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6話


 リスティアナがナタリアが休んでいるベッドの横にある椅子に腰を下ろすと、ナタリアの背中を支えていたヴィルジールが唇を開く。


「リスティアナ……。ナタリア嬢は、落とした書類を拾って欲しい、と貴女に頼んだそうだが──それは合っているか?」

「ええ、そうですわね。ナタリア嬢から確かに書類を拾って欲しい、と頼まれましたわ。──ただし、噴水の中に落ちてしまった書類を、ですが」

「──なっ、」


 うっかり、伝え漏れがあったのだろうか。

 ヴィルジールは噴水の中に落ちた書類を拾ってくれと頼んだとは知らず、驚きに目を見開いた。

 ただ単にナタリアが床に落としてしまった書類を拾うのを手伝ってくれ、とたまたま通りかかったリスティアナに頼み、すげなく断られたのだと思っていた。

 具合を悪くして医務室にナタリアが運び込まれたと聞き、ヴィルジールは急いで学園にやって来てナタリアに経緯を聞いたのだが、具合が悪そうにしている人間を目にして手助けをしないなんて事をリスティアナがするだろうか、と不思議に思っていたのだが、噴水に落ちた書類を拾ってくれ、と頼まれれば断る事も納得である。


「ふ、噴水に……成程、それでリスティアナは拾う事を断った、のだな……」

「ええ、はい。冷たい水の中に入っては、風邪を引いてしまう可能性もございますし、私達の制服では生地が水を吸い込んでとても重くなり、動けなくなってしまったり、寒さで足をつってしまい、転倒してしまえば怪我をする恐れや、溺れてしまう恐れもございますので。ですので、ナタリア嬢にはお断りして新しい書類を貰っては如何かとご提案致しました」


 よどみなくスラスラと言葉を紡ぐリスティアナに、ヴィルジールは自分の額に手を当てるとナタリアへ視線を向けた。


「ナタリア嬢、リスティアナの言っている言葉は本当かい? いや、本当だろうね……」


 じとっ、とした視線をヴィルジールに向けられたナタリアは、じわりと瞳に涙を滲ませると戦慄く唇で「でも!」と声を荒げた。


「リスティアナ嬢は、私が今どのような体調か分かっておられる筈……! それなのに、私の体を気に止める事すら無く、手助けをしてくれない、ましてや書類を取りに戻ればいいなどと提案してくる事自体がおかしいのではありませんか……!? それに、あの時のリスティアナ嬢はとても冷たく、怖かったんですっ! 私が不安を覚えて、倒れでもしてお腹を打ったら尊い王家の血が──」

「ナタリア・マロー嬢!!」


 ナタリアが声を荒げ、このような場で口にするには相応しく無い言葉を放とうとした瞬間、その言葉を遮るようにリスティアナは冷たい声音でナタリアの言葉を遮った。


 リスティアナの剣幕に、ナタリアはびくりと体を震わせると側に居るヴィルジールの服の裾を縋るように握った。


「な、何故そのように怒鳴るのですか……っ、で、殿下っ、怖いです……っ」

「──何故、ですって……? そのような事も分からないのですか!?」

「リ、リスティアナ……君の言いたい事は良く分かったが……、ナタリアが怯えている、もう少し、その……」


 リスティアナは、何故怒鳴られ言葉を遮られた理由も分からない、分かろうともしないナタリアに呆れを通り越し怒りさえ込み上げて来る。

 ヴィルジールはヴィルジールで、ナタリアの体調を優先するばかりでナタリアを諌めもせずに狼狽えるだけの態度に嫌気がさす。


「分からない、本当に"何も"分からないのですねナタリア嬢は……っ、殿下も殿下です! このような、誰が聞いているかも分からぬ場所で、とんでもない事をナタリア嬢は口にしようとしたのです! もし、誰かに聞かれていたら! この国の国民以外……、万が一敵国の人間に、間諜に聞かれでもしたらどうなさるおつもりですかっ」


 こんなに簡単な事すら分からないなんて、とリスティアナが声を震わせると、リスティアナの言葉の意味を理解し切れていないのだろう。

 ナタリアが先程の噴水でのやり取りの時のようにぼろぼろと涙を零し始めた。


「さっ、先程もっ、こうしてリスティアナ嬢は……っ、学園生の前で私をっ、」

「ナ、ナタリア嬢、それは君の勘違いで──……」


 ヴィルジールが泣き出すナタリアをなだめようと言葉を掛けた所で、医務室の奥。

 カーテンが敷かれた場所から、ジャッ、とカーテンを動かす音が聞こえて、ヴィルジール以外の男の声が響いた。


「ヴィルジール殿下……。私も先程の庭園でお二人の会話を聞いてましたが、それはもうリスティアナ嬢が話の通じぬナタリア嬢に懇切丁寧に説明している様はとてもとても哀れでしたよ。……それと、こう言ったお話をする際には室内に人が残っていないのか、ご自身の目で隅から隅までしっかりとご確認する事をお勧め致します」


