A Happy Something Something Day Ⅰ
「みんな準備はよろしいゆ?」
キリアが勢いよくスタッフルームのドアを横に蹴り開けて飛び込んできた。その手には、いつも握りしめているコントローラーがない。彼女がゲームを後回しにするなんて、明日の天気が竜巻でもおかしくない。
「なんの準備?」
ドアの近くでくつろいでいた僕が一応聞いてあげると、キリアは堂々と無い胸を張った。
「私へのプレゼントを買う準備ゆ」
「……プリンセスかなにかかな?」
自然と口をついて出た僕の言葉に、キリアの目つきが険しくなる。
「そこ、騒がしいゆ」
キリアは顔を近づけてきた。近い。
「えぇ……」
「1月11日は私の誕生日ゆ」
カレンダーを指差してキリアは鼻息荒くする。鼻息がかかるほど近い。分かる、分かるけどさ。
「ああ、そうだったね」
僕はマグを傾けてコーヒーをいただく。いまは淹れたてのコーヒーの方が重要だ。
「そうだったねとはなんだゆ!?」
僕は反射的にコーヒーを置いて、椅子から立ち上がる。怖い。キリアが本気で怖い。
「覚えてるよ、怖いなぁキリちゃん。なんか年々プリンセスというより女王様みたいになってない?」
「ちゃんとアポ切って、休業日にしたかゆ?」
キリアがカレンダーの11日を赤いマジックで上ならなぞって赤字にしようとしている。祝日のつもりか?
「誕生日が休みになるのは、教祖か王なのよ」
「はあ? 意気込みが足りないゆ。私の生まれ落ちた日を先生の命日にしてやろうかゆ」
「なんでこんなに気が立ってるの、この人……」
殺意すら感じるその目に、僕はガクブルしながら隣を見ると、フォンファがロッカーをごそごそ漁っている。
「先輩、もう買ったっすよ」
「偉いゆ! フォンちゃん! なにくれるゆ?」
キリアは僕の顔を両手でどけ、そのまま僕を手すりにして跳びはねる。僕を支えにする必要はないと思うんだけど……。
「じゃーん、いろんな街を探し回ったっすよ! ご照覧あれい!」
フォンファは赤い布袋を机の上に広げる。中から出てきたのは、分厚いゲームソフトの山と一見してジャンクなゲーム機たち。
「いろんなジャンク屋を回っていい感じのの見つてきたっす! 良くわかんないっすけどね。なんかレトロな感じがビビっときたっす!」
ふむふむと、顎に手を当て眉間に皺を寄せてそれらを眺めるキリア。さながら馬券を買うおじさんのようだ。ハンカチを手に一つ一つ丁寧に見ていく。
「ここ、これは──!」
キリアの目があり得ないほどひんむかれている。開いた口が塞がらないとはこのことかってくらい口は「あ゛」の形をして固まっていた。
「ロストテクノロジーと名高いネオボックス、ゲームオブゲームズ!! とんでもないプレミアゆ!! どうやって買ったゆ? すごく高かったろうにゆ! 腎臓片方じゃ足りないゆ!!」
「いや、ワゴンに投げ売りされてたっすよ?」
フォンファはあくびを噛み殺しながら、淡々と答える。その表情の温度差が怖い。
「そんな……まるで三代鬼◯が、ゾ◯を主人に選んだように、コイツは私を選んだってゆゆのか……!」
僕らから見たらなんのもなさそうな黒くて分厚い箱を、キリアは我が子のように愛おしそうに高い高いしている。
「あの、何いってるんですかねこの子は」
「さあ……? 先輩、たまに自分の世界に行っちゃうっすからね」
「ほおお……神々しい……ゆ……」
キリアは完全に召されそうな雰囲気で、古びたゲーム機を拝んでいる。頭を垂れ、手を合わせ、その姿はまさに宗教画に出てくる天使か何かだ。いや、彼女の場合はどちらかといえば暴君だけど。そんな彼女が突然、こちらを鋭く見やった。魂だけは帰ってきたようだ。
「して、先生はなにくれるゆ?」
唐突な問いに僕は一瞬固まる。だがすぐに思い出した。僕もちゃんと準備していたのだ。ロッカーの上に隠しておいた秘密の品があった。
「まぁ、ラミアさんにも相談したんだけど……」
「んゆ! 流石ゆ!」
キリアは期待に満ちた瞳を輝かせ、僕にじりじりと近寄ってくる。その顔には、まるで子供がサンタを待つような無邪気さがあった。こういう時のキリアは年相応に見えるから不思議だ。なんだかもう、それだけで僕は満足してしまいそうになる。
「じゃーん!」
満を持してロッカーから取り出した箱を開けると、キリアはその中身をじっと見つめた。そして……絶句した。
「なんだ……これゆ……」
え? 見てわかんないの? 僕は内心不安になりつつも、得意げに説明を付け加える。
「高級口腔ケアセットー! どう? 結構お値打ちもんよ?」
キリアはしばし無言のまま箱を見つめ、やがて微妙に口角を上げた。いや、これは笑顔なのだろうか。
「うわ、微妙っすね」
横からフォンファがバッサリ切り捨てる。その正直すぎる感想に僕は思わずたじろいだ。しかし、キリアは黙って手を伸ばし、僕のプレゼントを丁寧に受け取ってくれた。
「先生の気持ちは嬉しいゆから、ありがたく頂戴するゆ」
そう言いながらも、その表情には妙に温かみがあった。さっきまでのゲーム機とは明らかにリアクションが違うけど、まあいいか。
「え? 何この空気? またオレなんかやっちゃいました?」
「いいんゆ。私は嬉しいんゆ。そのままの先生でいてゆ」
キリアの言葉に僕はホッと胸を撫で下ろした。だが、隣のフォンファは容赦ない。
「先生は乙女心ってのを勉強した方がいいっすよお。頑張ろうね」
「ん? 僕は孫か? 君らの感覚だと肩たたき券か? コレらは」
「そんな尊いものってほどじゃないっすけど」
フォンファが肩をすくめる一方、キリアは軽く鼻を鳴らした。
「ちがうゆ。先生にたまに見てもらってるゆから、ありがたさが少ないゆ」
「まぁ、キリちゃんったら! 僕を信頼してくれてるのね!!」
思わず感動した僕はキリアを抱きしめようと手を伸ばした。しかしその瞬間、フォンファが容赦なく僕を締め上げる。
「はーい、お触りは禁止っすからねー」
「違う! 違うのに!」
僕がコブラツイストでギリギリと絞められる中、キリアは大事そうにネオボックスを抱きしめた。そして僕が渡した口腔ケアセットも胸ポケットに突っ込み、まるで宝石のブローチみたいにしていた。
……なんか、でも悪くない気がする。
(注)(出典:いしかわ まさと(石川 幹人) 生物学的にしょうがない!)




