Dragon in Dragon Ⅵ
ひとしきり笑ったあと、使い慣れない筋肉を使ったことと、不慣れな場所に気を取られた僕は、足元の何かにつまずいて派手に転んでしまった。それは、リンゴの甘い香りと腐った肉の嫌な匂いをまとった、プラーク、言い換えると食べかすと虫歯菌のの塊だった。
「うへえ……」
「くっさいゆ!」
さっきまで爆笑していたキリアの顔が、一瞬で険しいものに変わった。
「キリちゃん、洗浄魔法かけてよぉ」
「ちょっと! もっと離れてゆ! 詠唱しづらいゆ!」
彼女はえづきながらも魔法をかけてくれた。
──もう、こんな思いは二度とごめんだ。
そんなことを考えつつも、僕はしげしげと食べかすを観察した。
「うへゆ! こりないゆ!」
キリアが叫ぶのと同時に、ヴァルミラアスの喉の奥から強烈な風が巻き起こる。
そして──
(なああにヤッてんだアンタラァ!! 早く治せダボ!! 噛み砕くぞゴラァ!)
怒号が脳内に炸裂した。僕たちは慌てて飛び上がり、その場でジャンピング土下座を決める。ヴァルミラアスには見えないだろうけど。
「ひぃ! すいませんでした!」
「ゆ!」
次の瞬間、僕たちは猛スピードで縦穴の前に駆け寄り、命棚を張り、足を使って壁を降り始めた。
ドラゴンに怒られると、体は自然とキビキビ動くようだ。やればできるじゃん、僕たち。
デコビカリと眼術魔法を頼りに、底まで降りてきた。そこには大広間ほどの空間が広がり、神聖とも不穏ともとれるただならぬ雰囲気が漂っていた。
ダンジョンの最奥にあるボス部屋──いやここはドラゴンの奥歯の中であることを思い出す。
ヴァルミラアスの痛みの原因を探ることにした。
キリアは、風船のような光の玉をいくつか頭の上に浮かべて、ドローンのように飛ばしたりして辺りを探索している。
「えっと、何もない、ゆ?」
そう言われて僕も壁に触れてみた。確かに周りにはなんの気配もない。壁に手を当てながら歩みを進めてみると、壁が少し柔らかい部分を見つけた。
軟化した象牙質のようだ。つまり虫歯だ。あれ? 虫歯はちゃんとあるのか。でもおかしい。じゃあ僕が入る前にみたあの黒い塊はなんだったのだろう。
と、視界の隅で何かが動くのを捉えた。僕とキリアは反射的にその方向を照らす。
横穴の奥に、何か刺々しい長く黒い尻尾が仕舞われていくのが見えた。尻尾の先だけでも僕より全然デカい。
「え、怖」
僕が発した言葉は短く、判断は早かった。
「帰ろ?もうヴァルミラアスちゃんには帰ってもらお?」
やはり戦闘になりそうな雰囲気に、僕は完全に怖気づいた。
「ここまできて何言ってんだゆ。それでも歯医者かゆ」
キリアは恐れもせず横穴に近づく。その度胸は実力からなのか、母親譲りなのか、あるいはどちらもなのか。今は一旦置いといて。
「これモンスター討伐でしょ!? 歯医者の仕事じゃなくて王国騎士団とかギルドの連中の仕事じゃない?!」
死んでしまったら僕の冒険の書はここで終わり。ふっかつのじゅもんなんて都合のいいものはこの世にはない。あ、一人脳内にかすめたが今はいい。とにかく危ない橋は渡りたくない。
「患者の口の中のことなんだから、歯医者の仕事の範疇ゆ」
ぐうの音も出ない。確かにその通りだ。
うーん、でもあの中に入っていく勇気はない。
そういえばと僕はヴァルミラアスの主訴を思い出す。
「キリちゃんちょっと、さっきミラたんに打ち込んだ氷魔法を細くしてこの穴に打ってみて」
「あいゆ」
キリアがしゃがんで地面に手をつくと、地面から拳が生え地面と平行に伸びて穴の中に素早く入っていった。
数秒して、バキャンと氷が固いものに当たって割れる音がした。命中したのだろうけど、反応がない。
代わりに地面が揺れる。
(なんかちょっとしみたみたいよ!?)
