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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第四章 ドレスと帽子とお仕着せと
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叙勲式 その3


 とはいっても、誰かに認められるのはやっぱり嬉しいものだ。できればこんなことではなく、自分の本当の目的を達成した時に褒めてもらいたいものだけど。


 後にも先にも、人生で一番賞賛されている瞬間なのだろうと、ドレス姿のコーティは思った。


「貴女には二度も救われた。この国の王子として、感謝する」

「は」

「そして俺個人からも言わせてくれ。厳しい立場の中、それでも守りに来てくれた君に。本当にありがとう」

「……はい」


 式典用に整えられ、貴族たちがずらりと居並ぶ大広間。しんと静まりかえったその場所に響くのは、賞する側とされる側の声のみ。声に残った温もりを頼りに顔を上げたコーティは、華やかな正装を華麗に着こなすルイスの微笑みを見る。


 まったく。この爽やかな王子様が、今朝酷い寝癖をつけていたなんて誰が信じるのだろうか。なんだかコーティも化かされている気分。

 ひざまずいたままで、コーティは今日しか使うことのないであろう短い言葉を口にした。


「身に余る光栄、恐悦至極に存じます」


 式典でコーティが発する言葉はそれだけだ。説明してくれた文官曰く、公的な式での受け答えには決まった言葉があって、それに(のっと)れば全く問題ないのだと。

 けれど、そこの王子はどうだ。教わった定型文に「本当にありがとう」なんて言葉はどこにもなかった。彼は王子として立っているのであって、「俺個人からも」なんて言う必要はどこにもない。

 窮屈な式典だと嫌がっていたはずなのに。それでもちゃんと心を伝えようとしてくれているんだと感じられる。そこまでされると、コーティだって味気ない言葉だけ返すのもなんだかなあ、と思ってしまうのだ。


 なので、コーティもそれっぽいことを言ってみることにしてみた。


「殿下こそ、我が忠義を捧げる主でございます。その御身に迫る危険、どうして許せましょうか。侍女の身で出過ぎた真似は百も承知、ですが改めてお伝えさせてください」


 目を伏せて、侍女は王子に誓いを捧げた。


「殿下に心からの忠誠を。盟約の時まで、全てはルイス様の御心のままに」

「……コーティ」


 静まり返った壇上に、自分の名を呼ぶ彼の声だけが響いた。

 多分、こちらが予定にないことを言ったから驚いているんだろう。しばらくじっと視線を注いでいた彼は、やがて目を細めて、厳かな声で告げた。


「貴女の忠義、痛み入る。ならば、私もそなたの忠義に応えよう。すべては親愛なる侍女の願いのために」


 自分も彼も、なんだからしくない。見え透いた茶番がおかしくて、顔を上げたコーティは苦笑を漏らした。向かいでもルイスが眉を下げて笑っていて、恥ずかしいやらくすぐったいやら。

 そんな侍女の髪には、この国の紋章の髪飾り。彼からもらった壁と翼の装飾が、黒い髪を彩っていた。


 ちなみにライラはカチコチになって、定型文をそのまま口にしていた。緊張しきっているのが伝わって、それはそれで面白かった。


     *


 まさかこの人が城にいるとは。コーティは内心で驚いていた。


「とにもかくにも、あなたも怪我がなくてよかった」

「いえ、出過ぎた真似を……」

「結果的に間違いは起こさなかったのですから、儂からとやかくは言いますまい。ですが持ち込んだ武器、いくら特例として認められているとはいえ、細心の注意を払って扱いなさい」


 龍神聖教会の長、教皇アキリーズ。王都で見る機会の少ない修道着も、彼が着れば正しく聖職者の趣だ。今は祝いの席、少しくらい着飾っても文句は言われないはずだが、彼は一貫して飾り気のない白ローブを着続けている。


「それは元来人を傷つけるためにつくられたもの。使い方ひとつで取り返しのつかないことになりかねないと、心に刻んでおきなさい」

「はい」


 国と教会の人材交流。そもそもコーティが城に来たのは、そんな理由があったからだ。

 和平と復興の象徴が、刃物と魔導瓶で戦場を引っ掻き回したのは、教皇アキリーズにとって歓迎できることではなかったらしい。特に彼は戦後の武装解除を推し進めた御仁。なおさらのことだろう。

