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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第五章 侍女は少女に
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負けられない その5


 ≪白猫≫が地下を舞う。コーティの攻撃がまるで届かない距離を飛翔する敵は、ご丁寧に魔法の壁まで張っている。いつか読んだ報告書の通り、やはり奴は驕ることなどない。一切の油断を感じ取れないのがその証だ。

 このままでは逃げられる。それが分かっていてもなお、コーティはたじろがなかった。左手に嵌めた厚手の手袋。革の感触越しの糸に神経を研ぎ澄ませながら、その時を待つ。


 これで、用意は整った。


 化け物の攻撃を受け流しつつ、無理に押し返さず、上水道機械室まで誘導。

 乱戦の中で、既に流れ弾を装って壁に一射撃ち込んである。二人が入ってきた通路の入り口を崩したことに、果たして敵は気付いているのか、いないのか。


 いずれにせよ、全ては想定通りの推移を見せていた。

 奴があくまで離脱にこだわることも、コーティの力では押し込まれるしかないことも予想の範疇。ここまでの戦いで、コーティが≪白猫≫の動きの癖を掴みつつあることも、そのすべてが作戦通り。


 あとはこちらがあえて隙を見せて、奴が所定の位置へと逃げ込んでくれさえすればいい。

 義手の側面に取り付けられた覆いを跳ね上げ、左手を突っ込んで瓶を捨てる。地面に落ちたガラス瓶が整えられた平らな石の床の上で跳ね、バラバラに砕け散る。少しだけ残った浄水が、平らな石の床に水のシミをつくった。腰元のポーチから取り出した替えの瓶を叩き込むと、距離を置いて飛翔する宿敵を睨む。


 さあ、反撃の狼煙をあげよう。


「……受け取れ、≪白猫≫」


 これこそが、この国最高の頭脳と共に編み出した、「単騎で白猫とやり合う術」。


 あらかじめ広間中に張り巡らせておいた≪鋼糸弦(ドラート)≫の先には、天井を這いまわる鉄の管の数々。掴んだ糸を軽く引き、張り詰めた糸の調子を確かめて。

 ここは王都の上水施設。街中に張り巡らされた水道の心臓部。それこそが、この機械室を決戦の場に選んだ理由。


 一気に左手を引き寄せる。思い切り、それこそ体重をかける勢いで手繰り寄せながら、糸を伝って起動陣を叩き込む。その糸の先には返し付きの楔が一つ。王子の緻密な計算を元に仕込んでおいた武器の一つ。

 先端のみを金属で、その他はあえて木で。そうして作られた特注の楔は、返しが付いた先端部の中が削られている。そこに満たしていた浄水が、一気に楔を自壊させたなら。

 瞬間、侍女は腹の底から叫んだ。


「私たちを、舐めるなッ!」


 王子と侍女。二人で手を携えて張った罠が、とうとう真価を発揮した瞬間だった。


 コーティの左側で響く、まるでやかんでお湯を沸かしたような甲高い音。楔の消えた金属管の穴から、外へ蒸気が一気に噴き出す。


「うわッ!? ギャッ!」


 直後、石の柱を崩しながら、コーティの目の前に≪白猫≫が落ちてきた。


 突然噴出した猛烈な圧力。それを無防備な背中にしこたま叩き込まれた≪白猫≫。石柱を突き破っても勢いは止まらず、化け物がコーティの眼前に叩きつけられる。


「思い知れ……!」


 これが、コーティの復讐の、はじまりの一撃。

 左手に魔法陣。第五世代の衝撃波で、地面に転がる化け物の位置をずらして次の位置へ。


 視界を左から右へ、≪白猫≫の体が吹き飛ばされて、勢い余って反対の壁に打ち付けられる。


「思い知れ……っ!」


 右上方、天井付近に通された配管。そこに差し込んでおいた楔付き≪鋼糸弦(ドラート)≫の位置はよく覚えている。目を細めてようやく見える太さの糸を、コーティは手袋を嵌めた左手でひっつかんだ。

 ピン、とまるで弦をはじいたかのような音が響く。壁際の金属管、その繋ぎ目に注意して差し込んだ楔が崩壊し、中を循環していた蒸気が逃げ場を探して一点を目指す。


「思い知れッ!」


 まるで白い槍のごとく噴出する高圧蒸気。その先にあった≪白猫≫の体が、再び弾け飛んだ。


「あああああッ!?」

「思い知れ、≪白猫≫ッ!」


 悲鳴の源、その落下点に照準。今度は義手の≪鋼糸弦(ドラート)≫を射出。落下寸前に受け身を取ろうとした≪白猫≫の右後方へ錘を飛ばす。

 目には見えない、しかし確かにそこにある何かに、渾身の一撃は確かに絡んでくれた。同じ場所に衝撃波の魔法。……奴の体重はその辺の子供とほぼ同等である、そんな先人の研究があったからこそ使える一手。

