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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第五章 侍女は少女に
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動き出す世界 その5


 どういうことか、説明してもらおう。迎賓館の一室で、プレータの上官はそう言った。


『よもや謀られるとはな。貴様もこの国も、よほど命が惜しくないと思える』


 トーリス中将の表情は酷く険しい。田舎者に向ける礼儀などないと言わんばかりに、己の母国語をまくし立てていた。


「まずは謝罪を。ですがこれは、我々にとっても想定外の事態です」


 対する内通者は、顔色を変えなかった。一応はネルガン語を操れるはずではあるものの、その口から出る言葉は一貫してカーライルのそれだ。だから、この部屋にはちぐはぐな言語が飛び交っている。

 決して相容れることはない。両国のそんな空気を象徴しているようだと、上官の後ろで直立不動の体勢を取っていたプレータ・マクライエン海軍特務少佐は、そんなことを考える。


『想定外で済むとでも思っているのか。そもそも貴様が持ち掛けたのだぞ? 可能な限り穏便に、併合を実現する方法があると』

「もちろん、覚えておりますとも」

『ではなんだ。ここから状況を好転させる策があるとでも? ……言っておくが、私の命令一つで南の艦隊が動き出す。カーライルへの全面侵攻をここまで先伸ばしにしてきたのは、(ひとえ)に貴様の策が有効であると認めたからに過ぎん』


 苛立ちを隠さない上官のつむじを見下ろしつつ、プレータは内通者の顔を伺った。窮地に立たされているはずの男は、けれど一切顔色を変えようとしなかった。


 プレータも似たようなものだ。上官相手でも、内通者相手でも、ここで動揺は見せてはいけない。どれだけ常識からかけ離れた事態に直面しても、冷静であり続けようとする一士官の顔。それがこの場での最適解であろう。


『国の上層部を内部から打ち崩すことで、国策決定の中枢を麻痺させる。その間に貴様が実権を握ることで、ネルガン・カーライル和親条約の締結を実現させる』

「……ええ。もちろん覚えていますとも」

『貴様の立場であれば実現可能であると踏んだのだが。正直、失望したよ』


 歳を取れば取るほどに思考が固まる、とはよく言ったもので。プレータの上官は随分とご立腹の様だ。それに比べれば、同じくらいとは言わないまでも、いい歳をしているはずの内通者は表情をピクリとも変えず、ひたすら中将の話を聞いている。


 ルイス・マイロ・エスト・カーライル。この国の王子。

 議場でも終始へらへらしていた彼の顔を思い返し、プレータは心の内で賛辞を贈った。


 良い手だ。常軌を逸していると同時に、的確にこちらの弱点を突いてきた。それこそ、天才的、とすら言えよう。


 中身は侍女の蛮行のはずなのに、一個人の復讐心を、ここまで大きな大火へと燃え広げるその手腕。お陰で今やそこら中大火事だ。

 それはまあプレータだって、王子が侍女と二人で、≪白猫≫襲撃を画策していることは聞いていた。コーティなる女が王子に取り入ったのもその一環だったと、内通者も断じていた。


 もちろん、あのルイス王子のやることだ。馬鹿正直に襲撃だけを考えるはずはない。多少の裏はあるだろうとは思っていたが、それでも彼らを泳がせたのは、彼の失脚の方がこちらに有利にはたらくと踏んだから。

 第一、王子は人を使える立場にあるというだけであって、本人には何の力もない。不穏な動きを取れば、国内に蔓延る内通者の耳に入らないはずがなく、すなわちネルガン側に筒抜けになるはずだった。


 ……まさか、たった二人でここまでしてしまうとは。先程の会議、カーライル側の重鎮も驚いた様子だった。何か聞いていれば、ああいう反応はしないはずだ。


 唾を飛ばして叱責を続ける上官を、プレータは冷めた目で見下ろす。


 ネルガンにしてみれば、問題をカーライルの根本的な対外政策に繋げられたのが大きい。それこそ、ネルガン一国に的を絞って責め立てて来たなら、まだやりようはあっただろう。が、周辺の諸国まで一斉に国交停止対象に指定されたのが痛かった。


