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Tomorrow Never Comes Ⅱ



 隣町に到着すると、僕たちはセキハオという小さな竜鳥を二匹借りることにした。鮮やかな青い羽が陽の光にきらきら光っていて、どこか誇らしげな雰囲気がある。フォンファが早速、「おー、かっこいいっすね!」なんて言いながら撫でている。その手つきが妙にプロっぽいのがなんか変に年不相応だった。


 結局、キリアを僕の前に乗せて、僕とフォンファがそれぞれ竜鳥に跨る形で出発することになった。二両編成のこのチーム編成、なんだか遠足みたいだ。

 セキハオに乗り始めたその瞬間、フォンファが妙に張り切った声でこう言ったんだ。

「そっちの子、先生を食べたそうに見てるっすよ!」


 いやいや、そんなわけないだろうとツッコむ間もなく、僕のセキハオが突然、フォンファの顔をペロペロと舐め回し始めた。まるで「この顔はおいしそう!」とでも言いたげに。


「ちょ、ちょっと待つっす! ウチは食べ物じゃないっすよ!」

 フォンファの抗議もむなしく、セキハオは彼女の顔をベッタベタにして離れていった。


 顔中がセキハオのヨダレまみれになり、不貞腐れるフォンファ。その姿を見たキリアが一言。

「フォンちゃんのこと食べたかったゆね」


 その後、キリアは笑いすぎてセキハオから落ちそうになり、フォンファは真顔でヨダレを拭い続けるという謎の時間が訪れた。


 風が肌を撫でるように当たり、少し肌寒い。でも、嫌な感じじゃない。むしろ気持ちいい。竜鳥の足音が周囲の静けさに響いて、僕たちの移動は予想以上にスムーズだった。フォンファは前方から「風きもちいいっすねー!」と振り返り、キリアは「寒いゆ」とぼそっと呟いている。やっぱり温度の感じ方がそれぞれ違うらしい。


 途中、雨宿りをしているモンスターたちを何度か見かけた。湿った地面にしゃがみこんでじっとしているその姿は、思ったより無害そうだ。普通なら襲われる可能性を考えて迂回するべきなんだろうけど、僕たちはそのまま堂々と突き進んだ。


「モンスター、やっぱり襲ってこないゆ」

 キリアが振り返りながら言う。


「ウチらが強そうだからっすね!」

 フォンファが自信満々に答えたけど、どうだろう。実際、襲われても困るけど、無事でいられるのは単に運がいいだけかもしれない。


 そんなこんなで、目指す目的地には最短の二時間ほどで到着した。僕たちは竜鳥を降りて、改めて荷物を確認する。目に入ったチョコを食べて、なんとなく、これから起こることに備えて気を引き締めたつもりだけど、フォンファがお菓子をかじりながら「先生、やっぱ甘いの好きっすね!」とか言ってきたのを聞いて、一気に気が抜けた。


「……まあ、ちょっとだけな」

 そんな僕の返事に、キリアがくすっと笑った気がした。いや、笑ったのかもしれないけど、それより依頼だ。僕らの仕事はまだこれからだ。


 雨がしとしと降り続く隣の隣の隣の集落。大自然に囲まれた渓谷の町だ。用水路が巡り、水車がゆっくりと回る、緑豊かでのどかな田舎──そうであるはずだった場所。

 けれど、その平和は簡単に打ち砕かれた。近隣の人族の国同士が争い始め、この地は地理的な理由で戦場と化してしまったのだ。


 普段は温厚なパーン族──人型をしていて、角と蹄を持ち、岩場を得意とするヤギの亜人族──たちは、必死に抵抗したのだろう。ただ、彼らには誰かを殺す術がなかった。結果、半数が命を落としたという。

 戦いが終わり半年が経った今、この村はかろうじて立ち直りつつある。壊れ果てた水車も用水路も、どうにか修復され、ぎこちない音を立てながら回っている。曇り空の切れ間からわずかに差し込む陽光を受けて、その姿はどこか痛々しく、それでも確かな希望の光を感じさせた。


