全てを元に戻す
ここから正常にするという異常が始まります。
「魔女の悪行により婦女の被害者は多い。操られた男達に暴行を受け、心身に傷を追っている。貴女もそうだであろう?」
「・・・顔をご覧になっていらっしゃるのですから、言わずとも分かっていただけていると思いました」
改めて言及されると、やはり自覚してしまう。好きだった自分の顔を醜いものに変えた傷を、それを眼帯で隠すのは憐れだということを。
カーラもアリアも最初こそ心配から声をかけてきたけれど、私が触れられるのを嫌だとすぐに分かってくれた。屋敷の使用人たちも、言葉を交わす部下達もそう。可愛かった私の顔が永遠に失われたことの辛さ。その気持ちを汲んでくれて、話さなくなった。
それを、久しぶりに面と向かって言われて嫌な気分になる。注目するのは止めてほしい。窺うような視線だけでも辛いのに。惨めなのに。
そう思っても表情に出してはいけない。より惨めになってしまうから、こちらを窺う貴族達の付け入る隙になるから。
「酷い暴行を受けたと報告され、魔女に操られていた私は嘲笑った記憶がある。悍ましい記憶だ。本来の私ではありえない。貴女の可憐な容貌はあまり損なっていない様だから、安堵はしているが」
「陛下、眼帯の下をお見せしましょうか?どれほど肝が座った男性であろうとも、驚きと嫌悪の声を上げる醜さでございます」
リカルド国王の発言を中断させたいがために言い放った。これは完全に不敬だけれど、触れられたくはない部分を弄られ、あまつさえ大したことはないと結論付けられるのは許せない。
アベルから受けた暴力の跡は一生残る。治癒の力を持つ魔法使いがいるなんて分からないけれど、そんな奇跡の力がなければ治せないほどの酷い有り様だ。一生、この傷を背負わなければならない。せめて傷口は隠して、気にすることではないと振る舞って、耐えなければならないのに。
「・・・配慮が足らなかったな、申し訳なかった」
発言を遮ったことに憤慨するかと思ったけれど、そうだった。この方は温厚で優しい性格だった。操られていたときの横柄な態度や発言が、強く記憶に残っていたから忘れていた。
項垂れるように頭を下げた国王陛下を見つめる。恐る恐ると顔を上げられたから、少しおかしくて笑いそうになったけれど、しっかりと耐える。
ああ、私も性格が悪くなってしまった。笑うようなことではないのに。
「国が補償をする。貴女が受けた被害も含め、魔女の真の被害者である全ての婦女達に補償を行う準備をしている」
「それは慰謝料ということでしょうか?」
金銭で解決することではないだろうけど、国王陛下自らが述べるなら異論はない。
デイナが原因で悲惨なことになった女性達は、貴族だけではなく平民にもいる。数多と呼べるほどの人数になっているけれど、その女性達の今後の人生が少しでも明るくなるのなら、金銭での援助も必要だろう。国からの補償ならば確実なものだし、喜ばしいことだと思う。
「慰謝料もそうだが、失われた地位と尊厳の復活を援助する。具体的に言えば、本来結ばれるはずだった婚姻を結ぶように手配し、勝手に離縁させられた者は復縁をさせるつもりだ」
「・・・・なにを」
何を言っているのか、一瞬分からなかった。いや、分かりたくなかった。
デイナが介入したことで数多の男女の縁が切れた。それを復活させるという。本来結ばれるはずだった婚姻を行うというのは、つまり婚約破棄を突き付けられて傷付けられた女性がその相手と結ばれるということ。離縁させられたというのは、つまり夫に捨てられた女性が再びその夫の妻にされるということ。
私達は、デイナの男達の被害に遭った私達の婚約破棄も離縁も異常なものだった。強い言葉で罵られて捨てられた。傷が残るような暴力を振るわれた。無罪なのに罪があると殺されかけた。多数の男に凌辱させて辱められた。社会的にも精神的にも殺されかけた凄惨極まりない状況だった。実際、殺されてしまった女性達も少なくない。
デイナが男達を操って行ったことだけれど、生き残れた女性達は、肉体にも精神にも一生癒えない傷を負わされている。
被害者の中には、男性に恐怖心を持ってしまった方も多い。触れられることは勿論、会話も同じ室内にいることも出来なくなった方だっている。
それなのに、簡単に関係を戻すなんて、私達を傷付けたのはその男達だと言うのに。
「何を無茶苦茶なことを仰るのですか。女性達はその男性自身に傷付けられたのです。恐怖心を抱き、恐れから外出すら出来ないという方だって存じています。それなのに、彼女達の気持ちを蔑ろにして元に戻すなどしてはならぬことです」
「すでに決めたことだ」
きっぱりと言って国王陛下は私を見る。段差の上にある玉座からだから見下されていて、威圧感すら得た。
先程まで言葉を交わしていた優しい国王陛下は、どこに行かれたのか。