 天井へと噴き上げられた≪白猫≫は、しかし体勢を崩したまま翼を滅茶苦茶に振るってみせた。銃弾など比較にもならない勢いの蒸気を受け止めたからか、はたまた地面に叩きつけられたからか。彼女の体から真っ赤な血が撒き散らされて、周囲にパタパタと振り注ぐ。

 見上げるコーティの目に、ケトの苦悶の表情が映った。


「痛ッ……!」

「その程度で、痛いなどとッ!」


 効いている。コーティの攻撃が、あの≪白猫≫に効いている。

 敵の翼に巻き付けた≪鋼糸弦(ドラート)≫を、力任せに引っ張る。一瞬だけ義手の魔導瓶を起動させれば。ああ、この義手に、糸を自動で巻き取る機能までつけてくれたルイスに、ありったけの感謝を。


「教官は、もっとたくさん血を流したんだッ!」


 再び地面に落ちて来た≪白猫≫は、咄嗟に魔防壁を張ろうとしたのだろう。

 それを許すつもりはなかった。ポーチに左手を突っ込み、探り当てた小さな陶器の入れ物を放り投げてから、コーティはすぐに近くの柱に身を隠す。地面に落ちたそれは地面で粉々に砕け、同時に起爆。


 ルイスが持たせてくれた奥の手の一つ。魔法によって生じる損失を極限まで高め、結果として大の男を昏倒させるほどの威力を持たせたというそれは、魔導閃光弾と言う名前らしい。

 猛烈な光と炸裂音。コーティが遮蔽物越しに目を閉じて、耳を手で覆ってもなお入ってくる鋭い音。


 それらが収まるなり、コーティは柱から飛び出した。


「貴様よりも痛かったんだ。教官は……教官は、それでも最後まで戦い続けたんだッ!」

「うあああ……っ」


 閃光をもろに浴びた化け物。咄嗟に両手で目を庇ったのは流石だが、その程度で防げるほど、こいつの威力は弱くはないのだ。距離を取り、ちゃんと身を隠したコーティですら感じる耳鳴り、その威力は折り紙付きだった。

 巻き付いたままの糸のおかげで、≪白猫≫の位置は分かっていた。あとはもう、前後不覚に陥っているであろう敵に向かって突撃するのみ。


「≪白猫≫ッ!」

「……あう」

「貴様が殺したんだ、全てそうだ! 教官を、私の全てを、あれからの三年を! ……だから!」


 ≪白猫≫がそれでもこちらを向いたからには、閃光弾すらも彼女に対して所定の効果を発揮できた訳ではないのだろう。苦し紛れに振るわれた彼女のロングソードは、しかし的確にこちらの位置を捉えていたせいで、コーティにはかいくぐる必要があった。

 目を何度も左手でこすり、傷ついた体を庇うように少女が下がる。化け物の聴覚はまだ死んでいない、こちらの声を捉えている。彼女が目を閉じながらもコーティの方を向き続けるから、それが分かった。


「覚悟ッ!」

「……ッ!?」


 コーティは≪白猫≫に飛び掛かり、華奢な肩を力任せに押し込む。心のままに叫び散らした言葉。それこそが、コーティが三年間、本当に言いたかった言葉。

 ケトの姿勢が崩れる。仰向けに倒れる体、尻もちをついた彼女へと、コーティは馬乗りになるようにのしかかって。


「私、私は……ッ!」


 ようやく叩きつけることができる。ようやく知らしめることができる。

 渾身の力で振り上げた義手。狙いは腹、奴に致命傷を与え、地に縫い留めるための一撃。足りない腕力は魔法の圧力が補ってくれる。銀の目を歪ませて、それでもこちらを睨んだ少女の目の前で、刃が鈍い光を放った。


「私は貴様に負けられない!」


 負けた痛みを知る自分が、命の果てに紡いだ一閃。

 このために生きて来た。このためにすべてを捧げて来た。


 渦巻く熱が、命の輝きが、コーティという人間のありったけを、限界を超えて滾らせる。目元が酷く熱い。腹の底で凝っていたやるせなさが熱となって、脈動と共に体中を駆け巡る。それがうねりを持って上がってきて、薄く張った涙を振り払ったコーティは右手を振り下ろした。


