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15話


「──何故、件の夜に誰も殿下の御姿を見ていないんだ……? 酒に酔っていた状態とは言え、側近が殿下の御姿を見失うのか……?」


 オースティンはその報告書に視線を落としたまま文章が記載されている部分を自分の指先でなぞる。


 どうにも引っ掛かる。


「この国の、唯一の王位継承権を持った殿下の御姿が無い事に気付きもせず、御姿が無い事に疑問も持たず、朝まで祝宴を続ける、か……?」


 気持ち悪い程、「出来過ぎて」いる一連の流れにオースティンは眉を顰める。


 オースティンは、リスティアナが学園から帰宅するのを待ち、どうにもこの国の内部の動きがおかしいとリスティアナに注意を促す事を決めたのだった。






 場所は変わって、学園内。

 リスティアナはリオルドと共に用を済ませた後、教室へと戻り普段と変わらず授業を受けた。


「リスティアナ嬢、スノーケア卿とは何もお話しされなかったのですか?」

「えっ、?」


 全ての授業が終わり、帰り支度をしているとティファが、瞳を輝かせてリスティアナに近付いて来てそう聞いて来る。


 リスティアナはきょとん、と瞳を瞬かせると首を傾げる。


「スノーケア卿と……? 特に、これといったお話はしていませんが……」


 渡り廊下のあの場所で話した事は伏せておいた方がいいだろう、と考えたリスティアナがそうティファに答えるとティファは残念そうに眉を下げて「そうですか」と小さく呟くと、ティファはそっと周囲を見回してリスティアナにぐっと近付いて来るとリスティアナにしか聞こえない程度の声量でリスティアナの耳元で呟く。


「──あの日、スノーケア卿が庇って下さったのはきっとリスティアナ嬢を思っての事だと思いますわ……。きっとそうだと思います……、……リスティアナ嬢には私達も居りますし、スノーケア卿もきっと、リスティアナ嬢を……、メイブルム侯爵家を大切に思っておりますからね」

「……っ、ありがとうございますティファ嬢。そのように言って頂けるだけでとても心強いですわ」


 昼食の時に話した内容を気にしているのだろう。

 もし、万が一自分達がリスティアナから離れなければいけなくなってしまったとしても、メイブルム侯爵家を、リスティアナを大切な友人だと思っている事は変わらないと伝えたかったのだろう。


(でも、何故ティファ嬢は今この事を……?)


 と、考えてリスティアナはあ、と思い出す。


 少し先にこの学園では最高学年である学園生達を祝う卒業前の卒業パーティーが開催される。

 学園を卒業すれば、大人達の仲間入りである。

 デビュタントはまた別の機会、時期に行われるが学園卒業が貴族社会では一つの区切りで、卒業を機に学園生達は大人と同じ扱いをされるようになる。

 そのパーティーは、デビュタントを迎える学園生達の「プレ夜会」のような物だ。


 その証拠に、王族も参加するパーティーである。


(そうね……王族も参加すると言う事は、殿下もいらっしゃる筈だわ……。でも、殿下の御子を身篭っているナタリア嬢は祝賀会には参加されないわよね……。誤って転倒してしまう危険性があがるもの)


 すると、その場ではヴィルジールと顔を合わせてしまう可能性が高くなる。


 リスティアナは何とも言えない表情を浮かべると、ティファと別れの挨拶をして自分自身も帰宅の為に教室を出て行った。




「──祝賀会、私達在学生は最高学年の方達を祝う立場だから参加は必須……その場にナタリア嬢がいらっしゃれば反王政派と王政派の派閥の動きを確認出来るけれど……ナタリア嬢は恐らく不参加……もう一月も時間が無いけれど、それまでに確認が出来るかしら……」


 ナタリアは、そのパーティーには出席しないだろう、とリスティアナは結論付けていた。




 だが、数日後にそのパーティーの参加名簿を入手した父親であるオースティンにその名簿を渡され、名簿の中にナタリアの名前を見つけたリスティアナは驚きに目を見開いた。





「──これ、は……。どう言う事ですの、お父様……?」


 リスティアナは信じられない、と言った表情で自分の手の中にある参加名簿表から視線を上げて自分の父親であるオースティンに視線を向ける。


 執務室で、オースティン自身も額に手のひらを当てながら困ったように溜息を吐いた後、リスティアナに向かって唇を開く。


「どうも、マロー子爵家の令嬢が参加したい、と駄々を捏ねたようでな……。殿下も必死に止めたようだが、医務官の"参加しても大丈夫"だと言う許可が降りてしまったようだ」

