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13話


「──えっ、!?」

「な、何故そのような……!」


 突然リスティアナから告げられた言葉に、アイリーンもティファも驚きに目を見開き、「嫌ですわ!」と声を荒らげる。

 アイリーンは、リスティアナがそのような行動を取る意味に思い至ったのだろう。

 リスティアナを安心させるように自分の胸に手を当てて力強く言葉を紡ぐ。


「リスティアナ嬢は、私とティファ嬢の家の事をご心配頂いているようですが、問題ありません……! 横の繋がりは……っ、お二人の侯爵家に比べれば敵いませんが、我がハーディング伯爵家は貴族としての礼節や礼儀を重んじる家門……! 品の無い噂話に興じる貴族達や貴族としての矜恃の無い人物には屈しません……!」


 アイリーンの言葉で、何故リスティアナが先程の言葉を紡いだのか理解したのだろう。

 ティファも力強く頷く。


「アイリーン嬢の仰る通りですわ! 我がハナム子爵家も、その……高位貴族の皆様と比べてしまうとマナーや教養などお恥ずかしい結果となってしまいますが、それでも貴族として生まれ育ち、貴族の在り方と言う物を理解しております! 貴族として情けない行動をする者とは相容れません!」


 アイリーンも、ティファも例えリスティアナの立場が悪くなろうとも、学園内で過ごし辛くなろうとも変わらず側に居る、と言う事を力強く口にしてくれる。

 そんな二人にリスティアナは感謝しつつ、だがそれでも小さく首を横に振った。


「──お二人のお気持ちはとても嬉しくて、私もお二人と変わらずコリーナと私と四人で過ごしたいと考えております……。ですが……水面下で争っていた反王政派と、王政派が表立って対立を始めてしまったら……? そこに、万が一他国が絡んできてしまったら……?」

「反王政派、と……王政派……」

「水面下で、そのような事が……」


 リスティアナの言葉に、顔色を悪くして二人が小さく呟く。


「──我々、高位貴族と呼ばれる家門は……独自の諜報部隊を抱えております。情報はとても重要で有効な切り札ですわ。学園内とは言え、今後もし両派閥と縁のある者たちが情報を餌に、武器にして行動を起こしたら……? アイリーン嬢やティファ嬢のお家が損害を被る可能性だってあるのですわ……そこに、他国が絡んで来たら……?」

「太刀打ち出来ない状況に陥ってしまう可能性もあるわよね……?」


 リスティアナの言葉に続いてコリーナも静かに言葉を続ける。


 アイリーンのハーディング伯爵家は、伯爵と言う爵位を得てはいるが伯爵家としての歴史はまだ浅い。

 その為、横の繋がりはまだ希薄で、この国にいる伯爵家の多くは諜報員を持っているが、アイリーンの家はまだ諜報員を得ていない。


 リスティアナと、コリーナは「その事」を当然のように知っているのだ。


 そして、アイリーンはその事を知っているリスティアナとコリーナに改めて自分は高位貴族である人間と友人関係である事に冷や汗をかいた。


 恐らく、アイリーンの預かり知らぬ所で、この二人の家門の力によって今日までハーディング伯爵家も、ティファのハナム子爵家も何度も助けられているかもしれない。

 リスティアナのメイブルム侯爵家も、コリーナのフィリモリス侯爵家も別段そのつもりが無くとも、結果として「そう」なっている可能性がある。

 そうして、リスティアナは「その」自分の家門であるメイブルム侯爵家が立場が悪くなる可能性がある、とはっきりと言ったのだ。


 絶大な力を誇る、メイブルム侯爵家の立場が、弱くなる。

 そしてそれは両派閥や他国の介入によって引き起こされる可能性がある、と言う。


 その考えに思い至ったのは、ティファも同じようで、アイリーンと同じく顔色を悪くさせている。


「──だから、申し訳ありませんが……"そう"なってしまった際はお二人共、私から距離を取った方がいいですわ」


 眉を下げてそう言うリスティアナに、アイリーンとティファは頷くしか無かった。






 同時刻。

 ナタリア・マローは学園内の廊下を足早に進んでいた。


(今日は、朝から学園生の皆が優しく声を掛けてくれたり……そう! そうよ! リスティアナ嬢は酷いわね、って賛同してくれる人も居たわ!)


