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17話


 タナトス領で異変が起きてから五日。

 即ちアロースタリーズ国に向かう敵国の軍勢のような物を最北端の砦で確認してから、タナトス領はいつ戦闘になっても良いように軍の配備、領民の避難を慌ただしく行っている。


 だが、タナトス領がそのような事態に陥っている、と言う事を全く知らぬ王都の民達、貴族達はのんびりと穏やかに数日後に開催される学園の卒業パーティーの話題に花を咲かせていた。




 そして、とある王城の一室。

 その一室では定期的な検診にナタリアの私室を訪れていた医務官が手を洗いながらナタリアににこやかに話し掛ける。


「体調も大丈夫そうですね。これでしたら卒業パーティーにもご出席出来るでしょう」

「──あ、ありがとうございます先生っ!」


 ナタリアは、ぱぁっと表情を輝かせると横たわっていた姿勢から素早くベッドに起き上がる。


 あれから。

 何度も医務官と顔を合わせる内、診察を受ける内に恐らくナタリアが今現在、子を身篭って居ない事は見抜かれている。

 だが、その医務官は決定的な言葉は口にせずにいつもにこにこと笑顔を浮かべながら、ナタリアの世間話に耳を傾け、相談事には真剣にナタリアと同じように頭を悩ませ、解決策を探してくれる。


 とても献身的に自分に接してくれる医務官を、ナタリアも信用しきっており、卒業パーティーの事や、学園内で起きている事。

 ヴィルジールが今どんな仕事をしていて、自分自身に構ってくれないかを事細かに語って聞かせ、励まして貰っている。


「パーティーですが、殿下は未だに私が参加する事を良しと思っていないようです……。何故あんなにも反対するんでしょう……先生にだってしっかりと診察してもらって大丈夫だ、と言って貰えているのに……」

「うーん、そうですね……」


 医務官は診察の道具を片しながら笑顔を浮かべたままナタリアに向かって唇を開く。


「──もしかしたら、もしかしたらですよ? ヴィルジール殿下は、ナタリア様がパーティーに出席されると嫌なのかもしれませんね」

「……? 何故……」

「ほら、そのパーティーは最高学年以外の学園生は殆ど参加が義務付けられている、と聞きますし。殿下は、元婚約者であられるリスティアナ嬢と逢瀬をしたいのかもしれません」

「──なっ、!! ですが、もう殿下とリスティアナ嬢は婚約者同士では無いのですよ……っ綺麗にお二人の関係は切れている筈です……っ!」

「頭では分かっていても、元婚約者であらせるリスティアナ嬢をお嫌いになってお別れしたのではありませんからね……。お二人共、想い合っていたと聞いておりますし……殿下も尊い王族の血が流れているとは言え、人の子。懐かしさや、リスティアナ嬢に想いを残していても不思議ではありませんから」

「そ、そんな事が許される筈が……っ」

「未来の国母となられるお方が、このような瑣末な事で感情を荒立ててはいけませんよ。ナタリア様は、国母になられるのですから」


 にっこりと笑顔でナタリアをそう励ます医務官に、ナタリアは納得したように何度も頷くと「そう、そうよね」と自分自身に言い聞かせるように呟く。

 医務官は、最後にもう一度ナタリアに向かって微笑むと、ナタリアの私室をゆったりと退出した。


「──そう、そうよ……。私は殿下と結婚して、将来は王妃となるのだから、これくらいの事で感情を波立たせてはいけないわ……。ああ……もう、早く殿下が私達二人の事を早く決めてくれたらいいのに……!」


 ヴィルジールと、リスティアナが婚約を解消してから日が経つが。

 ヴィルジールの新たな婚約者となる筈のナタリアの名前の正式な発表は未だ行われておらず、またヴィルジールからはっきりとした言葉も聞いていないナタリアは焦れて来ていた。


 周囲からはナタリア自身をヴィルジールの婚約者として扱われては居るが、国内に正式に発表された訳では無い。

 国内に正式に発表されたのは、リスティアナとヴィルジール二人の婚約が解消された事のみ。

 その為、貴族達の中ではヴィルジールの次の婚約者はナタリアだと認識はされているが、この国に住む民には正式に発表がなされていない状態である。


「早く、国内外に発表して下さればいいのに……」


 婚約の解消と、婚約の成立には履行されるまで時間に差があるのだろうか、とナタリアは首を捻った。






 ──王宮の中では、「来るべき日」の為に奔走する影が幾つも動いていた。

 「平和な日々」はその国に住まう人々に穏やかな安寧な日々を与えていたが、逆に普遍の日々が人々から緊張感を奪い、変化を奪った。


 アロースタリーズ国で史上最悪な長い長い一日がすぐそこにまで迫っていた。







◇◆◇



「──何ですって……?」


 学園の教室内。

 学園の卒業パーティーを明後日に控えた今日、授業中に慌ててやって来た使用人が、入室の許可を取るとコリーナの席にまでやって来て、コリーナに耳打ちした。


 その使用人から何かを聞いたコリーナが慌てたように声を震わせると、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がる。


「──先生。申し訳ございませんが、火急の用事が入りました。家の事情ですので本日は早退致しますわ」

「フィ、フィリモリス嬢……? 分かり、ました……。早退、と言う事で処理をしておきますね」

「ありがとうございます……っ」


 授業を行っていた先生へコリーナは一礼すると、ざわめく教室内を足早に通り抜ける。

 コリーナが慌てて早退するなど、大事でも起きたのだろうか。


 リスティアナが心配そうにコリーナへ視線を向けていると、コリーナもリスティアナへ視線を向けて力無く微笑んだ。

 まるで「心配しないで」と言うようなその微笑みに、リスティアナは小さくコリーナにだけ分かるように頷くと、コリーナはリスティアナの仕草を確認した後、直ぐに教室を出て行く。


(コリーナ……。大丈夫かしら……。フィリモリス侯爵家に、何か大変な事が起きた、のかしら……でも、コリーナの侯爵家程の家が……? 授業を受けているコリーナを呼び出す程の……?)


