#1 【新しい人生】
女神ってなんか鼻につくの分かりますか。
目が覚めると、そこは"無"だった。
厳密に言うとそこには床があった。壁も、天井も、あるにはある。だが何もかもないと錯覚するほど、その空間には色が、動きがなかった。
まるで宇宙空間のような場所だった。
「あれ…俺、なんで…」
おかしい。俺は死んだはずだった。
でも思考が出来る。腕が。脚が。口が動く。
ここはどこか、俺はどう言う状態なのか。
その疑問をどちらも解決する答えは一つしかない。
「死後の…世界か?」
「それはすこーし違いますね。」
俺以外の声が何もない空間に響いた。
優しい声だ、俺を落ち着かせるために、わざとそう話しているような。そんな声だ。
その声は、俺との距離を縮めながら会話を続けた。
「ここは生と死の狭間を彷徨う人間を、女神である私が、望む未来に導くための空間です。まぁ、要するにですね、あなたまだ死んでないんですよ。」
死んでない?あの出血量だ。そんな訳がない。
あのまま時間が経てば数分で俺は―――
そうか。時間が経ってないのか。ここはおそらく精神世界的な場所で、ここにいる間、実際の身体の時間は止まっている、とかそんなところだろうか。
それより。
「望む未来に導くってなんなんだ?俺はこのまま死ぬだけじゃないのかよ。」
疑問は次から次へと湧いてくる。
だがそんな俺を置きざりに、女神は説明を続ける。
「もしも、死ぬ間際で好きな方を選べたとしたら。」
「このまま現実世界での命を手放して、生まれ変わり、新しい人生を歩むのか。」
「それとも。」
「奇跡的に現実世界へ生還し、これまでの生活を取り戻すのか。今際の際に立たされた人間にこのどちらかを選ばせ、叶える。それが私の仕事です。あなたは、どうしますか?」
その声が俺に与えた二つの選択は、今の俺にとってあまりにも酷なものだった。
俺は、あの瞬間。
死ぬと思ったその瞬間、新しい人生を望んだ。
やり直す事を考えた。
きっとこの女神とやらは、それを知っている。
根拠はないが、こいつは全てを知った上でこの選択を俺に与えたのだと、確信した。
迷わなかった。数分前の決意を無かったことにするほど、俺は俺に図々しくない。
「今すぐ、俺に新しい人生をください。」
「えーと、そう言うとは思っていましたけど…でも本当にいいんですか?あなたには、家族がいるでしょう?」
親不孝なのは百も承知だった。
でも今戻ったって何も変わらない。きっとまた腐った人生を続けるだけになる。だから、ごめん2人とも。
「やり直さないと。」
「そうですか…分かりました。ではあなたのその選択と決意を無駄にしないために、私から一つ提案をしてもいいですか?」
やっと視界に全て収まった女神を名乗るその声の主は、なんというか、神々しくも普通に優しそうな女性だった。
「提案、ですか?」
「ええ。あなたは今、変わろうとしている。でも人はそう簡単には変われません。今のあなたをそのまま生まれ変わらせても、別の世界に送っても、きっとあなたが望む変化を手にするには物凄く長い時間がかかるでしょう。」
「ですから、あなたに大義名分を与えます。」
大義名分?
ただもう一度、生まれ変わるだけじゃないのか?
「戦争の絶えない世界があります。その世界では、強い魔物が人間を蹂躙し、苦しめています。」
「沢山の人間が死にました。これからも死ぬでしょう。だからあなたが救いなさい。魔物を、それを率いる魔王を殺しなさい。」
は??
話が飛躍しすぎている。戦争?魔王?殺せ?
それが俺の望む成長に繋がると?
流石に信用できない。
「俺に、その世界に行けって事ですか?そんなところに行ったって俺はすぐ殺されるだけだ。命がなきゃ、望む未来もクソもないじゃないですか。」
自分が生きていけないのに、人なんか救えない。
「その通りですね。なのであなたに魔物を屠る力を与えましょう。その力で、その世界の人々を救ってください。」
最低限命の保証はしてくれると。
とどのつまりこの女神は、魔物に苦しめられている人間を救うのと、俺の望みを叶えるのを同時に片付けようって考えてる訳か。
物事が淡々と進みすぎていて、まだ何か裏がありそうな気もするが、今はとにかく情報がない。とりあえずはこいつの事を信じるしかないか。
「分かりました、その世界に送ってください。」
その後、女神は俺の望みを了承し、俺はその世界に送られることが決定した。
「それでは、頑張ってくださいね。」
「はい、必ず魔王を倒し…」
あれ、?意識が…遠の…。
【桐谷真央の肉体権限を放棄。生命活動を終了します。桐谷真央の精神を、新たな肉体に転移します。】
こうして、俺の新しい人生が始まった。
次回から本番です!




