撃の的にされて殺されたと聞いていたけれど、無残な最期だと悲しかったけれど、エリシャは生きていた。

こうして触れ合うことで分かる。血の通った温もりが私を包んでくれている。


「よかった、生きてっ!」


「うん、うん・・・ごめんね、コルネリア。デイナが生きているときは身の危険しか感じなかったから、名乗り出るわけにはいかなかったんだ」


見上げれば、ほっそりとした長い指が私の涙を拭ってくれた。ぼやけた視界にある顔は、少し困っているように見える。


「貴女に起きたことも知ってるよ。顔の傷が眼帯で隠すほどとは知らなかったけれど、雰囲気はそのままだ。あれほどのことをされたのに、貴女が変わっていないのは嬉しいよ」


「いいえ、変わったわ。私も変わったの・・・」


重ねていた胸を離す。私より背の高いエリシャは、髪の色以外は変わっていない。しっかりとした強い眼差しを持つ女性のまま。その心根も変わっていないのだろう。


「とにかく話しましょう。色々と話すことがあるわ」


私はエリシャの手を握ると、腕を引くように歩き出した。今まであったことを話したい。エリシャのことも聞きたい。引き合わせてくれた役員と静かに見守るモリスンを見送られながら、応接室に向かった。

予期せぬ再会

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