「皆さん、落ち着いて下さい! 授業を続けますよ!」


 教室内に居た先生が、声を上げるとざわめいていた学園生達はコリーナが出て行った扉を気にしつつ、前に向き直る。


 コリーナに何かあったのだろうか、と心配していたのはリスティアナだけではないようで。

 守る為に離れて貰っていたアイリーンや、ティファも心配そうにコリーナが出て行った方向を見詰めた後、さりげなくリスティアナを気遣うような視線を向けてくれる。


 リスティアナは他の者に分からないように口元にだけ薄らと笑みを浮かべてアイリーンとティファに笑い返した。





 コリーナが早退した後。

 午前中の授業が終わり、昼休憩の時間の際に教室内はコリーナの家であるフィリモリス侯爵家の噂話で持ち切りになっていたが、リスティアナは下世話な噂話など耳にも止めず、いつもの様に──ここ最近恒例となっていた談話室へと向かう。


 廊下に出て、リスティアナが少し歩いた頃。

 前方から人々に囲まれ談笑しながらリスティアナに近付く集団が目に入る。


(──何故、最高学年である彼女がこの棟に……?)


 何か、目的が無ければこの棟になどやって来ない筈なのに、と考えてリスティアナは「ああ」と心の中で納得する。


(もしかして、目的は私──かしらね?)


 リスティアナは、目の前から近付いて来るナタリアと、ナタリアに侍る学園生達を冷めた視線で見詰める。


 ナタリア達が、リスティアナが自分達に気付いた事に気付いたのだろう。

 リスティアナの少し前方でぴたり、と足を止め先程まで楽しそうに会話をしていた声もぴたり、と止まる。


 周囲の学園生達は、ナタリアとリスティアナの対面に興味津々で、さりげなく人が集まり始めている。

 集まる人の中には、あからさまにリスティアナを蔑み、馬鹿にしたような視線を向けている。


「あら、奇遇ですねリスティアナ嬢」

「こんにちわ、ナタリア嬢」


 奇遇、とは良く言ったものだ、と思いながらリスティアナがナタリアへ言葉を返すと、ナタリアの周囲に居た学園生が「きゃあ」と声を上げる。


「──やだっ、リスティアナ嬢がナタリア嬢を睨み付けたわ……!」

「今のお顔の表情を見た? 憎々しげにナタリア嬢を見たわよ」

「ナタリア嬢に危害を加えるおつもりでは? 直ぐに離れた方がいいですわよ、ナタリア嬢!」


 自分達から近付いて来て、何をトンチンカンな事を言っているのだ、とリスティアナが白けた視線でナタリアを見ていると、ナタリアがまるでリスティアナを気遣うように唇を開いた。


「──リスティアナ嬢、少々小耳に挟んだのですが……ご友人のコリーナ嬢のお家が不幸な惨事に見舞われたとか……? ご友人がそのような事になってしまって……、何とお声をかければよろしいのか……」

「ご心配頂かなくても結構ですわ。コリーナ嬢の侯爵家は、不測の事態にも即座に対応出来るように普段から備えておりますし……。フィリモリス家が実際に惨事に見舞われておりましたら、我がメイブルム侯爵家も勿論手助けを致しますから」


 すげ無くリスティアナから言葉を返されて、ナタリアが言葉に詰まると、周囲に居た学園生達が「まあ冷たい!」と声を上げる。


「ご友人のお家の一大事やも知れぬのに、リスティアナ嬢は慌ても、心配もせずに随分冷静ですわね」

「ご自身でコリーナ嬢の助けになるべく行動するのでは無く、家が助けるですって……! そんなの本当に友人と呼べるのかしら……!」

「リスティアナ嬢に関わると不幸な目に会ってしまいそうですわ!」


 好き勝手に騒ぎ立てる令嬢達に、リスティアナは益々冷めた視線を向けると、「もう宜しいでしょうか」と声を紡ぐ。


「非生産的なお話で、有意義な休憩時間を無駄にしたくないので、もう失礼してもよろしくて? この会話に、何か意味があるのでしょうか? 解決に対して議論するでも無く、人のお家の事を面白おかしくお話するのは、はしたなくてよ」


 リスティアナの尤もな、正しい言葉にナタリアを含む他の学園生達も羞恥で顔を真っ赤にすると、「何を!」と声を荒げた。


 だが、学園生達が続きの言葉を紡ぐ前にここ最近聞きなれた男性の声が聞こえた。


「──何の騒ぎです? あ、リスティアナ嬢。こちらにいらっしゃったのですね、先生が呼んでおりましたよ」

「あら、スノーケア卿。先生が? それはありがとうございます」


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