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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第三章 三年前の亡霊
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雨音、外套を突き抜けて その9


 予想はとうにできていた。

 警護の不在、主の部屋から聞こえた鈍い音、開いたままの部屋の鍵。すべてがコーティの考え得る中で最悪の状況。騎士は頼りにならず、王子の命を狙う刺客はかつての同志であり、そしてコーティ自慢の右手を奪った男。


 ドアを蹴破るなり、壁際に追い詰められた王子と剣を突き付けていた男が目に入る。飛び込むコーティに気付くなり、ルイスから飛びのいた刺客の目に、憤怒の炎が上がるのが見えた。


 投げナイフで刺客の気を逸らし、続けざまに腰元の錘を投げつける。錘の後端に結わえつけられた糸が腰元の箱から一気に伸び、≪鋼糸弦(ドラート)≫は狙い過たず、≪二十三番≫のロングソードに絡みついた。


 床を蹴った直後、しかし水球が視界に飛び込む。こちらの気勢を削ぐための、出力を押さえた衝撃波の魔法だった。コーティが体をかがめた瞬間、それが右肩の近くで炸裂。思い切り殴られたような負荷が肩にのしかかり、しかし重心の移動だけでそれを凌ぎ切ったコーティは、王子を押しのけそのまま刺客に体当たりをかました。


 侍女と刺客、二人でもんどりうって床の上を転がる。無理な姿勢から繰り出される刺客の蹴り、両手で受け止めれば、左腕の骨と義手の外板が軋んだ。


「コーティ!? なんで……!?」


 突然の乱入に固まったままの王子が、青い目をこれでもかと見開いてこちらを見ていた。ちらと見えたその表情に、コーティの腹がふつふつと熱くなる。


 どうしてもっと声を上げないんですか。どうして助けを求めないんですか。言いたいことを口に出す余裕はどこにもなく、コーティはすかさず魔導瓶を叩き起こした。

 出力などいらない。とにかく敵を主から引き離さなくては、今すぐに……!


 瓶が光り、今度はコーティの左手から衝撃波が撃ち出された。床を蹴って更に転がる刺客の頭上で撃発、破裂音が部屋中に響いた。


 流石は元枢機卿傘下の精鋭、上手く動く。刺客は器用に体をひねり、コーティの衝撃波の圧力まで利用して狙った位置へ移動する。

 たった一瞬の攻防で、コーティとドア、どちらも狙える位置へ。すなわち敵は部屋の出口を射角に抑えていて、これでは王子だけ逃がすなんて芸当できやしない。


 ナイフはどこだ。咄嗟に投げつけてしまったのは、左手で鞘に戻す時間すら惜しかったから。≪鋼糸弦(ドラート)≫の錘に持ち替えるため必要な右手を、コーティはもう持っていない。


「使え、コーティっ!」

「……!」


 しかしそれでも、後ろに庇った王子はいつまでも呆けてなどいなかった。

 先程まで体を圧迫されていた痛みに顔を歪めながらも、自分の持っていたダガーを床に滑らせる。コーティは床から起き上がるついでに、抜き身のそれをありがたく頂戴した。


 柄頭にこの国の紋章が刻まれた、両刃の短剣。もちろん観賞用ではなく、騎士団でも採用している実戦用だ。

 順手と逆手に素早く持ち替えてみて、ダガーの重心を探る。使い慣れた刃物に比べて少しばかり重いものの、左手で握る柄にも違和感はなかった。

 立ち上がった刺客もまた、白の修道着の下から刃物を取り出していた。そうさ、互いに知れた仲。先程コーティが投げたのと同じ型のナイフを予備として隠し持っていることも、疑わなかった。


