狂気の男
回廊を進んでエントランスへと至る階段の前、本館と東の館を繋ぐ通路にいた男性達が目に入る。
身に付けている近衛騎士の制服に赤いラインが入っていることから、第二王子の近衛騎士達だろう。同年の貴族子息から選ばれているはずだから、私と学園では同級生だったことになる。
ああ、思った通り見知った程度の顔。殆どデイナの男達だった方々だから、話したことは・・・。
「殿下を一人で向かわせるわけにはいきません。何名か護衛として編成して・・・コルネリア・ベルアダム侯爵?」
歩き近寄ってきた騎士達の先頭にいたのはレグルス・オルトリンデだった。騎士団長の子息である彼は、第二王子の近衛隊長に抜擢されたのかもしれない。会話からの憶測だけれど、デイナの処刑の際は部隊は機能不全を起こしていただろう。一人、二人ほど除いて侍っていた方ばかりだから。
「よもや王城で貴女をお見かけするとは思いませんでした」
敬礼を取った彼に淑女の礼で返す。後ろでは私の護衛騎士達が息を呑んだようだけど、目線を送って礼を取ること促した。
「お久し振りです。と言っても、こうして言葉を交わすのは初めてのことになりますね」
「僕が一方的に暴言を吐き捨てたくらいでしたからね。魔女の術中とはいえ、貴女に対して大変申し訳無いことをいたしました。謹んでお詫びします」
苦々しく言うと、頭を垂れてきた。続いて、後ろに控えていた同級の騎士達も頭を下げる。切実な謝罪に本来のレグルスの人間性を垣間見えたけれど、カーラの葬儀を思い出す。あの時、カーラのいない棺を見て笑ったことに違和感があった。
「謝罪をお受けいたします。顔を上げてください」
レグルスに言葉を送れば、彼はゆっくりと頭を上げて、長身だからこそ私を見下ろす。唇を引き締めている整った顔立ちも相まって、少し怖い。
こんな大きくて逞しい人に追いかけられたなんて、カーラは相当恐怖しただろう。
「受け入れて頂けて良かった。貴女はカーラの友だと聞いています。学生時代の記憶では、いつも一緒にいる姿を見かけていました。学生時のカーラと貴女が仲睦まじい様を間近で見られなかったのは、今や僕の悔いとなっているのです」
「そう、ですね・・・デイナがいなければ、私も貴方と友人となれたでしょうに」
躊躇いなくカーラの名前を呼ぶ。カーラを思って発言をする。彼女の死はこの方の中ではどうなっているのだろう。悲しい、とは感じない。取り澄ました顔から感情が読めない。何を思っているのか理解できなくて、得体の知れなさを感じた。
「その、カーラについてですが、貴方は彼女の葬儀に参加されていましたね?」
向かい合う顔の眉がピクリと動いた。レグルスは、何故か口元を緩めて微笑む。
「ええ、確かに参加していました。貴女は知らないでしょうけれど、カーラは僕の想い人です。いつか妻として迎えることを子供の頃から心待ちにしていて、愛情も妻にする権利すらも失った」
レグルスは上体を捻って後ろに顔を向けた。
「ベルアダム侯爵と話があります。君達は先に行きなさい」
そう控えていた騎士達に指示を出して、彼らが立ち去るまで無言を貫いた。
居心地が悪い。私の護衛騎士も守るように脇に移動する。
「そちらに第二王子近衛騎士隊の執務室があります。お話ならその部屋でいたしましょう」
踵を返したレグルスは通路を戻り、二枚目の扉を開け放った。中に入るように手を向けられて、私は溜め息を漏らす。
(この方、強引だわ)
人間性を全く知らない同級生に苦笑が浮かびそうで、必死に耐えて案内された部屋に足を踏み入れる。
ぴったりと張り付いてくれている護衛騎士達も続くと、最後にレグルスが入ってきた。
「どうぞ、おかけください」
ローテーブルを挟んで向かい合わせになっている革張りのダブルソファを示される。私が扉に近いソファに座れば、レグルスは緩く微笑んだまま向かいのソファに腰を下ろした。
護衛騎士達は私が座るソファの後ろに立っている。何かあれば、すぐに守ってくれるだろう。
「長話をするつもりはなかったのですが」
「カーラと僕のことを聞きたかったのですよね?通路で話すことではないでしょう」
「・・・そうですね」
向かい合ってレグルスの顔を見つめる。垂れる銀の前髪から覗く赤い瞳の目。真っ直ぐに向けられるそれは、先程までルビーの様で綺麗だと思っていた。でも、ソファの設置場所のせいか、窓が遠くて光が届かなくて、今は少し暗く見える。まるで血のような赤に見えた。
「僕とカーラは父親同士が友人関係だったことで、生まれてすぐに婚約が結ばれました。お互いの両親が、いずれ迎える結婚生活が円滑になればと、親密になるように手配をしてくださいました。所謂、幼馴染でもあるのです。双方の家に訪れるのは数え切れないほど。よく王都もお互いの領地も一緒に観覧しました。すっかり恋に落ちた僕は、彼女の好きなものも趣味も知っています。気を引きたくて毎日贈り物をするほどでした。いつも僕はカーラを追いかけていたし、カーラと離れ難くて、ずっと側にいたかった。早くカーラが僕の家で暮らすように、両親に詰め寄ったことも何度だってあります」
