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10話


 リスティアナは父親の言葉に安心したように肩から力を抜くと、表情を緩める。


 父や、他国に行っていた兄が戻り事の次第を調べ始めてくれると言うのであれば、なぜこのような状態に陥ってしまっているのかが分かるだろう。


「──反王太子派が、王太子であるヴィルジール殿下を廃す為に動いている可能性もあるな……派閥を詳しく調べねばならん」

「え……! ですが、王位継承権を持つのは殿下だけでは──」


 父親の言葉にリスティアナは言葉を返そうとしてそこでハッとして言葉を止めると自分の唇を手のひらで覆う。


 リスティアナが考えた事が父親にも分かっているのだろう。

 父親は重々しく頷くと、眉を顰めて唇を開いた。


「ああ……いらっしゃるだろう……ヴィルジール殿下の伯父君……現国王陛下の兄君が……王兄殿下が……」

「ですが……っ、王兄であられるバジュラド様は継承権を放棄していらっしゃるのでは……?」

「前王の妾腹の子であったバジュラド様は、継承権を放棄してはいるが……。現在この国に王族の血を継いでいらっしゃるのは王太子であられるヴィルジール殿下ただ一人のみ……。殿下の身に何かが起きた場合は、一時的にバジュラド様にも継承権が与えられるだろう。それだけ、王族の血は尊い物だ」

「け、けれど……っ! ナタリア嬢はヴィルジール殿下の御子を身篭っておられます……! 万が一、殿下の御身に何かがあった場合でも、殿下の御子がいらっしゃるのは事実ではありませんか……!」


 焦ったようにリスティアナが口にする。

 その言葉に、父親も同意するように頷くが、続けて唇を開く。


「ああ。……殿下の御子が継承権一位になるのは必定。だが、まだ幼い御子が国の長として即位するには時間が掛かる。その間万が一陛下と殿下の御身に何かあれば、唯一残る王家の血筋を持つお方はバジュラド様その人しかいない」

「そんな……馬鹿な事が……」

「それに、殿下の御子が無事にお生まれにならなければ? 陛下と殿下に何かあれば、残っておられるのはバジュラド様お一人だ」


 我々臣下は、最悪の状況と言うものを常に想定して動かねばならん、と父親は難しい顔でリスティアナにそう告げる。


 だが、リスティアナにはどうしても父親が話した内容が現実に起こり得る事とは思えない。


 ヴィルジールや、国王陛下はまだ健在で、お体も悪くない。

 それに、王太子であるヴィルジールには、ヴィルジールの子である御子を身篭った女性がいる。


 子が無事に生まれれば、王兄であるバジュラドが王位に就ける可能性は更に下がるのだ。

 元々、継承権を放棄している人物である。そのような人物が、自らが王になる為にとそのような事を画策するだろうか。


「──もし、仮に……王兄であられるバジュラド様がそのように画策していたとしたら……一体どれ程の時間を掛けて……」

「まあ、バジュラド様自身にはそのつもりが無くとも、周囲にバジュラド様を持ち上げる者が居る場合もあるからな……。現状では何とも言えんのは事実だ」


 そこでリスティアナの父親は一度言葉を区切ると、リスティアナに真っ直ぐと視線を向ける。


「──建国から続く我がメイブルム侯爵家は、国を乱す人物を王家の臣下として正さねばならん……。殿下の御子を身篭った、と言うナタリア嬢の周囲を注意深く見ておいた方がいいな……」

