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5話


 突然泣き始めてしまったナタリアに、リスティアナが困り果てていると、この騒ぎを聞き付けてやってきたのだろう。


 急いでこの学園の教師がやって来た。


「──ナタリア・マロー嬢……! 座り込んではいけませんよ、立って下さい……!」

「う……っ、うぅ……っ」


 大慌てで地面に座り込んでしまっているナタリアに手を貸し、即座に立たせる教師に、コリーナは怒りを滲ませた声音で声を掛けた。


「ヒューイット先生、このご令嬢にキツく注意をしておいて下さいますか。ご令嬢は、私達──いえ、リスティアナ嬢にこの噴水の中に入り、書類を取りに行け、と仰ったのですわ。由緒あるメイブルム侯爵家の人間に、風邪を引いてでも取りにいけ、と」


 コリーナの言葉に、ヒューイットは驚き息を飲むと、やんわりとナタリアに向かって唇を開いた。


「──ナタリア・マロー嬢。噴水の水は冷たく、体が凍えてしまうのです。それを女性であるご令嬢に、しかも……その、高位貴族であるリスティアナ嬢にそのお願いをすると言うのはいただけません」

「な、何でですか……っ、だって殿下は色々な人に手助けをしてもらいなさい、って仰ってました、リスティアナ嬢はとてとお優しいとお聞きしたので、お願いしたのです、それなのにすげなく断られ……っ、私がどれ程悲しく、怖かったか……っ」


 ナタリアは声を震わせ咽び泣く。

 ナタリアの声はとても大きく、庭園に集まっている学園生達の耳にも入ってしまっており、高位貴族である人間がそのような事をする筈が無い、と学園生達は承知ではあるが、咽び泣くナタリアに同情する者も中にはいるのだろう。

 可哀想に、と言うような視線をナタリアへ向ける者も中には居る。


 手を貸してくれるヒューイットにナタリアは縋り付くと、ぐすぐすと鼻を啜りながら涙を拭い、怯えるような視線をリスティアナへと向けた。


 そのナタリアの態度に、何も悪い事はしていないにも関わらずその場の雰囲気でリスティアナ達四人がナタリア一人を取り囲み、悪態を着いていると言うような雰囲気に飲み込まれてしまう前に、リスティアナは唇を開いた。


「──ナタリア嬢。そもそも、噴水に飛んでしまった書類を誰かに中にまで入って取って来るように頼む事それ自体が間違っているのです。ヒューイット先生が仰ったように、我々は女性です。男性と違い、体力も、筋力も無い我々が噴水に入る事がそもそも大変ですし、水の抵抗と着込んでいる服で中々足を進める事が出来ませんわ。始めから男性か、教師を呼ぶなりなさい」


 リスティアナの言葉は尤もだ。

 その証拠に、ナタリアに手を貸していたヒューイットや、近場に居る学園生達もうんうんと頷いている。


 だが、それでも尚ナタリアは納得が行かないのだろう。

 涙で濡れた瞳を悲壮感に滲ませて、尚も果敢にリスティアナに向かって震える唇を開いた。


「そ、それならば……っ、そう始めから助言をして頂ければ良かったのですっ。その後に、リスティアナ嬢達が誰かを呼びに行って下されば良かったのに──っ!」

「……なっ、」


 呆れて開いた口が塞がらない、とは正にこの事か。

 リスティアナはナタリアの言葉に呆れ果て、これ以上の会話は諦めた。


 このような令嬢を選んだヴィルジールに愛想も尽きる。

 会話が成り立たぬ人間と、どうやって愛情を育んだのだろうか、とリスティアナは王族に対してとても失礼な事を考えるが、遠くに気をやっていたリスティアナの耳に、ヒューイットの焦ったような声が入り込んだ。


「ナ、ナタリア嬢……っ、気を確かに! 興奮しては体に悪いっ」

「え、何事ですの……?」


 リスティアナとコリーナがそちらの方向へ視線を向けると、興奮していたナタリアの体がふらり、と傾きその場にへたり込んだ。


「リ、リスティアナ嬢、コリーナ嬢! 申し訳ございませんがここで失礼致します……!」

「え、ええ……。分かりましたわ……」


 くたり、と体から力が抜けたナタリアの体を支えてヒューイットが医務室に向かう後ろ姿を、呆気にとられながらリスティアナ達は見送った。




「と、とんだ災難ですわ……」


 呆然とナタリアとヒューイットが去って行く後ろ姿を見詰めながら、コリーナがぼそり、と呟く。

 コリーナの言葉に同意なのだろう、アイリーンとティファも「全くですわ」と声を揃えて言葉を返している。


「あ、あのような……言葉は悪いですが、難癖? と言うのでしょうか……、あのような難癖を付けられて、授業の邪魔をされ……。リスティアナ、貴女大変ね……」

「え、ええ……。何だか私のせいで巻き込んでしまって申し訳ないわ……。コリーナ、アイリーン嬢、ティファ嬢、ごめんなさいね?」


 困ったように眉を下げるリスティアナに、コリーナは「気にしていないわ」と言い、アイリーンとティファは「とんでもございませんわ!」と両手と首をぶんぶかと振る姿に、リスティアナはついついふふ、と笑ってしまった。