「貴様ッ!」

「……っ!」

「一度ならず二度までも……!」


 憎悪の視線を受け止めながら、侍女は王子を後ろに庇い立ちふさがる。


「退いてください。ルイス様を殺す理由がどこにあるんですか……!」

「今更話す口など持たぬ、裏切り者め!」


 睨みつけられたその目にたじろぐ。額を冷や汗が伝った。

 ダガーを逆手に握りこんだ左手を前に突き出す。刃を体の内側に向けた防御重視の構え、そう言えば聞こえはいいけれど。……ああ、この時点で気圧されている。


「≪二十三番≫……!」

「媚を売って取り入ったか、同志の血を吸ったベッドはさぞかし寝心地が良いだろうな!」

「お願いです、退いて……!」

「黙れッ!」


 苛立ちを抑えきれない刺客の声。それが合図だった。


 コーティが咄嗟に上体を逸らせば、刃が胸のすぐ前を通り抜ける。ヒヤッとした風を感じつつ、反射的に体重を前へ。今度はコーティの方から距離を詰めた。逆手で叩き込む一撃は案の定空振りに終わり、振りぬいた勢いのままで手元で柄をくるりと回す。

 順手に持ち替え、今度は切り上げ。敵の腹を狙って振った刃は、しかし刺客のナイフによって弾かれた。破裂する火花、痺れる左手。こちらの隙を縫って繰り出された敵のナイフが、今度はコーティの左手を狙う。紙一重で肘を突き出し腕を弾いて、辛うじて刃の軌道を逸らすことに成功。


 隙を見切った者が勝利を掴む。どんな戦いでも共通する不文律だが、短剣格闘の場においてはまったく別種の意味を持つ。攻撃と防御の入れ替えが極限まで激しくなる高速戦闘であるが故に、ただ相手を傷つければいいという訳ではなくなるのだ。

 こちらが傷つかず、相手が傷つく状況を作り出す。言葉にすれば簡単な話だが、これを成し遂げるのが格段に難しくなるのだ。


 避けるにしても、真後ろに下がればすぐに追い詰められる。こちらの刃先は届かず、敵の切っ先から逃げ続けるだけでは己の死を数瞬先送りにするだけ。

 斬撃ではなく、敵の刺突のみを狙って前に踏み込む。その際に刃を躱すことで、ようやく反撃と相成るのである。もちろんそこに魔法の入る余地など欠片もない。収束させるのも指向性をつけるのも、この場においてはあまりに時間がかかりすぎるのだから。


 銀の軌跡が空を切り、あるいは火花を散らす。順手から逆手、手の中で柄を回す。敵の腕を狙いながら、けれどコーティは脇を閉め左に一歩。一瞬前まで腹のあった場所、今は義手のある場所に繰り出された攻撃が、義手の表面に切り傷をつけた。

 すかさず右腕を外側に突き出して、敵の体に隙を作る。けれど刺客も刺客で、怯まず手を突き出してきた。互いの腕が交差し、相手を絡め取ろうと動く。


 まだ修道院にいた頃、こういう組手は訓練で何度もやった。腕の長さで大人にはかなわないものの、瞬発力では負けなしのコーティなのだ。動きだって体に染みついている、そのはずだったのだが……。


「そんな腕でやり合おうなどと!」

「ぐっ……!」


 コーティの右腕。いくら義手があるとはいえ、どうしても庇ってしまうのは避けられない。

 隙を埋めるだけの余裕はなく、そんなコーティに刺客が気付くのも当然のこと。鋭い刃の前に夏用の侍女服の袖が裂け、布の切れ端が宙に舞った。


 刃を引き戻しつつ斜め後方へ体を逃がせば、鋭く光る切っ先、命を削り取る刃が目と鼻の先を通り過ぎていく。コーティの後ろには非力な王子がいる。下がれる空間が限られてしまうのは明白だった。