「何故……何故殿下も、強くお止めしないのか……ナタリア嬢のお体に何かあれば……、大切な御子に何かあっては遅いのに……」


 信じられない、と語気を荒らげるリスティアナには聞こえない程度にオースティンは小さく呟く。


「──若しくは、御子など初めから居なかったか、だな……」

「──、? お父様、何か仰いまして?」

「いや、何でもない。不確定な要素を耳に入れてしまえば混乱するだろう? 少し調べておく」

「お父様がお調べする事が多くはありませんか……? 普段のお仕事に、今はこちらの件まで……お兄様はまだお戻りにならないのですか?」


 他国から戻って来る、という予定の兄オルファが帰って来る気配が無い事にリスティアナが眉を寄せると、オースティンは苦笑しながら唇を開いた。


「どうやら、ウルム国をまだ出立出来ていないようでな。海が荒れ、船が出せないそうで足止めされているようだ」

「まあ、それは……仕方ございませんわね……。海がそのような状態では無理に戻ってこれませんもの……」

「ああ。だからオルファが戻って来るのはまだ少し先にはなるが……あと少しの期間だ。リスティアナは、学園内では何か違和感等は感じていないか?」


 オースティンの言葉に、リスティアナは「あっ」と小さく声を上げるとオースティンに向かって自分自身違和感を感じた事を告げる。


「リオルド・スノーケア卿とお話しする機会があったのですが……スノーケア卿から教えて頂きました。どうにも、私に関する噂話の広まりが不自然な程に早い、と……。スノーケア卿に言われて私も考えたのですが……、確かにナタリア嬢と、殿下……そして私の品の無い噂話が広まるのが早いと感じております」

「──不自然に、か……」

「はい。本来、貴族社会は噂が広まるのは早いとは思うのですが、いくら学園内とは言え、一日、二日で殆どの学園生達の耳に入ると言うのは早過ぎるかと……。それと、ナタリア嬢……マロー子爵家に接近を始める下位貴族の家門が増えておりますわ」

「──その貴族の名前は分かるか? 分かればこれに記載していってくれ」


 オースティンから紙束を渡され、リスティアナはそれを受け取ると近場のソファに腰を下ろしてサラサラと記載して行く。


「男爵家はマロー子爵家に取り入ろうと積極的に声を掛けていた者が多かったように思います。子爵家以上の子息や令嬢はまちまちでしたが……それでもナタリア嬢に同情的な、応援するような視線を向ける方が多かったように感じます」

「──ふむ……」


 ヴィルジールと、リスティアナの婚約が解消になってからその噂が広まるのが早過ぎる。

 オースティンは、王宮での噂の広まりの早さにも些か疑問を抱いていた。


 何故、ただ王宮に出仕している貴族ですら婚約解消の話を耳にしているのか。


「答えなど一つしかないな。……誰かが目的を持って敢えて噂を広げている……」

「国が混乱してしまうのを狙っているのでしょうか」

「その可能性は大いにあるな。……これだけでは済まないやもしれん……。リスティアナは身辺にも気を付けておくように。学園外では影を付けておくが、自分自身でも周囲には注意を払っておくようにな」


 真剣なオースティンの表情に、リスティアナはこくりと喉を鳴らすと「承知致しました」と言葉を返した。







 場所は変わり、アロースタリーズ最北端にあるタナトス領。


 他国から攻め入られた事など遠い昔の話で、国内は呑気に穏やかに平和を満喫しているが、他国と隣合う領土のタナトス領を守る軍は常に緊張と隣り合わせだ。


 タナトス領は国の最北端にあるが、その領地の更に北端。

 国境のその場所には他国からの攻撃や侵攻に備えて堅牢な砦がある。


 その砦の最上階。

 見張りで立っていた軍人は、遠くを見れる道具を自分の目元に当てると、驚きに目を見開いた。


 遙か遠くではあるが、かなりの数の人影がこのタナトス領に向かって来ている姿を確認出来る。


 軍人は大慌てで鐘を鳴らすと急いで下へと降りて行った。



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