27話
また、何か騒ぎでも起きたのだろうか。
リスティアナとリオルドはそう考え、お互い顔を見合わせたあと扉へ視線を向ける。
「──次から次へと……。今年の学園卒業パーティーは悪い意味で長く語り継がれそうですね」
リオルドの呆れたような言葉に、リスティアナも同意するように頷き苦笑した。
「ええ、本当に。今度は何かしら……?」
「──様子を確認してみましょうか?」
「そう致しましょう」
二人は顔を見合わせて頷くと、さっとリオルドがソファから立ち上がり、リスティアナと共に扉まで近付く。
リスティアナを背後に庇いながらリオルドは扉を開けた。
「──衛兵が、?」
「どうされましたの?」
リオルドは周囲を確認すると、扉を開けて外へと一歩足を踏み出す。
廊下の先──恐らく、国王あるバルハルムドとウルム国の王女ティシア、リスティアナの兄オルファ達が入って行った部屋の方が何やら騒がしい。
ここからは少しだけ距離がある為、何が起きているのかは正確に分からないが、何か良くない事が起きてその事態の収拾に慌ただしくしている様子である。
「何かあったようですね。あちらへ向かいますか?」
「──そう、ですわね……。お兄様に確認しに行ってもいいかもしれませんわ」
リスティアナの言葉にリオルドが頷くと、二人揃って部屋の外へと出る。
何が起きたのだろうか、とリスティアナとリオルドの意識が廊下の先に向かってしまった瞬間。
真っ直ぐと伸びる廊下の途中に、狭く暗い通路がある。その暗がりから二つの人影が飛び出して来て、リスティアナとリオルドの方向へと向かって来た。
廊下の先からは衛兵の「捕まえてくれ!」と言う声が聞こえて来て、リスティアナとリオルドはさっと身構えた。
「──リスティアナ嬢……っ」
「……っ、」
リオルドは咄嗟にリスティアナを自分の背後に隠し、向かって来ていた一つの影を一瞬で制圧する。
卒業パーティーと言う事もあり、何も武器に出来るような物は持って居なかったが、リオルドは素手でも充分強いようで、無駄な動き一つせずに冷静に向かって来ていた人影が接近して来た瞬間に半歩体を後ろに下げて向かって来ていた人影の足を払った。
ぎゃっ、と汚い悲鳴を上げて影が前方につんのめり、その隙にリオルドは人影を床へと引き倒した。
直ぐに少し遅れてやって来ていた人影に狙いを定めるリオルドであったが、その人影は手にナイフのような刃物を持っていたようで、リオルドは咄嗟にその人影が持っていたナイフを避ける。
伸ばした腕をリオルドが掴み、人影が走っていた速度を利用してリオルドは前方にかがみ込むと自分の背中にその人物を背負い込むようにして床に背負い投げの要領で叩き付ける。
「──ぐっ、」
小さく呻き声を発したのは女性の声で。
リオルドは床へと転がした二つの影を注視しながらリスティアナの方へと体を下げると、少し遅れて衛兵達がリスティアナとリオルドの元へとやって来た。
「たっ、助かりました……! そこの二人は我が国の国王陛下を毒殺しようとした者達です……! 捕まえて頂いて良かった……!」
「──は、?」
慌てたように肩で息をしながら、その件の二人を拘束して行く衛兵達についつい驚きの声を上げてしまうリオルドであったが、何故突然そのような事になっているのだろうか。
リスティアナとリオルドが驚きに固まっていると、廊下の先から足早にこちらに向かって来る人影がリスティアナとリオルドの名前を呼びながら直ぐそこまでやって来た。
「──リスティアナ……! スノーケア卿、無事だったか、すまない……! 咄嗟の事だったのに、良く制圧してくれた……」
「え、お兄様……?」
リスティアナ達の元へとやって来たのは、リスティアナの兄であるオルファで、事態が呑み込めないリスティアナとリオルドに向かってオルファは「こっちに来てくれ」と声を掛けると二人をオルファ達が居た部屋へと案内してくれた。
「陛下、王女殿下、リスティアナとスノーケア卿を連れて参りました」
扉の向こうに向かって声を掛けるオルファに、リスティアナとリオルドは何が起こっているのか分からぬ状況ながら、姿勢を正すと扉の向こうからバルハルムドの声だろうか。入室を許可する声が聞こえて、オルファは扉を開けた。
扉が開かれて、室内を確認するとリスティアナとリオルドが待っていた部屋より遥かに広い部屋でバルハルムドやティシア、オルファ達は話をしていたのだろう。
広い室内に驚くよりも先に、室内の異常な雰囲気にリスティアナとリオルドは瞳を見開いた。
「──ああ、リスティアナ嬢、スノーケア卿申し訳無いな、少し散らかっている」
「い、いえ……。失礼致しますわ……」
「失礼致します……」
室内は国王であるバルハルムドと、ウルム国のティシア、そしてティシアの護衛が数名とバルハルムドの護衛が数名。
そしてヴィルジールとナタリアが居るのだが、ヴィルジールは顔面蒼白になり、ソファから何故か地べたに座り込み、ナタリアは髪の毛をほつれさせて部屋の床に押さえ付けられていた。
ナタリアが、暴れでもしたのだろうか。
室内に置いてあったティーカップ等が無惨に割れ落ちていて、破片が飛び散っている。
テーブル自体もひっくり返っており、どれだけナタリアがこの部屋で暴れてしまったのだろうか、と目を疑う程だ。
「な、何が起きましたの──……」
