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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第七章 夜の向こうで会えたなら
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潮風には血の香混じりて その1

挿絵(By みてみん)



 ずっと視ていた。


 気付いた時、もうボクはここにいた。自分がどんなものか思い出した時には、まさかこんなことになるなんてって、それはそれはびっくりしたものだよ。今だって思う通りに体は動いてくれないし、考えようとするたびにキミに邪魔されるしで、困るったらありゃしない。


 体の持ち主は、どうやら人間の女みたい。ついでに言うとまだ幼いヒナだった。

 子供だからなのか、それとも元がそういう人間だったのか、変わってしまった今となっては分からない。でもボクから視たキミは、とにかく間抜けで、思考が足りていなくて、自分の身に何が起こっているのかすら理解していなかったよね。

 そして、とにかく臆病。ボクが声をかけようものなら、必死に耳を塞いじゃう。卑屈で矮小な人間にふさわしく、この子はボクの話を聞いてくれないんだな、と思ったものだ。


 それでも、危ない時には流石に叫んだよ。

 特に、ボクがキミと過ごした一度目の冬。キミはとにかくあっちこっちから狙われちゃって、ボクはずっと叫びっぱなしだった。

 小さな女の子にとっての危険は、ボクにとっての危機でもある。ホントさ、死なれたらたまったものじゃない。まったく、ボクとキミは同じ体を使っているんだから、もう少し大事にしてもらいたいよ。

 死んだことのあるボクだから言うけどさ。いやあ死ぬのってつらいよ。苦しいし、何よりもめんどくさいからね。


 っていうかそもそも、ボクの声ってキミにはどう聞こえているんだろう。キミは上手く受け取ってくれないから、なんかすごく変な風に伝わっちゃってるのかも。

 ……まあほら、最初はボクも本能に従ってブツブツ言ってただけだから。()っちゃえー、とか。こいつらくだらないなー、とか。破壊衝動っていうのかな? とにかくそういう感じ。それって今考えると、結構過激だったったみたい。人間の尺度からすると、あんまり受け入れられないことだったのかも。


 そこはほら、ボクとキミの違いってことでどうよ? 今はもう、そんなこと言わないから安心してよ。


 だって、ボクがキミを人でないモノに変えたように。

 キミもボクを、龍でないモノに変えたんだから。


 そうさ、気付いてる?

 キミ、海に来てからまた少し変わりつつあるよね。今のボクにとって喜ばしい方向へ。人はまさしく変化の生き物で、キミもその点では人間だったってこと。


 ほら、ね。

 人の心を視るように、じっと耳を澄ませてごらん? 聞こえるはずだよ。今のキミなら、今のボクの声が。

 そうすれば、キミはまた変わる。ボクが変わったんだから、キミも変わらなくちゃ不公平ってものだ。


 ……ん? んん?


 ……ちょっとキミ、何してるの?

 うわ、ちょ、待って待って! 何そのゲテモノ!? それどうするつもり!?


 まさか食べるの!? 正気!? やばいってヤバいってば! エビ!? いや名前とかどうでも良いから、今すぐボクの声聞いて!?

 ボクはキミと同じ体使ってるんだからさあ、それ食べるってことはこっちにも感覚が伝わるんだってば。勘弁してよお、ケト・ハウゼン!


     *


 腹八分目どころの騒ぎじゃない。料理を頼み過ぎた。

 食堂で海の幸をたらふく堪能したケトもジェスも、膨れたお腹をさすりつつ港町の大通りを歩く。


 しかし、あのエビとかいう魔物はなんなのだろう。騎士の鎧さながら全身を殻で覆い、体の両脇にはクモのような足がとんでもない数へばりついている赤い虫。ケトの知っている川エビとはまるで異なるそれが、丸のまま皿に乗せられて出て来たものだから、それはもうびっくりしてしまった。

 真っ青な顔をしたジェスの隣で、流石のケトも口をひきつらせたものだ。信じられない、ゲテモノ食いもここに極まれりであった。好き嫌いはいけませんと常日頃から姉に言われているケトだが、いやしかしいくらなんでも無理だった。

