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【完結】私の幸せ  作者: P太郎
本編
10/59

王都にて

城門を過ぎた馬車は王都内の車道を進む。検問に時間かからなかったのは良かった、とは言えないかもしれない。兵士はベルアダム家の紋章を見て恐縮していたし、私に対しても緊張した面持ちで敬礼をしていた。


「ここまで態度を変えるなんて逆に恐ろしいわ」


「閣下、国が正常に戻ろうとしているのです。今まで閣下が受けていた対応のほうが異常でした」


「王都の兵士は、ベルアダム侯爵というお立場を理解できていない無礼極まりない連中でしたもの」


特別に編成した護衛騎士達が口々に言う。兵力が無に等しいベルアダム領だけど、守備のために百名ほど兵士と騎士がいる。そのうちの、女性騎士の中で実力あるのある二人を護衛に選んだ。

使われていなかった鋼鉄の鎧は新品同様だけれど、不格好でないのが流石だと思う。


「滞在は二日ほど、それまで身辺警護をお願いします」


「勿論です、閣下」


「閣下をお守りするのが天命ですので」


「・・・大げさね」


口元が緩んでしまう。向かい合って座る真剣な二人に笑みが溢れたけれど、私の目に巨大な白亜の建築物が映ったことで心が冷めていった。我が国が誇る優美な王城。曇天でも純白の佇まいは変わらない。

非礼と祝い・・・最後に謁見をしたときは、敵意しかなかった国王が私に言葉を送りたいという。はっきり言ってしまえば、どちらもいらない。本当なら関わりたくない。私はずっとベルアダムから出ずに、アベルとデイナの子供がやって来るまで領主として生きていくつもりだったから。

デイナが処されたから状況は変わったけれど、これから後継者問題もあるのに時間を取られることが苦痛だった。

そのまま王城を眺め続ければ、少しずつ離れていく。真っ先に登城するつもりはない。予約したホテルに荷物を降ろし、国王に拝謁するために身支度を整えないといけない。

ややあって辿り着いたのは、王城の全貌が望める高地のホテル。貴族街にそのホテルは、領地持ちの貴族が泊まる老舗だった。元々、タウンハウスで暮らしていた私は使った事はない。王都には二度といかないと、我が家のタウンハウスは引き払ってしまっていた。

チェックインを済ませ、護衛騎士と従者が荷物を部屋に運ぶ。私も続いて部屋に入り、ドレッサーの前に座った。


小さな頃から仕えてくれている侍女が、一礼をすると一つ縛りにしていた私の髪を解いた。


「いかがしますか?」


「一つ纏めに結い上げて。それだけだと地味だから編み込みもしてほしいわ」


「畏まりました。シニヨンヘアーに纏めて、根本を編み込みで囲いますね」


「ええ、お願いね」


「閣下、お召し物は如何しましょう?」


衣類をクローゼットに納めた侍女が、扉を開いたまま私に振り返った。顔を向けて中を確認する。着慣れたジャケットもトラウザーズもある。それに、華やかな刺繍の施されたバッスルスタイルのドレスも、最近流行りだしたアール・ヌーヴォーのドレスもある。


「ドレスはどうしてあるの?」


「モリスンが手配しておりました。陛下に拝謁するのだから尚更ドレスで威嚇しましょう、と」


「着ないわ。あの様な素晴らしい技術で縫製された優美なドレスを、国王陛下のために着るなど勿体無いもの」


モリスンは家の執事の名前。私をお嬢様扱いしたいがため、以前好きだったドレスで着飾らせようと考えたらしい。

善意からの考えで困る。醜い私は可愛いお嬢様に戻れないのに。


「左様でございますね。では、いつものお召し物でよろしいですか?」


「ええ、それで構わないわ。ただ、女性らしく細やかな刺繍とフリルのあるジャケットを選んで。上半身のラインを強調したいからボタンを閉めると腰が締め付けられるのがいいわ。下は・・・選んだジャケットの色に合うトラウザーズにして。ブーツもお願いね」


「畏まりました」


侍女はそういうと、自分が並べ掛けた衣類を掻き分けて探し始めた。彼女に任せれば大丈夫。ドレッサーに向き直り、ヘアメイクと少し落ちてしまった化粧を直してもらう。


侍女が用意してくれたジャケットはえんじ色で、襟に黒糸で細やかな刺繍がされていた。袖には黒のフリルが縫い付けられている。前のベルトを締めると腰も締まって、私の細身の体型を強調してくれた。

