第21章 地球への帰還
船は見慣れた飛行機のようにも見えた。
「エンジンのところなどを入れ替えた、『ボーイング367-80』です。これで、一般の人々も気にせずに着陸することができるでしょう。」
侍従長が船を見せながら俺たちに説明をした。
金内がそんな侍従長の説明を聞かずに、タラップを軽快に踏みながら、中に一番に入っていった。
「ねえ、先輩。見てみて。広いですよ」
中から声が響いてくる。
俺は皇女を背負いながら、金内の元へと向かう。
機内は、見た目よりも広く、俺たち以外にも、必要な人らを運ぶことになっているらしく、座席が10以上あった。
「どなたか一緒に行くんですか」
俺が近くの席に皇女を座らせてから、侍従長に聞いた。
「ええ、日本皇国に向かうために必要な人材や研究員です。外国からの公的訪問という立場で、なおかつ外交特権が発生します」
「それって、私たちと一緒に帰ってくるの?」
金内がすでに一番窓に近い席に座っていて、シートベルトを探しながら侍従長に聞いた。
「いいえ、1年間は滞在することになっております。なので、我々とは別便で帰ってくる予定です。彼らは日本皇国と宇宙文明ともいうべき我々を結ぶ懸け橋となるでしょう」
「なるほどね、外交官か」
俺がつぶやくと、その外交官団が飛行機に入ってきた。
その団長らしい、一人だけ肩章のマークが違っている人には、見覚えがあった。
「セレン・マイテクさんですね」
俺は立ち上がって、彼らを出迎えながら、団長に聞いた。
「おお、何方かと思えば、天栄殿ではなかろうか。かような所で、一体何を」
「金内の母親に聞きたいことがあるから、一旦地球に戻ることにしたんですよ。セレンさんも地球に来るんですか」
「うむ、拙者は、今回の外交団の団長として地球へ参ることと相成った。して、何か日本皇国にて気を付けるべきことは」
「まずはその口調のような人はいないとおもいます。あとは、スーツ姿だったら、なんとかなったりします」
「なんと、拙者の持つこの教本には、かように話すべしと書かれておった」
「それは随分と古い言葉ですよ。向こうに行くまでの間に、いろいろと教えましょうか」
「うむ、それは幾分と助けになろう。だが、拙者は独学にてこれを成し遂げたい。よって、新たなる参考書を買い、学ぶべきと」
「だったら頑張ってくださいとしか言えないわね」
皇女のシートベルトを横の椅子で確認している俺の頭を飛び越える形で、皇女がセレンに言った。
「うむ、拙者はいつでも頑張るモノだ」
その時、機内放送がかかる。
「まもなく離陸するための態勢へ移動を開始します。皆さま、シートベルトを着用し、しっかりと締めてください」
その声を聞くと、周りの人たちも空いている席に座り、X字になるようにシートベルトを締める。
さらに腹部のところにもシートベルトを一の字に締めた。
1分ほどで、シートベルト着用のサインが頭の上で点灯すると、すぐにシートベルトを締めるようにという放送がかかった。
続いて、ゆっくりと機体が動き出す。
横に動くかと思ったが、上方向に動き出した。
「垂直離陸式か」
俺がつぶやいた。
「滑走路は大きいからね。こっちのほうが土地利用もしやすいし、なにより場所を取らない。便利なものだよ」
王女が言ってくれると同時に、船が急にスピードを上げ始める。
声がだんだんと聞きとれなくなっていった。
その圧迫感が急に薄れたと思うと、シートベルト着用サインが消灯した。
「もう外していいって」
金内はすぐに外して、俺の膝に座った。
「らしいな」
外す暇なく座られたから、金具が体に食い込んできて痛い。
「窓の外、見れなくて残念」
ちょっとつまらなさそうに言う金内は、飛行機の窓ガラスの外に視線を合わせていた。
だが、今からの飛行タイプでは、青方偏移が観測されるため、電磁波の波長が短くなる。
そのため人体に有害な遠紫外線が観測される。
それを防ぐため、窓はすべて防護する目的で封鎖される。
このため外の風景を見ることはできないのだ。
「見えないのは残念だけど、仕方ないさ」
「でも、その分、先輩にひっつきますからね」
「それはそれでうれし…いや、余りひっつき過ぎるのは暑くなるから、ほどほどにな」
「うん」
にこっとして、楽しそうに何の曲か分からない鼻歌を始めた。
何の曲か聞く前に、再び船内放送がかかる。
「本船は、日本皇国神戸宇宙港へ着陸を行います。到着時刻は午後3時15分。現地の使用言語は日本語。現在、3光年/分にて、ワームホール航法によって飛行を行っております。なお、進行方向は客室頭上となっており、重力方向は足元となっております。約1時間ほど、旅をお楽しみください」
「ワームホール航法?」
金内があきらかな疑問形で聞いてくる。
そこへ皇女が答えた。
「宇宙を紙だと思って。それを両端をはり合わせて、ヒモを通す。そのヒモのことをワームホールというの。平たく言えば次元に開いた虫食い穴ね。この外では、青方偏移となるため、人体に猛烈な損傷を与える紫外線が飛び交っているわ。おかげで、雑誌を読むぐらいしかできなくてね」
皇女が読んでいるのは、日本のミリタリー雑誌だった。
「どこでそんなのを手に入れたの」
「入手ルート、本当に知りたい?」
皇女は妖しく笑っていたが、それに答える者は誰もいなかった。