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22話


 リオルドからの言葉に、リスティアナは信じられないとでも言うように瞳を見開くとリオルドが差し出して来た手紙と、リオルドの顔を交互に見やる。


「──お父様が、タナトス領に……」

「はい。ご自分の目でタナトス領の状態を確認してくる、と……。この事を知っているのは我々と、国王陛下のみです」

「……失礼、いたしますわね」


 リオルドから差し出された手紙を、リスティアナは丁寧に受け取るとそっと手紙を開き、中身を確認する。

 出先で急いで書き記したのだろう、平民等が使用するとても質素な紙に、とても簡素に文章が記されている。


 手紙には、フィリモリス家の騒ぎは大事にはなっていない物の、事態の収束には時間が掛かるであろう事や、他の二家の侯爵家も小さな騒ぎが起きていた事。

 この国の侯爵家が大なり小なり騒ぎがあり、国内への監視の目が一時薄れていた事等が記されている。


「──一年も前に……!?」


 リスティアナは、二家の侯爵家で起きていた小さな問題が、一年程前に起こっていた事に瞳を見開く。

 ほんの小さな騒ぎだったようだが、そう言った不自然な出来事が一年程前から発生しているようで、リスティアナは顔色を悪くする。


「……もしかしたら、この国には数年前から他国の間者が入り込み、少しずつ、少しずつ国内の中枢へと侵入していたのかもしれませんね」


 リオルドの言葉に、リスティアナは小さくこくりと頷く。


「そう、ですわね……。その事に全く気付かず、戦争が無く平和な国だと、慢心していた結果がこれですわね」

「ええ。近頃、行方不明者や非道な犯罪が増えて来ているのももしかしたら、と勘ぐってしまいますね」

「……王都の警備兵や憲兵達が忙しなく動いておりましたものね。……長期間掛けて、この国を取りに来ていたのだとしたら……」

「最終的な目的が国を支配する事なのであれば……狙いは王族でしょう」

「──殿下、は……っ!」


 リオルドの言葉に、リスティアナははっとして後方を振り向く。

 王族の血が狙われているのであれば、あのような場所にヴィルジールを残して出てきてしまったのは悪手だ。

 リスティアナが顔色を悪くしていると、リオルドが安心させるようにリスティアナに向かって声を掛ける。


「メイブルム侯爵様が、陛下とお会いした際にその危険性はご説明したようです。陛下が、王族に影を付けているようなので問題は無い、かと……」

「そ、そうなのですね……それは良かったです……」


 ほっと安堵したような表情で自分の胸元に手をやるリスティアナに、リオルドは「それよりも」と眉を寄せてリスティアナにむかって唇を開く。


「──今日の、パーティーに参加されるリスティアナ嬢が心配です。侯爵家の人間に、危害を加えられた事は今までありませんが……。この卒業パーティー中に何か大きな事件を起こして、それを切っ掛けとして混乱をこの国に広めるつもりでは無いか、とメイブルム侯爵様もその部分を憂慮されていました」

「お父様が? ……お父様の勘は当たりますから、もしかしたら本当に何かが起きてしまうかもしれませんね」

「そんな……、他人事のように……。その標的がリスティアナ嬢になる可能性もあるのですよ?」

「承知しておりますわ。けれど、自分の身可愛さにパーティーを欠席して、不穏分子を把握出来ない事の方がこの国に取って大変な事になりますもの……。何の罪も無い、何も知らず平和なこの国で暮らしている国民を守る事も我々貴族の責務でしょう? 彼らから税収を得て、国民に生かして貰っているのですもの。我々貴族がしっかりとしなければ、我々が貴族として生きている意味がありませんわ」

「ふふっ、同感です」


 リスティアナの言葉に、リオルドも声を上げて笑うとお互い顔を見合わせる。


「──まあ、ですが……リスティアナ嬢には私が付いておりますから。……物理的に危害を負わせられる事はありませんよ」

「あら、それは頼もしいですわ。卒業パーティーの最中はスノーケア卿が私の騎士様になって下さるのかしら?」

「ええ。私では不足かもしれませんが、そこは目を瞑って頂けると幸いです」

「スノーケア卿で不足と仰るのであれば、他の学園生達は皆騎士様として不足になりますわ」


 くすくす、と二人は楽しげに笑い合いながら会話を続ける。

 卒業パーティーでは、きっと何かが起きるだろう。

 だからこそ、リスティアナの父親であるオースティンはリオルドに自分の娘であるリスティアナの護衛を頼んだ。


 そうして、オースティンは国王陛下へ許可を取り、タナトス領へと赴いている。

 恐らく、護衛もしっかりと付けているだろう事からオースティンの事はそこまで心配する事は無いだろう。


(それなら……、今一番危険なのは……やはり卒業パーティーかしらね)


 リスティアナは、ちらりと馬車の窓から外を窺う。

 視線の先には、学園のパーティー会場である大きなホールが既に見えている。


「──着きましたね」


 リオルドの言葉に、リスティアナは「ええ」と言葉を返すと馬車が止まるのを静かに待った。



 様々な思惑が入り交じった卒業パーティーが始まるまであと少し。




◇◆◇


 リオルドが先に馬車から降り立つと、続いて降りようとしているリスティアナに手を差し出す。


 リスティアナは、ふとリオルドの顔を見て差し出された手のひらを見て、「これは騒がれそうね」と頭の中で小さく呟いた。


「ありがとうございます、スノーケア卿」

「いいえ、とんでもございません」


 リスティアナが予想した通り、リオルドの手を借りて馬車から降り立ったリスティアナの姿を見た学園生達がざわざわとざわめいている。


「──リスティアナ嬢。右斜め前方にマロー子爵令嬢がいらっしゃいます」

「あら、本当ですか?」


 お互い、口元に微笑みを浮かべた状態で小声でやり取りをする。

 リオルドに言われた方向に、ちらりと視線をやれば。リオルドが言っていた通り、ナタリアが自分の友人を引き連れてリスティアナとリオルドの方へ視線を向けていた。


 ナタリアはリスティアナとリオルドが共に同じ馬車から降りて来た様子を見てにたり、と厭らしく何処か醜い笑みを浮かべると、隣に居た学園生の令嬢にこそこそと何か耳打ちをしているのが見えた。


