国王との謁見
謁見室の前、近衛騎士が守護する大扉を目にしながら深呼吸をする。
私は、王城にいた人々にとって敵だった。デイナの男達だけではなく、国王に仕える騎士も文官も、出仕している貴族にとっても私は大罪を犯した女という扱いだった。
今は違う。それは分かっている。でも、大扉が開かれた先にいる国王が大敵を見るような目をしていたら、と思ってしまう。
私の気持ちなど分からない近衛騎士達は扉の左右に控えて、それぞれ持ち手を掴む。
「ベルアダム侯爵、国王陛下がお待ちです」
「・・・ええ」
「護衛の騎士の入室は控えていただきます。ここは貴女にとって敵地ではありません。室内にも騎士が控えておりますから、御身の安全は保証されます」
「それは・・・いいえ、問題などありませんね」
私は二人の護衛騎士へと振り返った。不安そうに眉を寄せた顔へと笑みを浮かべる。
「ここで待つように、何かあれば必ず呼びます」
敬礼をした二人から目を離し、大扉へ向き直る。持ち手を掴む近衛騎士によって扉は開かれた。
背筋を伸ばすことを意識した私は、一人の男性が座る玉座の前へと進む。
(顔色が悪いわ。それに、心なしか座る姿勢も少し崩れて覇気がない・・・お疲れなのね)
近付くことで国王の顔が見えてくる。
成人を迎えた息子が二人いるとは思えない若さと美貌を保った我が国の君主、リカルド・シルヴァン国王陛下。後ろに撫で付けた銀の髪と青い海を思わせる深い色の瞳。歪みなど一切感じられない整った顔立ちは美しく、引き締まった体をしていると装飾が施された礼服を着ていても分かる。目を見張る美丈夫と言ったところ。
でも、右の肘掛けに体重をかけた座り方から疲れを感じさせた。髪も前髪がだらしなく垂れていて、整っているとは言い難い。二年前よりも老けているのは当たり前だけれど、十年経過したような容貌に見えた。それでも三十代に見えるのは、類まれなる美貌を持つからだろう。
分かっているけれど、その王の隣にある王妃の座には誰もいない。数多の男性達を魅了で虜にしていたデイナはいなくなったのだと自覚できた。ホッと、分からないように息を吐く。
玉座のある段差の前へと進む途中で、控えている臣下達を流し目で見た。王家と親交の深い貴族ばかり。皆、デイナのせいで国が乱れても国王に仕え続けた人々。王城に務める者達が多いけれど、二年前も全員が私を敵のように見ていた。
デイナの『魅了』を受けて、だけじゃない。正気だと分かる様子だったから、デイナの虜となっていた国王に取り入るために・・・ああ、アベルの父親であるフィガロ公爵もいる。
フィガロ公爵は流石アベルの父親だけあって整った顔をしている。ただ、初老の公爵は彼女の好みではなかったらしく、親しくしている様子はなかった。『魅了』はされてはいなかったのだろう。アベルと同等の美形である嫡男と若く美しい夫人を領地へ逃がすくらいだもの。デイナに対する危機感はあった。
彼は、次男のアベルがデイナと親密になったことで結び付けようと判断をした。寵愛から王家の後ろ盾がある彼女を選択した。つまり、私達ベルアダム家を切り離した張本人。
婚約破棄の際も、こちらの有責だと断じて高額の慰謝料を要求して、公平と言えない裁判で勝訴となった。一方的に私を悪と断じた人でもある。
だから、青い顔をして私を見ていても今更遅い。私は知らない振りをさせてもらう。
目を逸らし、歩み続けて国王の前に立つ。私は淑女の礼を取る。女性侯爵として、相応しい完璧な所作で披露した。
「ご召喚に応じ、只今参じました。ベルアダム侯爵家当主コルネリア・ベルアダムでございます」
「ああ、ベルアダム侯爵。よくぞ参ってくれた。さあ、顔を上げよ」
許可を得たから顔を上げ、姿勢を正す。私の見つめる先はリカルド国王の顔。苦笑い、というよりは辛いながらも微笑もうとする顔をしている。私を見て、私に行ったことを思い出しているのかもしれない。
それを表情を出さずに見つめ続けた。
「ベルアダム侯爵、こうして謁見に応じてくれたことを嬉しく思う。先ずは、貴女に侯爵位後継の祝いを・・・若年の女性ながら貴女がベルアダム侯爵を引き継ぎ、領地の安寧を保ったことで我が国は衰えることはなかった。その実績を称え、正当なるベルアダム侯爵として認めよう。何よりも感謝を、ありがとう」
「・・・勿体なきお言葉でございます」
