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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第六章 宿敵の町で
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そして彼女はコーティと呼ばれた その5


「そんなところで何をしている」


 わっ!? ……きょっ、教官!?


「何をしていると聞いている、≪百十四番≫」


 はっ、はいっ。本日の訓練の復習をしておりました。


愚図(ぐず)め。消灯時間はとっくに過ぎているのに貴様は何故自室にいないのかと聞いているのだ。そんなことも分からないのか」


 も、申し訳ございません! ですが……。


「ですが、なんだ。()れ者が、口ごたえとは何事だ。貴様はいつから俺に指図できるほど偉くなった?」


 し、失礼しました! 私はただ、本日の訓練でご指導いただいた箇所の、その……。訓練中に、こんなこともできないようなら明日から来なくていいと……、おっしゃられて、いましたので……。その、ごめんなさい、それが嫌だったので、その……。


「それで、夜中に抜け出して自主訓練か」


 ……ごめんなさい。


「……」


 ……。


「そこになおれ。≪百十四番≫」


 はい……。


「貴様、歳はいくつだ?」


 は、十一になりました。


「なりました?」


 は。シスターから、私の生まれは今日だと聞いています。


「……そうか」


 あの、教官。私、折檻(せっかん)でもなんでもお受けします、ですからどうか……。


「……≪百十四番≫、昼間のあれは、貴様を一人の戦士に鍛えるために伝えた言葉だ。だがな、その全てを貴様の今の体格でできるとは思っていない」


 ……え、えっと?


「貴様はまだ体が出来上がっていない子供だ。だから与えた課題の全てがこなせるとは考えていないし、そもそもそこまでの期待をしていない」


 いえ、ですがそれは……!


「なにか言いたげだな、聞いてやろう」


 枢機卿閣下は、大人も子供も関係ないとおっしゃっておりました。私とて(ほまれ)ある龍神聖教会(ドラゴニア)の一員です。私も皆様と同じように、この命大義の礎となって散らすならば本望と考えます。教官のご指導はそのために不可欠。それすらも満足にこなせないとなれば、私は閣下の足手まといになってしまう。それは嫌なのです。


「……」


 教官?


「……いや、何でもない」


 ……申し訳ありません。やはり怒っていらっしゃるのですね。


「この顔は生まれつきだ。今更変えられん。別に怒っていないから気にするな」


 は、はい。


「……≪百十四番≫、貴様、名前は何という?」


 は、私は訓練生≪百十四……。


「違う。生まれ持った名があるだろう。それは覚えているか?」


 ……え、はい。えっと、コルティナ・フェンダートと言います。


「そうか、良い名だ」


 ……あ、ありがとうございます?


「いいか、名にこだわるのは軟弱者の証だ。普段はその名を捨てろ。……だがな、同時にその名、絶対に忘れるなよ」


 あの、それはどういう……。


「名前とは、貴様が貴様である証だ。大義以上に優先すべきものではないが、大義を為した後もう一度人に戻れるよう……帰る場所を見失わないようにするための、いわば道標のようなものだ。持っておくだけの価値はある」


 ……?


「……詮無いことを話したな。宿舎に帰って早く寝ろ」


 は、はい。……失礼します。


「……」


 ……あ、あの、教官。


「なんだ」


 教官は、お名前なんて言うんですか? えっと、≪十三番≫様ではないほうのお名前。


「……」


 あっ! もしかして聞いてはいけないことでしたか!? すみませんっ!


「……いや、そういうことではないが。……そういえば、誰からも聞かれたことがないなと思ってな」


 いえあの、お気に障ったらすみませんでした。私なんにも考えないで……。ごめんなさいもう寝ますっ! おやすみなさい!


「……コルティナ!」


 はっ、はいっ!


「今日が誕生日の貴様には特別だ。教えてやる」


 え?