「全ての関係を元に戻す。男から受けた傷も、その男自らが癒やす。我々はそう決めた。そうあるべきだと思っている。魔女の介入によって大切な女性との関係を壊されたのだ。あの魔女さえいなければ、アドリアーヌも」
口元を手で押さえることでリカルド国王は口を噤んだ。肩を上下させたのは息を漏らしたからだろう。落ち着くことに専念しようとしているようだけれど、私は、私の憤りは治まらない。
国王が漏らしたアドリアーヌ様とは、我が国の王妃殿下。デイナが現れる前は唯一の妃だと寵愛されて、国王の子供は全てアドリアーヌ様がお産みになられた。デイナに操られた国王に殺そうになったときも、最後の子である王女殿下の出産中だった。
アドリアーヌ王妃殿下は、リカルド国王の元に戻りたいと思っているのだろうか。魔女の魅了せいだと知らなかったとはいえ、命の危険すらある出産中に殺されそうになったのに、狂っていた国王に恐怖しただろうに、また夫婦として寄り添えるのだろうか。
「・・・アドリアーヌも取り戻す、私の最愛だ。邪悪な魔女のせいで男達は最愛を失った。皆、後悔をしている。必ず取り戻したいと思っている」
「無理です。特にアドリアーヌ様は、陛下自らが弑そうとされたそうではありませんか」
「私の本心ではない。魔女のせいだ」
「その通りではありますが、恐怖を感じられたのも事実ではありませんか?襲いかかる陛下をご覧になって、震えてらっしゃったのでは?」
「・・・」
リカルド国王は、押し黙って深々と背もたれに身を預けた。険しい表情ながら蒼白の顔色から、私の言ったことは間違いではないと分かる。
「・・・正しいご判断をされてください。デイナに、魔女に操られる以前の陛下は、その類まれな判断力で我らを導いてくださっていました。感情に従って妙な行いなど起こされませんようにお願いいたします」
懇願として頭を垂れた。誠心誠意の願いがリカルド国王に届くように願って・・・。
「妙な行いなどではない、正しいことだ。アドリアーヌを取り戻す。私が側で寄り添ってほしいと思うのはアドリアーヌだけ・・・君もだ、コルネリア嬢」
融通の効かない。頭に血が上って顔すら上げたけれど、私を名前で呼んだことに血の気が引いた。リカルド国王の様子がおかしい。
「本来であれば、君はアベル・フィガロ公爵令息の妻であるべきだ。あの女のせいで、神の元で祝福されるはずだった君達は引き離されてしまった」
「理由はどうであれ、フィガロ公爵令息とは」
「なあ、フィガロ公爵。貴殿の息子は既に花のように可憐な花嫁を迎えていはずだった。それをあの女のせいで歪められ、未だに花嫁を迎えることができていない。これは正さねばならぬことだろう?」
もはや魔女とすら言わなくなった。憎悪から美しい顔を歪めて、忌々しく言葉を吐き捨てたリカルド国王が恐ろしい。私にやり返すように言葉を遮って、ずっと控えていたフィガロ公爵に話しかける。
途端に、視界の端に見えていた老公爵が顔を明るくする。
「ええ、勿論でございます!今やベルアダム侯爵となられたコルネリア嬢ですが、息子のアベルは正気を取り戻して以来、ずっと名前を呼んで想い続けております。コルネリア嬢への愛情から静養中にも関わらず荒れるほどです」
この方は何を言っているのだろか。アベルの様子なんて知りたくもない。
「フィガロ公爵閣下。私よりも高位の方とはいえ、気安く名前で呼ぶなど如何なものでしょうか。貴殿と私は親しい間柄ではあらず家系も違う者同士。何より、ご家族の事情など話されても困惑してしまいます」
視線を向けて言えば、フィガロ公爵は一瞬たじろいだけれど、不愉快だと顔を顰めた。
「アベルは君を想って苦しんでいるのだぞ」
「・・・それがどうしたというのです?婚約破棄となって久しく、切れた縁を再び結び直すつもりは私にはありません」
思い浮かんでしまうアベルの顔は、私に怒りを感じて睨み付けているもの。その顔の横に掲げた拳が迫り、殴打された痛みすら蘇る。熱せられた火かき棒を持ち、見下してくる顔も浮かんだ。
デイナに操られていたとはいえ、彼との楽しい思い出、胸に宿っていた恋心は壊された。もはや、顔を合わせることもできない。想われているなど教えられても、歩み寄ることは二度とない。
「何と不遜で頭の固い娘だ。顔は母親譲りのようだが、中身は父親とよく似ている」
私の言葉にフィガロ公爵は不快感を露わにして、亡くなった両親を引き合いに出して私を侮辱してきた。
「それは侮辱と捉えてよろしいでしょうか?」
目を細める。相手は公爵。私からは上位の貴族。国防に置いて権限がある大臣職に就いている。周りの貴族達も、私達のやり取りに緊張して固唾を呑んで見守っている。終着点によっては内乱に発展するかもしれない。
だけど、それがなんだというのか。怒りのままに言葉を続けようとした。