 侍女のすべてを賭けた一撃。それは宿敵のど真ん中へと吸い込まれて。


「……!」


 けれど、その体に届く直前に義手の刃が止まる。同時に薄い青、魔法の青を見る。

 次の瞬間、ひしゃげていたのは、コーティの刃の方だった。


「……ふざけるな」


 決して大きな声ではなかった。

 それでも、コーティが組み敷いていたはずの彼女の声は、はっきりと聞こえた。噴出した蒸気で蒸し焼きにされつつある戦場すらも、すうっと冷えた気にさせるほどに重い声。圧力を伴って、響き、這いまわり、コーティの心を撫でるように異物が触れる、そんな感覚。


「……え」


 その時、コーティは確かに≪白猫≫の纏う空気が変わったことを察知した。疑問すら浮かぶ前に、本能のまま距離を取る。間に合わないと分かっていても、そうせずにはいられなかった。


 一拍置いて、周囲を魔法の暴風が吹き荒れた。

 為す術などなかった。自分の両足が宙を浮く、圧力で弾き飛ばされる。猛烈な勢いで迫りくる圧迫感に華奢な体が耐えきれるはずがない。せめて受け身だけはと咄嗟に体を丸めながら、コーティはゾッとした。


 なんだ、何が起きた。自分は確かに振り下ろしたはずだ。最後の一撃を叩き込んだはずだ。


「なっ!?」


 すべては一瞬のうちの出来事。復讐が遂げられていたはずの瞬間に、宿敵の返り血にまみれているはずの瞬間に。なぜか自分は弾き飛ばされている。自分は怖がっている。


 龍の逆鱗。頭の中にポツンと浮かんだその言葉に戸惑う。なんだ、逆鱗って、奴は≪白猫≫だ、白い猫のはずだ。

 弾き飛ばされる直前に、確かに感じ取った違和感。それが全身に悪寒を走らせたことにすら、コーティは気付けない。


 受け身を取り損なって、地面に叩きつけられる。肺の空気が呻き声となって飛び出して、けれど打ち付けた体の痛みも気にならず、コーティは必死に顔を上げる。「食われる」と無意識に呟いた悲鳴は、咳となって飛び出した。


 揺らぐ視界に映るのは、真っ白な煙だらけの空間。その白い蒸気を割るようにして、額からダラダラと血を垂れ流しながら、体のあちこちを真っ赤に染めながら、≪白猫≫がゆらりと立ち上がる。


「……思い知れ、だって?」


 静かな声だった。けれど確かに怒りは伝わった。


「おまえがそれを言うのか。わたしたちを傷つけ、壊し、すべてを奪おうとした人間が」

「奪ったのは貴様の方だ!」

「黙ってよッ!」


 世界の全てが委縮する。銀の声で空気が恐怖に揺れる。瞳を爛々と光らせた化け物が、その一歩を踏み出す。


「ねえ、分かって言ってるんだよね?」

「な、何を……!」

「わたしのおねえちゃんを傷つけたのは誰? わたしの町を襲ったのは誰? わたしのママとパパを殺したのは誰? わたしの村の人を皆殺しにしたのは誰?」

「……殺した? 何を!」

「全部おまえらじゃないかッ!」


 少女が激高する。小さな体に怒りを宿し、血に汚れた銀の髪を振り乱して。


「おまえたちが襲ったんじゃないか、おまえたちが傷つけたんじゃないか、おまえたちが壊したんじゃないか!」


 少女が侍女を睨む。まるで相手を射抜かんばかりに、激情を隠そうともせずに。


「思い知れだって? 負けたくないだって? ……おまえに、おまえにだけは言われたくない!」


 コーティの口元が引き攣った。

 こいつ、何を言っている。殺した? 襲った? いいや、違う。殺されたのはコーティの大事な人だ。傷つけられたのはコーティの大切なものだ。

 なのにどうして。どうして奴が怒っている。私が一体誰を殺したと……。


「返して。ねえ返してよ。早く、わたしの大切な人を返して!」

「わ、訳の分からないことを……」

「おまえが教官とかいう人を殺されたって言うなら、わたしにだって返してもらう権利あるって思っていいよね、ねえ!」


 気圧されかけたコーティは、しかしケトの口から出た、教官、の響きに頭をはたかれたような気になった。

 そうだ。奴は教官の仇、何と言われようがそれは変わらない。血走った目でコーティは叫び返した。


「人の心も知らない化け物め、私を誑かそうと言うの!?」

「おまえ、コーティって言った? さっきから自分が何言ってるか分かってる?」


 押されるな、コーティ。奴は私を揺さぶろうとしているだけだ。滅茶苦茶なことを言って、こちらの気を逸らそうとしているだけなんだ。今は奴を殺すことだけに集中すれば……。

