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9話


 そうして、迎えた翌朝。

 リスティアナは学園に登園し、馬車から降りた瞬間に向けられる視線に顔色一つ変えずにぽつりと呟いた。


「──分かっていたわ、分かっていたけれど……。露骨ね……」


 昨日までの好奇心混じりの視線とはあからさまに種類が変わって来ている事に気付き、リスティアナはひっそり、と眉を寄せた。


「昨日の、今日で──こんなにも変わる物かしら……?」


 リスティアナは、自分を責めるような批難するような視線もぽつりぽつり、と混じっている事に気付き、その視線を向ける元を確認しようとしたがその瞬間。

 学園の正門辺りで登園していた学園生達の空気がざわり、と揺らめいた。


 リスティアナが「何かしら」とそのざわめきの方向に視線を向けると、学園生達の間から正門に着いた馬車の紋章が見えて瞳を細めた。

 人々の間から見えた馬車は、王家の紋章が着いた物で。

 その中からは恐らくナタリアとヴィルジールが降りて来るのだろう、と予測するとリスティアナは足早にその場から離れようとくるり、と前方に向き直り一歩足を踏み出した。


 その時、馬車から降り立ったのだろう。

 ナタリアの声が屋外にも関わらず良く通り、リスティアナの耳にも届いてしまった。


「──あっ、リスティアナ嬢……っ」

「……っ」


 リスティアナは、思わず胸中で舌打ちしたくなってしまったが、何とかその衝動を押し留めると、薄らと微笑みを貼り付けたままくるり、と振り向いた。


(淑女は舌打ちなんてしてはいけないわ)


 落ち着いて、落ち着いてと心の中で自分自身に言い聞かせながら振り向くと、リスティアナが思っていた通り、ナタリアがヴィルジールの腕に自分の腕を絡ませ、体を支えて貰いながらこちらへと歩いて来ている様子が見える。


 その二人の様子に、学園生達が驚きに目を見開き動揺している様子が離れた場所に立ち止まっているリスティアナの元にも手に取るように伝わって来て、リスティアナはこめかみにぴくり、と青筋を浮かび上がらせる。


「──あら、ごきげんよう。ナタリア嬢。……何か御用かしら?」

「あっ、えっと……。その、突然呼び止めてしまい申し訳ございません……。昨日の事ですが、昨夜殿下にお話を頂いて──」

「ナ、ナタリア嬢っ」

「ナタリア嬢! 少しお黙りになって!」


 慌てた様子のヴィルジールの声に被せるようにしてリスティアナが鋭い声を上げる。


 このような大勢の人が居る場所で、ナタリアは昨夜ヴィルジールと共に居た、と言う事を公言してしまったのだ。

 それを聞いた学園生が、ヴィルジールとナタリアの関係を下世話な方向に勘違いしても仕方がない程の愚かな失言。


「貴女は……っ、私が昨日お伝えした言葉を何一つとしてご理解頂いていらっしゃらないのですね……っ」

「す、すまないリスティアナ……っ。私からも説明したのだが……」


 顔色を悪くしてヴィルジールがリスティアナに向かって言葉を告げるが、リスティアナはキッと鋭い視線をナタリアに向けると冷たく言い放つ。


「昨日の会話から、察してはおりましたが……ここまで教養が無いとは……失望致しましたわ。……ナタリア嬢にも、勿論殿下にも」

「リ、リスティアナ……っ」

「ひ、酷いです! リスティアナ嬢っ。私は確かにリスティアナ嬢のように、幼少期から学問を学ぶ事が出来ませんでしたが……っ、そんなに高位貴族である事が凄い事なのですかっ、下位貴族が、高位貴族の方と同じように学ぶ事が出来る訳がないではないですか……!」


 それなのに、高位貴族に生まれたからと言って馬鹿にするのは酷いです! と声を荒らげるナタリアと、興奮して叫んでいるナタリアを宥めるように慌ててナタリアを止めようとしているヴィルジールに、リスティアナは「それすらも分からないのか」と呆れてしまう。


