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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第四章 ドレスと帽子とお仕着せと
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たまには二人で抜け出して その2


 そろそろ雨期も開ける時期。雨の間を縫った晴れの日、覗いた青空に待ちわびた夏の色を見た日。


「ようし! 今日はサボるぞお!」


 ≪我儘王子≫が突然そんなことを言い出したので、侍女の視線は一瞬で夏を通り越して冬へと向かった。なんだこいつ、人がせっかく悩み始めたというのに。


「は? 今日は?」

「おう、今日は!」

「今日も、の間違いでしょう。自覚すらないとは呆れてものも言えない……」

「コーティ、命令だ! 今日一日付き合え」


 コーティの苦言もどこ吹く風。やたらと機嫌の良さそうな彼が満面の笑みを浮かべていて、ついでに執務室の隅っこで若い近衛騎士が真っ青な顔をしていた。当番制とは言え、同僚から王子の人となりは聞いているのだろう。面倒なことになると、騎士も一瞬で確信したらしい。

 近衛もいるから二人きりじゃないだろ、と言って、いつからかルイスは気にせずに扉を閉めるようになった。で、実際護衛の立場では何も言えないから、つまりこの部屋は王子の独壇場である。

 場合によって、彼はその近衛すら追い出すこともある。その時の言い訳は、「コーティがいるから危なくないし」である。二人きり云々なんて、もう誰も気にしていないんじゃなかろうか。


 主の青い目に、面倒な意志の光を見たコーティ。彼の我儘にも慣れて来た侍女は、早々に諦めて被害を最小限にとどめる方向へと舵を切った。


「付き合うのは構いませんが、どうしてそんなに意気込んでいるんですか?」

「べ、別に意気込んでねえし……?」

「変な芝居やめてください。なんか寒気するんですが」

「風邪か。残念、コーティお留守番な」


 近衛と目配せ。ヤバい、王子がはしゃいでおられるぞ。

 ルイスに視線を戻せば、まるでいたずら小僧のようなキラキラした目が帰ってきた。どうしてこんなに上機嫌なんだろう。これまでの経験から、絶対碌なことにならないと覚悟を決めた。


「なんだよコーティ、ビビってんのか」

「今までの言動思い返してください。片手間で会議をサボる人が、目の前で意気込んでいるんですよ? 憂鬱になって当然ですって」

「うーん、分かってるじゃないか」


 彼は椅子から勢いよく立ち上がり、にんまりと笑った。


「という訳で。よし、護衛君には暇をやる。コーティは普段着に着替えて南西の通用門のとこに来ること。いいな?」

「え、いやいやいや……! 何するんですか」

「何だよ察しが悪いなあ」

「今ので察することができる人間が一体どこにいるんです!」


 左手をぐっと握って力説してみたものの、彼は見事に≪我儘王子≫であった。

 こういう時のルイスは残念ながら話を聞いてくれないのも分かっているので、侍女は仕方なしに肩をすくめた。


「いい加減説明してください。わざわざ服まで着替えさせるなんて、一体どうするつもりなんですか?」


 彼はにんまりと笑った。


「そりゃもう、街に出るのさ」

「は? 街?」

「おう。お忍びの街歩きってやつさ。……いやあ、これを馬鹿正直に話すとめんどくさくてなあ」


 曰く、護衛やらなんやらの手配、訪問先への策定と先触れ、どの程度公のものとするか……すなわちパレードにするのかどうか、などなど。これでもかつてはルイスも素直に相談していたらしいから、その辺の事情はよく知っているらしい。

 それらをひっくるめて、とんでもない騒ぎになるんだよ、とまとめた王子。

 

「城はともかく、街の復興はほぼ終わったんだ。今更視察も何もあったもんじゃないってんで、最近は定例で定められているものだけ。つまり俺はあんまり外に出てなくてさ、つまらん」

「だからって、内緒で抜け出すなんて……。護衛はどうするんですか」

「護衛ならコーティがいる」

「私は侍女ですってば」


 この腕で護衛なんかできるかという主張を乗せて、右腕を突き出す。指を開けたり閉じたり二回。けれど彼はこちらの心配もほったらかしにして、開け放した窓から朝の日差しを眩しそうに眺めていた。


「こんなにいい天気なんだぜ? 出ない方がもったいないだろ」


 どうやら、今の彼には何を言っても無駄なようだった。


     *


 さて。侍女は困ったのである。


「うーん……?」


 平日の真昼間に戻ってきた使用人寮は、当然とても静かで人の姿など見えやしない。自室に一人で佇むコーティは、備え付けの棚の扉を全開にして頭を抱えていた。


「……普段着?」


 ルイスと出かけるための普段着ってなんだろう。普通、王子と出歩く時って正装に着替えるんじゃなかろうか。お忍びと言うからにはコーティがいつも着ている私服を選べばいいのだろうが、本当にそれでいいのか。しまった、せめてもう少し詳しく行き先を聞いておけば良かった。

