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36話


 リオルドの兄、マーベルの言葉にリスティアナとリオルドが顔色を悪くして二の句を紡げないでいると、共に話を聞いていたルカスヴェタが「では」と明るく声を出す。


「あと少しでタナトス領は落とされ、アロースタリーズ国が窮地に陥る手前ではあったが、今はもうその脅威は取り除かれた、と考えて宜しいですか?」

「──ええ。貴殿ら……ウルム国王女殿下、ティシア様のお陰で我が国は窮地を脱しました。……貴殿らにも犠牲が出ると言うのに、我が国への援軍、ありがとうございます」

「とんでもない。古くからアロースタリーズとは貿易を行っております。窮地に陥った隣人を助けるのは当然の事でしょう」


 穏やかにマーベルとルカスヴェタが会話を行い、リスティアナとリオルドは二人が会話を進めて行く中、二人はこの度の事の顛末と、捕らえた王兄バジュラドを王都へと護送する事をタナトス領、当主であるマーベルから命じられる。


「あ、兄上……ですが兄上はどうなさるのですか? 王兄バジュラド様を捕らえ、国王陛下へのご報告はタナトス領当主であられる兄上か、捕縛した軍隊長殿が──」


 リオルドが焦ってそう言葉にすると、マーベルはゆるりと首を横に振り、リオルドに視線を向ける。


「いや。私は侵攻され、多大な被害を被ったタナトス領を復興しなければ。王都までの道はタナトス領の兵士達に護衛させよう」

「それに私も王女殿下のご指示通り、タナトス領に残り、再び帝国軍が攻め入って来るのを防がねばなりませんから。王都へとバジュラドを移送するのはお願い致します」

「それに。メイブルム嬢……。お父上のメイブルム侯爵を王都の王宮医に診て貰った方が良い。腕の良い医師に切断した足を診て貰い義足を作成して貰えば再び立って歩く事が出来るようになるだろう?」


 逆に気遣うような視線と、提案を受けてしまいリスティアナは自らの治める領地が敵国に侵攻され、大きな被害を負ったと言うのに他者を思いやる気持ちを持つマーベルに心の底から感謝した。


 戦の事を何も知らず、このままこのタナトス領に残っても役に立てない己は王都へ戻った方がやれる事が多々あるだろう。

 リスティアナはきゅっ、と唇を噛み締めるとマーベルに向かって深々と頭を下げて感謝の言葉を述べると、座っていたソファから立ち上がった──。




 タナトス領、スノーケア辺境伯の居城から王都までは馬で駆ければ十日と少し。

 だが、叛逆者である王兄バジュラドを馬車で護送すれば二十日程かかる。

 途中、砦で療養しているオースティンも連れて帰るとなれば更に時間は掛かるだろう。


 リスティアナは、急いで王都へと戻る為に休息もそこそこに出立の準備を終えるとスノーケア邸を早足で後にする。


 邸を出る前もスノーケア辺境伯であるリオルドの兄、マーベルとウルム国の軍隊長であるルカスヴェタには最後にしっかりと挨拶とお礼を告げた。


「──タナトス領での戦いは一先ず決着が着いたけれど……。私達中央貴族の戦いはこれからだわ」

「仰る通りですね、リスティアナ嬢」


 ぽつり、と呟いたリスティアナの言葉に背後からリオルドの声が返って来る。


 リオルドは、兄であるマーベルの手伝いの為にこの地に残る物とばかり思っていたが、リオルドはリスティアナと共に王都へと戻るらしい。


「──スノーケア卿、本当に宜しいのですか? せっかくお兄様とお会い出来たのに、お話し出来たのも少ない時間では?」

「好きな女性を、大切な女性を一人で帰す事など出来ませんよ。リスティアナ嬢は私がしっかりと王都までお守りします」

「──っ」


 にっこりと笑顔でさらり、とそう告げられてリスティアナは瞳を見開くと真っ赤な顔でリオルドに顔を向け、自分の唇をぱくぱくと開閉してしまう。

 何か言葉を返したいのに、上手く言葉を返す事が出来ず、リオルドは僅かに頬を染めたまま「さあ行きましょうか」とリスティアナに向かって声を掛けた。


 前を歩くリオルドの耳が赤くなっていて、夜の闇に包まれていると言うのに月明かりに照らされてしまったせいでしっかりとその様子を見てしまったリスティアナは赤く染まる自分の頬の熱を何とか冷ます為に手のひらで必死にあおいだ。