「学問の、……教養の深さ浅さだけではございません。貴族として生まれたからには私達が発言した言葉は大きな意味や、責任を持つべき事が起こりえるのです……。それすらも分からずに自分の感情そのままに口から言葉を発するべきでは無い……。それすら、分からぬ頭なのですか、と私は貴女にそう言っているのです」

「な、なんて酷い事を……っ! やっぱりリスティアナ嬢は、私を恨んでおいでですね……。だからそのように私に対して厳しいお言葉ばかりを告げるのです……」

「昨日からお伝えしておりますが……。私は貴女を恨みも、憎んでもおりません」

「いいえ、いいえ。リスティアナ嬢はそう思い込んでいらっしゃるんですわ! 蔑んでいた下位貴族である私なんかに、高位貴族であるリスティアナ嬢が婚約者を奪われたから……っ!」


 勝ち誇ったかのような表情を浮かべ、自分の下腹部を大事そうに手のひらで撫でるナタリアに、周囲に居た学園生達のざわめきが今日一番大きくなる。


「ナ、ナタリア嬢! 少し黙りたまえ!」


 ヴィルジールが真っ青な顔で慌ててナタリアを止めるがもう遅い。

 静まり返っていた正門付近に、ナタリアの声は嫌な程響き渡り、そしてナタリアの仕草に周囲に居た学園生の中には察した者もいるだろう。


 その証拠に、その場から離れて帰宅していく学園生達の姿も見受けられる。


 リスティアナは、周囲にちらりと視線をやりその様子を確認すると最悪な状況になった事を察する。


「リ、リスティアナ……すまない、違うんだ、こんな騒ぎを起こすつもりでは……っ」


 こんなつもりでは無かったのに、と声を震わせるヴィルジールに、リスティアナはひたりと視線を向けると唇を開いた。


「──殿下。この騒ぎになってしまっては、ナタリア嬢は王宮に戻すべきかと思います」


 さっさとこの場から離れろ、と言うようなリスティアナの言葉に、ヴィルジールは力無く頷くと未だ喚き続けるナタリアを宥め、説得しヴィルジールとナタリアは馬車へと戻って行った。


 その場には、ざわざわと隣の学園生と何やら囁きあっている者や、高位貴族である侯爵家のリスティアナと、王太子であるヴィルジールの婚約が白紙になりそうな事に楽しんでいる者、野次馬感覚でやはり楽しんでいる者。

 そうして、国の内部がこれから揺れ出しそうな事を察知し、報告の為に家に帰る者達でざわめいた。


(──私も、今日は学園に出ずに戻った方がいいでしょうね……お父様に報告をしなくてはいけないわ……)