 視界一杯に広がる銀色の目が、蔑むように歪んだ。


「……わたしに言うだけ言っておいて、いざ自分のこととなると、おまえは直視もしないんだね」

「……ッ!」


 心を視られた……? そうだ、奴には読心能力があるって、自分は知っていたはずじゃないか。


「許さない。おまえみたいな人間は、このわたしが許さない!」

「い、今更です。貴様は私の宿敵、この手で殺すことに変わりなんてない!」


 かりそめでもいい、気合を入れろ。

 迷うな、ためらうな。この程度の揺さぶりで怯む程、自分の苦しみは簡単なものじゃない。

 右手の義手を構え直し、左手で予備のナイフを抜く。落ち着け、こういう時は状況を整理しろ。魔導瓶はまだまだいくらでもある。銃弾は残り二発残っているし、隙さえあれば、銃身ごと予備と交換することだってできるはずだ。


 立ち上る陽炎の中で、≪白猫≫がふわりと宙に浮いた。白く煙る地面を這うように、コーティは姿勢を低くした。


 飛び出したのは、両者同時だった。


「うやあああああッ!」

「あああああああッ!」


 先程までは腹を見せていたロングソード。それが今や鋭い刃が向けられている。

 奴は今まで手加減していたのだ。コーティは今更になってそれに気付く。


 唸る剣筋を紙一重で躱し、予備に携えていたナイフを振るう。軽く一瞥をくれただけで、≪白猫≫は展開した小さな魔防壁で防いでみせた。構わずコーティは、右手で発砲。ロングソードに命中して、金属の欠片が飛び散る。滅茶苦茶に跳弾した鉛弾が壁に弾痕を刻み付けた。

 気にせず剣を振りかざした≪白猫≫に向かって、苦し紛れの体当たり。けれど≪白猫≫に左手を掴まれたコーティは、そのまま投げ飛ばされた。

 受け身を取りつつ、侍女は第四世代収束光槍を発射。少女も第三世代魔法を力でねじ伏せ無理やり照射。互いに照準は甘く、体をかすめた光をものともせず、再び二人距離を詰める。


「どうして襲ったの!? どうして殺したの!? どうして傷つけたの!?」

「化け物が言うことか!」

「答えてよ、人殺しッ!」

「人殺しは貴様だッ!」


 至近距離で放った光槍魔法が、≪白猫≫の腕に血の筋を入れる。直後、見えない翼に思い切り頬を張られ、首が折れたような衝撃が走る。よろめいた隙を狙う剣が迫っているのはもちろん分かっていて、だから全身をバネのようにしてコーティは伸びあがる。義手を思い切り振り上げ、相手の剣をしこたま殴りつけた。

 金属同士がぶつかる音、裂帛の火花と刃の破片。力では遠く及ばなくても、武器の硬度は常識の範囲内。度重なる酷使に耐えきれなくなったように、≪白猫≫のロングソードが中ほどから折れた。鈍い音が反響し、剣の破片が降り注ぐ中で、そのままコーティは左手のナイフを投げつけた。迷わず顔面に飛んだ短剣は、しかし翼に弾かれケトの頬を切り裂くに留まり、ケトが苦し紛れに振るった剣が、今度は侍女の脇腹へ。


 咄嗟に体をひねったものの、折れた金属の先が、コーティのローブを切り裂いた。

 焼けるような痛み。血、血だ。大切なローブを濡らす自分の血が、破けてひらりと舞う白い修道着が、コーティの最後の箍を外した。


「教官のお召し物に、血を付けたなあッ!?」

「だから何ッ!?」

「死んで詫びろ、≪白猫≫ッ!」

「そっちこそ、みんなに謝れッ!」


 ほんの少し空いた距離。意地でも退くつもりはなかった。

 全力の衝撃波を纏わせて、コーティは義手を叩きつける。少女もまた、白い拳を振りかざす。一際大きな衝撃。魔法が干渉する光が滅茶苦茶に飛び散り、そのまま互いが互いを押し切って。


 少女の右拳が、魔防壁を打ち破って侍女の義手と衝突する。≪鋼糸弦(ドラート)≫の射出装置基部に直撃した小さな手。その小さな指と甲がズタズタに裂けて血を撒き散らす一方で、技術のすべてをつぎ込んだ鋼鉄の義手がひしゃげ、部品が弾けてばら撒かれた。金属片のいくつかが、互いの体に突き刺さる。