「晴れそうっすね!大丈夫っすかね、先生の病院」

「帰ったら先生が頑張ればいいゆ」

「まあ、そうっすね!」

「君らも手伝うんだよ?」

 僕の返しに、フォンファとキリアは目をそらしたあげく、ちょうどよく現れた蝶々の番をわざとらしく目で追い始めた。


 セキハオの蹄が硬い街道を軽快に叩く音が響く。その音に反応したのか、槍を持ったパーン族の若者が二人、道の先から現れた。


「何者だ」

「ここは許可なく通れん! 来た道を戻れ!」

 眉間の深い皺の間には、乾いた泥がびっしりとこびりついている。その表情からは警戒心が滲み出ていた。


「えぇ、こんな遠くから来たのにそれはないっすよ!」

 フォンファが憤る、が、僕は冷静に言った。

「いや、彼らの言い分は正しい。これは僕らが礼節を欠いていた」


 そう言って、AMDSに届いていた依頼書を取り出し、彼らに差し出した。


「こ、これは……。申し訳ありません!」

「最近は物騒でしてな。どうぞお通りください!」


 二人は態度を一変させ、槍を軽く立て直すと、右手で右の角を軽く握り、目を細めて耳を後ろに引いた。


「え……なんすかね」

 フォンファが小声で聞いてくる。


「降りて」

 僕はセキハオからさっと降りると、彼らの真似をした。角なんてないので、代わりに髪の束を掴んでみせる。それが正しいのかは分からないが、礼を失するわけにはいかない。


「おりゆ」

「はいっす」

 キリアとフォンファも僕に倣い、それぞれ慣れない様子で角の代わりに頭や髪を触り、目を細めた。


「そ、そんな……! 御客人が敬礼を返してくれるなんて……!」

「他民族でそんなことをしてくれる方がいるとは思いませんでした!」


 どうやら正解だったらしい。二人の顔が驚きと感動でほころんだ。


 その瞬間、雲間から鮮やかな光が差し込み、辺りがぱっと明るくなった。僕らの行いを称えるかのように。フォンファとキリアもそれを見て満面の笑みを浮かべ、パーン族たちと笑い合った。

 戦場となった傷跡の残るこの地に、少しだけ希望の光が灯った気がした。


「さあさ、セキハオのことなら任せなさい。おまえ! おじさんたちのところに案内して差し上げろ!」

 案内人らしき青年がびしっと敬礼し、「はい! こちらです」と先導を始めた。


 僕らは側溝に流れる雨水に逆らうように、ゆるやかに坂を登っていった。周囲は緑に覆われていて、雨のしずくが葉を濡らし、淡い香りを漂わせている。その中でひときわ目を引くものがあった。


「うっわ! でっかいっすね!」フォンファが足を止め、水しぶきを避けつつ指をさした。

 そこには一つだけ妙にスムーズに、しかも驚くほどゆっくりとした速度で回っている大きな水車があった。


「なんか、それに他と違って滑らかっす」

「あれは……私たちの誇りです」

 案内人の青年が小さく胸を張った。その言葉には微かな震えがあったが、確かに自信と感謝の響きも含まれていた。


「太古から存在する村の象徴で、命懸けで守ったんです。戦の間、この水車を拠点にして、周りをバリケードやら櫓やらで覆ったんですよ。今ではきれいさっぱりなくなりましたけどね」