「なあ三桁!」

「っ!」


 刃を刃で受け止める。すかさず踏み込まれ、左の拳が飛んできたのを、更に一歩下がって回避。歯を食いしばったコーティは、しかし次の言葉に目を見開いた。


「貴様、≪十三番≫の敵を取ろうとしているそうじゃないか!」

「っ!?」


 重心がぶれる。咄嗟に横へ一歩、刺突に黒髪の数本が舞った。なぜそれを、と聞く前に、敵の嫌な笑みを見た。


「はッ、図星とはな!」

「それをどこで……!?」

「聞かせろ三桁!」


 このままではジリ貧、それが分かるから前に出る。二振りの短剣が弧を描き、致命傷を、あるいは腕への流血を狙う。ひらめく敵のナイフがコーティの左手に血の筋を刻み付けたのに、こちらの反撃のダガーは届かず、距離を取れば急所を狙った蹴りがついてきた。

 歯を食いしばりながら、付き出された右足を義手で弾く。そのまますぐさまダガーを体の右側へ。相手は突進の勢いを殺さず、流れるような刃の二連撃。必死に受け止めたダガーが軋る音を立てていた。


「貴様と我ら、何が違う!?」


 もう一歩後ろへ。そろそろ後がないのに、焦る心ばかりが空回り。


「同じではないか!」

「ぐッ……!」

「貴様の復讐が許されて、我らの復讐は許されない。よもやそんなことを言うつもりはないだろうな!?」

「そ、れは……!」


 うろたえるな。手数がモノを言う戦闘で迷いなんて見せた日には……。

 突き出された腕を咄嗟に抱え込み、自分より大きな体を力任せに引き寄せた瞬間、みぞおちに逆襲の膝頭がめり込んだ。潰れた息をそのままに、ふらつき、必死になって刃を避ける。咳込んだら姿勢が崩れる。悲鳴を上げる肺を無視するも、次々と繰り出されるナイフが更に迫り、更に一筋、左腕から血が飛び散った。


「貴様、我らと何一つ変わらない癖によく言う! ≪十三番≫が聞いて呆れるぞ!」

「……っ」


 そのくらい、コーティだって分かっている。


 自分の復讐は良くて、彼らの復讐は駄目? そんな理屈、誰が聞くというのか。

 この一点に関して、彼らは正しい。矛盾しているのはコーティの方だ。軸が定まっていないのはコーティの方だ。かつての同志の怒りに、コーティは何も反論できやしない。


 貴重な最後の数歩を一気に下がりながら無理やり叩き込んだ光槍魔法は外れ、コーティは歯噛みする。

 瞬発力と目が命の戦闘。魔法を展開する隙など見せた日には、それこそ敵の思う壺なのに。刃だけで受け止め続ける自信がなかった。こんなこと、教官に知られたら大目玉を喰らいそうだ。

 結局、右腕を失ったコーティにとって、苦手とする状況に追い込まれつつあるのである。手数の多くならざるを得ない高速戦闘が、こちらにとって最も避けたい状況であることは、敵だって理解している。激高しているように見えて、あくまで奴は冷静だ。

 ナイフを構え直し、かつての同志は侍女を睨む。


「信じたものが悪だ、愚かで馬鹿な考えだ。この国は、決まって我らにそう言う」

「……けほっ、けほっ、ですが、必要なことでした! 私たちは負けたんですから!」

「……そうだ。貴様のように、大半の軟弱な教徒はそれを受け入れた。貴様たちは教義を捨て、歪んだ秩序に尻尾を振った」


 ようやく吐いた息に肺が不調を訴え始めた。互いに刃物を付き出し牽制しつつ、横へ一歩、もう一歩。腕二本と少しの距離を開けて睨み合いながら、刺客は軋る声を出す。


「逃げ込んだ町で、紛れ込んだ王都で。誰も枢機卿閣下を気にもしないと知る度に、私は己に問いかけた。……我らが為したことは何だ? あれだけの理想郷を目前にしたにもかかわらず、たった一日で一転した、あの戦争は夢か幻か、とな?」


 ジリ、とほんの少し刺客の右足が前へ。


「否、答えは否だ! 誰もが知るように、枢機卿閣下は確かに理想郷を作り上げようとしていた。だが、愚かなこの国の連中によって、そのお考えは永遠に闇の中に葬られたのだ。ご意思を継ごうとも思ったが、私のような愚鈍な頭では、閣下のお考えなど想像もできず……」

