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23話


「──殿下!」


 ナタリアが笑顔でヴィルジールの元へと向かうと、王族へ挨拶を行っていた最高学年の学園生達の家族が眉を顰めて振り返る。

 だが、自分達の挨拶に割り込んで来た人物がナタリアだと言う事を知ると、すっとナタリアに場所を譲る者も居れば、ナタリアを蔑むように瞳を細めて場所を譲らない者も居る。


(なっ、何よ……! 私は殿下のお相手なのよ……! 何処の家門の人間なのかしら、私が王妃になった際には殿下にお話しして取り潰して貰おうかしら……!)


 ナタリアは、自分に対して媚びへつらわない相手にむっ、と眉を寄せると国王陛下であるバルハルムドやヴィルジールが居る壇上へと真っ直ぐ近付き、壇上に一歩足を掛けた。


 ナタリアの余りにも不敬なその態度に、周囲に居た者達が流石に顔を顰めるが誰も呼び止める事はしない。

 自分達が止めなくとも、王族の傍に居る近衛が、若しくは国王自らナタリアを窘めるだろうと考えていた。

 その考えは当たっていて、ナタリアが壇上に足を掛けた瞬間、壇上に設けられた玉座に座っていたバルハルムドは冷たい視線でナタリアを見据えると唇を開いた。


「ご令嬢。ここは貴女が足を掛けていい場所では無い。ご家族はどうした? 下がりなさい」

「──なっ、!」


 ナタリアは国王と言えど、ヴィルジールの父親であるバルハルムドがまさか自分に対して冷たくあしらうとは思わず、驚きに瞳を見開く。


 ナタリアは羞恥により頬を赤く染めてヴィルジールへと顔を向けるが、ヴィルジールからさっと視線を逸らされてしまい呆然としてしまう。


「な、だって……! 私はっ」


 この国の王太子妃になる者では無いのか、とナタリアは喉から言葉が出かかってしまったが何とかぐっ、とその言葉を呑み込む。


(子供は、妊娠してなかったけど……っ! それはまだバレていない筈でしょう!? 殿下と想いを通じ合わせた事は事実なんだから、普通は私を……っ!)


 何故、国王からあのような扱いを受けなければいけないのか、とナタリアが恨みがましい瞳でバルハルムドへ視線を向ける。

 だが、バルハルムドは既にナタリアから興味を失っているかのようでナタリアに視線など向けておらず、その様子を見ていた周囲の貴族達は戸惑っている。


「ナ、ナタリア嬢……っフロアに戻るんだ……! 後でゆっくり話せる時間があるから……!」

「──殿下っ」


 ヴィルジールからも素っ気なく戻るように言われてナタリアはくしゃり、と表情を歪ませた。


 だが、ナタリアがまだ壇上付近から退かない事を見て国王であるバルハルムドはちらり、と近衛騎士に視線を向けるとくぃ、と顎をしゃくる。

 直ぐに動いた近衛騎士達はその場に残るナタリアに声を掛けて壇上から降りるように促した。


(──これだけのっ、屈辱……っ、絶対に許さないんだから……っ)


 ナタリアはぷるぷると体を震えさせながら、近衛騎士に促されるまま足を掛けていた壇上から足を下ろすと、気まずそうに視線を逸らしているヴィルジールへ恨みがましい視線を向ける。


 ヴィルジールは、ナタリアに視線を向ける事無く挨拶をしてくる貴族達や学園生達に対応している。


(──陛下や、殿下のせいで……っ、ストレスを感じて子供が流れた、と言ってやるんだから……! あのお医者様なら協力してくれるわ、絶対に……っ!)


 ナタリアはくるり、と壇上に背を向けると苛立ちを滲ませた足取りで足音を乱暴に立てながらフロアの方向へと戻って行った。






「──あらあらあら……」


 リスティアナは、離れた場所からナタリアやバルハルムド達の様子を見て、眉を寄せると自分の扇子で口元を隠す。

 リスティアナの傍に居たリオルドも、ナタリアの余りにも礼儀のなっていない態度に溜息を吐いている。


 国王であるバルハルムドからすげ無く対応されて、周囲に居る学園生達は戸惑い、ナタリアの傍に侍っていた学園生達はちらちら、と伺うようにリスティアナへと視線を向けている。