感謝をいただいてしまった。これは、素直に受け取っておいたほうがいい。操られていたとはいえ、暴言を吐いてきた方と顔を合わせるのは苦痛。体が緊張してしまうし、息が詰まる。下手な反応をすれば、私の気持ちも露見してしまうだろう。
ああ、敬うべきリカルド国王ではあるけれど、早々に謁見を終わらせてホテルに帰りたい。ホテルに帰ってアリアを迎えに行く準備をしないと。
「臣下として尽くしてくれた貴女への感謝をこの程度で済ませたくはない。褒章を贈ろう」
「いえ、陛下からのお言葉で十分でございます」
微笑む。これ以上は何もいらないと圧をかけて・・・不敬になるのだろうか。王族への対応はあまりしたことがない。本来なら社交界で覚えるものだろうけど、我が国の社交界はデイナが頂点だったから私は参加すらできなかった。
「・・・少し砕けて話そうか」
「陛下が望まれるのでしたら」
リカルド国王は息を漏らす。溜め息だったようで、体の力が更に抜けた。
「以前の君は可愛らしい少女のようだった。城で開いた茶会では、他の令嬢と共に花のごとく場を彩ってくれていた。今の君は強靭な要塞のようだ。少しの隙もない。鮮やかな花のような君はもう見ることはできないのか?」
「ええ、陛下のお望みを叶えることができず、誠に申し訳ありません。私はベルアダムの地を守る者です。統治者として堅牢な要塞になるのは当然かと」
「その姿も見かけた婦人達が男装の麗人と騒ぎ立ているようだが、君には少し」
「似合いませんか?」
リカルド国王の言葉に被せるように答えた。完全に不敬だけれど、砕けた会話を所望されたのは国王自身だから私は引かない。
「いいや、よく似合っている。だが、可憐な君を知っている者からすれば違和感を感じるのだ。武装するかのように強気な出で立ちだ。君のような貴婦人が、何故強くあろうとするのか」
「そうでなければ、悪意のあった方々に飲み込まれるからです。敬愛する父の後継として、私は強くあらねばなりませんでした。この姿は強さの表れと思ってください」
何故、服装の話になっているのだろう。顔の傷のせいでドレスが似合わないからとはいえ、好んでいるから着ている。私がどんな姿だろうと私の勝手。公共の場にそぐわないものでなければ、咎められることはない。
大体、私の服装の話をする場ではないはず。爵位後継のお祝いはいただけたけれど、非礼に対するお詫びもくださるのではないのか。
「・・・陛下、お話は以上でしょうか?」
リカルド国王が言い淀んでいたから言葉を投げつける。これ以上は話したくなかった。二年前もそうだったけれど、怒りに任せて強い言葉を使いそうになったから。
ハッとした顔を浮かべ、国王は玉座から立つ。
「大事なことがあった。貴女に対する非礼を詫びたい・・・忌々しい魔女に操られていたとはいえ、貴女を貶めた発言や耐え難き暴言を言い放った。忠義の臣下であるベルアダム侯爵に向けるものではなかったと恥じている。申し訳なかった」
「っ・・・」
息が、一瞬だけ止まった。国の主であるリカルド国王陛下が、私に頭を垂れている。天上の人が、私に何をしているか。
「お、お止めください!国王陛下がされることではありません!」
「誠心誠意の謝罪がしたかった。貴女は魔女による国難においても、臣下として尽くしてくれた。私はそれが分からずに魔女の術中に嵌り続けていたのだ。頭を垂れるのは当然のことだろう」
国王に仕えたという気持ちは薄い。私はベルアダムの領民のために、彼らが飢えないために在るだけだった。
ただ、ここは正直に言うべき場ではないと分かっているし、国王をこのままにするべきでもないと分かっている。
「分かりました、謝罪はお受けいたします」
私の言葉に返すように、リカルド国王は頭を上げた。安堵したかのように顔を緩め、再び玉座に腰を下ろす。
本当に、心臓に悪いから止めてほしい。怖くて国王の忠臣達の顔が見れない。何名かの顔が視界の端に映っていて、驚愕しているもの。
「許してくれてよかった。ベルアダム侯爵は我が国になくてはならない忠臣だ。まずは君の許しを得てからだと考えていてな。我々は全てを元に戻したいと思っている」
(・・・まずは、私の許し?全てを元に戻す?)
何か、嫌な予感がする。
国王自らの謝罪も心臓に負担がかかったけれど、妙な言い回しに心臓の鼓動が警鐘のように響いている。




