恋する坊主は高校生。
俺は涅槃高校2年。姓は本能寺、名は尊。
実家は寺で、俺は跡継ぎとして親からも期待されている。
学校では、様々な弊害が俺自身に起きることから、霊力の温存も兼ね、普段は霊力スイッチを常にオフにしている。
そんな俺は、帰宅部で。家に帰れば修行、休みの日も修行──と、修練に励んでいた。
もちろん、頭はツルツルに剃毛している。が、ハゲではない……。
モテを意識したチャラついた男子どもを尻目に、俺は青春真っ只中の青臭い我が煩悩を、日々滝に打たれるが如く消し去ろうとしている──と、言うのに……。
「尊くーん! 一緒に帰ろ?」
終業後のチャイムが鳴り終わると同時に、俺は教室の席を真っ先に立ち、肩に通学カバンをかけて一目散に下駄箱にやって来た──と、言うのに……。
「梓……。おま、早くねぇか?」
「私は、六限目、保健室で休んでたからさ?」
出待ち──。いや、梓の体調が心配だ。
セーラー服にクリーム色のカーディガンを着た、同い年で幼なじみの梓の笑顔が、胸の赤いリボンとともに揺れる。まずまず梓は、元気そうにも見えた。
梓は学生と言う身分でありながら、腰まで届く長い髪を白金色に染めている。けしからんが、明るい色のオーラを身体に纏い、身体機能や心の免疫力を向上させる目的もあろうかと想われる。
(しかし、梓のその胸の大きさよ……。いや、梓が元気そうならば、それで良いのだが……)
学年随一の美少女と、男子どもに持て囃され噂される梓は、気丈に元気そうに振る舞ってはいるが──。
──よくよく目を凝らして俺の霊力スイッチをオンにして視ると、かなり身体が重そうでツラそうな状態だった。
「ん? おま、今日もとんでもない量の生き霊くっつけてんな?」
「え? 分かるー? 祓って祓って! 尊くん、お願ーい。今日も、しんどかったよ……」
「しゃあねぇな……。んじゃ、いつものヤツな? 動くなよ?」
──梓の身体には、たくさんの生き霊……それに、死んだ霊までくっついてやがる。
最近は、本当に多い。いつも、一日の何処かで、梓を霊視してやんねーと心配になるくらいだ。
俺は、祖父さんから修得した『九字切り』の呪法で、指先から格子状に霊力を放ち、梓に纏わり付いてる全ての霊を、サイコロ状に全部斬りさばいた。
「破──っ!!」
「ん? 軽いっ!! 尊くん、ありがと!! なんか、救われた感アリアリだよー!!」
そう言うと──、梓が俺に抱きつき、柔らかいものを服の上からムギュムギュと押しつけた。
抗い難いほどの感触と梓の匂い──。抑え難くも俺の煩悩が、生きている証として立ち所に隆起する。
「や、やめろ! だ、抱きつくなっ! おま、また生き霊とかに……」
「だよね。ごめーん。も、やんなっちゃうよね……」
梓のキラキラとした笑顔が、雲間に覆われたように暗くなる。
んー。心の力が下がると、また変なの(霊)が寄るから、それはそれで梓にとっても、とっても良くない。(なんか、ダジャレになった……)
俺は最近の梓の様子から、こう言った事態を危惧し、あらかじめ護符と言うか御守りを梓用に作っておいた。
俺が心底──、神様に毎夜毎夜、寝る前にご祈禱して梓守護の祈りを込めて作っといたヤツだ。
「──これ。やるよ……」
「んー? なになに? 御守り? つくったの? 私のため?」
「あ、あぁ……」
なんか、照れる。
夕日が迫り、俺の剃毛した頭と僧侶ヅラした顔が、赤くなっていやしないかと気になった。
「尊、くん……」
何やら、梓が顔を赤くしたまま、目を瞑って唇を尖らして立っている。
何だ?
いわゆる『立ち禅』とかいう瞑想法をし始めたのか、梓よ?
しかしながら、梓には悪いが、クラスメートたちが下駄箱に一斉に向かって来る音と声がして、周囲がザワつき始めていた。
そして、何か分からないが、俺の心も何故かザワついている。
(いや、もしや? いやいや、もしやの? よもやの……アレ? まさかのいや……、いわゆるアレ? ハッ! つまりは、キッ……ス!? なのか、梓──!?)
色即是空……、色即是空……。煩悩よ立ち去れ──って、言ってる場合かっ!!
瞑想半ばにして唇を尖らす目の前の梓を、心苦しくもクラスメートという大衆から連れ出さねばっ!!
夕日の迫る下駄箱に、校舎の影が射し込む。
が──、梓と俺との下駄箱ひとつ分にも満たない距離は、時間が止まったように空いたままだ。
「梓!! か、帰るぞ!? あ、梓も、これからは一緒に俺と修行し、ねぇかっ!? 梓も自分で自分の身は、霊から守らなきゃだ、しな!!」
なんか、動揺して上手く言えずに途中で噛んだ俺は、梓の手をあろうことか、グイッ──!と、握るようにして掴んでいた。
「きゃっ! そ、尊くん!?」
俺の後ろで、梓の声がした。けれども、梓の柔らかい手の温かさが俺の手にも伝わって、しっかりと握ってくれているのが分かる。
「こ、これからは一緒──って、ことで良いのか、な……?」
梓も途中で噛んだ。
「あぁ……。ほ、ほら、早く行くぜっ!? ま、また、こんなとこ、他のヤツらに見られでもしたら……」
「え? あ、うん……。い、行こっ!!」
俺と梓……。
恥ずかしいけれど、なんだか、嬉しくなって、そのまま二人で校門まで駆けて行った。
まだ、誰も居ない校庭や階段を息切らして──。
「恋も、修行なのかな……」
「え──?」
──二人で駆けながら、梓の言葉が俺の心に巡る。
「これからじゃね!」
「だね!」