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11話


「──殿下、ヴィルジール殿下……」

「……、」


 深夜、コンコンとヴィルジールの部屋の扉がノックされ、ヴィルジールは煩わし気に扉の方へと視線を向けると、唇を開いた。


「──……何の用だ」


 思ったよりも自分の唇からは低く冷たい声音が飛び出て来て、ヴィルジールは八つ当たりにも似た感情を抱き、声を掛けて来た人物に言葉を返す。


「陛下が、……お呼びです」

「──っ」


 ヴィルジールの部屋へとやって来たのは、ヴィルジールの父親でもありこの国の国王、バルハルムド直属の補佐官であろう。

 その男の声を聞いて、ヴィルジールはさあっと顔色を悪くさせると「今行く」と告げてソファから立ち上がった。




 深夜にも関わらず、ヴィルジールが通された場所は国王の私的な私室では無く、居住区がある区画から離れた王の政務室の隣にある部屋だ。

 国王に政務に関して報告や相談、ちょっとした会議が出来る部屋で、その部屋に通された事からこれは「父親と息子」の会話では無く、「国の王」としての謁見となる。


「国王陛下……ヴィルジール殿下がお見えです」

「ああ、分かった。通せ」


 補佐官が扉をノックし、扉の向こうに向かって声を掛けると、低い声音が返ってくる。


 ヴィルジールはごくり、と喉を鳴らしそっと目の前の扉に手を掛けると扉を開いた。


「──お呼びですか、陛下……」

「……こちらへ」


 ヴィルジールが入室した事にちらり、と視線だけを向けてバルハルムドは声を掛けるとヴィルジールが入室した事で自らもヴィルジールが腰を下ろすソファの前へと移動した。


「──酒臭いな……飲んでいたのか」

「も、申し訳ございません」


 僅かに眉を顰めたバルハルムドに、ヴィルジールは慌てて謝罪を口にすると頭を下げる。


 深夜に、このような場所に呼び出された理由に心当たりは一つしかない。

 ヴィルジールがぐっ、と唇を噛み締めているとバルハルムドは溜息を一つ零して唇を開いた。


「リスティアナ嬢との婚約が正式に解消された。……それで、お前は何をしている……? お前と、あのご令嬢の醜聞は王宮にまで広がり、報告が上がっているが?」

「それ、は……まことに申し訳ございません……」

「国の貴族達に波風を立てぬよう、必ず対処をすると言い、この度の一件は自分に任せてくれと豪語するのでどう収めるか……お前の行動を見ていたが……。状況は悪くなる一方だ。……古くから尽くして来てくれているメイブルム侯爵家を手酷く裏切り、学園生達に噂が広がり、あのご令嬢に対して諫めもせず……」

「仰る、通りで……」

「お前は、この国を滅ぼしたいのか?」

「──そのような……っ!」


 ヴィルジールは咄嗟に言い返そうとして、だがそこで口を噤む。

 バルハルムドが告げた事は尤もな意見だ。


「──今まで、何を学び得て来たと言うのだ……。国内の情勢を鑑みず、王族の血筋を第一に考えるがあまり、悪手ばかりを取っている」

「……っ」

「確かに我々王家は、血筋に拘り続け子を残しにくいと言う重荷を背負って来たが……お前がそのご令嬢と子を成したと言う事は、その積年の呪いのような物も解消されてきているのだろう……」


 バルハルムドが眉間に手を当て、揉み込むようにして言葉を続ける。


「だが、子を重視するあまりにこの国を昔から支えて来てくれていた貴族達を──同胞をあまりにも軽視している。此度のお前の中途半端な行動で国が荒れる可能性がある。……その責はどう負うつもりだ?」