 突然の暴挙に、当然他国とて怒るはずだ。もちろん対談を求め、そして調査をするのも想像に難くない。

 そうすれば、話の大本には、カーライル併合を目論むネルガンの思惑があると表に出る。カーライルの暴挙の原因がネルガン連邦にあると知られたら、周辺諸国の反感は増すことだろう。それに付け込む形でカーライルが動き、小国同志が同盟を結ぶことだって……。


 つまり、≪白猫≫がどうとか、鎖国がどうとかなんて、すべて言い訳でしかない。カーライルの狙いはただ一つ、対ネルガン同盟を結ぶだけの時間を稼ぐことにある。


 ああもう、考えるだけでネルガンにとって最悪のシナリオだ。最低限の損失で、最大限の結果を。そうやって上手く立ちまわろうとして、見事に泥沼に突っ込んだ形だ。

 もちろんカーライル側も大きな損害を負うだろうが、ネルガンが退去すれば態勢は立て直せる。ルイス王子はそれにすべてを賭けた訳だ。


 退去勧告を跳ねのけるだけの大義名分を、果たして中将の凝り固まった頭で考えつくだろうか。


 多分無理だなと、喚き散らす上官の頭頂部に向かって、プレータは鼻で笑ってみせた。この男は、まあ艦隊戦であれば相当な手腕ではあるけれど。そもそもプレータの目論見に気付かない時点で、その程度の人間なのだ。それがもうおかしくて仕方ない。


『いい気味だわ』


 誰にも聞こえない呟きを飲み下し、プレータは内通者へアイコンタクト送る。

 コーティとルイスが動き、続いてカーライル王国が動いたのだ。なら次は……。

 短い時間で思考を巡らせたプレータは、今このタイミングで動くことを決めた。


『発言をお許しいただけますか、中将閣下?』

『マクライエン少佐。口を挟むな』


 おやまあ、これは相当機嫌が悪そうだ。内通者がほんの少しだけ視線をこちらに向ける。上官が振り返らないことをいいことに、余計な口出しはするなよ、と内通者へ目配せを一つ。


『でも、あまりに驚いてしまいました。鎖国なんて策を実行する国なんて、私生まれてはじめて聞きましたもの。そんな蛮行を進めるカーライルの王族、今後も何をしてくるか分かったものではありません』

『では、形だけでもあの王女の言うとおりにしろと?』

『だって私、騎士はともかく、農具を振りかざす民間人を砲で蹂躙するのは最後の手段にしたいのです。……それに』


 上官の後ろから横へと移動。その目を見つめて囁くように。今は真面目な場だ。色気はここぞと言う時にだけ見せればいい。内通者に一瞬だけ視線を流して、声を潜めた。


『……今ここで結論を出すのは早急では?』

『そう言ってもう半年だ。これ以上、余計な言い訳に割く時間はない』

『けれど私、ちょっと良い事考えついてしまったのです。彼に恩を売れますよ?』

『はん、蛮族に恩を売って何になる』


 そう吐き捨てながらも、トーリスの皺だらけの目が、ほんの少しだけ冷静さを取り戻していた。まったくもって、面倒な老人だった。


『とてもとても回りくどい手を使ってまで、私たちはここまで積み上げたのです。すぐに判断するのはあまりにもったいない。≪我儘王子≫よりも、過激な発想しか出せない王女様よりも、ずうっとまともなこの方を頭に据えれば、併合後の統治も進めやすくなるのではありませんか?』


 プレータはにっこりと笑って、静かに上官の腕に自分の手を巻き付けた。


     *


「……貸し一つよ」

「分かっているさ」


 内通者を迎賓館の入り口まで見送る。そんな名目で上官のいる執務室から抜け出したプレータは、仏頂面で吐き捨てた。先程上官に向けた蠱惑的な笑みは、している側も寒気がするのだ。だから必要ない時にすることなどまずない。