「……」

「もう戻らない、戻りはしない! この国は決してなくしてはならない宝を自らの手で葬り去った!」


 刺客の顔がくしゃりと歪む。まるで幼子のように頼りない視線をふらつかせ、血反吐を吐くかのように彼は言葉を紡いだ。


「ならば、こういうのはどうだ」


 片手を付き出したまま、彼は言う。その声はまるで戯曲を読み上げるような響きを持っていて、コーティはかつての演説を連想させた。枢機卿カルディナーノ。彼は部下の前で話すとき、必ず朗々と声を張り上げていた。まるで演者のように。理想の指導者はこうあるべきとでも言いたげに。

 真似しているみたいだ。そんな感想が頭の隅をよぎった。


「もう救えないなら、壊せばいい。この国を救いようのない未来から解放し、よりふさわしい導き手に渡してやらねば、とな!」


 間合いに入ってきた男の顔。咄嗟に張った魔防壁でナイフで受け止め、反発力で弾き返す。

 魔法へ意識を持っていかれるのは悪手と分かっていたものの、腕一本で奴のなりふり構わぬ攻撃を捌ききれる自信がなかった。せめて防壁を体の右側に張り続けておくことができれば、あるいは……。


「貴様に、邪魔はさせんッ!」


 やはり悪手だ。そう思った時には青い壁の端すれすれに刃が入り込み、しかし刃へ集中しなおす暇をコーティには与えてくれなかった。

 迫る刃、無理やり振るったこちらのダガーはあっけなく弾かれて腕が外を向く。そのまま思い切り腕を引き寄せられ、続く足払いを回避しきれず床に尻もちをつく。流れるように振り下ろされたナイフが、そのままコーティの胸を……。


「コーティッ!」


 直後、銃声が鳴り響いた。迫る刺客の肩から血が吹きあがり、咄嗟に横へ転がったコーティの顔のすぐ脇に刃が突き刺さった。

 驚いていても、体は素直に動いてくれた。相手の足のあろう場所に足払いをかけつつ、侍女は上体を起こす。広がる視界に映るのは、驚きと痛みに目を見開いた刺客の姿。敵は動きを変えていた。反転し、飛びのいて、それを追うように更に二発目の銃声。


「ほら立て! 何ぼさっとしてんだ、主がやべえんだぞ!」

「……ル、ルイス様?」


 へたり込みながら見上げた王子が、いつの間にか小さな魔導銃を構えていた。ルイスは刺客から視線を離さず、しかし額に汗を浮かべて呟く。


「ちっくしょう、あいつ滅茶苦茶だけど正論言いやがる。コーティに手を貸してる俺には、正直返す言葉もねえや……」

「……」

「だけどな、そう言う難しいこと全部抜きにして!」


 彼が引き金を絞る。瞬く光、跳ね上がる銃身。三発目、まさかこの銃連射できるのかと、コーティは彼を唖然として見上げた。よく見れば銃身の後ろの円柱型の部品が彼の操作で回転している。


「あいつ何様のつもりだ、ふざけんなよ!? 俺のコーティに好き勝手言ってくれやがって! こっちはてめえに腕まで奪われて、ただでさえ腸煮えくりかえってんだぞこんちくしょうめ!」

「……へ?」


 一瞬何を言っているのか分からなかった。

 今、この状況で、それ? そう思ったコーティはきっと悪くない。復讐がどうのとか、国の行く末がどうのとか。そんな変に拗らせた話をしていたのではなかったか。コーティの腕の話、一体どこから割り込んだ。

 そもそもルイスのものになった覚えはないぞと、そんな軽口すらも出てこなかった。キョトンとしてしまったコーティを他所に、ルイスは怒鳴り続ける。


「良いか、よく聞け刺客!」


 両手で銃をしっかりと構え、魔導拳銃を≪二十三番≫が身を隠した机にピタリと向けた彼。呆けたように見上げて、コーティは彼の横顔に目を見張った。


「コーティはな、こんな俺を助けに来てくれたんだぞ!? 自分が一番迷ってるくせに、悩んでるくせに、滅茶苦茶してるくせに、≪白猫≫以外どうでも良いとか言いながら、なんだかんだで俺を守ってくれるお人良しだぞ!?」

