表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/38

21話


「──リスティアナ……!」


 リスティアナの姿を見るなり、焦がれるような声音で名前を呼ばれ、リスティアナはぐっ、と表情を歪ませる。

 ヴィルジールは、リスティアナの様子など気にもとめぬようで馬車の傍から離れると、リスティアナに向かって歩いて来る。


 ──何故、このような場所にヴィルジールが居るのだろうか。


「近付かぬようお願い致します、殿下」


 まさか、リスティアナから接近を拒むような言葉が掛けられるとは思わなかったのだろう。

 ヴィルジールは小さく「え、」と声を漏らすと悲しそうに眉を下げた。


「リ、リスティアナ……? 何故そんな事を……」

「──ナタリア嬢はどちらに? 何故殿下が、今日このような日にメイブルム侯爵家にいらっしゃったのですか?」


 リスティアナの「近付かないでくれ」と言う言葉をあっさりと無視し、さくさくと芝生を躊躇いなく進みリスティアナに近付いて来るヴィルジールに、リスティアナは一歩一歩後ずさる。

 ナタリアへ執心している、と噂になっているヴィルジールと自分が今一緒に居る所を外部の人間に見られてしまっては面倒な事になりそうだ、と考えリスティアナはまだ距離があるから、と一瞬ヴィルジールから視線を外し、後方をちらりと確認する。


 見送りに出ていた邸の使用人をこちらに呼び寄せようと考えたのだが、リスティアナのほんの一瞬の隙を付いて、ヴィルジールがリスティアナに駆け寄った。


「──リスティアナ!」

「……っ、きゃああっ!」


 模擬戦闘訓練に参加したお陰とでも言うのだろうか。

 ヴィルジールの身のこなしが軽やかになり、筋力も以前より付いているからだろう。リスティアナとの距離をあっという間に詰めて、あろう事かヴィルジールはリスティアナを真正面から強く抱き締めて来た。


「──ひっ、やめっ、お離し下さい殿下っ!」


 ぞぞぞ、とリスティアナの背筋に悪寒が走り、ついつい声を荒げてしまう。


 このような場所で、このような意味の分からない行動に出るヴィルジールが、リスティアナには意味が分からなく得体の知れない物と接しているような心地になってしまい、恐怖心が湧き上がる。


「リスティアナ、リスティアナ……っ、やっぱり私にはリスティアナしかいないんだ……」

「ひっ、やだやだっ! 離して下さいっ!」


 意味の分からない言葉を発し、リスティアナを逃がさぬと言うようにぎゅうぎゅうと抱き締めて来るヴィルジールに、リスティアナは精一杯ヴィルジールの腕の中で藻掻くが、流石に男の力には適わず更に強く抱き締められてしまい、リスティアナは自分の全身に鳥肌が立ってしまう。


「あの場所で、あのような行動を起こしてしまったのは一時の過ちだったんだ……っ、リスティアナより美しい女性なんていない、リスティアナより可愛らしい女性なんていない、リスティアナより賢い女性なんていないんだ……っ、それを、私はリスティアナを手放してしまってから気付くなんて……」

「──だ、誰かっ! 殿下を止めて!」


 リスティアナの悲鳴じみた声に、呆気に取られていた使用人達がはっ、とすると慌ててリスティアナとヴィルジールを引き離そうと手を伸ばして来る。


「で、殿下! お体に触れますよ、失礼致します!」

「──っ、私のリスティアナに触れるなっ」

「ひいいっ」


 気持ち悪い、気色が悪い。

 何故、どうしてヴィルジールはこのような思考になってしまったのだ、とリスティアナはぞわぞわとした寒気が収まらない。


 男性使用人がヴィルジールをリスティアナから離そうとしてくれているが、誰かがリスティアナに触れようとする度にヴィルジールが激昂し、怒声を上げる。

 この国の王太子であるヴィルジールに触るな、と強く言われてしまい使用人達が戸惑いながらも何とかリスティアナをヴィルジールから離すと、それでもヴィルジールはリスティアナに向かって手を伸ばしている。