言い淀むことなく述べる様に、レグルスの想いは真実だと分かり、何より恐怖を与えてくれた。彼は、カーラに対する執着心が凄まじい。
「本当に、好いていらしたのですね」
「勿論、愛していますよ」
愛していると言いながらも、にっこりとレグルスは微笑む。美男子の微笑みは美しいはずなのに、とても恐ろしく感じた。
カーラは亡くなったことになっている。レグルスも知っている。それなのに、弔う気持ちを一切感じない。
『ねぇ、コルネリア。カーラは本当に死んでしまったの?レグルスが奪ったのではなく?』
頭の中に浮かぶのは、泣き腫らした顔のアリアが漏らした言葉。
カーラの遺体はなかった。それは燃え尽きたわけではなく、本当にレグルスが拐ったとすれば、つまり、カーラは生きていることになる。
「カーラの葬儀をご存知だったのは驚きました。貴方がカーラと婚約破棄に至ったのは四年以上も前のことで、それまでデイナの元にいらっしゃったでしょう?デイナから解放されたとはいえ、すぐにカーラの消息を掴めるものですか?」
「あのクソ女が死んですぐにカーラを探したのです。心を操られていたことの精神的な錯乱も軽かったので、寝る間も惜しみ、死物狂いで搜索しました」
(クソ女なんて)
上品な言葉遣いと声色から聞こえるはずはない下品な単語に驚いてしまう。
少し話しただけでもカーラに執着していると分かるレグルスだから、デイナに対する憎悪は凄まじいのだろう。貼り付いたような微笑みのせいで分かりづらいけれど。
「貴女の領地にいると知り、すぐに向かいました。クソ女のせいとはいえ、カーラを傷付けたのは僕自身です。謝って許しを乞うて、許されるまでは何度も謝罪をするつもりでベルアダム領に迎えに行きました・・・それなのに」
レグルスは先程から瞬きをしない。赤い血のような瞳の目を見開いていて。
「他の男の子供なぞ妊娠するなんて」
唸るように言った。綺麗な顔が怒りで歪んでいる。デイナのことを話す時も取り澄ましていたのに、カーラの妊娠は許せないと怒りを露わにしている。
(・・・なぜ、妊娠していたことを知っているの?)
おかしいと気付けた。彼はカーラを見ていないはずだ。罪人だと貴族籍を剥奪されたあと、追放に近い形で王都から放逐された。そのままであれば普通の生活は望めない。父親のマッケンジー伯爵が守り、私が協力して、カーラ・リックスはカーラ・マッケンジーではないと偽装をして隠していた。ベルアダム家でもない王都在住の貴族が、他領の、しかも平民になった女性の詳細など分かるはずはない。もし妊娠を知るならば再会を果たしたときで・・・。
「貴方は生きていたときのカーラと再会していたのですか?」
私の問いかけに、レグルスの険しかった顔の力が抜けて、得体の知れない微笑みが浮かぶ。
「声はかけられなかったので、遠くから見かけただけです。膨らんだ腹の理由を領都の住人に聞いたら、年寄りの医者の妻になり、孕まされたのだと教えていただきました」
表情は偽装できても、言葉は取り繕えなかったようだ。悪意のある言い方はカーラの旦那様に向けてのものだろう。想い人を奪った男性に怒りを感じていて、それを隠せていない。
内心は嫉妬と憎悪で荒ぶっているのだろうと思った。
「悪い仰りようですね」
「そうですか?・・・まあ、そうですね。カーラを奪った男を許すことはできません。あの男がいなければ、カーラはそのまま僕のところに戻ってきたのですから。叶うことなら僕の手で捕まえて、自身の犯した罪を分からせてあげたかったですね」
「・・・貴方は恐ろしい方だわ」
冷や汗が出る。レグルスは見た目だけでは判断できない心根の持ち主だった。落ち着き払った優しい男性なんて表層に過ぎない。強引で、執拗で、嫉妬深い。執念の塊のような人物。
だとすれば、やはりカーラはレグルスに連れ拐われてしまったのだろうか。彼のような人間は眺めていただけでは満足しないと思う。再会をして、縋り、旦那様と別れるように詰め寄って、そして・・・。
自分のもとに戻ってこないと分かったのなら、邪魔な旦那様を殺害するために医院に火を放つのでは。
「カーラに対しても怒りはあります」
深く考えてしまい、レグルスの声にハッとした。彼の顔を見れば、笑みは失せて哀愁を感じる曇り顔になっていた。