 もしや、ナタリアは国王陛下からは認められていないのでは? と考えている者もいるのだろう。

 ナタリアに侍るのでは無く、リスティアナに戻った方がいいのでは、と姑息な考えを抱いている者も中には居るだろう。


「あのような態度では……恥ずかしくて他国のお客様の前にはお出し出来ませんものね……」

「リスティアナ嬢の仰る通りですね。マロー子爵家のあのご令嬢の様子では、とてもではありませんが他国の来賓の前には出られないでしょう」

「本当に……その通りですわ……。それを、何故この学園に居る方達は今まで分からなかったのか……本当に理解に苦しみますわね」


 ナタリアのあの様子を見て以降も、学園生達はちらちらとリスティアナを気にする様子を見せてはいるが、流石にこの場面でリスティアナに近付いて来る者は居ない。

 ナタリアのあの様子を見て、直ぐにリスティアナに寄って行けばその様子をしっかりと王家にも見られてしまう。

 そのような危険を侵す者はまだ居ないのだろう。


 ナタリアが先程の一件でこのパーティー会場から出て行ってしまった後、最高学年である学園生達の挨拶を粗方聞き終えたのだろう。

 壇上に居たヴィルジールがガタリ、と席を立ち壇上を降りてくる姿が見えた。


 何故か、パチリ。

 とリスティアナとヴィルジールの視線が合ってしまい、リスティアナは扇子で上手く自分の口元を隠しながら嫌そうな表情が表に出てしまわないように押し隠す。


「──リスティアナ嬢……」

「……ええ、まさか……殿下はこちらにいらっしゃる気でしょうか……」


 リスティアナの隣に居たリオルドが「どうする?」と言うような視線で問い掛けて来る。


「私と、殿下が仲良くお話なんて出来ませんわ……。その様子を見たら、再び国内の貴族達が騒ぎ出すかもしれませんから。……もうお腹一杯ですわ」

「ですね。これ以上の無駄な混乱は無用です」


 リスティアナの言葉にリオルドもこくり、と一つ頷くとリスティアナに向かってリオルドはすっと手を差し出した。


 リスティアナは、リオルドから差し出された手のひらとリオルドの顔を、キョトンとした表情でついつい交互に見やってしまう。


「──リスティアナ嬢。ここは一つフロアの中心部でダンスを楽しむ学園生達に紛れて殿下から離れましょう。……あの様子ですと、間違い無く殿下はリスティアナ嬢に接触してくるかもしれません」

「──!」


 リオルドの提案に、リスティアナは「なるほど」と口元だけで笑みの形を作ると差し出されたリオルドの手のひらに自分の手のひらを乗せた。


「良い口実ですわね。さっさと離れてしまいましょう」

「ええ、是非」


 お互い、にんまりと笑みを浮かべて視線を交わし合うとリスティアナとリオルドはそのままダンスを踊っているフロアの中心部へと足を進める。


 リオルドがエスコートしている女性がリスティアナだと知り、令嬢達は嫉妬に塗れた視線を、子息達はリオルドに向かって気遣うような視線を向けているが二人はそんな視線など気にせず音楽に合わせて踊り始める。


「──リスティアナ嬢。そう言えば、ウルム国に行かれていた兄君はまだお戻りにならないのですか?」

「あっ、スノーケア卿にはまだお伝えしておりませんでしたね。オルファお兄様から連絡がありましたの。少々時間が掛かってしまっていらっしゃったのは、陛下とあちらの国とで何やら色々とやり取りがあったから、みたいですわ」

「──陛下、と……?」


 リオルドのきょと、とした瞳と声音にリスティアナはにっこりと満面の笑みを浮かべると、リオルドに向かって言葉を返した。


「ええ。お客人をお連れするのにお時間が掛かったみたいです」







 ──カツカツカツ、と足音荒くパーティー会場の廊下を歩きながらナタリアは羞恥や怒り、裏切られた、と言うような失望感や恨みでごっちゃになってしまった感情を持て余しながらとある部屋の前に来ると、ノックもせずに扉を開け放った。


「──っ、先生……!」


 ナタリアは声を荒らげると、そのまま開かれた扉の奥へと躊躇無く進んで行く。


「おや、ナタリア様? どうされましたか?」

「聞いて下さいませ、先生……っ! 殿下も、陛下も酷いのです!」


 パーティー会場の一室。

 ナタリアの主治医として、別室で待機していた医者が、わっと喚きながら入室して来たナタリアに優しい声で話し掛ける。


 その部屋には、ナタリア付きの侍女も待機しており、直ぐにナタリアの元へと向かうと落ち着かせるように椅子を用意して座るように促す。


「殿下もっ! 陛下もっ! 私が次期王妃なのに、その事をいつまで経っても国内外に正式に発表してくれませんし、あろう事か今日なんて! 国王陛下はパーティーに参加している皆さんの前で私を辱めたのですっ! 私、これでは……っ、悲しくて辛くて気が狂ってしまいそうですわ!」

「おやおや……。殿下も、陛下もナタリア様の素晴らしさにちっとも気付いて下さっていないのですね……何という事か……」


 態とらしく医者は悲しげに眉を下げると、ナタリアに向かい合っていた状態からくるり、と背を向けて振り返るとゴソゴソと自分の鞄の中を漁り始める。


「それでっ、それで私っ、殿下と陛下が私にストレスを与えたからっ、御子を失ってしまった、と告げようと思いまして……。先生ならっ! そのようにご説明して下さりますよね!?」

「うーん……それもいいですが……。ナタリア様の素晴らしさをもっと簡単に周知させるいい手を考えましたよ」


 くるり、と振り返った医者が笑顔でナタリアへとそう告げる。

 医者の手の中には、先程の鞄の中から取り出したのだろう。二つの小瓶が握られており、ナタリアは不思議そうにその小瓶を見詰めて首を傾げた──。



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