「あぐうッ!?」

「ああッ!?」


 痛みに銀の目を歪めたケト、義手の骨格すらも破断したことに動揺を隠せないコーティ。血を垂れ流しながら、互いを射殺さんばかりに睨み合った一瞬。


「はあああああッ!」

「うやああああッ!」


 もはや理性などどこにもなかった。互いに咆哮を上げて、ぶつかり合うしかなかった。


「よくも、私の右腕までッ!」

「返してよッ! わたしの大切な人を!」

「返すのは貴様だ、化け物ッ!」

「逃げるなッ! 卑怯者ッ!」


 少女が左手で折れた剣を。侍女は壊れた魔導義手の先に魔法陣を。防壁と剣が再びぶつかり合った瞬間、真正面から受けたあまりの負荷に、侍女は体が悲鳴を上げるのを聞いた。


「ま、負けるものか……!」

「勝ち負けなんか、知らないよ!」

「それでも、負けられない……!」

「おまえなんかに……!」

「だって、そうじゃなくちゃ、私……!」


 破断した金属と揺らぐ防壁。コーティの全身の骨が軋み、脂汗が滲む。咄嗟に左手をあてがって義手を支えて、それでもなお圧倒的な力に押しこまれ、膝を地面についた。

 関節が一斉に上げた悲鳴を聞きながら、コーティは脳裏で震える手を伸ばした。両手が塞がった今動かせるものがあるとしたら、ずっと前にちぎれてしまった生身の右手だけ。ズタズタに裂けた、ボロボロの、自慢の右腕。思い浮かべて、呼びかけて。

 ≪白猫≫の後方の石壁、そして壁際に等間隔に置かれたいくつもの木箱へと、コーティは存在しない手を伸ばした。


「お願い、どうか……」


 それはルイスの指示の元、寸分の狂いもない位置にコーティが運び込んだ魔道具。その一つに、侍女は起動式を送り込んだ。

 魔導爆弾。第五世代魔法の優れた圧力を活かし、周囲に破片と衝撃波をまき散らす、設置型の魔法兵装。侍女は最後の希望に、縋るように手を伸ばして。

 呼びかければ、声が届けば、魔法はいつだってちゃんと答えてくれる。だからコーティは魔法が好きで、素直さをコーティは知っているから。


「……ルイス、さま」


 ……届いた。私ちゃんと、あなたに手が届きましたよ、ルイス様。


 微笑んで、コーティは叫んだ。


「なら、私と共に死ねッ!」

「……!?」


 侍女の意思を受け取って、芯となる魔導瓶が起動した。

 臨界状態に達した浄水は、周囲の水にも少なからず影響を及ぼす。その理論の通り、通常の瓶のおよそ数十本分にも達する量の浄水が活性化し、瞬時にその体積をおよそ千倍以上ともいわれる極限にまで膨張させた。

 その衝撃は浄水層の外を囲む膨大な数の金属片を一気に外へと押し出す。一つが起爆すれば、近すぎる距離に置かれた隣の魔導爆弾にも影響を及ぼし、更にその隣へと、起動が連鎖的に繋がって。


「――ッ!!」


 爆発が、少女と侍女を一緒くたにして弾き飛ばした。

 両者が咄嗟に張った魔防壁。それに無数の金属片が突き刺さる。けれどそんな薄い壁で衝撃を殺すことなど出来るはずがなく、爆風がちっぽけな人間二人を吹き飛ばして、地下空間を吹き荒れる。壁に当たり反響して、反対側からも推し包むような圧力。体がバラバラにちぎれとんでいく、そんな錯覚を覚えた。

 壁際に置いてあった資材棚は一瞬で灰塵に帰し、近くにあった金属管が一斉にへし折れた。あちこちで破損した装置が一斉に断末魔の蒸気を噴き上げ、その白い煙すらも瞬く間に爆風に飲み込まれていく。石柱は残らず崩れ去り、その破片と共に体を弄ばれた。地面はごっそりと抉れ、ひび割れ、平衡感覚を失いぐるぐる回る視界、生きているのか死んでいるのか、それすらも怪しくて、ただ魔防壁だけが頼りで、薄れる意識に必死に縋りついて。


 純粋な爆発の暴力が、侍女の覚悟も、少女の激昂も、全てをごちゃまぜにして吹き飛ばしていた。


※ここで区切るのも収まりが悪いので、決着までは毎日投稿します。

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