 王都へ帰還すれば、また再び王都は騒がしく、そして混乱するだろう事が分かる。


 リスティアナは強く心を持つ為にキッ、と前を見据えると前方を歩くリオルドの後を追うように駆けた。



◇◆◇


 リスティアナとリオルドは王都へ戻る途中、メイブルム侯爵であるオースティンを迎え合流して帰還した。


 王兄バジュラドは帰路の最中も何度か脱走を企てていたが、全てリスティアナの父親であるオースティンにその企てを見破られ、脱走は未遂に終わる。


 二十日以上の時間を掛けて王都へと戻ったリスティアナ達は王城に到着するなり直ぐに謁見の間へと通された。


「──お父様、その足では御前に控えておくのも難しいのではないでしょうか? 陛下に事情をご説明し、お父様は別室でお休みになられては……」


 謁見の間に通されたリスティアナ達三人と、罪人であるバジュラドは衛兵に両脇を固めらた状態で跪いていた。

 オースティンは膝から下を失っているので跪く事が出来ず、衛兵が慌てて用意してくれた椅子に腰掛けていた。


「いや。こうして座らせて貰えば大丈夫だ。死した者達の痛みや絶望に比べれば痛みを感じる事がどれ程恵まれているか……」

「ですが……顔色が悪いですわ……。大量の血液も失っておりますし──……」


 リスティアナがオースティンに向かって声を掛けている途中、謁見の間のリスティアナ達が入室した扉が勢い良く開かれ、リスティアナに向かって駆け寄って来る影が一つ。


「──リスティアナ……! 無事だったか、良かった……!」

「──っ、殿下……っ」


 帰還の報せを聞いたのだろう。

 王太子であるヴィルジールがリスティアナに向かって駆け寄り、抱き締めようと腕を伸ばして来たがリスティアナの隣に控えていたリオルドがさっとリスティアナの肩を抱き寄せてヴィルジールからリスティアナを遠ざける。


「──……っ、リオルド・スノーケア……! 何故リスティアナを……っ」


 誰の許可を得てリスティアナに触れているのだ、と言わんばかりの感情を瞳に抱き、憎々しげにリオルドを睨むヴィルジールに、リオルドは呆れたような表情を浮かべてヴィルジールに向かって唇を開いた。


「……王太子殿下、ウルム国第三王女であられるティシア殿下とのご婚約まことにおめでとうございます。ご婚約者様が居られながら、他の女性に触れようとするなど……ティシア殿下が知れば悲しみます」

「なっ、何故私がティシア殿と婚約した事を……っ」

「? アロースタリーズの王都に近付くにつれ、殿下とティシア様のご婚約のお噂は耳にする回数が増えておりましたから」


 何故既に婚約の話を知っているのだ、と狼狽えるヴィルジールに向かってリオルドが不思議そうに首を傾げながら答えると、ヴィルジールはリオルドに抱き寄せられているリスティアナに視線を向けて言い訳をするように唇を開いた。


「リ、リスティアナ……っ私は……っ」

「……殿下、ご婚約おめでとうございます。ウルム国の王女殿下とアロースタリーズの両国が強い絆で結ばれる事は喜ばしい事ですわ」


 リスティアナが本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてヴィルジールにそう言葉を掛けると、ヴィルジールは悲しげに表情を歪ませる。


 以前もはっきりと言葉にしていると言うのに、とリスティアナは心の中で溜息を吐き出す。

 何故、ヴィルジールは未だに婚約を結んでいた頃のように名前を呼ぶのだろう。何故、未だに自分に気持ちがあると自信を持っているのだろうか。


 とっくの昔にヴィルジールへの想いなど捨て去ったと言うのに。




 ヴィルジールが更に何かを言い募ろうとした時。

 謁見の間、奥の扉が開き国王であるバルハルムドが姿を表した。


 リスティアナ始め、リオルドも素早く頭を垂れるが、バルハルムドがすぐに「顔を上げてくれ」と言葉を掛ける。


「──二人とも、無事の帰還なによりだ。……メイブルム侯爵……此度の働きに感謝する。足の怪我に付いては王宮医を遣わせるからしっかりと診てもらってくれ」

「──有り難きお言葉、感謝致します」


 バルハルムドと顔を合わせたオースティンは、ゆったりと口元に笑みを浮かべると座った体勢のまま、胸に手を当て頭を下げる。


「さて……。そこに居る愚息は報告の邪魔になるな……。衛兵、ティシア殿の元へヴィルジールを連れて行ってくれ」

「──はっ。かしこまりました」


 バルハルムドから冷たい瞳と言葉を向けられ、ヴィルジールは慌ててバルハルムドへと顔を向けて唇を開く。


「父上っ、お待ちください……っ、私はリスティアナと……っ」

「殿下、ティシア殿下の元へ。ティシア殿下がお待ちです」


 ヴィルジールは、この場に何とか残ろうともがいたが、相手は屈強な衛兵複数人だ。

 両脇を支えられ、バルハルムドの命令に従い謁見の間から連れ出されて行くヴィルジールの声が虚しく空間に響いた。




 呆れたように冷たい視線をヴィルジールに向けていたバルハルムドは、表情を柔らかいものへと変えると、リスティアナ、リオルド、オースティンへと視線を戻した。


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