(ナタリア嬢は……どんどんと品位を失う行動をしているわね……。残念だわ……)


 ナタリア達に構っている暇は無い。

 リスティアナは、リオルドにエスコートされるまま、パーティー会場へと足を踏み入れた。






 リスティアナと、リオルドが会場に入っていった後ろ姿を見ながらナタリアは傍に居た令嬢達とこれみよがしにリスティアナを責めるような会話を始める。


「──ああ、やはりリスティアナ嬢は以前からリオルド様と関わりがあったのですね……殿下、何ともお労しい……」

「まあ、ナタリア様はとてもお優しいのですね……! リスティアナ嬢のあのような姿を見て、一番に殿下を気に止めるなんて……!」

「やはり未来の国母となられる方は慈愛に満ちた方でいらっしゃらないと……!」


 周囲に集まっていた学園生達や、最高学年の学園生の家族達からちらちらと視線が集まり、ナタリアは自分が今注目を集めている事実にじわり、と言いようの無い高揚感を抱く。


 取るに足らない子爵家の出だった自分が、この国の王太子であるヴィルジールの寵愛を受けて、自分よりも家格の高い伯爵家の者達が媚びへつらう。


(──それの、何と気持ちがいい事か……!)


 ナタリアは扇子で口元を隠しながらにんまり、と口元を笑みの形に歪めると、リスティアナをこの学園内で更に追い詰めて学園に通い辛くしてやろうか、と考える。


(今まで散々高位貴族には馬鹿にされ、蔑まれて来たのよ……! それなのに、私が……! 子爵家の娘である私が、この国の王子様の寵愛を得た……! 殿下から婚約を解消する、と言われた時のリスティアナ嬢のお顔が見たかったくらいだわ……っ)


 これで、リスティアナとリオルドがヴィルジールと婚約を結んでいた当初から深い仲だったのでは、と言う学園生達の噂話に拍車が掛かるだろう。


(私は、ただ自分の予想を呟いただけだもの。予想の言葉がまるで真実のように語られたって、私は知らないわ。以前の噂も、勝手に周囲が勘違いして広めてしまっただけの事。……私は、何も否定も肯定もしていないのですから……)


 ナタリアが心の中でそうほくそ笑んでいると、パーティー会場の門の辺りが騒がしくなり始める。


「──?」


 ナタリアが何だろうか、と思い振り向くと王家の紋章が付いた馬車が門の所に停車し、中からヴィルジールが降りて来たのが見えた。


「殿下!」


 今日は何故かどうしても外せない仕事があり、その関係で共にこの会場まで来る事が出来ない、と言われていたが、ヴィルジールの仕事も終わったのだろう。

 意外と早くお仕事が終わったのね、とナタリアがぱぁっと表情を明るくさせてヴィルジールの元へと向かうと、ナタリアに気付いたヴィルジールがたじろいだように見えた。


「殿下! お待ちしておりましたわっ。さあさ、会場に入りましょう……!」

「ナ、ナタリア嬢……っ。あまりその、くっつかれてしまうと上手く歩けないだろう……?」


 ナタリアが絡めた腕を、そっと自分の腕から外しながらヴィルジールが眉を下げて言いにくそうに、申し訳なさそうにそう口にする。


「そ、そうですか……? 申し訳ございません、殿下」

「いや……こちらこそすまない……。じゃあ、行こうか」


 いつもはこれくらいの接触だったら気にもしないで歩いて下さるのに、とナタリアはヴィルジールの態度に若干首を傾げたが、考えても仕方のない事だ、と気持ちを切り替えるとそのまま上機嫌でヴィルジールと共にパーティー会場へと入場した。


 パーティー会場に入場後、ヴィルジールは王族の席に向かわなければいけない、と言う事でナタリアから離れて行ってしまうが、それも一時だけだから、と説明されたナタリアは周囲の友人達と談笑をしながらパーティーの開始を待つ。

 その間、リスティアナとリオルドの姿を探すと、直ぐに見つかって。ナタリアは瞳を細めて「ふふっ」と微かに声を出して笑う。


 あからさまに遠巻きにされてぽつり、とリスティアナが孤立しているのが見える。

 傍に居るリスティアナは完全に周囲の人間から遠巻きにされているが、リオルドは時たま同じ学園生達に話し掛けられ、会話をしているのが見える。

 だが、リオルドはリスティアナからは大きく距離を取るでも無く、まるで何かが起きた際には直ぐに傍に寄れるような距離を確保しているように見えてそれが面白く無い。


(果実水でも浴びせて、レストルームにリスティアナ嬢を行かせて、閉じ込めて差し上げようかしら?)


 ナタリアがそのような事を考えていると、国王陛下が到着したのだろう。

 仰々しい登場の仕方と、国王陛下の口上にナタリアはつまらなさそうに自分の首元を彩る宝石を指先で遊びながら聞き流した。


(これ、も……殿下が贈って下さったのよね……。今度はまた新しい宝石を贈って下さるかしら)


 ナタリアがぼうっとしている内に、国王陛下がパーティー開催の言葉を続け、会場内は騒がしくなり始めた。


「──殿下の元へ行かなくちゃ……っ」


 来賓達の挨拶を受けているヴィルジールの元へと、ナタリアは軽い足取りで向かい始めた。


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