リスティアナの言葉に答えてくれたのは、側に居たオルファでも、バルハルムドでも、放心したようにへたりこんでいるヴィルジールでも無く、ゆったりと壁に背を預けていたティシアで。
ティシアは壁から背を離すと冷たい声音でリスティアナに言葉を返した。
「……ナタリア・マローが愚かにも、国王陛下を毒殺しようと企てたのよ」
「──なっ、」
「それは、本当ですか王女殿下……っ!」
ティシアの言葉にリスティアナもリオルドも動揺を隠せない。
何故、話し合いからそんな事になっているのだ、とリスティアナがナタリアへと視線を向けるとナタリアは床に押さえ付けられたまま、叫ぶように言葉を発した。
「誤解ですわ……! 私は、陛下や殿下方に蜂蜜入りの紅茶で和んで頂きたくてっ! 毒なんて恐ろしい物、私が持っている筈がございません!」
ナタリアは、発言を許されてもいない状況にも関わらず喚くように言葉を紡ぐと、自分の体を拘束しているウルム国の護衛に「離しなさい!」と声を荒らげている。
ナタリアの言葉を聞き、アロースタリーズの国王であるバルハルムドは衛兵達にその身を守られながらナタリアへ近付くとナタリアが暴れた際にテーブルにぶつかり、倒れた小瓶を自分の指先でぴんっ、と弾く。
バルハルムドの様子から、ナタリアが盛ろうとした毒はバルハルムドが口に含む前に無事防げたのだろう、と言う事が分かりリスティアナもリオルドもほっと安心したように肩の力を抜いた。
「──蜂蜜……、? 可笑しいな。我々はこの香りを嗅ぎなれているのだが、その香りとそっくりだ。……なぁ、ヴィルジール? ナタリア嬢に分かり易く説明してやりなさい。私達王族は毒殺される恐れがある為、幼少の頃より何をしている?」
「──はっ、……我々、アロースタリーズの王族は……幼き頃より毒の混入に瞬時に気付く為……しっかりと様々な毒の種類を……、名前を、匂いを、味を……、覚え、ます……」
「そうだな? それは他国の毒であっても同様だな……?」
「──はい。例え、それが帝国内でしか流通していないものだとしても、です……」
ヴィルジールの言葉に、バルハルムドは頷くとつい、とナタリアに視線を向ける。
「……他国の毒だからバレぬ、とでも考えたか……? 浅はかな真似を……。そのような物、どうとでも調達出来るのだ、ナタリア嬢」
バルハルムドの言葉に、ナタリアはそれでも尚違うんです! と声を上げる。
「ちがっ、本当に毒だなんて知らなかったんです……っ! お医者様が……っ、お医者様がこれを飲ませれば私の言う事を聞いてくれるようになるって、言ったから……!」
「──なるほど? だから解毒薬も用意していたのか。助かりたくば、条件を呑めと? さすれば解毒薬を渡す、と脅すつもりだったのかな、ナタリア嬢は?」
「ちがっ、違うんです……! 本当にっ、お医者様が……っ」
ぶんぶんと頭を振り、めそめそと泣き始めるナタリアにバルハルムドとティシアは溜息を吐き出すと、部屋の扉付近に居たリスティアナとリオルドへと視線を向けた。
「お医者様とは、先程スノーケア殿が捕らえたこの国の医務官ですね、バルハルムド殿」
「──ああ。まさか、医務官と侍女が帝国の手の者とは……六年前に医務官として採用した者だったのだが……それ程前から帝国は我が国を得る為に内部に間者を侵入させていたのだろう……。それにも気付かず、何と情けない事か……」
未だに泣き続けるナタリアはもう捨て置くと決めたのだろう。
バルハルムドはヴィルジールにちらり、と視線を向けてから溜息を吐き出すとティシアへと顔を向けて唇を開いた。
「ティシア殿。せっかく急いで我が国に来て頂いたと言うのに慌ただしくなってしまい申し訳ない。私はこの事態を収束せねばならぬ為、明日以降改めてティシア殿をウルム国第三王女として国賓として正式に迎える場を作ろう。……今日は城でゆるりと休まれよ」
「お気遣い頂きありがとうございます、バルハルムド殿。そう仰るのでしたら、私は少し休ませて頂くわ。……タナトス領へは、我が国の軍が追軍しておりますので……スノーケア殿が行かれるのであれば、案内させましょう」
「タナトス領の事まで、痛み入る。そうさせて頂こう」
二人は顔を見合わせて頷き合うと、ティシアはアロースタリーズの衛兵に案内されて部屋を退出して行く。
すれ違う際に、リスティアナとリオルド二人に向かって微笑むと真っ直ぐ背筋を伸ばし、美しい所作で廊下を歩いて去って行った。
リスティアナとリオルドはティシアに向かって下げていた頭を上げると、ちらりとバルハルムドへと視線を戻す。
ナタリアが、帝国の間者であった医者に利用されていたとは言え、結果的に国王陛下であるバルハルムドに毒を盛ろうとした事は事実だ。
王族に対する毒殺未遂、他国の間者の傀儡となり、間者の手助けを行ってしまっていた、と言う事も罪は重い。
何も知らぬまま、利用されていたのだと主張するには些か度が過ぎている状況である。
それに、ナタリアには王太子であるヴィルジールとの御子の妊娠を嘯いた罪も重ねられる。
これだけは、自分自身で分かっていた筈だ。子などいない、と言う事を。その事実を隠し、偽り、王家に対して虚偽の妊娠を報告した罪も重い。
ナタリアの未来を察し、リスティアナもリオルドも視線を落としてしまう。
だが、その重い空気をさして気にもせずにバルハルムドはナタリアを連れ出すように衛兵に指示をすると、リスティアナとリオルドにソファに座るよう促した。