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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第四章 ドレスと帽子とお仕着せと
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叙勲式 その5


 最近どうにも、ライラの視線が生暖かいように感じることがある。


「コーティさんや」

「なんですか?」

「やっぱり、ルイス殿下と仲いいよね」


 こぢんまりとした二人部屋の端と端。ベッドに潜りこんだ後でお互いの方を向く。一日を締めくくるおしゃべりの時間は、いつからかどちらかが寝落ちてしまうまで続くようになった。


「……それはまあ、悪いとは思いませんけど」

「こないだの叙勲式、すごくそれっぽかったし」

「それっぽかった?」

「教わった台詞と違うこと言ってたでしょ」


 確かに言ったが、それはその場の流れというやつである。そもそも先に台本から外れたのはルイスの方で、コーティはそれに乗っかったに過ぎない。


「その後の夜会でも、ルイス殿下の方からコーティに近づいて行ってたし」

「あれは他国の特使様のお相手をされに来ただけですよ。私は関係ないです」

「ふうん、ほんとかなあ?」


 その時のことを思い出してコーティはげんなりしてしまった。

 プレータ・マクライエンとかいう他国の軍人さんと話をしていたら、何故かルイスが乱入してきたのである。外国のお客様の前で、コーティの義手について自慢し出したものだから、コーティは必死に止めたのだ。


 国の顔同士の話だ。確かにカーライルの技術力の高さを見せつけたい、という理由なら分かる。でもその場合、どうして苦労話ばかりする必要があるのだ。「計算したら安全率ギリギリになっちゃってさあ……」なんて細かすぎる話、一体誰が分かると言うのだ。向こうさんだって途中から困ったように微笑んでいたではないか。コーティも三度程主を(たしな)めた後は、諦めて微笑むしかなかった。


 多分だけれどルイスの乱入のせいで、ネルガンの女軍人はコーティに聞きたいことを聞けなかったのではなかろうか。だとしたら、ちょっと申し訳ないことをしたかも。


「でもあたし、コーティのとこに行く前のルイス様を遠くから見かけたんだけどさ」


 布団から覗くライラの顔が、何故かにやけていた。


「なんか心配そうにコーティのこと見てたよ?」

「心配そう? あの人が?」

「うん。遠かったから勘違いかもしれないけどねー」

 

 へえ、とあいまいに頷いた。心配、と言うならコーティはルイスの方が心配だ、とは流石に言えない。


 コーティだって、察しはそこまで悪くないはずだ。その証拠に、ルイスが自分を見る視線に、時折言葉にし辛い雰囲気が混じるのを感じることがある。無理やり表現するなら、悲しそうな顔、になるだろうか。


 まあ実際、彼は一国の王子なんてものをやっているのだから、侍女に話せないことくらいいくらでも抱えているのだろう。仕方ないこととはいえ、それはそれでなんだかもやっとしてしまうコーティがいる。

 そんな気分を振り払おうと、気になったことを聞いてみることにした。


「……ライラの方こそ、誰か気になる人とかいないんですか?」

「……おおお」


 向かいのベッドの中で、何故かライラが震え出した。


「どうしました?」

「コーティの方から恋バナ振ってきた……」

「いえそんな大仰なものでは……」


 ふおーと意味不明な声を上げ、ライラがベッドの中でじたばたと転げまわる。あまりに突然だったので、今度はコーティの方が目を丸くしてしまった。


「いやあ、成長ですなあ。お姉さんは嬉しいよ」

「……成長もなにも、よく聞かれることを聞き返したまでですって」


 そうか、これは恋バナになるのか。そんなことにすら気付いていなかった、と目を瞬く。「今日はお祝いだー!」と騒いでいたライラは、しばらくしてのほほんと言った。


「今は気になる人はいないけど、せっかくならお金がある人がいいなあ」

「ええ……」


 何だか予想外な答えだ。コーティが言えたことではないけれど、なんだか夢がない。もう少しふわふわとした彼女らしい恋バナとやらを聞けると思ったのに。


「そんなにお金にこだわってましたっけ……?」

「これでもお給金の大半は家に入れてるんだよ?」

「ご実家、ですか……」


 そう言えば、ライラの実家は王都にあるのだったか。たまの休日、彼女が帰ることがあるのを思い出した。


「ウチってさ、前の戦争で建物壊れちゃってね」

「え……」

「もちろん国から援助はあったんだけど、それでも建て直すのにだいぶお金使っちゃったわけよ」


 思わず言葉を詰まらせたコーティを尻目に、当の本人はむくりと起き上がる。転げ回ったせいで乱れた毛布を整えてながら、続けた。


「一番上の兄は騎士様で、今は南のマイロに赴任中なんだけどね。稼ぎのいい仕事をっていうんで、あたしに城の使用人の職を紹介してくれたんだ。だから今、私は使用人、ってね」