「俺の名前は――


     *


 どこかで鳥が鳴いている。薄く目を開いて、差し込む光がいやに明るいことに気付く。


「教官……?」


 あれ、私は宿舎に戻ろうとして、途中で教官に呼び止められて、それで……。

 コーティのぼやけた視界の中で、無意識に伸ばした右腕から、寝間着の袖が力なく垂れていた。


「あ……」


 徐々に感覚が戻って来て、冷え切った体にゆっくりと血が巡り出す。何度か目を瞬いてから、掠れた声で呟いた。


「夢、見てたんだ……」


 ……そうか。じゃあ今は、いつだっけ。

 少なくとも、教官の本当の名前を聞いた夜ではないし、その翌日でもない。だから身支度して、訓練に行って、一日を終える間際、急に呼び出されて……。


「……『これは戯れのようなものだ。≪百十四番≫』」


 そんなことを言う教官に、はじめて≪鋼糸弦(ドラート)≫の箱をもらうこともない。今日はその日ではない。

 もうコーティは十六歳で、もう戦闘員ではなくて、もう右腕はなくて。


「もう、侍女でもない、か」


 久しぶりの幻肢痛に、眉根を寄せて耐える。これ、もしかして一生付き合っていくものなのだろうか。いいやもう、どうせコーティの頭が残念なだけなのだから、気にせず起きてしまえ。

 長い間右腕を吊っていた包帯。それが取れてからそれなりに経つ。肩を慎重に回して、薄い笑みを張り付ける。病み上がりの右肩はもう痛まないのに、存在しない腕が痛い。人間の体って、案外ポンコツだ。


「……走ってこなくちゃ」


 依頼を出すのは構わないけれど、傷ついた体では旅に耐えられないでしょう。怪我を直して体力をつけるのが条件よ。

 そんなことを受付さんから言われてしばらく。夏の日差しの元、他にすることもないコーティは、仕方なしに今日も走るのだ。


     *


 走る、走る。


 道は適当に選んだ。それで迷うことも多いが、まあすぐに戻らなければいけない理由もないのだ。

 裏道をジグザクに。町の外壁に沿って回り込むように。適当な路地を見つけては足を踏み入れる。


「はっ、はっ、はっ、はっ……」


 息を切らしながら、最近どうにも生傷が絶えないなと苦笑する。腕を吹き飛ばされて、その数か月後には全身包帯でぐるぐる巻き。騎士様もびっくりだ。


 適切な負荷を、適切な時間かける。きちんと栄養を取って、しっかり寝る。

 いずれも多分、コーティ一人だったら欠片も気にしないであろうことだ。その辺受付さんは厳しくて、最近は毎日夕食の報告をさせられる。あなたは私の母親か何かか、と口から出そうになったのも一度や二度ではない。


 けれどまあ、確かに彼女の言うことは正論だ。それは認めよう。


 ルイスの言ってくれたことだから≪白猫≫を知りたい。そのために、日記に書かれていた場所へ行きたい。だから、体を元に戻さなくては。一応、筋は通っているはずだ。

 ……復讐に燃えていたコルティナ・フェンダートは、本当にどこへ行ってしまったんだろう、と思わないこともないけれど。結局は他にすることもなく、反抗する気力もないコーティだから、今日も今日とて走るのだ。