 リスティアナが自分の顎に手を当てそう考えていると、ざわめく学園生達の間を縫って聞き慣れた声がその場に響いた。


「──? 何故、このような騒ぎに……? あら、リスティアナ。おはよう、どうかしたのかしら?」

「──コリーナ!」


 心強いコリーナの登場に、リスティアナはぱっと視線を上げるとコリーナに向かって近付き、そっと囁く。


「コリーナ。殿下と、ナタリア嬢がこの場で騒ぎを起こしてしまったの……ナタリア嬢の発言で、恐らく全てを察した者も中には居ると思うわ」

「……っ、何ですって……? もうっ、何故私がたまたま遅く登園してしまった時にこのような事が起こるのかしらね……っ」

「でも、助かったわコリーナ。私は、急ぎ邸に戻りお父様に報告するわ。アイリーン嬢と、ティファ嬢をよろしくね、何かあれば力になって差し上げて」


 リスティアナの声に、コリーナは「分かったわ」と小さく頷くと周囲の学園生達に聞こえるように言い放つ。


「学生の本分は、学ぶ事では無くて? いつまでジロジロと女性を不躾な視線で見つめ続けるのかしら? 貴族として恥ずべき行動は控えて欲しいわね」


 侯爵令嬢であるコリーナの言葉に、周囲に居た学園生達は気まずそうに視線を逸らし、一人また一人とぽつぽつと学園の建物へと足を向けて歩き出す。

 その様子を見ながら、リスティアナはコリーナに向かって微笑むと唇を開く。


「……コリーナ、ありがとう。ふふ、貴女には昔から助けられてばかりね?」

「そんなのお互い様よ。リスティアナ、貴女だって昔から私を助けてくれていたわ」


 ぱちり、とコリーナがウィンクをしてリスティアナにそう言うと、「また休日明けに会いましょう」とリスティアナの肩をぽん、と叩いてから学園の建物の方へと歩いて行った。




 馬車に乗り、急ぎ侯爵邸に帰宅したリスティアナは馬車から降りるなり父親の執務室へと真っ直ぐ向かう。


 学園に向かった筈のリスティアナが直ぐに戻って来た事に使用人達は何か問題でも起きたのか、と察して直ぐにリスティアナが学園に持参していた荷物達を預かると、リスティアナは使用人にお礼を告げて執務室の前までやって来る。


(──午前中のお忙しい時間帯に……このような報告を上げてはお父様の仕事を増やしてしまうかもしれないわね……。けれど、このまま見過ごしておくわけにはいかないわ……)


 リスティアナはぐっ、と小さく拳を握ると目の前の扉をノックした。


「──お父様、私ですリスティアナでございます」

「……リスティアナ? 入りなさい」

「失礼致しますわ」


 父親の返答があった事を確認すると、リスティアナはそっと扉を開けて中へと入る。


 父親は机に向かい何枚かの書類を確認していたが、リスティアナが入室してくるとその書類を机の上に置き、椅子から立ち上がる。


「ソファに座りなさい。今、お茶を用意させよう」

「お仕事中に申し訳ございません」

「なに、気にするな。今日は午後に領地の視察が入っている程度だからな」


 父親はリスティアナが腰を下ろした向かいのソファに自らも腰を下ろすと、チリンとベルを鳴らして使用人を呼び、お茶の用意をするよう告げる。


「──何か、あったな?」

「……はい」


 お茶の用意が終わり、使用人が部屋から下がると父親はリスティアナに視線を向けて瞳を細める。


 リスティアナは、学園で起きた事を全て父親に話す事に決めると、ゆっくりと唇を開いた──。




「──なるほどな……」


 リスティアナが全てを話し終えると、考え込むようにして父親が自分の顎に手を当てる。


「殿下から婚約解消の申し出が行われてから数日……。不自然な程事態が急速に悪くなって行くな」

「──そうなのです、私もその事が引っ掛かっております」

「ああ。初めは恋にのぼせ上がり判断力を無くしているのかと思っていたのだが……それにしては強引過ぎるやり口だ」

「ええ、学園生が大勢あの場にいるにも関わらず、自国の王族の醜聞となり得る事柄を……あのように声を大きくして話して聞かせるでしょうか」

「今のリスティアナの話では、殿下が上手くマロー子爵家の令嬢を制していないだけのようにも聞こえるが……」

「ええ、それもあるとは思います。お子を第一に優先するあまり、ご令嬢に対して強く制止する事が出来ておりませんわ」

「王族の血筋を大事にするのは分かるが……」


 父親がちらり、と気にするようにリスティアナに視線を向けてくるが、リスティアナは気にするでもなく父親に続いてキッパリと口にする。


「殿下は、どうにも情けない程にあの令嬢に強く出られないようです。身篭った経緯を、詳しく調べた方が良いかと思います、お父様」

「──そうだな。詳しく調べさせよう。他国に行っているオルファを呼び戻そう」

「お兄様を……! かしこまりましたわ、お父様」

「ああ、これから国の内部が荒れるかもしれんからな……手伝わせよう」



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