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20話


 リスティアナと、リオルドが早退した後の学園内では、ナタリアを中心としてリスティアナの悪い噂がどんどんと周囲に広まっている。


「──信じられません……リスティアナ嬢は、私と大事なお話をしていたと言うのに、リオルド様に呼ばれて私とのお話を無理矢理切り上げ、リオルド様と一緒にその場を離れてしまって……」

「そうですよね。ナタリア嬢が折角お声を掛けたと言うのに、その有難みも感じずリスティアナ嬢はリオルド・スノーケア卿と連れ立ってナタリア嬢を置いてどこかに行ってしまったのです」

「──えっ、リスティアナ嬢は王太子殿下と婚約を解消されたばかりですよね? それなのに、スノーケア卿と一緒に何処かへ行ってしまったのですか?」

「まあ……それは、なんとも……不自然ですわね」


 ナタリアと、ナタリアに侍る学園生達は大勢の学園生達が昼食を取る食堂で、わいわいとテーブルを囲み、リスティアナとリオルドの話を口にする。


 周囲で聞き耳を立てていた学園生達が、リスティアナとリオルドの関係を誤解しそうな言葉選びの仕方で、ナタリアにその意図があるのかどうかは分からないが、周囲に居た学園生達はリスティアナとリオルドの仲を誤解するには当然のような会話であった。


 ナタリアは間違った事は一言も言ってはいない。

 大事な話、と言うには些か首を傾げる内容の会話ではあったが、確かにリスティアナはリオルドに声を掛けられ、ナタリアとの会話を切り上げてナタリアの前から姿を消してしまっている。


 それを、ナタリアに侍る者達は周囲の学園生達が誤解し易いように言葉を選び会話をしているようだ。


「──え、メイブルム侯爵家と、スノーケア辺境伯家が……?」

「殿下は、リスティアナ嬢が他の男性を好きになったから婚約を解消したのでは……?」

「未来の王太子妃になるような人が、他の男性に心を寄せるなど……なんてはしたない……」


 ざわ、ざわと周囲からリスティアナの悪い噂が聞こえ始めて、リスティアナとコリーナの友人であるアイリーンとティファは自分の手の中にあるナイフをぎゅう、と力強く握った。


「──好き勝手な事を……っ」

「ア、アイリーン嬢、聞こえてしまいますわ……!」


 アイリーンの低く、おどろおどろしい声音に正面の席に座っていたティファがこそり、と声を顰めてアイリーンに声を掛ける。


「……っ、だって……!」

「これでは、リスティアナ嬢が私達を気遣い、遠ざけて下さったのにその気遣いが無駄になってしまいます……!」

「──っ、もうっ! 学園生の方たちも随分よね。コリーナ嬢も居ない、リスティアナ嬢も居ない、辺境伯の家の出のスノーケア卿も居ないからと言って、下品な噂がすぐに広まる無法地帯になっているじゃない……っ」


 リスティアナが、ヴィルジールと婚約している時に他の男性と仲睦まじくしていた事実など無い。

 学園生であれば、リスティアナとリオルドの間に交流が無かった事など直ぐに分かるものだと言うのに、まるでリスティアナとリオルドの間に何かがあったかのように噂話が広まって行く事にアイリーンも、ティファも違和感を覚える。


 噂が広まる中心にいるのはナタリアだ。

 彼女が、この国の王太子であるヴィルジールと深い仲になっている事はナタリアの振る舞いや、毎朝学園に送りに来ているヴィルジールの姿を見ている者であれば簡単に察する事が出来る。

 だが、些かナタリアの態度も、ナタリアに侍り媚びへつらう学園生達の態度も、些か傲慢さが助長し始めている。


「……ナタリア嬢は、いったい何がしたいの?」

「……恐ろしい事を考えていなければいいのだけど……」


 アイリーンとティファは、食堂内で広がりつつある友人のありもしない酷い噂話に眉を寄せた。




◇◆◇



「──それでは、私は少し出てくる」

「お父様、くれぐれもお気を付けて下さいね」

「メイブルム侯爵、護衛を複数付けずに大丈夫ですか」


 場所は戻ってリスティアナのメイブルム侯爵邸。

 あらかた話が終わり、オースティンはコリーナの家、フィリモリス侯爵家へ様子を見に訪ねて来ると言い、侯爵家が持つ私兵を護衛代わりに数人引き連れ、馬車に乗り込んだ。


 国内の情勢がどうも良くない。

 それを調べているオースティンが自ら行動するなど、身を危険に晒すのでは無いか、とリスティアナとリオルドが心配そうに声を掛けるが、オースティンは「大丈夫だ」とリスティアナとリオルドに返答するとちらり、とリオルドに視線を向けた。


「リオルド殿」

「──、はい?」


 オースティンは、リオルドに声を掛けると馬車に乗り込んだオースティンの元へとリオルドは近付く。近付いて来たリオルドの耳元でオースティンは極小さく呟いた。


「リスティアナは、恐らく今後多くの悪意に晒されるだろう。申し訳無いが、頼んだ──」

「──え、」


 リオルドが瞳を見開き、オースティンに意味を問おうとしたが、オースティンは意味深な笑みを浮かべるとそのまま馬車を出してくれ、と御者に声を掛けてその場から去って行ってしまった。


「お父様が戻られるまで、少し状況を整理致しましょうか、スノーケア卿」

「──は、はい……リスティアナ嬢」


 リスティアナにそう言われ、邸へと戻って行くリスティアナの後を追いながら、リオルドはオースティンが去って行った方向を何度も振り向いた。




 その日、結局オースティンが戻る事は無く、学園の卒業パーティー当日を迎えてしまった。


 夜になっても、朝になってもオースティンが帰って来る事は無く、リスティアナは心配して邸に残ろうか、と提案してくれるリオルドに「大丈夫だ」と笑顔で帰し、その日一晩中自室で考えた。


