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ヒロインの少食アピが凄いので悪役令嬢らしくがっついてやった

作者: 新井福

お読みいただきありがとうございます。

「やだぁ、ミリアこんなに食べれないよぉ」

「はっは、本当に奥ゆかしいなあミリアは」

「ええ、とても美しい」

 この国の第二王子と公爵家の次男が一人の男爵令嬢に群がっているのを私は冷めた目で見つめた。他の女生徒も然り。

 ふー、とため息をつくと私は今日の学食のA定食である『生姜焼き定食』を食べる。女性は少食が美とされているこの国においてその生姜焼き定食も特段多い量ではない、寧ろ少ない量なのだが、生姜焼き定食を残り数口とした私に件の男爵令嬢が突っかかってきた。

「あれ? ルーナ様って前から思ってたけど大食いなんですね。そんなに食べたら殿下に愛想つかされちゃいますよー」

 金魚のフンである第二王子と公爵家の次男もそれに追随するように「あんな下品な女が兄上の婚約者とは、おいたわしい」「ふんっ、女の風上にも置けないな」等と言われる。

 周りの生徒も、女生徒は私に憐れみの目を向ける方が多いが、男子生徒は概ね第二王子達と同意見のような顔をしている生徒が多い。


 そこで、私の眉間にシワが寄った。この料理で多いとはどういう事だ、と。前世の記憶がある私からすればこんな量栄養失調で倒れる寸前の量だ。私は結構周りの意見は聞かないようにしているのだが(公爵令嬢という権力で黙らせているとも言う)、他のご令嬢方はゆで卵が申し訳程度に載ったサラダしか食べていない。ドレッシングもオリーブオイルと塩だけでそのまま食べた方がマシ程度だ。


 黙りこくる私に男爵令嬢がやって来る。そして私に耳打ちした。

「ああ言ったけど、悪役令嬢であるあんたがいっぱい食べてくれるとヒロインである私が映えるのよね。だからこれからもいっぱい食べてね?」

 悪役令嬢、ヒロイン――それは少女漫画や乙女ゲームで聞いたことのある名前。この男爵令嬢の言う事が嘘ではなければ、つまりこの世界は彼女の為に作られたという事か? 彼女がちやほやされる為にこんな嫌な『美』の概念が作られたという事なのだろうか?

「……何それ」

 私の言葉に男爵令嬢がニンマリと口角を上げる。何か逆ギレすると思ったのだろう。だけど違う。

 私は、少食のせいで栄養失調に陥って学園を辞めた友達、骨が浮いて醜いからと婚約破棄された令嬢達の為に、手を高く上げるのだ。ヒロインのせいか肌艶の良いお前の幸せの為の踏み台になんて、なってやるものか。

「唐揚げ、山盛り。コーンポタージュ2リットル。パン全種類30個ずつ。それからおにぎりに卵焼き、ハンバーグ、それからケーキにゼリーも、ありったけくださぁい!」

「え!? 何考えてんのよ。意味わかんないっ」

 私の大声に驚いたかのようにヒロインは第二王子達の下に帰っていった。それには見向きもせず私は周りの令嬢に呼びかけた。

「机を運んで一つの大きな机になるようにしてください!」

「え、えと……」

「早く!」

「はい!」

 私に急かされて周りの令嬢は机を協力して運び始める。だが机は重い上に令嬢達にはエネルギーが無いから上手く運べないようだった。どうしようかと思っているとおずおずと男子生徒が来た。

「お、俺達が運ぼっか? なんか危なっかしいし……」

 声をかけられた令嬢達はありがたいと頷いた。

「私達には重くって……そうしてもらえると嬉しいです」

 その様子に私はなんだかほっこりすると、令嬢達には椅子を運ぶように指示を出す。そして机が運び終る頃には私が食堂の料理人に頼んだ料理、いやそれをはるかに超える品数と量の料理が用意された。

