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静けさを与えるもの

作者: りあ

 僕は自分の思考回路が嫌いだ。常に何かを考え続けている。それをいいことだと感じる人もいるだろうが、少なくとも僕にとって、その鳴りやまない思考は「嫌なもの」だ。それをうまくコントロールする器用さも持っていない。頭の中がうるさい。いっそのこといいことも悪いことも何も考えないような脳がよかった。そう思って無心を試みたこともある。でも、いくら僕が自分の思考回路を嫌っていようが、考えないということは自分の中の何かを無視していることにほかならない。だからすぐに耐えられなくなって諦めた。当然、それでも喧騒は鳴り続けている。

 僕は自分の思考回路が嫌いだ。


 夏が来た。夏休みというわけだ。インドア派の僕は毎日、家にこもってネットの恩恵を享受していた。ネットは楽だ。次々に流れ来る情報の荒波は、僕の脳に考えるすきをほとんど与えない。僕はネットの中では何も考えなくて済む。情報量の多さのせいか伝達が速いせいか、とにかく僕の感覚器官たちは受け取るものを処理することを諦める。ありがたいことだ。ただ、その状態は僕が本当に求めるものではない。僕は自分を、自分の体を、職務放棄せざるを得ないほどに追い詰めたいわけじゃない。それでも今の僕にはそうすることしかできない。

 夜になった。家族と食卓を囲んだあとに一人で風呂に入った。今日も何もかも、いい意味でも悪い意味でもいつも通りだった。頭を洗ってシャワーを止める。その瞬間まではそう思っていた。


 静かだ。信じられないくらいに、ひたすらに静かだった。


 その不気味さについなにかの前兆、たとえば嵐の前の静けさのようなかすかな恐怖を感じたが、すぐ我に返り”これはなんだろう”と思った。音がしていないのではなかった。リビングから聞こえる家族の話し声。隣の家の人が立てる音。どこからか響いてくる機械音。それらが聞こえるのを確認してからふと思った。シャワーの音が止まったから相対的に静かに思えたのか、と。でも絶対に違った。なんというか、もっと体の奥の方からだった。考えを巡らせているうちにそれはどこかへ行ってしまっていた。

 衝撃が冷めやらないまま布団に入った。再びあの静けさの正体を考える。物理的な音量が小さかったわけではなさそうだとすると、自分の心理状態が関わっていたりするだろうか。でもあのとき、僕の頭はいつも通りわちゃわちゃしていたと思う。静けさがなぜ逃げてしまったかはわからないけれど、そのわちゃわちゃとしばらくは共存していたはずなのだ。

 それは静けさでありながら、落ち着きとも呼べそうだった。それがそこからいなくなるまで、自分は色々考えていながらも妙に冷静な目で場を眺めていたのだったと思い出した。静けさの正体が落ち着きだとすると、頭に渦巻く喧騒ともなるほど共存出来るだろう。ならばと、自分は大丈夫だ、と言い聞かせてみるも、肩の力は少し抜けるが静寂の気配はしない。何かが違う。あれはこう大きくて深い安心というか、もっとずっと包容力をたたえていた。それなら。ベッドの上で、ゆっくり呼吸をしながら、”自分が今ここに存在するという事実”を受け入れる。”自分”を受け入れてやる必要がないから、無理がなかった。そうするとすぐに、さっきの静寂がどこからともなく現れた。ずっと前からそこにいたかのようにさりげなく、でも確かな深みをもっていた。

 僕はいつのまにか、自らの存在を否定してしまうほど自分を嫌っていたのだった。それでも自分はここにいる。そういうことだ。

 僕の脳内は相変わらず騒がしくしているみたいだった。今起こったことに驚き戸惑う声が聞こえてくる。でもそれも気にならないくらい、静けさは大きかった。僕は底知れない安堵の中で眠りについた。

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