表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第六章 宿敵の町で
94/149

夏の終わりに その4


「ほい、どうぞ」

「……ありがとうございます」


 左手で受け取ったカップには、熱いお茶が並々と満たされていた。口をつければ、王都で飲んだものとも、南の町で飲んだものとも違う、独特な風味。聞いた話によると、この町の庶民の間では、自生しているハーブを干してお茶代わりにするのだそうだ。小さな簡易魔導ランプの灯に照らされて、お茶にコーティの顔が揺らめいていた。

 集落の端に、一棟だけ残った建物。この場所をよく訪れる人のため、被害の少なかった家を宿泊施設として整えたのだと聞いた。中にはハンモックまで備えられていて、硬い地面に身を横たえる必要がないのはありがたい。


 とは言えもちろん、夜間の見張りは必須な訳で。少しでも高い場所から周囲を伺えるようにと、屋根の上に据え付けられた急ごしらえの物見台。その上で、見張り番はまんじりともせず過ごすのである。


「夏だってのに、涼しいねえ」

「はい。上着を持ってきて正解でした」


 今晩の不寝番の相方はサニーだった。歳は多分十五、コーティから見れば一個年下の赤髪ちゃんだ。最近は銃に取って代わられつつあるものの、地方ではまだまだ現役のロングボウを携えた女冒険者。

 きっと歳の近い同性と組ませてくれたのだろう。北の町でよく気付く、ささやかな心遣いだった。元々ギルドで何度か話した中でもあるから、幾分か気が楽だ。


「悩み事?」

「……そう、見えますか」


 簡素な見張り台にはもちろん椅子なんてなくて、コーティは木の床に膝を抱えて座りこむ。サニーはカップを床に置くと、仰向けに寝転んだ。しばし無言で、カップの湯気と星空を眺める時間ばかりが過ぎる。

 悩み事について何か聞かれるかなとも思ったが、赤髪ちゃんは目線を星空に向けたままで、別のことを口にした。


「コーティはさ、カルネリアから来たんでしょう?」

「ええ、はい」

「向こうは夜でも明るいんだろうなあって。あたし、魔法で光る街灯っていうのをまだ見たことなくて。地面から星が生えてるみたいなのかなって、想像したりするんだ」


 地面に星。最近まで日常の風景の一部だった王都の夜を、コーティは思い出した。


「……星、という感じはしませんね。上手く言えないですけれど、もっと強い目的を持った光、みたいな」


 我ながらどういう答えなのだろう。自分の口から発した言葉の意味が分からず、コーティは首を軽く横に振る。けれど、その隣でサニーは目を輝かせていた。


「そっかあ、どんなのだろう。気になるなあ」

「……期待しすぎたら、がっかりすると思いますよ? なんだ、こんなものかって」

「ふっふっふっ。甘いぞコーティ」


 こちらを見たサニーが、目を爛々と輝かせていた。


「こういうのってさ、自分がどう思って、どう考えて、どう頑張ったかで、見え方なんていくらでも変わるものだよ」

「……見た目にそぐわず乙女なんですね」

「こちとら花も恥じらう、多分十五歳ってね。……ってか」


 バネ仕掛けのからくりみたいに勢いをつけて起き上がり、サニーはにいっと歯を見せた。


「はじめてだ。コーティさんの毒舌」

「え……?」

「結構どぎついこと言う人だって聞いてたんだけどさ。その割には誰も毒舌を聞いたことがないって言ってて、あたしもはじめて聞いたなって」


 気の抜けた顔を見合わせる。呆れた声を出しかけた口が、途中で閉じた。

 もう一度お茶をすすれば、気持ちだって落ち着く。サニーに倣ってカップを床に置き、コーティはごろりと寝転がった。


 途端視界一杯に広がった、満点の星空。王都では見た記憶のない星。見えていたのに意識をしていなかったのか、それとも魔導街灯の光にかき消されてしまっていたのか。どちらだったのすらも分からない程に、自分は今まで一点しか見ていなかったのだと、ようやく気付かされた。

 星空って綺麗なんだなあ。まるで子供のような感想だけど、今なら気負いなくそう言える。


「……皆さん、私のことをご存じなんですね」

「うんにゃ、ガルドスさんとあたしだけ、ね。ケトに怪我をさせた襲撃者、なんてみんなには聞かせられないよ」

「……」

「あたしたちは受付さんから聞いたから……いいやもう、この言い方もめんどくさいや。コーティだって、あの人が誰か、想像ついているんでしょう?」


 今考えれば、すべて最初から仕組まれていたことだったのかもしれない。

 この町に来たことも。やるせない自分を抱えて、やるせない少女を知って、そうして傷を癒したことも。

 みんなみんな、彼と彼女の手のひらの上だった。いつだったか、病室で聞いた言葉の通り。「……これ以上、コーティが戦わなくて済むのなら、こんな腕はない方がいいよ」だなんて、彼は本当に、素直じゃないにも程がある。