 料理人が嬉しそうに言う。

「ご令嬢が何をするかは分かりませんが、おかわりと言ってもらったのが嬉しくて張り切ってしまいました」

 その言葉にお礼をすると、私は用意を手伝ってくれた生徒達に言った。

「さあ! 本当のご飯の楽しみ方を教えてあげます」

「本当のご飯の楽しみ方?」

 不思議そうな顔をする皆の前で私はクロワッサンとメロンパンを片方ずつに持つ、所謂二刀流という持ち方をしてそれを大口を開けてぱくついた。

 サックサクで崩れやすいクロワッサンは令嬢には相応しくないと禁じられているもの。女生徒達が羨ましそうに私を見る。香ばしく甘いメロンパンは、男だといえど多量の砂糖やおかわりは咎められる男子生徒達にとってはどんな美女より毒なもの。皆はお互いに顔を合わせた後、一斉に食べ始めた。

 クロワッサンのバターで手を汚しながら皆美味しそうに食べる。「おにぎりなんて初めて食べた」という令嬢はおかかと鮭を二刀流にして食べていた。「本当は甘いものをお腹いっぱい食べて見たかった」と吐露した男子生徒はワンカットずつケーキをとってそれをホールのように並べたものを口の周りにクリームをつけながら食べていた。


 あぁそうだ。やはり食事とはこうあるべきなのだ、と私は唐揚げを食べながら思う。食事はただの栄養素ではない。目で彩りを楽しんで、手でそのずっしりとした重みを感じて、耳で食べた時の音を聞いて、語らい合いながら美味しく心ゆくまで食べるものだ。前世、拒食症になってしまって、それでもリハビリを重ねてまた美味しくご飯を食べられるようになった妹を思い出す。

 私はゴクリと唐揚げを飲み込んだ。そして食堂の外からこっちを見ている生徒、先生を手招きして連れ込む。料理人の人達も嬉しそうにご飯を持ってきてくれた。こんなに材料があるのかと思ったが、材料は魔法をかけて倉庫で備蓄しているから沢山あるらしい。


 そんな風に食堂で人が溢れかえっているのをニコニコしながら見ていると「これも美味しいよ、ルーナ」と口に苺タルトを入れられた。横を見るとそこには私の婚約者であるレインハルト様がいた。優しそうな青の瞳に真っ直ぐな黒髪とその麗しい顔はいつ見ても心臓に悪い。

「い、いつの間にいらしてたんですか?」

「今さっき。君が面白い事をやっていると聞いて急いで来たんだよ」

 生徒会長でもあるレインハルト様は忙しいはず。それでも来たという事は私を咎める為であろう。婚約破棄されるかもしれない。でも、だからこそ私はレインハルト様に向き合った。

「レインハルト様、やはり私は今の『女性は少食が美』とされる風習には疑問の念が尽きません。そのせいで男女間の差別のようなものも大きくなり、身体にも大きな害を及ぼします」

「知っている。だから僕も一応動き出してはいるんだけど、駄目だね。大人はもうその考えに染まっているから変えようとしない、子供は親に駄目だと教えられている事は中々破れない。心が拒絶する」

 私の口にまた一口レインハルト様はタルトを入れた。

「だから、君とならどうにか出来ると今日分かったよ」

「はい?」

「びっくりしたよ。皆美味しそうに食べてるんだから。それが教師も、っていうのが面白いよね。うん、やっぱり君には人を変える力があるんだよ。僕に昔美味しいご飯の食べ方を教えてくれた時のようにこうして一瞬で皆の意識を変えた」

「私、今婚約破棄されるかもと思ったんですけど……」

 レインハルト様はにっこり笑った。

「そんな事しないよ。僕の妃は君だけだ」

 そう言ってまた口元にタルトが運ばれてぱくりと食べると、彼はより一層笑みを深めた。


 そこに場違いな声が入る。

「何なのよ、これは!」

 それはあの男爵令嬢の声だ。

「あんた、何やってんのよ! ていうか、なんでこんな丸く収まっちゃってる訳!? この世界は私の為にあんのに改変するような事すんなよ性悪女」

 さっきまで賑やかだった食堂が静まり返る。第二王子と公爵家の次男は気まずそうにしていた。

 男爵令嬢はまだ怒鳴り散らしている。そんな彼女の前にレインハルト様が立った。

「あぁ、そうそう。そう言えば君に関する面白い映像があるんだよね」

「え?」

 レインハルト様が指を鳴らすと魔法で大きなスクリーンのような物が現れた。

 そこには、校舎裏でガツガツとご飯を食べている男爵令嬢の姿が映っていた。あぐらをかきながら鷲掴みにしたご飯をバクバクと食べている。時間がないのかご飯を口に詰め込んでいる彼女はなんだかとても汚い。