「……ちょっ」


 どさくさに紛れて何言ってるんだ、とんでもなく恥ずかしい。やめて、と言おうとして肺が引き攣った。痛い。


「そんなコーティがいるから、俺は言えるんだよ! お前の言った通り救いようのねえ、……マジでくそったれのこの国だけど、少なくともこいつの願いくらいは叶えられる、それくらいの我儘は突き通せる国にしたい。……そのために!」


 引き金に指をかけたまま、王子は叫んだ。


「てめえなんぞにコーティはやらねえぞ! クソ野郎!」

「ちょっと、ルイス様……」


 支離滅裂だった。

 狙われているのはコーティでなく王子だってこと、この人本当に分かっているんだろうか。この場で彼がすべきは隙をついて逃げ出すことだと言うのに、そんな素振りは欠片も見せない。代わりになぜか激怒して、コーティを庇う。


 必死の形相、冷や汗を流しながら、それでも鋭く睨みつける彼の姿。それを見ていたら、コーティの芯を揺さぶり続けていた刺客の呪詛すらも、その時ばかりは色褪せて聞こえて。


「な、なんなんですか……」


 侍女は思わず、気の抜けた声で呟いてしまった。

 あれだけ悩んでた自分が馬鹿らしいじゃないですか。私、呆れて何も言い返せませんよ、ルイス様。


「……それからもう一つ言っとくが」


 彼が、未だにへたり込んだままの侍女を見る。……なんでこっちを見た? 弾丸を恐れて敵が距離を取っているとはいえ、この状況で刺客から視線をずらしたりしたら……。


「……この銃さ、やっぱ改良の余地ありだ」

「……え?」

「弾が出ねえんだけど……」


 情けない顔で彼が笑って、その人差し指が何度も動いているのに、いつまで経っても銃声が鳴らないことに気がついた瞬間。


「嘘でしょっ!?」


 コーティは血相を変えて跳ね起きる。向こうで刺客も飛び出していた。


「女狂いめッ……!」

「うやッ!」


 左腰の≪鋼糸弦(ドラート)≫をもう一撃叩き込む。錘は左に逸れ、けれど敵は止まらず。とにかくその先にあるものに糸を絡みつかせながら、コーティは丸腰のまま主の前へ飛び出した。


「信じられないっ! 撃てなかったら何の意味もないじゃないですかそれ!」

「だから騒いで時間稼ぎしたんじゃねえか! 察しろよ!」


 何故だか妙に体が火照っていた。今ばかりは冷静とは程遠いコーティなのに、どこかにちゃんと敵の動きを見ている自分がいて。……そう。こういう時に敵は癖を出す。頭の中で、教官がそんなことを言っていた。


 ナイフもダガーもなし。けれど、コーティの武器はそれだけじゃない。

 義手に仕込まれた魔法瓶が光る。本来は義手の指を駆動させるための魔導瓶。それを使って、展開するのは魔防壁。


 けれど守るだけがこいつの使い方じゃないのだ。右手の義手、前腕を覆う鋼板に沿うように防壁を展開。指向性も、収束も、一度つけてしまえばこちらのもの。後は効率と浄水の残量がものを言う世界。


 振りぬかれたナイフと、防壁を纏ったコーティの義手。両者の間で、甲高い干渉音が飛び散った。


「愚か者同士お似合いだ……!」

「だあもう、うるさいッ!」


 なぜだろうか。見知った男があげる呪詛の声が、先程までのように胸に響いてこない。まるで手垢にまみれた、ごみ箱の中のガラクタのように感じられてしまって、コーティは怒鳴り散らした。