「……それで、お金?」

「そ、お金。両親もいい歳だし、楽に暮らししてもらいたいじゃない? ……って言いながらちょいちょい散財しちゃうんだけどさあ。困ったよねえ」


 その言葉に、以前二人で買い物に行った日のことを思い出す。そういえば、彼女は自分の買い物そっちのけで、コーティに服を見繕ってばかりだった。

 まじまじと見つめたコーティに、ライラはにいっと白い歯を見せていた。


「まだまだ先だけど、そのうち冬用の外套も出るからねー。コーティにどんな服が似合うか、楽しみだねえ」

「え、また買うんですか?」

「え、買わないの?」


 二人で目を瞬かせて、一拍置いて噴き出した。暗い部屋にしばらくクスクス笑いが響いた後で、コーティは身を起こしてライラの方を見た。


「……申し訳ありませんでした」

「え?」

「ご実家、戦争で壊れたんですよね。なら、それは私たち教会のせいで……」

「ちょっと、コーティ?」


 顔を上げた向こうに、ライラの眠そうな、それでいてまっすぐな表情。


「それ以上謝ったら怒るからね?」


 謝罪を遮った声は、柔らかかった。


「確か壊れた家を見た時は、辛いなんてものじゃなかった。それまではさ、戦争なんてどこか遠くの話で、まさか自分がこんな目に遭うなんて思いもしなくて。これは夢なんじゃないかって」

「……」

「でもね。その後で教会の人たちが、他人の私たちのために復興作業を手伝ってくれた。ていうか、コーティだってその中にいたんでしょ?」

「……それは、そうですけれど」


 三年前、王都で終戦を迎えたコーティたちは、騎士団へ投降し捕虜となった。その後、国からコーティたちに命じられたのは、王都の復興作業への従事。

 敗北した人間の末路として、ありきたりと言えばその通りの罰。半年間ひたすらに働き、その後ようやく南の教会へ帰った記憶は、自分の中にも確かに残っている。そういえば、≪百十四番≫ではなく「コーティ」と呼ばれ出したのもその頃のことだ。


「あたし、その人たちに感謝してるんだ。文句も言わずに瓦礫を片付けてくれてさ」

「……ライラ」

「だから、あたしはあなたにお礼を言いたいよ」


 そんなに良いものではない。口の先まで出かけた台詞を咄嗟に飲み込み、コーティは無意識に毛布を引き寄せて顔を隠した。今のお礼を否定するほど、コーティだって鈍感ではなかった。


「今度また、お休みの日に買い物行こうよ。その時は、あたしの家にも遊びに来て欲しい」

「……ご迷惑でなければ、ぜひ」


 もごもごと、呟く。コーティにはそれしかできない。

 ライラはそんなコーティのことも分かっているよと言いたげに、ちょっとおどけた声で続けた。


「そだ。せっかくなら、ルイス殿下もお忍びで来てもらおうよ」

「なに言ってるんですか」


 こんな話を聞いたばかりなのに、心の浮かびあがるおかしさと、忍び寄ってくる睡魔。我ながら何て呑気さだろう、と思わないこともないけれど。ライラの眠そうな声には、こちらまで微睡に堕とす魔力が秘められているような気がした。

 

「いつかさ……」

「はい?」

「ゆっくりお話しできたら楽しそうだよね……」


 お互い微睡んでいるせいか、ライラが何が言いたいのか分からなくて、コーティは口元を和らげた。意識が堕ちる直前に、心の隙間から漏れ落ちた囁きを聞く。


「コーティと、あたしと、ルイス殿下で、おしゃべりとかさ……」

「それは……」


 目を閉じて、想像してみた。


 大きな食卓を囲んで、自分と同僚とそのご家族と、そして彼がいて。

 無礼講にしようって、前もってルイスに言っておこう。コーティが王子をいじって、王子はやり返して、ライラがすかさず助け船なんて出したりして。ライラのご家族は何て言うか想像もつかないけれど。

 それでも、きっと楽しい食事になるに違いない。


「おやすみ、コーティ……」

「……おやすみ、ライラ」


 もしもこれからも侍女として生きられたなら、そんな日を迎えるのも悪くない。

 決して叶わない幸せだと分かってはいても、夢の中でなら見られそうな気がして。そのまま、コーティも睡魔に身を委ねた。


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