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30話


 リオルドは、リスティアナや追軍の責任者にミーガンの元へ単独で向かう事を告げると、馬の腹を蹴りミーガンの元へと向かう。


「──リスティアナ嬢……! 見知らぬ人間がミーガンに近付き過ぎると良くないので、これ以上近付かぬようにお願いします……!」

「分かりましたわ……、スノーケア卿! お気を付けて……!」


 リスティアナの声を背中に聞きながら、リオルドは前方の上空で旋回し続けるミーガンの元へと急いだ。




「──ミーガン……!」


 リオルドがミーガンに近付き、声を上げると上空で旋回していたミーガンが高い鳴き声を上げながらくるくると数回旋回した後にリオルドに向かって下降して来る。


 ミーガンの足元に視線をやり、リオルドは瞳を細めて見詰める。

 まだしっかりとは見えないが、何か細い紙状のような物が括り付けられているように見えて、リオルドは馬に括り付けていた自分の荷物の中から厚手の服を素早く取り出すと腕に巻きつけ、真横に真っ直ぐ差し出した。


 バサバサ、と羽を羽ばたかせながらミーガンがリオルドの腕目掛けて着地する。


 ぐっ、とミーガンの重さと足の爪がリオルドの腕に食い込むが厚手の布を巻いたお陰で、リオルドの肌を傷付ける事は無く、リオルドはほっと息を零すと、高い鳴き声を出して自分の腕に頭を擦り付けるミーガンについつい頬が緩む。


「ちゃんと覚えていてくれたんだな、助かったよ」


 リオルドはちょいちょい、とミーガンの顎下辺りを指先で擽ってやりながら足に括り付けられている細い紙をするり、と取り外すとその場で紙を開く。


 リオルドの兄により、ミーガンは放たれた筈である。

 だが、タナトス領との境目であるこの場所までしかミーガンは来る事が出来ない。

 他の貴族が治める領地に侵入してあらぬ疑いを掛けられる事や諍いを起こす事は出来ない。

 それに、ミーガンが他領地の者に狩られてしまう事も無いとは言い切れない。


 その為、訓練されたミーガンは自領から出て行く事はせず、近場で旋回していたのだろう。


「──恐らく、兄上か……若しくは兄上の侍従からの報告が記されているはず……」


 リオルドは自分の手元に視線を落とし、内容に目を通してから驚きに目を見開くと急いでリスティアナとウルム国の追軍の元へと戻る事にした。




「リスティアナ嬢……! 軍隊長殿……!」


 リオルドの様子に、離れた場所で待機していたリスティアナと追軍の責任者、軍隊長であるルカスヴェタはリオルドの慌てた様子に「何がありましたか」と冷静に言葉を返すと、鷹のミーガンを刺激しないよう、その場からは動かない。


 リオルドも、ある程度距離を保った場所で停止すると、自分の手のひらの中に握り締めた紙をそっと開くと、リスティアナとルカスヴェタに向かって翳しながら記載されている内容を告げた。


「──手紙の内容は、辺境伯である我が兄、マーベルからの物でした。兄からは……半月程前にタナトス領に近付く敵軍の姿を確認した為、王都より援軍を要請している旨が記載されています……。けれど、我々が過ごしていた王都にはそのような情報など一切入って来ておりませんでした……!」


 リオルドの言葉に、ルカスヴェタは眉を寄せると「成程な」と呟いた。


「その様子ですと、敵国から情報操作……いや、情報封鎖をされている可能性がありますね。ここからスノーケア卿の邸まではあとどれ程で到着しそうですか? 私の目算ですと三日程か、と計算しているのですが……」


 ルカスヴェタは懐から簡略化されたアロースタリーズ国の地図を取り出すとリスティアナとリオルドの目の前にそれを翳す。

 予めウルム国のティシアか、若しくは国王バルハルムドから渡されたのだろう。

 簡略化されているとは言え、ある程度詳細に記載されている地図をルカスヴェタが持っている事に、リスティアナもリオルドもアロースタリーズは完全にウルム国と同盟を結ぶのだ、と言う事を察するとリオルドは自分の腕に止まらせていたミーガンを空に放ち、リスティアナとルカスヴェタに近付くと自分の懐から更に詳細に記されたタナトス領の地図を取り出した。


 リオルドの行動にルカスヴェタは瞳を見開いたが、小さく「感謝する」と言葉を発するとリオルドの説明に耳を傾ける事に徹した。


「馬で走るには向かない土地がありますので、そこを避けて最短で駆ければ、一日半程で城──……スノーケアの砦には到着するかと思います。……その前に、ここ……。ここから北西に上った場所に、見張り塔と詰所の役割を持った小さな砦がございますので、先ずはそこを目指すのが宜しいかと」