 いやまあコーティにもその自覚はあったけれど。かの教皇から直々に言われてしまうと、コーティには返す言葉もなかった。


「あの……。教皇様はなぜこちらに?」

「今回は例の、ベルエールの件です。施設譲渡から二年、その後の運用について、儂にも参考に聞いていてほしいと。……あそこも元は教会の本山ですから、皆様にお心遣いいただいたのでしょう。いやはや、ありがたいことです」

「な、なるほど」


 なんだかんだで、彼は忙しいお方だ。戦後、教会の立て直しに奔走し、他方で国との折衝にも努める逸材。王都と南の港町とを行き来する生活を送っているのは知っていたが、まさかこんな場で会うとは。

 好き勝手やらかしている身からすると、少しばかり肩身が狭い。今だってきっと迷惑をかけてしまっているだろうし、≪白猫≫を襲えば、迷惑どころの騒ぎではなくなるだろうから。


 彼の言葉は、少しだけ厳しい響きを交えながらも、しかしそれに倍する気遣いを伝えてくれる。想像よりもずっと穏やかにコーティの無事を喜んでくれて、それが何だか申し訳なかった。


 ちなみに言うと、アキリーズはあまり夜会の類には出ないそうで、今日はコーティのためにわざわざ顔を見せてくれたのだとか。「今後も励みなさい」と微笑み、そのまま会場を後に彼を、コーティは深く頭を下げて見送った。


「……」


 肩をすくめて、ほうっと一息。

 果実水でカラカラに乾いた喉を湿らせていたら、なんか偉そうな人々から遠巻きに見られていることに気付いた。値踏みするような視線、とでも言うのだろうか。「あれが例の……」なんてコソコソ話、こちらに聞こえないとでも思っているのだろうか。

 とは言え、自分がルイスのお気に入りというところまで伝わっているらしい。面と向かって話しに来るような人がそれほど多くないのが唯一の救いか。


「和平、ですか……」


 和平とはなんなのだろう。こんな、あからさまな腫れ物扱いをそう呼ぶのだろうか。

 確かに、憎み合っていた三年前からすれば、驚くべき進歩ではある。笑って話し合えるにはまだ時間がかかる、きっとそれだけの話なのだろう。


 許せる人は心が広いな。アキリーズの言葉を思い返しつつ、コーティはそう思った。

 この三年、憎しみだけを糧にして生きて来た女は、まだそこまでたどり着いていない。そう考えれば、今こうして好奇の視線を注いでいる連中の方が、コーティよりも何倍もマシだということだけは確かだった。


「変わった腕ね、お嬢さん」


 ふと、後ろから声をかけられる。思考の海に沈んでいたコーティは、慌てて声の方に振り向き、その先に立つ三人組を見た。


「ごきげんよう」


 彼らに対する第一印象は、この場から浮いているな、というもの。いやまあ、義手にドレスを合わせたコーティが言えたことではないけれど。

 三人組が着ている服は、随分と見慣れない意匠だ。けれど、コーティには分かる。これはおそらく戦人の礼装だ。白地の丈夫そうな上着に、金の装飾が輝く。まったく雰囲気は違うはずなのに、その硬質さは、どこか騎士団の正装に通ずるものがあった。知った顔ではない、一体誰だろうか。


 男が二人、女が一人。その中から、女性が歩み出た。

 気の強そうな人だ、そう思う。彼女は踵を合わせ、伸ばした右手を自分のこめかみの横へ。呆気にとられたものの、やがて、どうやらお辞儀をしているらしいと気付いた。


「ネルガン海軍第一機動艦隊司令補佐、プレータ・マクライエン少佐よ。はじめまして、お嬢さん」

「コルティナ・フェンダートです」


 とんでもなく長ったらしい肩書は耳を通り抜け、ショウサという聞きなれない響きだけが残った。もちろん、聞き返すような愚は侵さない。そんなことをしたら、無駄に話が広がってしまうから。

 とりあえず、コーティも付け焼刃のカーテシーを披露する。社交界でのお辞儀を教えてくれた班長には感謝だ。……右手の手首の角度が上手くつけられないので、左手だけでドレスを掴む中途半端な礼だけれど、やらないよりはマシだろう。