 そんなコーティが、毎日足を止める場所がある。


「おはよー、コーティ!」

「……おはようございます。サニーさん」


 ちょうど依頼に行こうとしていたのだろう。今日はその場所で、赤髪の女冒険者と顔を合わせた。要所だけを覆う簡単な革鎧と、背中に弓と矢筒を背負った女の子。


「肩はもう大丈夫なの?」

「はい、お陰様で。少し体を慣らそうかと」

「うーん、しっかりしてるねえ、あたしだったら絶対だらけちゃうのに」


 肩をすくめて、そのまま軽く振ってみる。義手をつけていないから、やっぱり右袖がブラブラと揺れた。そのまま首を巡らせて、町の壁へと視線を向けた。


「随分、大がかりな工事なんですね」

「受付さんが張り切ってるからねえ。あたしも壁の大切さは身に染みてるし」


 黒髪と赤茶髪。二人で並んで首を上げた。


 周囲をぐるりと壁に囲まれたブランカの町、ここはその北門らしい。……らしい、というのは門が見えないから。

 唯一見えるのは、通用口らしき小さな扉。そこでは今日も、当番の衛兵さんがおしゃべり中だ。

 本来大門のあった場所に見えるのは、丸く空いた大きな穴。そこには壁を支えるためか、上下左右に幾本もの柱が渡されていて、更には壁に沿うように工事用の足場が組まれている。あちこちに人がいて、せわしなく動き回ったり、資材をロープで運び上げたり。


「防壁がこんなになっちゃうんだから、ホント、なんて言えばいいのやら……」


 サニーが何とも言えない声で呟いた。


「……≪白猫≫」

「こうしちゃった時のこと、ケトは今でも夢に見るんだって、聞いたことあるよ」

「夢……?」


 夢。今朝方見た教官の夢。薄れつつあるそれを脳裏に蘇らせながら、コーティはサニーの声を聞く。


「そう。これを撃ったのは、あの子がお姉さんを奪われた後のことだったから」

「お姉さんって、≪傾国≫のことですよね?」

「……まあ、そんな呼ばれ方もしてるね」


 苦虫を噛み潰した顔をしたサニーは、気を取り直したように続けた。


「あの子が壁を壊しちゃったのは、教会に襲撃された日だったの。突然白い服の人が町に押し入ってきて、町もギルドも滅茶苦茶に壊されて……。ケトは言ってた。『シアおねえちゃんのいないカウンターに大きな穴が開いて、その途端、もう訳が分からなくなっちゃった。その後も、逃げた先に≪十三番≫っていう怖い人がいて、ガルドスが殺されそうになっちゃって……』って」

「……」

「当時はまだ、あたしも孤児院にいた頃のことだけどさ。よく覚えてるよ、それはもう酷いものだった。ああいうのを戦争って言うんだろうね」


 視線の先で、ロープで結わえられた大きな木の柱が、何人もの手で壁の上へと引き上げられていく。それを視線で追ったサニーが、眩しい日差しに目を細めた。


「そもそも、あの子の力は好きで手に入れたものじゃない。必要に迫られて自分から手にした、ってことでもない。スタンピードの時、お母さんとお父さんに逃がされて、そこで偶然手に入れたものなんだって」


 スタンピード。その響きに、ぎくりとした。


「本当、酷い話だと思うよ。ケトは逃げなければ死んでて、逃げたらいらない力を持たされた。……そんなの、どうしようもないじゃない。あの子にどうしろっていうのさ」

「……」

「で、そんな力を得たせいで、教会からも国からも狙われて。お姉さんが守ってくれて、でもそのせいで追い詰められちゃって。全部自分のせいだって、ずっと責め続けて」


 コーティは何も言えない。言えるはずがない。


「戦争が終わって帰ってきた後にね。この壁の穴、ケトは自分に直させてほしいって言ったの。まあ、色々あって今もこんなだけどさ。最近になってケトが王都に行っちゃう前は、よくここの工事を手伝ってたよ」

「……あれだけの力があるなら、すぐに直せるのではないですか?」


 その言葉は、半ば意地みたいなものだった。≪白猫≫は敵、そう信じたい心が口を動かした、そんな感覚だった。

 サニーは静かにため息を吐く。夏の風が、彼女の吐息をコーティに伝えた。


「コーティ、一度ケトとしっかり話してみたほうがいいよ」

「……え?」


 押し殺したように、独り言のように、空気が震えた。


「落ち着いてケトの話を聞いたら、さっきみたいなこと、口が裂けても言えないから」


 強い言葉だったが、コーティの目にはサニーが怒っているようには映らなかった。代わりに、とても悲しそうな表情をしているように見えた。


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