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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第六章 宿敵の町で
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ブランカ その5


 帰り道。

 ケトは子供たちの後ろに続いて、教会への道を辿っていた。

 遊び疲れたせいか、寝落ちてしまった子を負ぶっているので、歩みはとてものんびりしたもの。マイロの端っこにある聖堂に向かって、ひなびた街道を進む。


 背中から聞こえるのは、すうすうという安らかな寝息だけ。体の小さなケトであっても、この力があれば、子供ひとり背負うくらいなんてことはない。起こさぬように静かな声で、ケトはリネットに気になっていることを問いかけてみることにした。


「……この子たち、お父さんやお母さんはいないんだね」

「はい。みんな事情があって親元を離れた子たちです」


 ケトは前を歩く子供たちの背を見つめた。

 一緒に来た二十人ほどの子供たちは、これでも全体の一部に過ぎないらしい。リネットの他に数人で、いくつかの班に分けて面倒を見ているのだとか。


 昼間のことを思い返す。

 ケトと一緒にはしゃいでいた子もいれば、リネットと浜辺で砂の山を作って遊ぶ子もいた。周囲の景色に見覚えはなくとも、それだけでブランカの孤児院を思い出すには十分だった。あそこにも、活発な子、大人しい子が入り混じっていたから。


「……ここでもよくある話」

「ええ……。どこにでもある、やるせない話です」


 被り直したフードの端っこを気にしていたケトは、ふと視線を移す。少し前を歩くリネットの背中が、どことなく丸まっているような気がした。


「みなに色々な事情はありますが、一番多いのは戦災孤児なんですよ」

「せんさい……?」

「戦争で親を失った子、ということです」


 戦争。それだけで、≪傾国戦争≫のことを指しているのだと分かった。


「……私たちの自業自得ではありますが、それでも、悔やんでも悔やみきれない」


 ついと目を伏せて、憂いを帯びた表情を浮かべたリネットに、ケトは考えてしまう。

 三年前、自分と教会がまだ敵同士だった頃。自分はこの子たちの親と、戦ったりしたのだろうか。ひょっとしたら、殺してしまったり、したのだろうか。


「ミヤ様は、≪付番隊≫という言葉に聞き覚えありますか?」

「もちろんあるよ。わたしの町を襲った人たちだから」

「その一部には、こういう親なし子の中から養成された戦闘員もいたんです」


 え、と目を見開いて、女教徒の方を見た。視線が合うことはなく、リネットは顔をそむけたままで、しかし言葉は続く。


「普段の生活で素養があるかどうかを見極めて、枢機卿は適性のある子供たちに訓練を受けさせました。……もともと生活のすべてを教会に依存していた子供たちですから、洗脳は容易かったんでしょう」


 リネットはそこで足を止める。次に口を開いた時、彼女はその目でケトの視線を受け止めていた。


「私や、そしてコーティはそういう人間でした」

「……」

「事情をお聞きしました。……コーティ・フェンダート、私の戦友がミヤ様を襲った。不意打ち同然の汚い真似をして、水道設備という王都の社会基盤すらも犠牲にして、あなたに復讐を果たそうとした。そんな話を」


 ケトも足を止める。白いローブの下から、教徒のそばかす混じりの顔を見る。


「……戦友?」

「ええ。私は≪百十五番≫で、彼女は≪百十四番≫。いわゆる三桁番台と呼ばれる幼い戦闘員は、基本的に二人一組で行動していまして。コーティは、当時の私の相方でした」


 夕日に照らされた彼女の目が爛々と光った。

 知らず手に力が籠ったのかもしれない。背中で名前も知らない子が身じろぎをするのが分かって、ケトは慌てて両手から力を抜く。咄嗟の行動だったけれど、そのお陰でケトは自然体で、次の言葉を聞くことが出来た。


「今日わざわざ海にお誘いしたのは、この子たちを通して昔のコーティを知ってもらいたいと思ったから。……私は罪深い女です。子供たちを引き合いに出したりして、歪んでいる」


 自分を蔑んでいるのか、陰のある笑み。朝、聖堂のことを語る時にも見た表情だけれど、しかしそれすらも自分の一部と肯定した上の表情だと、今のケトは理解した。


「≪白猫≫の娘、ケト・ハウゼン様」

「……どうして、そんなことを」

「私はあなたにコーティのことを知ってほしい。あの子がどれだけ苦しんで悲しんで、どれだけ嘆いて、どれだけ絶望してきたか。誰も知ろうとしないまま、寄ってたかって責められているあの子が不憫で。……確かにコーティがやったのは許されることじゃない。それでも、少しは報われたっていいじゃないかって、元戦友として言いたい」


 そんなこと、襲われた側に押し付けることじゃないでしょ。そう言いたいのに言えなかったのは、リネットの中の葛藤を龍の目が見抜いているから。

 感情の強さは、圧力となってケトに押し寄せる。強い意志を感じ取ってしまうと、ケトはどうしていいのか分からなくなるのだ。だからケトもまた、くすぶり続けている感情を口にするしかなかった。


「……勝手だよ」


 息を吸って、ごちゃごちゃになった心の内を、ありのまま。


「どうして、わたしを憎むの。わたしが教官の仇ってあいつは言うけれど、それならあいつはママとパパの仇だ。不憫だなんだってリネットさんは言うけれど、そんなこと言うくらいならそもそも襲ってこなければよかったんだ」

「……」

「先に手を出してきて、分かれって? これは理不尽だ、そう思うよ」


 これでもケトは怒っているのだ。事情の有無にかかわらず、突然の襲撃に怒っているのだ。

 三年前、力を振るうと決めた時に、ケトは覚悟を決めたはずだった。けれど、今更自分たちが原因のことで逆恨みされて、それを笑って許すなんて、そんなことはできない。

 ……とはいえ。


「って、本当は怒ってるんだけどね」


 背中の子供をそっと背負い直して、ケトはため息を吐いた。


「襲ってきたのが教会なら、今助けてくれてるのも教会だし。その人たちに我儘を言うのもなんだかなって」

「……ミヤ様」

「次はわたしも容赦しない。もしもまた襲ってくるようなことがあったら、あいつはわたしの手で殺す。……それでもいいっていうなら」


 おそらく、自分は奴とまた戦うことになる。ケトにはそんな確信がある。多分、龍の目で視たコーティという女が、宿敵を取り逃がした今の状況を容認するような人間に思えないからだ。弓折れ矢尽きたコーティが、縋るように吐き捨てた呪詛。朦朧とする意識の中で聞いたそれが、ケトの中にはしこりとなって残っている。


 いつになるかは分からない。どこでどうやって戦うか想像もつかない。それでも、奴と自分がこれで終わりということはないだろう。

 これはいつもの龍の感覚? いいや違う、ケトの意地だ。


「あいつはわたしのことをすごくよく知ってるようだった。なら、わたしもあいつのことは知っておかなくちゃ。それこそあいつの弱点とか。……それはきっと、リネットさんがわたしに求める理由とは違うだろうけどさ」

「……はい」

「敵のすべてを教えてくれるのなら、わたしはそれを利用するよ。今度はもう、負けないために」


 ケトだって、戦争から三回も誕生日を迎えたのだから。


「わたしだってね。いい加減、守られるばかりじゃ気が済まないんだよ」


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