「よろしくね、コーティちゃん」


 差し出されたのは右手。今度はちょうどいい角度だったので、コーティは怯むことなく義手を差し出した。魔法を使って歯車とワイヤーを動かし、プレータと名乗った女の手を挟む。それから、さも今気付いたという様子を取り繕って、侍女は自分の手を見下ろした。


「……申し訳ありません。つい癖で」

「いいえ。すごいのね、その自動義手」

「はい、自慢の腕です」


 ニコリと微笑んだ女性は、そのまま義手の先端を握り返す。もちろんコーティの手に感触は伝わらず、少しだけ力のかかった腕の動きだけが、コーティの肩を揺らした。


 ……ああ、なんかやだな、と思う。

 何が、と言われると上手く言葉にできないけれど。例えば、コルティナと名乗っているのに、コーティと呼んでくるところとか。その微笑みの裏に、油断なく周囲を警戒する狡猾な視線が隠れていることとか。

 

 せっかくなので、コーティは相手をジロジロ観察してみた。長身、白の軍服に隠されてはいるものの、随分とメリハリのある体つきをしている。なんだか女として負けた気分、なんて冗談は置いておいて。


 ……なるほど。どうやら向こうも気づいていそうだ。こちらがまともな侍女ではないことを。


「先程の式典、感動したわ。まるで王子を守る騎士みたいだった」

「ありがとうございます」


 こちらに寄ったプレータが、小首を傾げて見せた。


「どんな気分だった? かつての同志を手にかけた気分は?」


 一言目から随分な物言いである。だが、その口調はあくまで柔らかい。今の言葉でコーティが気分を害すことはないと確信している声色だった。


「特には。……なんといいますか、私の出自までご存じでいらっしゃるみたいで、お恥ずかしい限りです」


 コーティはコーティで、無表情のまま返してやった。

 襲撃をしかけたのは教会の人間。襲撃を止めたのも教会の人間。そんな話は既に皆に知れ渡っているから、別段隠すようなことじゃない。とは言え、中々にえげつないことを聞いてくる。


「ああ、少し不躾だったかしらね。ごめんなさい。この国の文化にはまだ疎くて」

「いえ、事実ですのでお気になさらず。ルイス様がご無事であられたこと、今の私はそれに感謝するのみです」

「あら、優秀なんだ」


 そんな訳あるか、と侍女は心の中で鼻を鳴らした。向こうの揶揄に乗ってやるつもりはなかったので、小さく肩をすくめてから、切り返す一言を発した。


「言葉、お上手なんですね」

「ありがとう。ほら、国と国との交渉事だからね、それはもう練習したもの。でも、若いうちでないとこういうのは辛いわ」

「……マクライエン様は十分にお若いように見受けられますが」

「やだ、もう三十も過ぎているのよ? コーティちゃんこそ、私なんかよりずっと若いのに立派に勤めを果たしているのだから、すごいわ」


 ふと思う。こういう、何が聞きたいのか分からないやり取りは、想像していた貴族の姿に近いものがある。そりゃルイスやロザリーヌが文句を言う訳だ。

 聞きたいことがあるならはっきり言えばいいのに。プレータ少佐の話はそっちのけで、コーティはそんなことを考えていた。


     *


 濃い青のドレスに身を包んだ娘を、王子はそれとなく窺っていた。

 彼女はいつも通り感情の読み取りづらい無表情をしているように見えるが、ルイスには分かる。コーティは絶対に面倒くさがっている。どうやら、相手から趣旨の見えない話を振られているらしい。


 交渉を始める前、場を温めるためによく見受けられる光景。それもコーティにとっては未知の世界のはずだった。これまでそういう世界に触れた試しのないコーティには、ただただ訳の分からない質問を投げかけられているように思えるのだろう。 