 そうして、少しずつ心を動かされていく自分も、優しい彼の筋書き通りなのだろうか。


「……腹が立ちます。こっちはすべてを賭けてここまで来たのに。まったく、人のことをなんだと思って……」

「じゃ、殺された方が良かった? ケトが襲われたって知らせが入った時、エルシアさんとんでもなく怒ってたんだから」

「……」

「あなたの王子様に感謝しなよ? あの人がその後の段取りを整えてなかったら、今度はあたしも王都に攻め込むことになってたかもしれない」


 この町に着いた時、自分は死んでもいいと思っていた。死んで当然だと自棄になっていた。

 けれど、今は……。


「……守られていますね、私」


 肩肘を張らない自分の声が、隣の冒険者にはどう聞こえたのだろう。深い吐息と、柔らかな声が、夜をくすぐった。


「そうだね。大なり小なり、人は何かを守って、誰かに守られて、そうして生きているんだ」


 義手のない右手を、星空へ向けて伸ばしてみる。その先にない五本の指を、目一杯広げる想像をしてみる。


「あたしたちのことを≪白鈴(はくれい)≫の冒険者って呼ぶ人たちがいる。ケトを守って、ケトに守られて、一緒に時間を過ごす人たちに付けられた呼び名だ」


 そういえば、王子と一緒に城下町に降りた時、鈴を模った封蝋の押された手紙をやり取りしていたっけ。

 頭の中で一つ一つが繋がって、なんだか紐がほどけていくように、答えを知った気分だ。今なら、あの時の主の背中に、ほんの少しだけ追いつけたような気がする。


 ……でも、ああ、そうか。なんて言えばいいんだろう。

 無性にルイスに会いたくなってしまった。


「……と言うかサニーさん、本当に私より年下ですか?」

「やーそれが分からないんだよねえ。孤児って年齢自分でも知らないことが多いから。あたしの周りそんなのばっかでさ、……一応自分じゃ十五歳だと思ってるんだけど、コーティにはどう見える?」

「とんでもなく達観してますし、……三十は確実ですね」

「失敬な!」


 存外、こんな単純なことが、無意識に追い求めていた答えなのかもしれない。

 十六にもなって、ようやく気付かされるなんて。そんな気恥ずかしさを茶化すように、コーティは元主のことを思い浮かべた。

 

「本当に、人のことなんて言えません……」


 今夜見上げた星空を、自分は決して忘れることはないだろう。

 そんなことを思って、コーティは復讐の終わりの夜空を深く吸った。


     *


 北の町へ戻る道中で、月が変わった。

 暦の上では夏の終わりから、秋のはじめへ。南はきっとまだまだ暑いだろうけれど、少なくとも、ブランカの町にはちょっとだけ秋めいた風が吹いている。


「皆さん、ありがとうございました」

「いやあ、依頼がなくても行ってたからなあ。楽しんでくれたなら結構結構」


 深々と下げていた頭を上げて、コーティは冒険者たちの背中を見送った。

 ざわめきが少しずつ遠のいていく。町角を曲がって消えていく。建物の向こうに姿が隠れる直前、最後尾の冒険者がこちらに手を振ってくれた。


「大丈夫?」


 隣に残ってくれたのは、旅の間によく話すようになった赤髪ちゃん。ケト・ハウゼンの友人で、名前はサニー。孤児院出身の多分十五歳。


「はい。話はさせていただきます」

「武器は預かれって、そう言われてるんだけど……」

「そうですね。私もそのつもりでした」


 腰に巻き付けていたベルトを外す。道中で魔物の姿を見かけることもなく、ナイフが鞘から抜かれることもなかったなあ、とそんなことを思う。後はいくつかの魔導瓶。こちらもまったく出番はなかったっけ。

 確かにこの状態が続いてしまうと、冒険者たちが食いっぱぐれてしまいそうだ。壁の工事とか、水道建設とか、そんな受付さんの尽力がどれほど大切か、身に染みて分かってきた。

 サニーが受け取った革ベルトの中身を確かめてから、コーティと向き合った。


「あなたに幸運のあらんことを」

「……それは?」

「あたしたちの町のおまじない。出かける人に、必ず言うんだ」


 いい言葉だ。ぎこちなく微笑んだサニーに頷き返して、コーティは小ぢんまりとした建物に視線を向けた。

 簡単にまとめただけの黒髪が、頭の後ろで揺れる。もはや自分の心の一部となったやるせなさ。それを確かめながらコーティは一歩を踏み出した。


 ギルドのドアに手をかければ、カランコロンと、ベルが鳴る。

 ひんやりした風に一歩遅れて、コーティのひと夏が終わる、そんな音色だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