木
…近所にある小さな小学校には、正門横のあたりに、一本の桜の木が植えられている。
春先になると薄桃色の花が咲き、通りかかる人々を和ませている。
タイミングが合えば、入学式の時に咲き誇り、彩を添えている。
桜の木は、ネットフェンスのすぐ近くで生えている。
おそらく…、植えた場所が、悪かったのだ。
幹の一部が、ひし形金網から飛び出している。
切った枝の先のひとつが金網の枠の中に伸びて、成長したらしい。
不格好に枝の先が膨らんで、はみ出した部分が…おかしな形になっている。
「なんかネズミがいるみたい!!」
時折、子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。
遠目で見れば、木の幹には…見えない。
近くで見ても、ネズミのように見えた。
……木のでっぱりは、どんどん大きくなっていく。
ひし形金網の一つの枠からはみ出して、周りの枠まで巻き込みはじめた。
これはいわゆる…物質を巻き込んで成長してしまったということなのか。
「ねえねえ、なんか猫に見えない?」
時折、子供たちの声が聞こえた。
大きくなったでっぱりは、遠目に見ると木の幹には見えない。
近くで見れば、猫のような形をした木ではあった。
……木のでっぱりは、どんどん大きくなっていく。
ひし形金網を取り込んで、一体化している。
もう…フェンスと木を切り離すことは難しそうだ。
「すごい、じゃれてる大型犬みたいだ」
時折、大人たちの驚く声が聞こえた。
大きくなったでっぱりは、遠目で見ると木の塊には見えない。
近くで見れば、ごつごつとした木の表面だとわかるのだが。
……木のでっぱりは、どんどん大きくなっていく。
すっかりフェンスを飲みこんで、まるで最初からそういう造形物であったかのように佇んでいる。
もはや…芸術作品と言ってもいい風貌だ。
「ゴリラが、いる…」
たまに、老人のささやく声が聞こえた。
大きくなったでっぱりは、遠目で見ても異様だ。
近くで見ても、やっぱり異様だ。
……木のでっぱりは、どんどん大きくなっていく。
すっかりフェンスが朽ちてしまったというのに、凛々しく己の姿を誇っている。
どこにも…木と鉄の融合を確認できる部分は見当たらない。
「まるで恐竜だな……」
思わず、呟いてしまった。
大きくなったでっぱりは、遠目で見ても目立つ存在だ。
近くで見ると、神々しさすら感じる。
木の生命力というのは…素晴らしいな。
体内に異物を取り込んでもなお、己の成長を止めないとは。
ここまで、大きく成長することができるとは。
きっと、これから先も……どんどん、大きくなっていくのだろう。
本当に……恐れいる。
正直なところ、木の生態を…なめていた。
……どこまで大きくなるのか、気になるところではあるが。
人のいない星には、少々…飽きてしまったのでね。
「大きく、なれよ」
私は、ものを言わぬ大木を、荒れ地に残したまま。
宇宙へと、旅だったのだった。