「それ、は……っ」


 ヴィルジールはバルハルムドに至極真っ当な言葉を浴びせられ、言葉に詰まり何も言葉を返せなくなってしまう。

 バルハルムドは情けない者を見るように自分の息子であるヴィルジールに視線を向けると溜息を吐きつつソファから腰を上げた。


「来月、貴族院で議会がある。その際に此度の一件についても話に上がるだろう。その時までには自分自身で騒ぎを収束せよ。その結果報告を議会で命ずる」

「──はっ」


 バルハルムドは、肩越しにヴィルジールに向かい振り向くとそう言葉を告げて扉から外へと出て行った。






 アロースタリーズ国では、建国以来高貴な血筋に拘るあまり近親婚を繰り返していた。

 数百年間続いた近親婚により、血は濃くなり次第に後継が中々生まれにくいと言う弊害が出て来た。

 近親婚を取りやめ、由緒ある血筋や、他国の王族の血縁と婚姻を始め、数代。

 ようやっとその忌まわしき呪いが薄まって来た可能性がある、と言う時代に──。


「後先を考えぬ馬鹿息子めが……っ」


 これが、相手の令嬢がリスティアナであればこれ程まで頭を悩ませる事など無かっただろうに、とバルハルムドは考える。


「婚姻前での懐妊となれば、醜聞には違いないが……だが、リスティアナ嬢相手であれば婚姻前に身篭ると言う間違いなど犯さぬであろうな……」


 起きてしまった事をいつまでも嘆いていても仕方ない。

 バルハルムドはこれから起こるであろう様々な事を危惧し、外に控えていた補佐官に向かって唇を開いた。


「──海の向こうの大国、ウルム国へこれから作成する書状を送ってくれ。それと、王族の身辺警護の護衛騎士の増兵を」

「かしこまりました、国王陛下」




 休み明け。

 リスティアナが学園へと登園すると、予測していた通り多くの学園生達の視線がリスティアナに突き刺さった。


(──これは……本当にもう殆どの生徒に知れ渡っているわね)


 リスティアナが予測した通り、休み前のあの一件でこの国の王太子であるヴィルジールとメイブルム侯爵家のリスティアナの間に結ばれた婚約は解消となった事が何処からか漏れ伝わり、そしてヴィルジールが最近側に居るマロー子爵家のナタリアと婚約を結び直すと言う話が知れ渡っているようだ。


 四大侯爵家であるリスティアナを手放し、何故子爵家の娘を、と不審がる者もいるが建国から続くメイブルム侯爵家を邪魔に思う派閥もいる。

 王族に忠誠を誓い、貴族の不正等を取り締まる組織を四大侯爵家が司っている。

 国が要らぬ争いで揺れぬように、と四つの侯爵家はその一心で尽くして来ていたのだが、不正を許さぬ四大侯爵家を、その組織を疎んでいる貴族も少なからず存在している。

 その貴族達と縁のある者達は冷たい視線をリスティアナに向け、王族に忠誠を誓っていた侯爵家が王族に裏切られたと言うこの度の一件を喜び広めているように見受けられる。


(だけれど……現状の態度は半々ね……)


 これから立場は悪くなる可能性はあるが、今はまだ表立って侯爵家の娘であるリスティアナに敵意を向ける人間はそれ程多くない。

 だが、傍観と言う姿勢を取っている貴族達も多い。


(国が荒れれば、この国の人達が大変な目に遭うかもしれないのよ。領地民が苦境に立たされるかもしれない、領地が戦地になるかもしれない……そうすれば何の罪もない国民の血が多く流される……国が荒れる事を第一に防ぐべきなのに……)


 今までが平和だからといってこれからもその平和が続くと言う保証は無いのだ。

 自分達でその平和を維持しなければならないと言うのにこの学園に通う学園生達は、とリスティアナが密かに眉を顰めると、後方から聞き慣れた友人の声が聞こえる。


「あら、リスティアナおはよう。今日は登園出来たのね、良かったわ」

「──コリーナ、おはよう。ええ、勿論よ」


 リスティアナが瞳を細めてそう告げると、後方からざわめきが起きる。


 ヴィルジールがまたナタリアを学園まで送りにやってきたのだろう。


 そんな様子に興味も用事も無いリスティアナは、コリーナと共に会話を続けながら学園の建物内へと向かう。


 背後からはナタリアに取り入ろうと考えている貴族の家門の声が聞こえて来る。

 二人に挨拶をして、会話を試みようとしているような気配を感じてリスティアナは眉を顰めた。


「リスティアナ。顔が怖いわよ」

「──仕方ないわ。元々このような顔よ」

「ふふ、貴女が真顔だったり眉を顰めているととても怖いのよね」

「それはコリーナ、貴女もだと思うけれど……違うかしら?」




 遠ざかるリスティアナとコリーナの後ろ姿を、ナタリアを気遣いつつもヴィルジールは未練が籠った瞳で見詰めていたが、その視線に気付く者は誰も居なかった。






 教室内に到着すると、いつものようにアイリーンとティファがやって来てリスティアナへと挨拶をする。

 リスティアナも挨拶を返して、普段であれば二人はそのまま自席へ戻るのだが、今日は声を潜めてリスティアナに向かって唇を開いた。


「リスティアナ嬢……昼食の際、談話室を予約しましたわ。今日は落ち着けるお部屋でお食事を致しましょう?」

「──っ、ええ、そうね。そうしましょう」


 にこり、と笑顔を浮かべるティファにリスティアナも薄らと微笑みを浮かべながら言葉を返す。


 先日、色々と噂話を調べに出ていたティファが情報を共有したいのだろう。


 リスティアナも丁度二人に話しておきたい事もあったので、快く頷き、昼食は室内で食べる事に決めた。


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