 大水車と、水の流れを目に留めながら、僕らは街道を登っていく。

「僕らパーン族は、強くもないのに自らを犠牲にして何かを守ろうとしちゃうんです」

 青年の自嘲気味な呟きに僕らは何と返せばいいのか分からず慰めの言葉を出そうとしてはそれを飲み込んだ。


 無言のまま歩みを進めていくと、水車の向こうに草原が広がっているのが徐々に見えて来る。


 水車を完全に追い越すと、草原には子供の背丈ほどの小さな風車が数えきれないほど並んでいた。


 それらは風を受けてカタカタと揺れ、どこか夢のような光景を作り出している。


「わぁ、きれいだゆ」

「ホントっすね、これはすごいっす」

 キリアとフォンファは足を止め、その風車の光景に見とれていた。


「そう言っていただけると、彼らも報われます」

 青年はそう言いながらも、その瞳には重い影が落ちていた。


「大変お辛かったでしょう。心中お察しします」

 僕は髪を軽く掴み、角を持つ仕草で青年に言葉を投げかけた。


「いえ、もうみんな前を向いています。歩き出せる日を信じて、少しずつですけどね」

 青年は遠くを見つめ、微かに笑って角を触った。けれど、その目は風車が回る先の遠い空の彼方に焦点が合っているようだった。


 僕らのやりとりを、キリアとフォンファは意味を測りかねた様子で目を丸くしていたが、すぐにまた風車の美しさに戻っていった。その無邪気な様子に、青年は少しだけ肩を緩めたようだった。


 やがて二人も満足したらしく、「行くっすか」と声をかけてきた。僕らは再び歩き始める。


 しばらくすると、少し高台になった場所で青年が振り返り、元気よく声を張り上げた。

「もう少しです!」


 その声の先には、村の中でもひときわ目を引く、立派な煉瓦造りの建物があった。


 建物の看板にはビールの絵が描かれている。


「酒場かな?」


 雨に濡れた壁が鈍い光を反射し、堂々とした佇まいで僕らを迎え入れていた。


「へとへとだゆ〜」

 キリアが地面にへたり込む。細い足を前に投げ出して、まるで幼い子供のようだ。


「先輩は、足腰鍛えなきゃダメっすよ!」

 そう言いながら、フォンファが器用に水魔法を操る。びちゃびちゃと勢いよく放たれた水流が、キリアの腕や足の潤いを取り戻していく。その一方で、彼女の服だけは見事に濡らさない。むしろ丁寧にまくってやるあたり、フォンファの意外な几帳面さがにじみ出ている。


「ここは……依頼文にあった……」

 僕は見上げたまま、ひとりごとのようにそうつぶやいた。


「そうです。村で一番の酒が飲める場所、風見ヤギ亭です!」

 青年案内人が胸を張る。風見ヤギ亭と大きく書かれた看板が、煉瓦の建物の入り口に掲げられていた。


「そのまんまのネーミングっすね」

 フォンファが小声でぼそっと言う。その目は看板に描かれた少し歪んだヤギの絵をじっと見つめていた。


「まぁまぁ! 味は確かですから!」

 青年は満面の笑みでそう返す。どうやら彼はこの酒場を心から誇りに思っているようだ。


「いやいやいや、未成年いるっすけど!」

 フォンファが自身とキリアを交互に指差して、真剣な顔で言った。


「フォンちゃんなにいってるゆ?」

 キリアが水気を払ったばかりの腕を振りながら、ゆったりと立ち上がる。その表情にはどこか得意げな色が浮かんでいる。


「解毒魔法でアルコールなんて一瞬ゆ」

 キリアが言うと、フォンファの顔がぱっと明るくなった。


「やったっす! 初飲酒っす!」

「……まぁ、こっそりお子様ビールに変えておこうかな」僕はぼそっとつぶやく。だが、どうせこの二人は気づきもしないだろう。


 とはいえ、酒の香りに誘われたのは事実だ。目の前の酒場の扉からは、賑やかな話し声や笑い声がこぼれ聞こえてくる。腹の底にじんわりとした期待感が広がっていくのを僕は感じていた。


「酒だー!!!」

 三人で声をそろえた瞬間、扉が開き、その声は酒場の中へと溶け込んでいった。


 温かい光と、甘い酒の香りが僕らを包み込んだ。

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