 護衛も兼任するからには、すぐ動けそうな服にしようか。そう考えて、吊り下がっているひなびたワンピースを手に取る。いつぞや同室の使用人から「地味」と評された服だが、別に動きにくくはない。


 そもそもコーティは衣装持ちでもないから、いくつかの候補から選べばいいだけ。ところが、これがどうにも難しい。急がないと王子を待たせてしまうし、どうしたら、どうしたら……。


 ちらり、とクローゼットの端に目をやった。そこにあるのは、コーティらしからぬ鮮やかな布地たち。いつぞやのお出かけでライラに勧められるまま買ってきたものだ。

 そうだ、ライラ。今こそお洒落な彼女の助言が欲しい。脳裏に思い浮かべた同僚はやっぱりフワフワ笑っていて、試しに問いかけてみたコーティに向かって、こう言い放つのだ。


「あたしの見立てでは!」


 うんうん。ライラの見立てでは?

 こちらにずびしっと指を突き付けられる。コーティは、開く彼女の口を凝視した。


「かわいくっ!」


     *


 結局服選びにかなりの時間をかけてしまった。

 ルイスにはちゃんと言っておこう。せめて、前日には予定を伝えておいてくださいと。魔導灯の柱にもたれかかるルイスに駆け寄って、侍女は頭を下げる。


「申し訳ありません。お待たせいたしました……!」

「おーほんとに遅いな!」


 なんだこいつ。張り倒してやろうか。

 とりあえず悪口の一つでも吐いてやろうと彼の顔を見たコーティは、けれど言おうとした悪態をどこかに吹っ飛ばしてしまった。


 どうにも、彼の着こなしが思った以上に様になっているのである。

 さらりとした布地のシャツは一番上のボタンを開けられていて、丈夫そうなパンツが普段は見せない荒さを引き立てている。言うなれば、いかにも街中の好青年と言った風情で、商会か何かで対数表とにらめっこしているような、そんな都会的な雰囲気。

 外に出ることが少ないからか、めくりあげた袖から覗く腕が色白ではあっても、ちゃんと筋張った筋肉はなんだかとても新鮮だ。

 そんな彼も彼で、コーティの方を見て目を丸くしていた。


「……そうかお前、そんな服も持ってたっけか」


 その言葉にコーティは我に返った。なんだか一気に恥ずかしくなって、もう悪口どころではなかった。

 今からでも部屋に戻りたい。この服は失敗だったかも。


 少し前に、ライラに連れられて行った呉服屋。中でも、ライラの一押しだったやつを着て来たのだ。

 うるさくない程度にフリルの付いたブラウスに、丈の長い紺のスカート。お腹をきゅっとしめる腰紐も青くて海の色。それから帽子。つばの広いハットには、腰紐と同じ色の帯を巻いてある。こんなものをかぶったのは、十六年生きて来たコーティにもはじめてのことだった。


 コーティ一人だったらまず選ばない服だ。お洒落、なんて世界とは縁遠いコーティの、おめかし用の服である。

 だってそうじゃないか。自分の雰囲気からすると、女の子が過ぎると言うか、ちょっと媚びすぎと言うか……。やっぱり人間には合う合わないというものがある……。


「前も思ったけど、似合うよな。やっぱそういうのも」

「え……?」


 悪口に続いて、頭の中で並べていた言い訳も吹っ飛んだ。


「なんつーか、うん。コーティの髪の色に良く映える。帯の色も合わせたんだな、青に」

「……あ、ありがとう、ございます?」


 ライラが選んでくれたんです、と言おうとした声が詰まってしまった。

 なんだこれ。とんでもなく胸の辺りがむずがゆくなって、コーティはふいと視線を逸らす。彼も彼で、似合うとかなんとか言いながら、あんまりこちらを見ていない気がする。

 予期しないところで彼が歩み寄ってきたような、心構えができていないところを不意打ちされたような。でも、決して嫌な気分じゃなくて。そんな自分に戸惑う時間。

 ……あ、彼が褒めてくれたのに、コーティは何も言っていない。それは駄目だ。


「ルイス様も、えと、よくお似合いです……」

「え、あ、おう」


 もう少し気の利いたことが言えたら良いのだが、残念なコーティにはこれが限界だった。


「……行くか」

「はい」


 どちらともなく、小道を歩みはじめる。

 彼の左隣、それがコーティの定位置になったのはいつからだろうか。いつもの減らず口もつぐんだまま、コーティは彼と二人で足を踏み出した。


※次回は3/14(月)の更新になります。

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