「──ウルム、国……お父様が以前口にしたウルム国と、オルファお兄様を呼び戻した事はきっと関係があったのね……。嫌だわ……私はそれにすら気付かずに……。お父様が姿を消したのは、何故……? 国内に入り込んだ敵方にお父様が簡単にやられてしまう可能性は有り得ないわね……」


 それならば、何故だろうか、とリスティアナは考え込む。

 今、オースティンが、この国の侯爵家当主であるオースティンの姿が消えてしまえば、騒ぎになるだろう。


「問題は、陛下が承知か否かだわ……」


 コリーナのフィリモリス侯爵家と、残りの二家の侯爵家に行って来る、と言い残し姿を消したのだ。

 他の三家の侯爵家の当主はどうなっているかは分からないが、これでこの国の四大侯爵家の内、二家の侯爵家に大きな事件は起きている。

 そして、辺境のスノーケア辺境伯のタナトス領でも同じように良く無い事が起きている可能性がある。


「侯爵家に、辺境伯、ね……」


 ナタリアに、こんな大それた事を計画出来るだろうか、とリスティアナは考えてそしてその考えを直ぐに捨て去る。

 子爵家の令嬢──、しかもとてもでは無いが教養があるような人物には見えなかった。


 自身の感情に簡単に心を乱され、失言してしまうような人物である。

 それならば、やはりナタリアをけしかけた者がいるのだ、とリスティアナは考える。


「けれど……ナタリア嬢をけしかけて、殿下のお相手に推薦して得をするのは……陛下の王兄であられるバジュラド様……? いえ、でも御子が生まれてしまえばバジュラド様はもうきっと王座に就く事が出来なくなるわ……。王政派と反王政派がぶつからぬよう、要らぬ火種を起こさぬように私達もお互い納得の上で婚約解消と言う手を取ったのだから、血統に拘る王政派も私を理由に引っ張り出す事は不可能……」


 リスティアナは、白んでくる窓の外にちらり、と視線を向けるが全くと言っていい程睡魔は襲って来ない。


「タナトス領の、異変に……私と殿下の婚約解消……ナタリア嬢と殿下の関係……、学園での噂の広まり方……、コリーナの侯爵家での異変……そして、お父様……。ああ、駄目ね……お父様のように直ぐに答えが導き出せない……」


 国内で、おかしな事が多々発生している。

 リスティアナは初め、ナタリアを王太子妃に据えたい反王政派の仕業や王位を狙っているバジュラドの策略かとも思ったが、それではオースティンがウルム国から兄であるオルファを呼び戻した意味が無い。

 だからこそ、敵国がこの国内に入り込み何かを画策しているのだろうか、と考えたのだが、騒ぎに一貫性が無く相手の思惑が読めない。


「──まさか、複数の国の手の者が入り込んでいる、なんて事は有り得ないわよね……」


 リスティアナは、自分の何処か突飛した考えに苦笑してしまったがその考えを「有り得ない」と一蹴してしまう事が出来ず、背中に嫌な汗が伝ったのだった。






 結局、夜が明けその日学園を休んだリスティアナは夜になるまでオースティンが帰って来る姿を見る事無く、翌日の卒業パーティーの日を迎えてしまった。


「学園に入り込んでいるのは何処と繋がりがあるのかしらね……」

「──? お嬢様、何か仰いましたか?」


 リスティアナの朝の支度を手伝っていた侍女がリスティアナに向かって声を掛けるが、リスティアナはにこりと微笑みを浮かべると「何でも無いわ」と答える。


 卒業パーティーが開催される今日は、普段よりも登園時間が遅く、またその卒業パーティーに参加する者は普段の学園の制服では無く夜会などで身に纏うドレスで参加する。

 リスティアナは藍色のドレスに身を包み鏡に映る自分の姿を見返す。


(この卒業パーティーは、最高学年のご家族も参加が認められていて、人数も多い。……それに、王族である陛下や王太子殿下もご参加するわ……。動くのには最適な場面よね)


「お嬢様、終わりました。いつにも増してお美しいですわ!」

「ふふ、ありがとう」


 この侯爵家の当主の行方が分からぬ、と言う状況ではあるが普段通り仕事をこなす侍女にリスティアナは感謝する。

 動揺や、不安だってあるはずだが、その雰囲気をおくびにも出さない徹底した仕事ぶりにリスティアナはもう一度「ありがとう」と侍女に向かって礼を告げると、ゆっくりと立ち上がった。


 そろそろ学園に向かわないといけない時間だ。

 遅れてパーティー会場に入場し、要らぬ注目を浴びたくは無い。


(でも、コリーナに続き、私も昨日学園を休んでいるから……要らぬ噂がまた増えているかもしれないわね)


 一体、今度はどんな噂が広まっているのだろうか、とリスティアナは苦笑する。

 噂に踊らされ、正常な思考を放棄した愚かな家門はどれだけいるのだろうか。


 リスティアナがゆっくりと邸の玄関まで向かい、外に出る。


 外に出る、と。

 嫌と言う程見慣れた、この国の王家の紋章が入った馬車が何故か邸の正門に止まっており、見慣れた男の姿がそこにはあった。


「──殿、下……? 何故ここに……」


 リスティアナの姿を見つけ、瞳に恋情を宿したヴィルジールが、恋しそうにリスティアナの名前を呼んだ。



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