 リオルドの指し示す場所を地図上で確認すると、ルカスヴェタは口端を持ち上げてリオルドへと視線を向ける。


「我らに領地の防衛拠点として重要な砦を明かして頂き忝ない。その恩に報いるよう、あちらに到着した際は我が軍がタナトス領の者達を必ず助けよう」

「こちらこそ、自国の問題では無いのに親身に対応して下さり感謝しかございません。私で分かる範囲ではございますが、タナトス領で不明な点がございましたら私にお聞き下さい」


 リオルドとルカスヴェタはお互い顔を見合わせて笑い合うと、今後の進路を定めた。




 進路を定めたリスティアナ達一行は、時折リオルドの助言に従い馬の足を緩め、要所要所で小休憩を挟みながら小さな砦を目指していた。


 リオルドを追うように鷹のミーガンも追軍の頭上をゆったりと着いて来ており、追軍の一行はある程度進んだ場所で馬の脚を止めた。


「リスティアナ・メイブルム嬢。スノーケア卿。今日はこの付近で野営を致しましょう。設営は我々が行いますので、双方らは暫しお体を休ませた方が良いかと」

「軍隊長殿、お気遣い頂きありがとうございます。お言葉に甘えて、少しだけ休ませて頂きますわ」

「ありがとうございます」


 リスティアナとリオルドが礼を告げると、ルカスヴェタは笑顔で二人に軽く手を上げて部下達の元へと向かって行った。


 そのルカスヴェタの背中を視線で追いながら、リオルドはリスティアナに視線を戻すと馬から素早く降りる。


「──リスティアナ嬢、大丈夫ですか?」


 途中、宿で休みは取れていると言っても女性であるリスティアナは長時間馬を駆ける事に慣れていない。

 貴族女性でありながら単騎で馬を操る事が出来るリスティアナにリオルドも驚いたが、流石に連日馬での移動は体にこたえたのだろう。

 気丈に振舞ってはいるが、リスティアナの顔にはありありと疲労の色が色濃く浮かんでおり、リオルドはリスティアナの元へと近付くと自分の腕を差し出した。


 リスティアナの様子を見て、充分に配慮してくれたのだろう。

 野営の初日である今日はしっかりと休息を取れるように調整をしてくれたのであろうルカスヴェタに、リオルドは心の中で感謝するとリスティアナにしっかりと休息を取ってもらおうと腕を差し出して、リスティアナが下馬するのを支えようとしたのだが。


「あ、ありがとうございます。スノーケア卿……」


 リスティアナが下馬しようと足を鐙に掛けて降りようとした瞬間。

 足を踏ん張る力が無かったのだろう。ずるり、とリスティアナの体が傾いてしまい、リスティアナが焦ったような表情を浮かべた。


「──っ、!」

「リスティアナ嬢……っ、大丈夫ですか?」


 だが、直ぐ傍にいたリオルドが危なげなくリスティアナを正面から受け止めると、そのままひょい、とリスティアナの体を抱き上げて地面へと下ろす。


 細身の体の何処にこんな力があるのだ、とリスティアナが驚く程、リオルドは危なげなくしっかりとリスティアナの体を支えてくれる。


「だ、大丈夫です……っありがとうございます、スノーケア卿……っ」

「いえ。リスティアナ嬢にお怪我が無くて良かったです」


 リスティアナはどきどきと鼓動を速める自分の心臓にそっと手を添えると、しっかりと抱き留めてくれたリオルドの力の強さや、細いのにしっかりと筋肉がついた均整の取れた体にぶわり、と頬を染めてしまった。


 しっかりと、頼りになる「男性」であるのだ、と言う事を何故かこの場で自覚してしまって、リスティアナは支えて歩いてくれるリオルドの顔をまともに見る事が出来なかった。




 リスティアナとリオルドがルカスヴェタの提案に甘えさせてもらい、休んでから少し。


 軍の統率がしっかりと取れているのだろう。

 あっという間に野営の準備が終わり、ルカスヴェタに呼ばれて二人は簡易天幕に案内して貰った。


「我々は火の番と、見張りを行います。これは、軍の仕事ですのでお二人は夕食を取られた後、直ぐに体を休めて下さい。休める時にしっかりと質のいい睡眠を取り、明日以降の行軍に支障が出ないようにお気を付け下さいね」

「──何から何まで……、申し訳ございません軍隊長殿……。有難く、しっかりと休ませて頂きますわ。体調を崩して、行軍の足を遅めてしまう方が良くないですものね」

「ええ。仰る通りです。我々は軍として動く事に慣れておりますので、適材適所、お互いが得意な部分で補い合いましょう」


 リスティアナとリオルドはルカスヴェタの提案に有難く頷くと、行軍の邪魔をしてしまわないよう、しっかりと体を休める事に決めた。




 しっかりと休息を取り、翌朝。

 朝早くから一行は馬を走らせ始めると、当初の予定時間よりも大分早く目的地である小さな砦へと到着する事が出来た。



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