「リスティアナっ、リスティアナ……! もう一度私と婚約を結び直そう……! 私の妃となるのはやはりリスティアナしかいないし、私はリスティアナに妃となって貰いたい……!」


 自分勝手なヴィルジールの言動に、リスティアナはヴィルジールへ鋭い視線を向けると、自分を庇ってくれている女性使用人から一歩ヴィルジールへ足を踏み出すと唇を開いた。


「──何を、今更仰っているのですか! 今更っ、何もかもが遅いのです! 殿下ご自身が犯した過ちに私を巻き込まないで下さい!」


 リスティアナは「それに」と言葉を続けると、今現在この国で何が起きているのか、大変な事が起きているのにも関わらず自分の感情に突き動かされ、自分勝手な行動をしているヴィルジールに責めるような言葉を紡ぐ。


「殿下は、今この国で何が起きているのかご存知無いのですか……! 学園内で、タナトス領でっ、フィリモリス侯爵家で、メイブルム侯爵家で起きている事を本当に何もご存知無いのですか……!」

「メ、メイブルム侯爵家で……っ、? タナトス領で……っ?」


 何の事だ、と言うように眉を寄せたヴィルジールに、リスティアナは目を見開く。


 本当に、ヴィルジールは何も気付いていないのだ。

 この国で起きている不可解な事柄達を何一つ知らず、だからこそこのように愚かな行動を起こしているのだ。


 おろ、と戸惑い、リスティアナに尚も向かってくるヴィルジールへとリスティアナは冷たい視線を向ける。


「──っ、リ、リスティアナ……。考え直してくれ……。この国の次期王妃はリスティアナしか居ない……」

「まだ、そのような事を……。ナタリア嬢と言う女性が殿下にはいらっしゃいます。殿下の御子を身篭ったナタリア嬢が、次期王妃では無いのですか」


 呆れたようなリスティアナの言葉にヴィルジールは小さく首を振ると「大丈夫だ」とリスティアナな向かって声を掛ける。


「その、ナタリア嬢の事は国内にはまだ正式に発表していない……。ナタリア嬢の子は、リスティアナの子として、二人の間に生まれた子として育てるつもりだ」

「──は、?」


 ヴィルジールの言葉に、呆気なく当然と言うように微笑み掛けて来るヴィルジールにリスティアナは今度こそ言葉を失ってしまった。






「──リスティアナ嬢?」


 メイブルム侯爵邸の正門。

 そちらの方向から、躊躇いがちにリスティアナを呼ぶ声が聞こえて、リスティアナは憔悴した様子で自分の名前を呼んだ声に振り向いた。


「──スノーケア、卿……?」


 何故ここに、とリスティアナが考えていると、リスティアナの憔悴しきった様子、リスティアナに腕を伸ばしているヴィルジールの姿を見て合点がいったのだろう。


 リオルドはヴィルジールに向かって失望したような表情を浮かべると邸の正門に手を掛けてリスティアナ達に向かって歩いて来る。


「殿下……、このような場所で殿下のお姿を他者に見られてしまっては、あらぬ噂が立ちます。今現在、国内の貴族達は殿下とマロー子爵家の令嬢お二人が想いを通い合わせ、この先お二人でこの国を導いて行くのだ、と思っております。それなのに、元婚約者であったリスティアナ嬢の元に殿下のお姿があった、と噂になってしまわれたら……要らぬ混乱を国内に招きます」

「要らぬ混乱とはならない……! リスティアナは私と婚約を結び直す予定だ……!」

「──は、?」


 リオルドはヴィルジールを諌めるように言葉を選び、この場を穏便に済ませてしまおうと考えていたのだが、ヴィルジールの言葉に王族の前では些か不敬とも取れるような素っ頓狂な返答をついついしてしまう。


 リオルドがヴィルジールの言葉に慌ててリスティアナへ視線を向けると、リスティアナは嫌そうな顔をしてぶんぶんと力いっぱい首を横に振っている。


「──リスティアナ嬢は、その……違う、と仰っているようですが……」

「そんな事は無い……。これは、私とリスティアナ二人の問題だ。スノーケア卿には関係の無い話だ。ここに何をしに来たのかは分からないが、リスティアナは私と話がある。すまないがスノーケア卿は戻ってくれないか」