 医務室に、第三者である男の声が聞こえてリスティアナを含むその場に居た全員がぴたり、と硬直する。


 そろり、とリスティアナがその声が聞こえた方向へと視線を向けると雪景色のような白金の髪色を持った人物が呆れたような表情でこちらに視線を向けている。

 ブルーサファイアのような美しい瞳が、照明の光を受けてキラリと煌めいていて、呆れた表情を浮かべてはいるがそれでも端正な容姿をしているその男は長い溜息を吐き出すと、ベッドから足を下ろして不快そうに眉を顰めた。


「──これ以上、頭の悪い女の言葉は聞くに耐えない……。リスティアナ嬢も、もう良いでしょう。彼女は至極当然、普通に対応しただけですから」


 男はボソリと呟くと、スタスタとベッドから降り三人に向かって歩いて来ると唖然としている一同に見向きもせず、リスティアナの元へと歩いて来ると自分の手のひらを差し出す。


「殿下。臣下の分際で殿下に対してとても不敬な物言いに感じるかもしれませんが……、先程の話はこのような場所で話す内容では無い事かと……。人払いが済んだ王城でお話下さい。私が敵国から入り込んだ間諜であれば、先程のそのご令嬢の話を聞いた瞬間、国に報告を上げますよ」

「──っ、それ、は……そうだな……。忠告、しっかりと受け止めよう……」


 男の言葉に、ヴィルジールが気まずそうに視線を床に落とす。

 当の本人であるナタリアはこの会話の意図を読み取れていないのだろう。不思議そうな表情で、ヴィルジールと、突然出てきた男に交互に視線をやっている。


「さて、ではお話ももう終わりですね。私とリスティアナ嬢はここで失礼致しますよ」

「──あっ、リスティアナ……っ」


 リスティアナは、先程男から手のひらを差し出されてついついその手を無意識に取ってしまっていた。

 無意識ではあるが、早くこの場から離れたいと感じていたのだろう。


 男は、重ねられたリスティアナの手のひらを優しく握ると、そのままリスティアナを立たせて医務室の扉の方向へと足を向けて歩き出してしまう。


 呆気に取られたまま、その一連の流れを視線で追っていたヴィルジールは、そこでハッとしてリスティアナを呼び止めるように声を上げたが、リスティアナは男と共に既に扉を開けた医務室の外に立っており、ヴィルジールの声に振り向くと、唇を開いた。


「それでは殿下。失礼致しますわ」

「失礼します」


 リスティアナと、男に頭を下げられそしてそのまま扉を閉められてしまい、ヴィルジールは自然に呼び止めるように上げてしまっていた自分の腕を力無くパタリ、と自分の膝に下ろした。






 医務室を出たリスティアナと、男は暫し無言で廊下を歩くと、医務室から続いていた廊下の角を曲がった所で二人同時にぴたり、と足を止めた。


「──ふふっ、ごめ、ごめんなさいっ」

「笑うなんて失礼では?」


 リスティアナが耐えきれなくなってしまい、ついつい小さく笑い出してしまうと、男は失礼では? と声を上げてはいるがその男の声音も揶揄いを含んだ声音で、リスティアナは益々笑い声を上げてしまうと、そっと自分をあの場所から助け出し、連れ出してくれた人物に視線を向けた。


「……、ふふ、失礼致しましたわ。あの場所から連れ出して頂きありがとうございます、リオルド・スノーケア卿」

「いいえ。貴女がとても困っているようでしたし……、それに私があれ以上話を聞いてしまっては不味いでしょう?」


 先程の話で、ナタリアとヴィルジールの関係性が殆ど分かってしまっただろう。

 それでも、リオルドはその事には一切何も触れずに優しく微笑むとリスティアナに視線を向けて言葉を続ける。


「あの調子ですと、あの女性──ナタリア嬢、でしたね確か……。話が堂々巡りで何も解決しなかったでしょうから……無理矢理連れ出してしまった事をお詫び致します」

「とんでもございませんわ。あの場所から連れ出して下さりありがとうございます」


 二人はお互いに頭を下げ合うと、視線を合わせて「これからどうしましょうか」とぽつりと呟いた。


 今は授業中だ。

 リスティアナは、先程ヴィルジールに呼び出しを受けてしまい授業から抜け出してしまっているので、今戻ると更に注目を浴びてしまいそうで困ったように視線を泳がせた。



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