Tomorrow Never Comes Ⅲ
風見ヤギ亭の扉を開けた瞬間、僕らは度肝を抜かれた。
外から見ると普通の田舎の食堂風だったのに、中はまるで異世界。
煌びやかなシャンデリアが天井からぶら下がり、壁には金色の装飾が施されている。
「いやいや、ここ本当に田舎の店か?」と心の中でツッコんだ。正直、僕は場違い感で足がすくんでいた。
そんな僕らの様子を全く気にすることなく、やたら背が高くてやたら乳とケツでかいの店員さんが、にっこり笑顔で「こちらへどうぞ」と案内してくれる。
フォンファが僕たちにだけ聞こえるよう、ひそひそ声でこう言った。
「そういえば初めて女性に会いましたけど、めちゃくちゃデカいっすね」
デカい──その言葉の意味がよくわかる。僕の目線が届くのは彼女の背中どころか腰のあたり。いやもう圧倒的な存在感だ。
「ああ、いろんな意味でね」と僕が返すと、彼女の歩くたびに揺れる“何か”に目を奪われる。
「また腑抜けた顔してるゆ。きっしょ」
キリアの無慈悲なツッコミに、揺れる視界と共に小躍りしていた僕の魂は粉砕された。
案内されたのはカウンター席。マスターの顔がちらりと見える。顎髭をしっかり整えた、渋いおじさんだ。渋いだけじゃない、なんだか怖い。
僕らが座るやいなや、そのマスターが無表情のままエールを三杯カウンターに置いた。
「……」
無言で顎をしゃくるマスター。それだけで「飲め」と命令しているように見えた。そして僕らに興味がないとでも言うかのように、すぐに調理に戻る。
「え、これって……まだ注文してないんですが……」
僕は困惑しながら、カウンターのエールとマスターを交互に見る。グラスの中の泡がなんとも美味しそうで、つい唾を飲み込んでしまった。
「困りますゆ」
キリアが文句を言いつつ、もうグラスを手にしていた。そして彼女は立派なエールのヒゲをつけている。おいおい、なにやってんだ。
「おう、にいちゃんたち」
突然後ろから声をかけられた。振り向くと常連っぽい陽気なおじさんが立っていた。
「ここ初めてか?」
「ええ、まぁ」
「そりゃいい。このエールはな、あのぶっきらぼうな店主からのサービスだよ!」
そう言って笑うおじさんに、僕はお礼を言うべきなのか戸惑う。
「ありがたくもらっときな。ただな、俺らはそのエール、クソまずくて飲めたもんじゃねえけどな!」
「おい!うるさいぞ!」
マスターの声が響く。その低音は胸にドスンとくる威圧感があった。
「いやいや、めっちゃ美味いっすけど?」
フォンファがグラスを掲げながら言う。彼女の目はキラキラ輝いている。飲んだそばからキリアが自身とフォンファに解毒魔法をかけていた。あとで僕にもして欲しいなと羨ましく思う。
「しかもエールの一杯目って最高に美味いっすよ!ただ酒なんて最高じゃないっすか!」
フォンファは、すぐにグビグビとジャッキを傾けた。
「まぁ、“俺ら”には合わねえってだけさ。気にすんな。」
そう言って常連はまた笑うが、僕の中には謎が残るばかりだった。
「はぁ……」
とりあえず僕もエールを飲む。泡が口に広がり、おじさんの荒っぽい口調につられて思わず「クソ美味い!」と漏らしてしまった。
エールが美味いのか、雰囲気がそうさせるのか、杯を重ねる手が止まらない。目の前には山羊が大喜びしそうなツマミの山。いや、山羊もツマミとして出されてるんじゃないだろうか? とすると共食い?そんな気になるけど、誰も真相を知りたがらないし、僕も触れないことにする。
酒が進む理由なんて、ここでは考えちゃいけないんだ。
一杯目は不可抗力だったが、キリアとフォンファもノンアルコールのはずの飲み物を、いつの間にか“本物”にすり替えている。たぶんバレないだろう、とか思ってるんだろうけど、二人とも完全に酔っ払ってる。その証拠に、キリアは顔を真っ赤にしながら、「ほら見てゆ、この巻貝、羊っぽくないかゆ?」とか言って頭に巻貝つけてるし、フォンファはひたすら笑っている。なにがそんなにおかしいのか、彼女もよく分かってないだろう。まぁ彼女たちの体は人間のように貧弱にはできていないし、解毒もできるから良いとするか。
村人たちも巻き込んでのどんちゃん騒ぎは、気がつけば一晩続いていた。朝日が昇る頃には、テーブルの上に散らかった皿やグラスの数が、昨夜の熱気を物語っている。
「でさ、にいちゃんたち、こんなド田舎に何しに来たんだ?」
村の男が、赤ら顔のまま聞いてきた。エールを飲みすぎたせいか、声がやけにでかい。
「歯医者の訪問診療で呼ばれたんですよ」
僕が答えると、彼は目を丸くして、「へぇ!」と感心する風にうなずいた。
「そっか、歯医者さんだったのか! 若えくせに女をハベらせてるチャラいヤツかと思ったぜ」
唐突な言葉に、エールの泡を吹き出しそうになった。
「うおい、先生に失礼だゆ!いつだって先生は私だけには優しいゆ」
キリアが腕を組んでむっとしている。酔ってるのに妙に説得力がある顔だ。
「いやいや、ウチから見たら当たってるっすよ! 先生ってば気が多いっすから!」
フォンファが笑いながら肩を揺らしている。それを聞いて、村人たちもまた大笑い。
気が多い、ね。どこからそんな評判が立ったのか分からないけど、たぶん訂正しても信じてもらえないだろう。飲みすぎた朝には、弁解も面倒くさい。僕はただ、「はいはい」と適当に流すことにした。