 リオルドに対して、あからさまに敵意を剥き出しにしたような視線をヴィルジールは向けると、リオルドに向けていた視線を直ぐにリスティアナへ戻す。


「殿下、申し訳ございませんが私もリスティアナ嬢にお伝えしなければならない事がございます。それに、彼女は学園の卒業パーティーに向かわねばならぬのです……、それは殿下もご一緒では?」

「ああ。だからこそ、私はリスティアナの元へとやって来たのだ。……卒業パーティーの場で、私はリスティアナと婚約を結び直す事を宣言するつもりだ」


 至極あっさりと、そのようにヴィルジールが言葉を零し、リスティアナもリオルドもぎょっと瞳を見開く。


「──なっ、何を仰るのですか殿下! いい加減目を覚まして下さいまし!」

「パーティーの場でそのような事を考えるのはおやめ下さい!」


 リスティアナ、リオルド両名にそう告げられ、ヴィルジールは不満気に眉を顰めると「何故!」と声を荒らげる。


「リスティアナは私を好いてくれていただろう!? 人を想う感情は直ぐには無くならぬ筈だ!」

「そのお言葉、殿下にも当て嵌るのではございませんか。ナタリア嬢と想いを交わし合ったからこそ、御子を授かったのです……。もう私は以前のように殿下に想いを寄せてはおりません。寧ろ、本日の一件で殿下への想いも全て消え去りました」

「──っ」


 リスティアナの冷たく凍えるような声音と視線に、ヴィルジールは愕然と瞳を見開くと、言葉を無くしてしまっているヴィルジールの隙をついて、リスティアナは奥にいるリオルドの元へと駆け寄った。


「スノーケア卿……! 今の内に学園に参りましょうっ」

「──えっ、いいのですか殿下をあのように……」

「宜しいのです……! ああなってしまった殿下とはお話を続けても無意味ですわ……」


 リスティアナは、リオルドの手を取り足早にその場を後にしてリオルドが乗ってきた馬車に乗り込んだ。






 リスティアナとリオルドが馬車に乗り込んで直ぐ、馬車を出すとリスティアナは安心したように馬車の座席に背を預けた。


「──殿下は、どうされてしまったのですか……」

「私にも分かりませんわ。突然邸にお越しになって……再び婚約を結び直すのだ、とお話をして来たのです」

「……それは、災難でしたね」


 リオルドの苦笑混じりの声音に、リスティアナもついつい困ったように眉を下げて笑みを返す。


「──本当に……殿下はどうされてしまったのか……。昔はあのようにご自分の我を通すような方ではありませんでしたのに……。信じられないかもしれませんが、聡明でしたのです」

「大きな過ちを犯したと、ご自身でお気付きになり、何とかしようとなさっているのでは無いでしょうか」

「まぁ……。それこそ本当に今更ですわね。ナタリア嬢と関係を持ってしまった事でもうどうにも出来ない程に事態が悪化していると言う事に、お気付きになれない時点で……」


 リスティアナの言葉に、リオルドはついつい苦笑してしまう。

 ヴィルジールへの恋情を、本当に綺麗さっぱり失ったのだろう。リスティアナは自分の額に手を当ててゆるゆると首を横に振っている。


 すると、そこでリオルドが何故ここに来たのか理由を思い出したのだろう。

 リスティアナは「そうですわ!」と声を上げると、リオルドに視線を向けた。


「スノーケア卿、そう言えば私に伝える事がある、と仰っておりましたが、火急の用事でしょうか?」

「──ああ、そうでした……!」


 リオルドははっとして表情を引き締めると、自分の懐に腕を差し入れて手紙を取り出した。


「──メイブルム侯爵様から連絡が」

「お父様から!? ご無事だったのですね……」


 リオルドの言葉に、リスティアナが安堵したように声を弾ませると、リオルドは言葉を続けた。




「メイブルム侯爵様は、タナトス領に行かれました」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