 やはり、自分が感じていた通りリスティアナは怖い人なのだ。


 ヴィルジールがナタリアを学園まで送り、引き返した後、教室内でリスティアナが今まで行ってきた事を優しい人達が教えてくれた。


(殿下をお慕いするあまり、殿下に近付く令嬢達を排除して来た、と聞いたわ……このままじゃあ、私も、お腹の子も排除されちゃう……っ)


 ナタリアは、そっとお腹に手を当てると庇うようにして急ぎ足で目的の場所まで歩く。


(リスティアナ嬢と言う婚約者を知っていながら、殿下と体を重ねてしまった事は申し訳ないと思っているけど……でも、だって仕方ないわ。あの時、あの場所で確かに私達の気持ちは通じ合ったのだから……)


 ナタリアはそして扉を開けると中へと入る。


(想い合う二人なのだから、仕方ない事よ……。それより、今は殿下との御子を大切にしなくちゃ……!)


 ナタリアは、今朝からつきり、つきりと何処か覚えのある下腹部の痛みに悩まされていた。

 お腹の子に何かあったのか、大丈夫か、と言う不安を抱いていたが──。




 化粧室から出てきたナタリアは、真っ青な顔を自分の震える腕で覆った。


「嘘、でしょ……どうしよう……勘違……いえ、でも、駄目……隠さなきゃ──……っ」


 ナタリアは瞳に一杯の涙を浮かべながら、つきつきと馴染みのある痛みに、唇を噛み締めて俯くと真っ青な顔色のまま、教室へと戻り始めた。




 ナタリアが教室へと戻ると、近くに居た学園生達がナタリアの顔色の悪さに心配そうに近付いて来た。


「ナタリア嬢? 顔色が悪いですわ。どうされました、大丈夫ですか……?」

「本当ですね、体調が悪いのでしたら無理せずお帰りになられては?」


 学園生達は、男女関係無くナタリアを心配し、早退する事を進めて来る。


 ナタリアは「でも授業があるから……」と小さく零すが、ナタリアの側に居た学園生達がヒソヒソと憶測で噂話を始める。


「──もしや、リスティアナ嬢に何か酷い事を言われたのでは?」

「ああ、メイブルム侯爵家が高位貴族だからと言って、もしかしたらナタリア嬢に酷い事を言ったり、行っているのかもしれないな」

「まあ! なんて事を……! ナタリア嬢、殿下にしっかりとお伝えして、リスティアナ嬢のメイブルム侯爵家に罰を与えて頂かないと!」


 ナタリアの周りの学園生達がありもしない事をさも真実のような口振りで声を大にして豪語する。

 ナタリア自身リスティアナからはそのような事をされた事は一切無いが、された事にしておけば人々の注目は自分自身から離れ、リスティアナに注目が集まるのでは、と考える。


(そう、ね……! そうよ、リスティアナ嬢に嫌がらせをされていると言う事にすれば、リスティアナ嬢に視線は集まるわ……。少しでも私から人の目が離れればどうでも良い……!)


 自分勝手にナタリアはそう結論付けると、学園生達が勘違いをし易いように悲しそうな表情を浮かべて俯く。


「そ、そのような事を言ってはいけないです……。私が悪いのです、リスティアナ嬢がお慕いしていた殿下と……このような事になってしまって……」

「まあ! やはり、ナタリア嬢はお辛い目に合っておられたのですね」

「これ以上我慢する必要は無いですよ。リスティアナ嬢は既に殿下との婚約を解消しているのですから、ナタリア嬢を苦しめるリスティアナ嬢を殿下に懲らしめて頂けばいいのですから……!」


「ありがとうございます、皆さん……。私は体調が優れない為、早退させて頂きます。けれど……! リスティアナ嬢ばかりを責めないで下さいね。殿下を愛していらっしゃったのです……、辛い目に合って私を恨む気持ちも分かりますから……」


