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短編

神の思し召し

作者: 見伏由綸


ある町に、少女がいた。

少女の母親は、少女がまだ幼い頃に流行病で亡くなった。

少女の父親は、靴屋を営みながら少女を一人で育てていた。

ある日のこと、旅の男が靴を求めて少女の父親の店に寄った。

旅の男は、靴の代金の代わりに遠い国で書かれたという珍しい絵本を数冊渡した。

物々交換はままあることであったから、父親はそれらの絵本を受け取って靴を渡した。

その日の夜、少女は父親にそのもの珍しい絵本を読んでくれるようねだった。

父親は笑顔で読み始めたが、その表情は次第に険しくなり、ついには話の途中で読むのをやめてしまった。

少女は不満そうに父親を見上げるも、その深刻な表情に何も言えなくなった。

「今日はもう寝なさい」

父親に静かに促されて少女は素直に眠りについた。

それから数日の間、少女が寝た後の部屋には小さな蝋燭の火が灯り、件の絵本を少しずつ読み進めては何かを考える父親の影がゆらゆらと揺れていた。

それから一月も経った頃、晩御飯を食べ終わった父親は真剣な顔で少女の瞳を見つめた。

それからしばらくの間、父親が少女を膝に乗せて絵本を読み聞かせるのが日課となった。

ある日、少女が家に帰ると食器が割れて本やスプーンが床に散らばっていた。

慌てて工房にいた父親に知らせると、物取りだろう、と父親がため息をついた。

少しの日用品しかない家だったから、物取りもほとんど何も取らなかったようだったが、ただ一つあの絵本だけがなくなっていた。

少女と父親は静かにどちらからともなく見つめ合っていたが、何も言わずに食器のかけらを拾い始めた。

その次の日、少女と父親はいつもと同じように朝ごはんを食べて、仕事をして、晩御飯を食べた。

その夜中、町の男が数人少女の家を訪ねて、父親を連れて出て行った。


次の日の朝、少女は初めて一人で朝ごはんを食べた。

そこへ近所のおばさんがやってこう言った。

「あなたのお父さんはね、神様の言いつけを破ったから罰を受けなくてはいけなくなったの。」

少女にはもう分かっていた。

あの絵本がこの町で許されないものであることも、物取りが絵本のことを言いつけたのであろうことも。

少女はただ無言で頷いた。

その日、太陽が真上に登る頃、少女の父親は帰らぬ人となった。


少女を町で見かけた人々は、口々に少女に言った。

「全ては神の思し召しだ」「神を疑ったから君の父親は亡くなったのだ」と。

少女はそれに対して何も答えなかったが、人々は父親の死に悲しんでいるのであろうとしか思わなかった。

それはひとえに、父親が処刑される前、観衆の前で自らの罪をこう語ったからだった。

「私は、神の意思に反すると知っていて異国の本を読んだ。そしてその中身を信じてしまった。だから処刑されるのは仕方のないことだと思う。しかし娘には異国の本を読ませていない。だから娘を巻き添えにしないでくれ。」

異国の本は大抵難しかったので、人々はその言葉を信じた。

しかし、絵本を目にした町長は少女も読んでいるのではないかと疑った。

そこで、町長は少女を広場に呼び出し、みなの前で質問をした。

「君のお父さんはどうして死んだと思う。」

少女は考えるようにして目を閉じてゆっくりと目を開いた。

その目には、はっきりとした意思の光が浮かんでいた。

「処刑されたからです。」

そこに集まった人々の顔から笑みが失われた。

「違うよ。それは神の思し召しに反したからなのだよ。」

そう答えた町長は、優しい声で少女の処刑を宣言した。


断頭台に引き立てられた少女に向けて町長は言った。

「全ては神の思し召しなのだ」と。

少女は澄んだ瞳をゆっくりと開いた。

「それならば、私が神を疑ったのもまた神の思し召しではないのですか。」

しんと静まり返った広場に、少女の首が落ちる音だけが生々しく響いた。


誰も住まなくなった少女の家は壊されて跡形も無くなってしまったが、花に彩られた少女の墓が見守る間、その町で「神の思し召し」という言葉が再び使われる時はついぞ来なかった。



ー神を信じるものもいれば信じないものもいるこの世界自体が神の思し召しであるならば、神を信じない人の存在もまた神の思し召し。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


信じるものが違っても誰もが幸せになれる世界になることを願って。

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