 一応、一口は食べたから勘弁してください。後でバレたらそう言おう、そうしよう。味はもうよく覚えていなかった。そういう類の食べ物ではなかった。


 港で船を見上げ、食堂を経由して。そしてこれから向かうのは、繁華街から一本離れた路地裏。裏通りと呼ばれるそこは、いわゆる夜の町、なのだそうだ。


 そんな説明を受けてもよく分からず、コテンと首をかしげたケト。けれどジェスはなぜか、非常に複雑な表情をしていた。

 とりあえず、教徒は普段近寄らない場所だということだけは分かった。そういえばケトの住むブランカだって、西町は治安が良くないからと、行くのを止められていっけ。多分、それと似たようなものだろう。そう言ったら、ジェスにはチビッ子に対するものと同じ視線を向けられた。


 そこにたどり着くまでは、マイロで最も栄えている繁華街を突っ切ることになる。そうなると気になるのはやはりお店の数々。フードから髪の毛が見えないように注意しながら、ケトはあっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ忙しい。

 魚屋の慣れない匂いに鼻を利かせながら、気付いたことを尋ねてみる。


「貝殻が売ってないね」

「貝殻?」


 隣を歩くリネットが目を瞬かせていた。


「うん。港町のお店では綺麗な貝殻を集めて売ってるって」

「貝殻、わざわざ買ってどうするんですか?」

「綺麗だよ?」

「綺麗……いえ、あの、まあ……。……砂浜にいくらでも転がってるんだから、拾うんじゃ駄目なのかなあ……」

「ほっほっほっ。遥か昔は貝殻を貨幣の代わりに……」


 小声で呟いたリネットの隣で、妙なウンチクを語り始めたアキリーズ。店の飾り棚を眺めては、遠眼鏡の値札を見て目を真ん丸にしていたジェスが呆れた声を出す。


「それ、どこ情報?」

「前に読んだ本にあったの」

「そりゃ本の中の話じゃね?」

「そっかあ……」


 え、ないのか。港町に、貝殻、売ってないのか。綺麗なやつを選ぶのちょっと楽しみだったのに。


「貝殻を使った飾りなら、旅人向けの店にありそうですけどね」

「ほんと? 見てみたいなあ」


 パッと目を輝かせて、ケトは「どこ?」と聞く。あまり外を出歩かないようにしているケトだけど、できることなら姉や友人へのお土産を用意しておきたい。貝と言えば川べりのタニシしか知らない北の町に、ぜひとも持ち帰りたいものだった。そうですねえ、と答え、リネットが辺りを見渡す。


「正直探して買うようなものでもありませんし、その辺の雑貨屋を探せば……ほら」


 彼女が指さした方を見る。それなりに大きな雑貨屋さんだ。大きなガラス窓があって、その向こうに商品が飾られている。そういえば王都にもこういうお洒落なお店はあったけど、ケトが入ったためしはない。

 ジェスとリネットにつられて、ケトもガラスの方へ。本当だ、飾り棚の上に貝殻の沢山ついた首飾りが並んでいる。想像以上に色々な種類があって、思わず目を皿のようにして覗き込んだ瞬間。


 ふと、ガラスに映る自分と視線が合った。


「……え?」


 フードの下からほんの少しだけ見え隠れする、銀の髪。ひと房だけフードから垂れ落ちて、夏の日差しを乱反射する。その向こうで銀色の瞳が、ぱちくりと瞬いて。


 ……いつもの、顔を洗う度に見る自分の顔のはずなのに。


(ああ、こうか。……ようやくコツがつかめたよ。まったく、ここまで上手く伝わらないなんてね)

「……!」

(お陰で酷い目に遭った。食べるものくらい少しは選ぼうよ……)


 無意識に、ガラスから一歩後ずさる。町の喧騒の中でも一際際立つ声。耳からではなく、頭の中で囁く響きは、自分の内に巣くう龍のもの。それがかつてないほど雄弁に喋りはじめるのを、ケトははっきりと知覚した。


(怯えないでくれないかい? ボクだって前みたいに取って食おうとしている訳じゃないんだから)