 周りからも「私達にあんな事言っておいて……」「汚い」「引いたわ」等といった彼女を非難する声が上がる。


「い、嫌それは私じゃ……」

「別にこれ自体は罪に問われる事じゃない。けど少食だと捏造して僕のルーナを貶めたのはいただけないね」

 男爵令嬢は悔しそうに出ていった。


 それから、一ヶ月ほど彼女は肩身の狭い想いをしながら学園に通っていたが自主退学をしてしまった。


 私はあれからも定期的に『ご飯を楽しむ会』と称して皆でご飯を食べた。2回目以降は教師が促したせいもあってか色んな子が来てくれた。また、拒食症のような症状を抱えている子も多く、精神科医を手配したり、食べる量が少なくても栄養が摂れるようなメニューを開発した。

 私が卒業する頃には、栄養失調で学園を退学する子は出なくなり、食に関心を持つ子が増えた。

 でも、この世は学園の中だけが全てではない。私はこの国の民に、ご飯の美味しい食べ方を知ってほしい。


◇◇◇


 それから7年が経った。私の旦那様となったレインハルト様と今日はある伯爵家の夫妻とその一人娘を招いて食事会をする。孤児院を国の各地に設置したり、平民の人達に炊き出しをしたり作物が枯れないように肥料を作ったりと、ご飯が食べられない人達への対策は順調に進んでいる。

 だから今日はご飯を食べることに抵抗がある人達のためだ。

「今日は寒いのにお越し下さり有難うございます。お野菜がゴロゴロ入ったシチューと外はサクサクで中はふわふわの食パンを用意したからたくさん食べてね」

「ありがたき幸せです」

 そう彼らは言いながらもその瞳に熱はない。それに微かに苦笑しながら私とレインハルト様は「いただきます」と言ってあったかくて生姜が効いていて少しスパイシーなシチューを食べた。その次にバターがじゅんわり染み込んだパンをお行儀悪くシチューに浸し食べる。

 伯爵家の方々は私達をぱちくりと見つめた後、『王族のやり方に従わねば』と言いたげに渋々とパンを浸して食べた。そうすると次の瞬間には光が散ったように目をまん丸くさせ、頬張り始めた。一人娘のアンナちゃんという12歳の少女はもう食パンを一枚食べ終わっている。

「もう一枚食べる?」

 そう聞くと恥ずかしそうにコクリと頷いて見せて、それに微かに笑うと「私達も……」と伯爵家の夫妻も手を上げた。それに堪えきれなくなってレインハルト様とクスクスと笑いあうとおかわりとしてバスケットいっぱいにパンを持ってきてもらった。

 私も2枚目に手を伸ばす。

 皆でホフホフしながらシチューを食べておかわりをして、楽しい時間を過ごした。

 そして、食べ終わって人心地ついたところで私は話し始める。ここに訪れた人にいつも言うことを。

「ご飯だけが幸せではないけれど、お腹がいっぱいになって満たされている時、それは何にも代えられない幸せだわ」

 ――だから今日ここで知った美味しいご飯の食べ方を忘れないでね。そう、私は締め括った。

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― 新着の感想 ―
[一言] ご飯は、ただただ食べるんじゃなくて、味覚をはじめ、視覚、嗅覚、聴覚、触覚……色々な感覚で楽しみながら食べるのがいいんだなーっていうのを改めて思わせてくれる小説
[良い点] 女性にたいして、食や食事法を制限することは実際にありましたからねー。 お歯黒なんて、まさしくですし、コルセットを巻くために流動食しか食べれない、痩せるために血を抜いたりと。 残念なことに…
[一言] 各々のやり方で良いから美味しいと幸せと感じる食事を取ろう しかし人を不快にさせるような食事の仕方は行けないからマナーというものがあると言う戒め(男爵令嬢の食事風景)があり 周囲を不快にさせな…
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