「あの人、大分苛ついているみたい。今夜は酷い目に遭わされそう」

「そちらの国の都合と言いたいところだが、その件については心から謝ろう」

「厄介な主を持つと苦労するものね。お互いに」

「……」


 内通者は軽く視線を下げて、返事の代わりにした。

 現在進行形で割を食っている内通者が、きちんとしたものの考え方をする人間らしいというのは、これまでの経験で分かっていた。


 だから、こういう人間に色仕掛けは必要ない。余計なことを言わず、本題を告げるだけ。


「……あの人、上陸作戦とか言い出すかも」

「それは困る。我々が恥を忍んで裏切った意味がなくなる」

「そうは言っても、流石に取り繕えないわ。中将は元々好戦派、抑えも効かなくなりつつある」


 プレータはすかさず嘘を言い放ってやる。

 こういう時、言い切る必要はない。決定権を持つ人間が好戦的、程度の偽情報でも不安な人間は踊らされるものだ。選択肢の狭められた人間には、特にこういう話が効果的。


「……その割には、嫌に落ち着いているように見えるがな」

「あら、バレた?」


 悪びれずに答える。内通者とてこちらがどういう人間か把握はしているのだろうが、向こうの立場ではプレータに頼らざるを得ない状況になっているのは明白。主導権は依然としてこちらが握っている。


「どうせ何か企んでいるのだろう?」

「それはもちろん。ねえちょっと、そこの部屋で()()()()()していかない?」

「……いいだろう」


 少しだけ気分が良かった。互いが互いに出し抜こうとするこの感覚、ゾクゾクする。有用と認めていながらも、どこかで信用しきれない。相手の裏を探る駆け引きと、その果てに勝者のみが得られる利益を思い描く時間。


 プレータにだって、ちゃんと野望くらいある。そうでなければ、上官を良いように転がしたり、内通者を騙したりなんて危ない橋は渡らない。本国から遠く離れたこの地ならと、そう思ってここまで来たのだ。


 カーライル王国。プレータにとって、これ程都合のいい場所はなかった。

 海という、本国とはどうにもならない距離を隔てた土地、そして魔法という未知の可能性が上層部の目を眩ませる国。その利点は最大限に活用しなければもったいない。


 指し示した部屋へ、プレータは歩みを進める。その短い間で、ふと気になっていることを聞いてみることにした。


「そういえば、王子様のフィアンセは?」

「フィアンセ、とはどういう意味だ?」

「……コーティ・フェンダートのことよ」


 思わず出てしまった自国の言葉に、内通者が怪訝な顔をする。説明が面倒になって、プレータは彼女の名前を言い直した。


「ああ……奴か」


 唸る内通者を他所に、プレータは彼女を気に入っている。


 ≪白猫≫襲撃はでっち上げのブラフじゃない。航空隊の報告から、それはちゃんと分かっていた。

 つまり、彼女は主人であるルイス王子と互いに互いを利用し合うことで、とうとう復讐という大業を成し遂げた。元々彼女は、全てにおいて復讐の成功を優先させている節があった。そうでなくては、国の首都の社会基盤となる水道を使い物にできなくする策を取るはずがない。


「奴はもう用済みだ。あれだけの重傷なら当分起き上がれまいよ」

「一回ゆっくりとお話したいんだけど、難しい?」

「諦めてくれ。王子殿下の囲いが厚い」

「……そう。せっかくお友達になれそうなのに」


 権力者に媚を売り、目的のために利用する。それはプレータと同じ生き方だった。違う点があるとすれば、主の方も彼女を利用したこと。

 互いが互いを利用する、なんと理想的な主従か。だから、プレータは期待してしまうのだ。宿敵をもう一歩で取り逃がした彼女は、これから一体どうするのだろう、と。


 自分だったら、と考えてみる。どう考えても取るべき道は一つだ。

 様子を見つつ、王城から脱出。郊外に潜伏し、≪白猫≫の行方を知っていそうな次の権力者を探す。前の主人である王子様は……まあなんというか、彼も彼で目的を達したのだ。とりあえず、ごめんなさいと言っておこう。利用価値がなくなった以上、使い捨ての主人に側に身を置く必要はない。


「……あの侍女は厄介だ。ルイス王子が完全に失脚したら、≪白猫≫襲撃の罪で処刑する」

「そうね。それには賛成」


 付け加えるなら、個人的な好感と、彼女の処遇は別の話だ。プレータは情などかけるつもりはない。たとえ同類だって……いや、同類だからこそ。


「処刑通達の前に、少し時間を貰うくらいでちょうどいいのよ。良い話ができそう」

「なら、そのためにも、奥の手とやらを教えてもらいたいものだ」


 主人も臣下もひっくるめて。なんとまあ、過激な国だろう。プレータは可笑しくて仕方ない。これではまったくもって、退屈する暇がないではないか。


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