「……」


 冬の終わりとつい先日、二度に渡って発生した王子襲撃事件には黒幕がいる。更には、その正体も見当がついている。そんなことを伝えたら、コーティは驚くだろうか。


 その黒幕と目された彼らが、この夜会でコーティに接触するのは予想通りだった。当然だ。連中のたくらみを阻止した武装侍女。興味を持たれないはずがないのだ。


 コルティナ・フェンダートが単騎で複数の敵を相手にできる程の技量を持っていること。些細な異変に対する嗅覚がかなり鋭いこと。咄嗟の判断をためらわないこと。

 そして何より、どの思惑にも属さない一匹狼であり、同時に王子の忠臣であること。


 ネルガン連邦ご一行から見たコーティは、何とも厄介な存在なのだろう。的確に計画の柱だけを折ってくる女なんて、そうそういるものじゃない。


 コルティナ・フェンダートは、確実にその存在感を強めつつある。

 だからこそ、彼女をあえて表舞台に立たせたのだ。今日の叙勲式が、そのための言い訳に過ぎないこと、もちろん本人には一言も伝えていないけれど。

 騎士団のお偉方は、コーティに対して黒幕側から何らかの交渉を持ちかけてくるのではないかと期待しているようだ。ルイスに言わせれば何を馬鹿な、である。


「……マティアス」

「まだです、殿下」


 隣の護衛に焦れた声を向けたものの、彼は詮無く首を横に振った。

 まだ、コーティは黒幕と十分な会話をしていない。言外にそう告げられて、ルイスは聞こえないように舌打ちを漏らす。


 コーティには大切なことを何一つ知らせていないし、今後も知らせるつもりはない。そのことにルイスは苦しんでいて、同時にそんな自分を蔑んでいる。


 ……馬鹿なコーティ。自分が王子を利用しているのだと思い込んで、罪悪感すら感じているであろう優しい女の子。


 本当は逆だなんてこと、今更言えるはずがないのに。

 ルイスの方が彼女を利用しようとしている。ルイスの目的のために、騙すような真似をしてまでコーティを側に置いている。こんなこと、一体どんな顔をして伝えればいいのか。


 王族であることを厭いながらも、王族として物事を考えて、王族として人を使おうとしている自分。これでは、愚王と呼ばれた父親を笑えやしない。


 とまあ、そんな風に一通り自分を卑下したルイスは、けれど胸に灯る仄かな熱に促されて、渋々ながらもう一つの本音と向き合ってみた。


「……コーティ」


 その名を呼べば、その顔を見れば。自分に芽生えた、何とも単純な感情に気付かざるを得ない。


 自分を知って欲しい。彼女を知りたい。打算も策略も、国も役目も、面倒なものは全部捨てて、ただ一人の男として彼女の元へ駆け寄りたい。そう思う自分がいる。

 それはきっと、生物としての本能なのだろう。どれだけ法と政治に縛られたところで、どれだけ難しい言葉を弄したって、人である以上決して切り離せない、そんな欲。

 気になるあの()が、悪知恵を働かせている連中の前にたった一人で放り出されている。それがルイスには許せない。今すぐ隣に行って、庇ってあげたい。


 ……ああもう、自分は本当に面倒くさい男だ。

 なあ、これだけ話したんだ、もういいだろう? 黒幕のネルガンご一行も、コーティが何も知らされていないことくらい分かったはずだろう?

 戦術面で影響を及ぼすことはできても、大局においてコーティに戦略的価値はない。それさえ分かってもらえたら、ルイスにとって今日の式典は開いた価値があるのだ。


「マティアス……!」


 もう一度、近衛騎士の名を呼ぶ。自分でも驚く程に不機嫌な声が出て、マティアスがピクリと眉を動かした。


「……そろそろいいでしょう。彼女一人でネルガンの重鎮を相手にするのは辛いでしょうから」


 その言葉を聞くなり、ルイスは侍女に向かって歩み出した。


 よしよし。自分の我儘っぷりを見せるいい機会だ。せいぜい馬鹿話をして、あの場を引っ掻き回してやろう。

 国と国の交渉の話なんて、彼女には似合わない。自分みたいな人間の屑が、ひいひい言いながら片付けるくらいでちょうどいいのだ。


 コーティには後でお叱りを受けるかもしれない。「国外から来られたお客様にまでご迷惑かけないでください」と、あの落ち着いた瞳で睨まれるかもしれない。


 それでいい。自分と彼女は、それでいい。


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