 ナタリアが悲しそうに眉を下げてにこり、と微笑むと周囲の学園生達は「何と優しい……!」と声に出して、ナタリアが馬車停めまで向かうのを手伝った。


 ナタリアは、ヴィルジールに学園を早退する旨を先だって知らせを送ると、王城からの馬車を心配して着いて来てくれていた学園生達と談笑しながら待ったのだった。






 そして、ナタリアが学園を出た頃。

 丁度昼食の時間も終了し、リスティアナ達四人は午後の授業の為教室に戻って来て居た。


 教室内でリスティアナが午後の授業の準備を行っていると、リスティアナの目の前にふ、と影が落ちる。


「──、?」


 何だろうか、とリスティアナが視線を上げると目の前には何故かリオルドが複雑な表情を浮かべて立っており、リスティアナが「スノーケア卿?」と不思議そうに声を掛けると、リオルドが唇を開いた。


「──午前中の授業の先生からリスティアナ嬢と私の提出物を返し忘れた、と言伝を受けてます。取りに来るように、との事で。午後の授業に遅れて参加する事は先生同士で話が付いているみたいなのでこれから取りに行きましょう、リスティアナ嬢」

「──あら、本当ですか……? わざわざお伝え下さりありがとうございます、スノーケア卿。先生は準備室でしょうか」

「ええ、そのようですよ」


 リオルドの言葉に、リスティアナは首を傾げながら椅子から立ち上がるとリオルドと共に教室を出る為、扉の方向へと歩いて行く。


 扉を出た所で丁度午後の授業の先生と鉢合わせたが、リオルドが先程言っていた通り先生同士で話が伝わっていたのだろう。

 リスティアナとリオルドに「早めに戻って下さいね」と声を掛けるとそのまま教室内へと入って行った。


 午後の授業が始まったからか、廊下はしん、と静まり返っておりリスティアナとリオルドが廊下を歩く音が響く。

 リスティアナとリオルドは雑談混じりの会話をしながら廊下を暫く歩く。

 廊下を暫く歩いた所でリオルドは周囲を確認し、誰も居ない事が分かるや否やリスティアナに向かって唇を開いた。


「──リスティアナ嬢。先生の所に行く前に少しだけ良いですか?」

「え、? ……何かありましたのね、分かりました。直ぐそこの渡り廊下の先に丁度、外に繋がる出入口がございます。そこでしたらお話するのに丁度いいでしょう」


 渡り廊下から直接外に出る事が出来る。

 外へと出る為には階段を降りてもう一枚の扉を開けて外に出る必要があるのだが、そこは扉と扉の間に階段がある形となっており通路は硝子窓が嵌め込まれている為、その場所で会話をしていても外に漏れる可能性は殆ど無い。


 リスティアナの提案にリオルドもこくりと頷くとその階段へと続く通路の扉を開けて扉を閉めるとリスティアナはリオルドへ振り向いた。


「──それで、スノーケア卿。何か起きました?」

「ええ……。昼食が終わった後、午前中の授業の先生に呼ばれ先生の元に行く途中、最高学年の教室の近くを通ったのですが……」


 リオルドの「最高学年の教室」と言う言葉を聞いて、リスティアナはこっそりと胸中で溜息を吐き出す。

 そうだろう、と言う予測は着いていたが案の定リオルドはナタリアに関する何かを耳にしたのだろう。


「──ナタリア嬢は、体調不良で午後早退するそうですが……。その理由が、リスティアナ嬢がナタリア嬢に酷い行いをしたからだ、と最高学年の教室では噂になっていました。……その噂の広まり方がどうも早過ぎる……。その違和感を覚えた為、貴女に話しておこうと思いまして」

「まあ……。そうだったのですね、ありがとうございます。根拠の無い噂話がそれ程までに広がるのが早いと言うのはやはり些か違和感を覚えますわね……」

「──ええ。私もタナトス領の兄に隣国の動向を注視するよう伝えておきますので、リスティアナ嬢もどうぞお気を付け下さい」


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