 うっすらと映った白いローブの少女の姿、それに何かの影が宿る。全身の毛を逆立てながら、ケトはそれを睨みつける。


「……じゃあ、何のつもり」

(何のつもり、って……。なんだよ、散々ボクの話に耳を塞いできたのはキミの方じゃないか)


 窓ガラスの中で、白い少女の口元が吊り上がっていく。おかしい、わたしは笑ってなんかいないのに。


(最近、キミの心が変わり始めた。ヒトの心の内を意識的に知ろうとしはじめただろう? そんなことしたら、ボクの声だって伝わるに決まってるじゃないか)


 銀の瞳が自分を射抜く。ガラスに映る少女は、まるでケトじゃないみたいだった。


 心が変わる。その言葉に思い浮かべたのは、マイロに来てからのこと。

 確かに、ケトはコーティを知ろうとしている。はじめは敵として弱みを探るために、やがて自分とよく似た境遇の人間として、その心を知りたいと考えるようになった。今だってそうだ。自分は奴の母親に会いに行こうとしているのだから。


 それを指して、ケトが変わりつつあると、声は言う。そのせいで明確に声が伝わるようになったのだと、他ならぬ自分がそう言っている。


(図星かい? キミは相変わらず頭が悪い。それに間抜けだ)


 声に嘲笑う色が乗った。内に巣くう龍の、人間じみた感情が伝わるのははじめてのことだった。これまで聞いてきた声は、危機と衝動を伝えるのが関の山だったはずなのに。


「……あなたは、誰?」

(ボクはキミさ)

「ふざけないで」

(じゃあ、龍だよ。キミが昔出会った龍。……ていうか、いちいち口を動かして音に出すのやめなよ。ボクだってキミから影響を受けてるんだからさ、こっちが恥ずかしくて仕方ないんだけど)


 窓ガラスの自分が視線を動かす。右側へ向けた視線を追いかけて、ケトは気付いた。


「ケト!」


 すぐ隣にジェスの顔、混乱しきった表情でケトを覗き込んでいる。


「何の声だ、ケト……!?」

「……ジェス?」

「誰かと喋って……この声! 聞こえないのに、いきなり頭に響いてきやがった。ケトの声真似なんかして、誰が喋ってやがる……!」

(ふうん。彼、キミの中にいるボクを微妙に感じ取ってるみたいだね。他の人に聞こえるもんじゃないのに、なんでだろ? キミ何かまた失敗してないかい?)


 どうすればいいのか分からない。二人から話しかけられて、どっちにも言葉を返せる程ケトは器用じゃない。

 ……というか、ジェスもこの声が聞こえるの? 三年前に力を得た時から、ずっとケトの心にだけ囁き続けているこの声が?

 思わず縋るようにジェスを見て、けれどまたしても思考が割り込んできた。


(ま、言い訳は後で考えればいいか。今はそれどころじゃないんだしさ)


 怖い。窓ガラスに映った自分の表情が動くのが見えてしまって、ケトは慄く。

 ひょっとして、自分がこんな風な表情をつくっているのだろうか。それともこれはただ、龍が見せているだけの幻覚? こんな風に人を馬鹿にする呆れ顔、自分がするものじゃない。頭がおかしくなりそうだった。


(ほうら、意志をなくした子が来るよ)


 途端流れ込む思惟……これは警告? 危機に慣れた体が、反射的にガラス窓に映る世界に脅威を探し、けれどそれを見つける前に、ケトの耳にいくつもの悲鳴が飛び込んできていた。


(哀れな同族のお出ましだ)


 ジェスが自分の腕を掴んでいる。アキリーズが、リネットが、異変に気付き叫び声の源を探す。

 道の向こうには、昼食前に船を見上げていたマイロの港があるはずで、そちらから届く恐怖の思惟。誰かの叫び声に加えて、これは瓦解音……?


「戦争だ!」


 港町に非日常をもたらす崩壊の音。それを心と耳で感じ取りつつ。睨みつけるガラス窓越しに、ようやく少女は、敵を視つけた。


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