「それでしたら、ナタリア嬢が学園に登園している間は私が。それと同時に、マロー子爵家に接触するような貴族が居ないか、しかと確認致しますわ、お父様」

「──辛い目に合うやもしれんぞ?」

「それも、臣下の務めですわ、お父様」


 キッ、と眉を上げて気丈にそう答えるリスティアナに、父親は「すまんな」と言葉を掛けて、リスティアナを執務室から見送った。






 そうして、翌日。

 リスティアナとヴィルジールの婚約は正式に教会に受理され白紙となり、婚約解消が行われた。


 翌日は学園には登園しなかったリスティアナは、自室で婚約解消が行われた報告を聞き、ただ一言ぽつりと「そう」とだけ答えた。


「──休み明け……学園内は騒ぎになりそうね……」


 この国の王太子であるヴィルジールと、四大侯爵家のメイブルム侯爵家の娘のリスティアナの婚約解消である。


 宮廷内では瞬く間に話は広がるであろうし、そうなれば人から人へ話が伝わるのも早い。


「──けれど、待って……。王家はまさか直ぐにマロー子爵家のナタリア嬢と新たに婚約を結ぶ事を発表するつもりかしら……?」


 そうなってしまえば、何故そのような事に、と貴族達は勘ぐるだろう。

 そうして、先日の学園内でのナタリアの発言と行動に直ぐにナタリアの腹にヴィルジールの子が居る事が国中に広まってしまう。


「──そうなってしまえば最悪だわ……っ」


 最早、それも時間の問題ではあるだろうが、その噂が真実だとして広まれば二つの勢力は揺れるだろう。


 長年、平和で穏やかであったこの国が内部から大きく揺れ、乱れるのはもう時間の問題であった。




 深夜。

 ヴィルジールは、王城の自分の居室で「くそっ」と小さく声を上げると、自分の前髪を荒々しく掻き回しながらドサリ、とソファへと腰を下ろした。


「何でっ、こんな事になってしまったのか……っ、いや、違う……っ私が愚かだったからこのような事に……っ」


 ヴィルジールは、小さく呟くと先程教会で正式にメイブルム侯爵家の子女、リスティアナと自分の婚約が解消された報告を聞いた。

 その報告を聞いた瞬間、自分の目の前が真っ暗になるような心地に襲われて項垂れる。


 始まりは王家からの打診で、リスティアナとは婚約が結ばれた。

 だが、月日が経つにつれて確かにリスティアナと、自分との間には目には見えないがお互いを思い合う気持ちが芽生えていたし、リスティアナは自分に想いを寄せてくれていた。

 そして、ヴィルジール自身も確かにリスティアナを好いていた。


「あの時、怪我さえしなければ……。いや、私が皆の制止を聞き入れ、前線へと出なければ……!」


 ヴィルジールは数ヶ月前の模擬戦闘訓練で自分が行った行動を悔いる。


 訓練、とは言え実際に戦闘は行う。

 他国に攻め入られた場合を想定し、両軍共に仮想の戦闘地に布陣して戦闘訓練を行うのだ。


 殺傷力のある武器を使わないにしても、指揮を誤れば実際に怪我人も発生する。

 自分の指示が一つ誤れば、実際何百、何千と犠牲が出るのだ。


 その、緊張感。

 戦場に居るのだ、と錯覚してしまう程の熱量で互いの軍がぶつかり合い、ヴィルジールは相手陣営を打開する為に前線へと自ら兵を率いて布陣したのだ。

 仮想敵国が攻め入って来た場合の戦闘訓練だった為、自国の王族が自ら兵を率い姿を見せれば士気も上がる。

 側近達には前線に出るのは危険だ、と言われたがその時のヴィルジールは何故か自信に溢れており、側近達の制止を振り切り前へと出た。


「──感情に任せて前へ出るなど……軍を率いる身としては愚策中の愚策だ……」


 冷静になった今ならば簡単に分かる事が、あの日、あの場所では根拠の無い自信が溢れ強行した。

 そうして、強行した先でヴィルジール率いる精鋭兵達は仮想敵国である敵の部隊の奇襲を受けて怪我を負ったのだ。


 そして、そこで自国の医療班として参加していたナタリア達、学園生が多く編成された医療班に手当をされた。


「──言い訳など、出来る物では無い……」


 あの時、怪我をして多少なりとも血を流し、気持ちが昂っていた。

 そして、あの場所で見る医療班に所属する令嬢達がとても輝いて見えて──。


 ヴィルジールは、何度かナタリアから手当を受けて、会話を交わす内に気持ちが昂りそして、犯してはならない罪を犯したのだ。


 戦闘中、どんどんとボロボロになって行く自分達とは違い、医療班の身形は綺麗なままで、その穢れのない医療班の制服にとても目を奪われた。

 そして、手当をしてくれるナタリアがとても親身に一生懸命慣れない手付きで怪我の手当をしてくれる姿に惹かれてしまったのだ。

 痛みに呻く自分を心配し、励ましてくれる姿がとても輝いて見えた。

 怪我をせずに陣営へと戻って来る自分の姿を見て安心して微笑む姿に喜びを感じた。


 そうして、模擬戦闘訓練の最終日。

 ヴィルジールの自軍が勝利した事で、その日は勝利に喜び、酒が振る舞われたのだ。


「──泥酔した己の何と愚かな事か……」


 そうして、ヴィルジールは酒に酔った状態で医療班として宴に参加していたナタリアと共にいつの間にか姿を消したのだ。


 翌朝目が覚めた時、自分の腕の中にいるナタリアを見た瞬間、確かに自分はあの時幸福感に包まれていた。

 戦場で育んだ感情が、一時の物だとは思えず、ちらりと脳裏にリスティアナの顔が過ぎったが、ナタリアとこうなってしまった以上はリスティアナとの婚約を解消するしかない。


 そう思い、ナタリアにも話を付けた。




 だが、模擬戦闘訓練が終わり、王都に帰還して久しぶりにリスティアナの顔を見た瞬間に罪悪感と、己の犯した過ちを自覚したのだ。


「──リスティアナ……っ、嫌だ……っ、婚約解消など、したくなかった……っ」


 ヴィルジールは自分勝手な想いを、誰も室内に居ない事をいい事に吐露する。


 何故、自分はあんなにも恋焦がれていた婚約者を裏切ったのだろうか。


「リスティアナが、他の男と婚約をしてしまう……っ」


 メイブルム侯爵家は建国から続くこの国の四大侯爵家の内の一つだ。

 自分と婚約が解消された事が知られれば、直ぐに数多くの貴族達から求婚の申し入れがあるだろう。


 ──あの美しく、可憐なリスティアナが自分以外の男の物になってしまう。


 ヴィルジールは自分の手のひらで顔を覆いながら小さく呟いた。


「何故っ、婚約解消になど同意したんだっ」


 誰かが耳にしていれば、ヴィルジールのこの発言を咎めただろう。

 リスティアナが聞けば、ヴィルジールを軽蔑しただろう。

 だが、今のヴィルジールにはそれが分かっていながらも言葉を、感情を吐露する事を止める事など出来なかった。


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