「愛する人に怒りなど持ちたくなかったのですが、勝手に結婚と妊娠していたことに、僕は捨てられたのだと思いました。彼女が許せなかった。縋り付いて説得しようと頭に過ったことも惨めに感じて、一度はその場は去りました。ですが、やはり謝罪をするべきだと思い直して準備をしていたのです。そうしたら火災で死亡したと聞きました」
この後悔の浮かぶ表情は、本来の感情からくるものか。それとも、偽っているだけなのだろうか。
考えても答えはでない。ただ、あの火災の顛末を伝えれば、少し隙ができるかもしれない。
「リックス医院の火事は、火の不始末が原因でした。消毒用のアルコールにも引火をしたことで、大きなものになったと消火隊から報告を受けています。カーラ以外にも、カーラの夫や医師と看護師、入院患者と十二名が犠牲となっています」
「かなりの熱量だったでしょうね」
「ええ、遺体は炭化をしているものが殆どで、カーラに至っては燃え尽きたのか跡しか残っていないのです」
「・・・炭化と焼失で身元の識別も難しいでしょう」
「ええ・・・」
レグルスが口元を右手で覆った。カーラを想って苦しいから、とは思えない。隠すように覆う様子から、葬儀のときの浮かべた笑みを思い出して、彼が笑うのを堪えているように見えてしまった。
(身元の識別をわざわざ口に出したのも気になるわ)
憶測で考えてはいけないと思う。でも、この方はあまりにも不審だった。執着しているカーラの死を悲しむ様子がないのが、それを助長させる。
「・・・このようなことになるならば、勇気を出してカーラに会っておけば良かったと今は後悔しています」
「だから、葬儀にいらしたのですか?」
「謝罪と別れを改めて告げようと思いました。マッケンジー伯爵に阻まれて、それすら叶いませんでしたが・・・ですが、死体が無い棺に別れを言っても無駄でしたね。カーラはあの中にいないのですから」
含みを感じるのは、私が想像してしまっているからだろう。
カーラはレグルスに拐われたのだと。
「オルトリンデ殿」
聞いてしまおう。カーラは貴方の元にいるのか、と聞いてしまいたかった。
でも、私の呼びかけにレグルスはソファから立ち上がり、扉の方に目を向ける。
「少し話が長くなってしまいましたね。実は、僕の主であるジャレッド王子殿下が、隣国に渡られた婚約者を迎えに行こうと話されたのです。今より殿下を護衛する部隊の編成をしなければなりません」
「第二王子殿下が、婚約者・・・ディルフィノ公女殿下をですか?」
「王城でその呼称は止められたほうがいいですよ。国王陛下は正気に戻られてから、ディルフィノ公爵家の離反をお認めにはなられておりません。ディルフィノ公国などはなく、ディルフィノ公爵家として扱われております。いずれ、かの公爵家も我が国に戻って来るのですから」
「そ、そうですか」
「ジャレッド殿下が公爵令嬢を迎えに行かれるのもその一環です。早々に連れ戻して婚姻をされます」
「それはディルフィノ公女・・・公爵令嬢のお気持ちを確認されるべきでは?」
レグルスは私に視線を戻してきた。射抜くような赤い眼差し。やはり血のような赤色をしていて、恐ろしかった。
「あのクソが全てを無茶苦茶にしてくれましたが、我々は元に戻したいと思っています。ディルフィノ公爵令嬢も、ジャレッド王子殿下の元にお戻りになるべきなのです」
レグルスはそう言い放つと、扉に向かい歩き出し、ノブを回して開け放った。
「こうして貴女ともお話ができて良かったと思っています。クソ女に囚われていた僕達は、今は正常に戻った。そのことを分かって頂けたと思っていますので」
「どうぞ」と言葉を続けられて退出を促される。本当に強引な方。
私は一息漏らすと、ソファから腰を上げ、後ろに控えていた護衛騎士に顔を向けた。二人とも引き攣った顔をしているけれど、それはレグルスの人間性に触れたからだろう。彼を見る目に、怪物を見たと恐怖の色がある。
騎士としては失格だけれど、女性として見れば納得してしまう。この方は異常だから。
「長々と失礼しました」
開かれている扉を通り過ぎる前、レグルスの横で立ち止まって言葉をかける。彼はにっこりと微笑んだ。
「貴女も共にあるべき男の元に戻るのですよ」
去り際にかけられた言葉。急いで後ろを振り返っても、護衛騎士達の向こうにある扉は固く閉められてしまった。
なんて、ゾッとするようなことを言うのだろうか。
(国王陛下といい!レグルス・オルトリンデといい!)
前に向き直ると、苛立ちを感じて足早に進む。後ろから護衛騎士が「落ち着いてください」や「足が取られてしまいます」など言っているけれど、私の、この、この苛立ちはなくならない。
(明日になったらすぐにアリアを迎えに行って、その足で王城に乗り込んで、早々に謁見など終わらせて差し上げるわ!永久に王都には来ない!)
レグルスに感化されたのか、私が心の中で叫んだ言葉は荒々しかった。
彼は本作で一番異常者な男性です。