 そして、ナタリアとの一件があった少し後。

 午前の授業の最中に「それ」は起こった。


「──リスティアナ、ちょっと話を聞きたい事があってね。少しいいだろうか」

「──殿下、?」


 リスティアナが授業を受けている教室に、ヴィルジールが姿を表し、緊張した面持ちでリスティアナを呼び出して医務室へと連れて行った。




 教室を出る前、リスティアナは学園生達の視線を感じながら「はい」とヴィルジールに返事をして席を立つと、少し前の席に座っているコリーナやアイリーン、ティファが心配そうな視線を向けてくれる。

 リスティアナは友人達を安心させるように順に視線を向けて頷くと、外で待つヴィルジールに着いて行き、医務室を目指して歩き出した。


 歩き出して少しした頃。

 気まずい雰囲気と、リスティアナが何も言葉を発さない事にヴィルジールは視線を彷徨わせながらチラリ、とリスティアナに視線を向けて話し掛けて来た。


「──リスティアナ、すまないな授業中に。どうしても確認したい事があって」

「いいえ。お気になさらず」


 真っ直ぐ前を向き、背筋を伸ばして歩くリスティアナから視線を向けられず、今まで柔らかな表情で微笑みながら言葉を向けられていたヴィルジールは、リスティアナの他人行儀な態度に傷付いたような表情を浮かべながらちらちらとリスティアナに視線を向けながら言葉を続ける。


「その、リスティアナがする筈が無いと言う事は分かっているんだが……、双方からの説明を聞かなければいけなくて、な……」

「殿下の仰る通りですわ。公平な判断をする為にも何か問題があった者同士の話を聞くのであれば、お互いの話を聞かねばいけません」


 リスティアナは、このままどこか空き教室に案内されるのだろうか、と考えていたのだが、どうやらヴィルジールが向かっている先に嫌な予感が立ち始める。


(──まさか、医務室に連れて行くおつもりかしら……? ナタリア嬢がいるのに……?)


 何か問題が起きた者同士を対面させる事は問題解決に置いて悪手ではないだろうか、とリスティアナが考えていると、視界に医務室が見えてリスティアナはそこで足を止めた。


 突然足を止めたリスティアナに怪訝そうに眉を下げたヴィルジールは、「リスティアナ?」と先に進むように促すがリスティアナはしっかりとヴィルジールに視線を合わせたまま唇を開く。


「──殿下、まさか医務室に行かれるおつもりですか?」

「あ、ああ。双方から話を聞かねば……それは先程話したし、リスティアナも納得してくれただろう?」

「それならば、あの部屋には既にナタリア嬢はいらっしゃらない、と言う事で宜しいでしょうか? 問題が起きた者同士を対面させるには時期尚早かと思われますが……」


 しっかりと自分の腹の上で両手を組み、しゃきっと背筋を伸ばして意見を述べるリスティアナは美しく、ヴィルジールはぼうっ、と見惚れながら「だが」と声を上げる。


「ナ、ナタリア嬢がどうしてもリスティアナも同席して欲しい、と……。私と、その他の人間の前で態度を変えていないと言う姿をちゃんと確認したい、と……。も、勿論私はナタリア嬢をしっかりと説得したのだ……! リスティアナは人によって態度を変えるような人間では無いと話したのだが、どうしても納得してくれなくてな……。興奮すると、体に悪いので彼女の要求を飲むしかなかった……」

「──なんと、まぁ……」


 「情けない」と言う言葉を、リスティアナは既のところで何とか飲み込むと、口を噤む。

 王族に対して大変不敬な物言いをしてしまう所だった、とリスティアナがちらりとヴィルジールに視線を向けるが、ヴィルジール自身も慌てて学園にやって来てまだ事態が飲み込めていないのだろう。

 ほとほと参った、と言うような態度を隠し切れておらず、リスティアナが失言しそうになった事には全くもって気付いていない。


「──分かりましたわ。それでは、ナタリア嬢の元へ参ります」

「あ、ああすまない、ありがとうリスティアナ……!」


 ほっとしたように眉を下げて笑うヴィルジールに、リスティアナは再び真っ直ぐ前に視線を戻すと足を動かした。






「──ナタリア嬢、入るよ」


 コンコン、とノックをした後にヴィルジールが声を掛けて扉を開ける。

 開けられた扉の奥には、何台かベッドがありその内の一台にナタリアはくたり、と力無く横になっていた。


 リスティアナはくるり、と室内に視線を向けて医務室の一番奥にあるベッドのカーテンが閉まっている事に気が付くと不思議そうに首を傾げる。


「ん、? ああ、大丈夫だよリスティアナ。室内には我々しかいない」

「──あら、そうですのね?」


 リスティアナの反応に何が言いたいのか分かったのだろう。

 ヴィルジールがリスティアナの視線を追うと、リスティアナを安心させるように言葉を掛ける。


 長年、婚約者であった二人の無言の会話のような物に嫌な気持ちになったナタリアは、顔を歪めると「殿下!」と声を上げた。


「リスティアナ嬢にも来て頂いたのですから、早くお話を致しましょう……? お話が終わったら、王城の部屋に戻ってと良い、と医務室の先生から言われました、早く帰りましょう……?」

「あ、ああ。ナタリア嬢分かった、分かったからあまり興奮しないようにしてくれ。──リスティアナ、申し訳ないがこちらに来てくれ」

「ええ……分かりましたわ殿下……」


 リスティアナは、こっそりと二人に気付かれない程度に溜息を吐き出すとナタリアとヴィルジールの向かいに用意された椅子に向かって足を踏み出した。



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