灰色のアスコット・タイを巻いた白いブラウスにも合う。ダークブラウンのトラウザーズと黒い膝下丈のブーツを履いた。

女性の服と男性の服を混ぜ合わせた独特の服装。この姿は男装の麗人と言われているらしいけれど、か弱い女だと思われなければいい。私は女でもあり、長年続く侯爵家の当主だから。


どんなことがあろうとも負けないと、お腹に手を当てて、背筋を伸ばした。

鏡を見る私の顔は、いつもの黒い眼帯がある醜い顔。麗人なんて言われる服装ならこの顔も霞むだろう。


(罵声を受けることはもうないだろうけれど)


屈しない。

それだけを思ってホテルを後にした。馬車に乗り込んで王城に向かう。先程見上げだ白亜の城は、堂々とした佇まいながら中には魑魅魍魎が潜んでいると思わせる。


(早めに要件を済ませる・・・そうしたら、明日はアリアを迎えてベルアダムに帰るの)


門の守備の兵士が敬礼と頭を下げる。 開け放たれている大きな正面扉から、護衛騎士二名を引き連れた私は王城の内部に足を踏み入れた。


「あちらの女性はベルアダム侯爵か?」


「あの眼帯と佇まいは間違いなく。ああ、ベルアダム侯爵家が王都に戻られるなんて」


回廊を進むたびに文官や騎士達の声が聞こえる。私に対する囁やき声だけれど、注目されていることが居心地悪い。

顔に出さないし、伏せることもないけれど、この場を立ち去るように歩く速度を早めた。


「ベルアダムの麗人だ」


「国が乱れて数年、ベルアダム領の安寧に尽力された方か。若い女性ながら流石としか言えない」


「妻が男装の麗人だと言っていたが・・・なるほど、確かに麗しい。顔の傷など些末なのだと思わせる堂々とした方だな」


(聞こえてるわよ・・・顔の傷が大したことじゃないなんて、そんなわけがないでしょう)


そんな素振りは見せないから分からないだろう。堂々としていないと憐れに思われる。傷付いた顔でも前を向かないと侮られるのだから。


(それにしてもお喋りね。私を眺めて話す暇があるのなら、仕事に集中しなさい)


言葉は内心に留めた。

口に出しては騒ぎになり、更に注目されるからだ。関心はないと見せて、ただ歩き進んでいく。


「ベルアダム侯爵!」


呼び止める声に歩みは止まる。振り返って見れば、私の護衛騎士の向こうに誰かがいた。あれは・・・思い出した。二年前に私を嘲笑っていた貴族の一人だ。確か、爵位は子爵だったはず。


「お久しぶりです、ブロワ子爵。こうして爵位を継いでからは初めて言葉を交わしますね」


私を守ろうと手で庇っていた護衛騎士達のその手に触れ、大丈夫と合図をするために横に押す。彼女達の間から姿を表した私に、ブロワ子爵は足早に近付いて来る。


「貴女が登城されるなんて驚きました。思わず呼び止めてしまいましたが、壮健なご様子で何よりです」


「ベルアダムのために邁進しておりますから、弱ってはいられませんわ」


「そ、そうでしょう!貴女も魔女のせいで辛い思いをされたはずだ。それなのに気丈に振る舞われて、ああ、ベルアダムの麗人の呼び名に偽りはありません。本当に美しい」


どの口が、なんて言わない。

へらりと笑ったドロワ子爵は甘い顔をした美男子だった。デイナの毒牙にかかるのは必然で、私の容姿を笑ったのも操られていたからだと今では分かってる。


「美しいなんて、お上手ですね。お世辞の言葉とはいえ、嬉しく思ってしまいますわ」


「い、いえ!世辞では」


「こうしてお話をしているのは楽しいものですが、本日は国王陛下に召喚されましたの。お時間も迫っていますので、失礼させていただきますね」


淑女の礼を取る。それにドロワ子爵は慌てた様子で一礼で返してくれた。私は振り返り、国王の待つ謁見室に向かう。


「もしや国政に参加されるのでしょうか?」


背中に受けた嬉々とした声は無視をする。


(二度と王都に来るつもりはないのに、私が国政などに関わるわけがないでしょう)


悪態も心の中に留めて回廊を歩き進んだ。

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