麻酔が効いてるはずのヴァルミラアスには効いたようだ。
「神経に近いところ触ってますんで!少し痛いかもしれません!次もちょっと来ると思います!」
(ええ、アタシ痛いの苦手なのよネ)
ヴァルミラアスのぼやきを無視して僕はキリアに淡々と指示を出す。ヴァルミラアスの顎もしんどいだろうからね。
「キリちゃん次は、火炎は魔法を穴に打ち込んで」
「え? 平気ゆ? 痛いんじゃないかゆ?」
「んー僕の予想では、熱自体はそこまで痛くないと思う」
「本当かゆ?」
そういうとキリアは左手で右手の手首を支えて、炎を穴の中に数十秒放射した。
今度は地面は揺れなかった。ヴァルミラアスも何も言わない。その代わりに──
横穴から勢いよく何かが飛び出してきた。
それはムカデのような形をした黒い龍で、僕たちよりはるかに大きな体をもんどりうたせながら歯の底で暴れていた。
(けっこう痛いんですけど!?)
予想していた地震が起こる。原因はわかったけど、今は説明している暇はない。
「ギギギギ!」
その黒いムカデのような龍はしばらくのたうちまわった後、表裏を反転するとこちらに向き直り尻尾を立てた。歯をカチカチ鳴らして威嚇してくるその様子に、僕は喉の奥が引きつるのを感じた。
「ギギギギ!」
「キリちゃん麻痺魔法お願い」
アイコンタクトだけをしてキリアが僕の前にでて両手を構えて詠唱する。
飛び上がったワームの体の周りを黄色い稲妻が檻のように形どる。それは見事にムカデ竜を捕え、それは飛び上がった姿勢のまま窩底に叩きつけられた。
ピクピクと動きを止めたムカデ竜をみて、僕らは一息ついた。痛みを伴った治療について説明をしなければね。
「ミラたん、歯の中にモンスターがいたよ」
(モ、モンスター!?)
またわずかに風が巻き起こる。あんまり動揺させない方がいいだろけど、説明義務はあるから続けた。
「こいつはドラゴニティスワームって言われている種だね。ジンベイザメについた小判鮫みたいに、このワームも大型ドラゴンの口の中に寄生して食べかすを食べておこぼれをもらって生きるんだ」
「なんかみじめゆね」
「いいや、れっきとした生存戦略だよ。ただ、本来は寒冷地のドラゴンにしか棲みつかないし、宿主に害のないようにコッソリと住み着くはずなんだけど」
そういいながら、僕はピクつくワームに命綱を巻いていく。
「え、そいつ持って帰るゆ?」
「いんや、寄生先もないとどのみちこの子は生きられない。せめて一思いに殺してやったほうがいい」
「かわいそうゆ!」
(可哀想なことあるかいな! キリちゃん。アマギ先生の狙いがわかったワ。アタシにカタルシスをくれるっていうのね! さあ早く、そいつにお見舞いしてあげましショウ!)
「というわけだキリちゃん」
「モンスターを駆除して終わりなんて、気乗りしないゆ。そんなの医療じゃないゆ」
さっきと言ってること矛盾してない? と僕は思ったが、14歳の少女の言わんこともわかる気がする。
「とりあえず引き上げよう。ヴァルミラアスの顎も限界だろうし」
「……うゆ」
僕らは身体強化魔法をしてなんとか、穴の上まで這い上がり、ワームを引き上げた。
僕は持ってきていたセットから仮の詰め物をその穴につめて応急処置を施す。
そして、命綱を2回引っ張ると、口の外目掛けて宙を飛ぶように吐き出されていくのだった。
その後、巨大な顎から吐き出されるように宙を舞う僕らの姿は、ドラゴンの口腔内の冒険のエピローグとしてはあまりに情けないものだった。