 袈裟懸けに振るわれた刃を、義手で受け止めて流す。そのまま、魔防壁の出力を上げる。本来であれば、しこたま殴りつけたところで、コーティの腕では間合いが遠すぎることは分かっている。もう一工夫必要だった。

 展開したままの防壁を、そのまま衝撃波として撃ち放つ。轟音、窓ガラスがギシギシと軋み、≪二十三番≫の体が吹き飛ぶ。その勢いのまま、コーティは叫んだ。


「……なんなのもうっ! この王子、言いたいことばかり言いやがります!」


 本当に、この人と話していると。些細なことで悩んでしまう自分が馬鹿らしくなって、時には素直に騒いでもいいんじゃないか、ってそんな気分になってしまって。


「だいたい、私、私だって……!」


 全力で踏み込み、同時に≪鋼糸弦(ドラート)≫を巻き取りながら、侍女は腹の底から喚き散らした。


「この手をいただいた御恩くらい、お返ししたいと思うのですよ……!」


 もう一度、右手に防壁を展開。糸を絡みつかせていたロングソードの柄が左手に手元にやってきたならば。


「私によく似たルイス様ッ!」


 いいだろう。今しばらく、彼の狂言に乗ってやろう。


 義手の外板、その隙間からキラキラと輝きを放つ魔導瓶。

 光れ、光れ。もっと明るく、夜を切り裂け。コーティは義手に呼びかける。


 お願い。明日また、私が彼に悪口を叩くための力を……!


「今しばし、私の復讐に付き合っていただけますね!?」

「おうよ、任せとけ!」


 立ち上がった刺客、その手でひらめくナイフを、左手のロングソードが捉えた。火花、武器自体の長さで押し切り、敵の腕を刺し貫く。苦悶に歪んだ表情の刺客に向かってもう一撃衝撃波、敵の腰元の魔法瓶を全て叩き割る。勢いは止まらず、コーティは自分の体全てをバネのようにして飛び上がった。


「貴っ様あ……ッ!」

「刺客の御託はもうたくさんッ!」


 その顎に、コーティの右膝がめり込む。ごり、と嫌な音が鳴って、勢いよく噴き出た鼻血を靡かせながら、刺客は後ろへ倒れた。


「……はっ、はっ、はっ」


 心臓がはち切れそうなほどバクバク鳴り響いていた。


「さ、三桁風情が……っ!」


 痛みにのたうつ刺客から、苦悶の呻きを聞く。その声が、コーティに啖呵を切らせた。


「何が≪百十四番(三桁)≫ですか! 私にはコーティってちゃんとした名前があるんです!」


 うずくまったまま、苦々しげに睨まれる。銃で撃ち抜かれた上に剣が刺さったままの左腕。どくどくと血を流し、堪えるような声を出した。


「なぜだ、何故庇う! 貴様こそ王子を破滅に導く悪魔だろうが!」

「いやあそんなこと言われても……。俺ここでコーティに見捨てられた方が傷つくんだけどな」


 刺客の言葉にたじろぎかけたコーティは、けれど能天気な王子の声に救われる。ちらりと見やれば、ルイスはちゃんとコーティを見てくれていて。大丈夫、彼は分かった上で隣にいてくれるのだから。なんだかホッとしてしまって、ルイスが浮かべる微笑に気を取られてしまっていると。


 待望の音が聞こえた。

 外から響く足音。鎧をつけた重そうな音。王子と視線を合わせたのはほんの一瞬、コーティは叫んだ。


「賊だ!」

「ルイス様はここです、急いで!」


 次の瞬間、扉が勢いよく開かれた。


「殿下ッ!」

「おう、遅かったな」

「ご無事で!?」

「見ての通りだ。またコーティに助けられたよ」


 先頭きって入ってきたのはマティアス。既に彼は剣を抜いており、険しい顔をのぞかせている。その後から完全武装の騎士たちがわらわらと続く。「コーティ!」と叫んだライラを見て、ああ、ちゃんと役割を果たしてくれたんだと安堵しながら、コーティはルイスともう一度顔を見合わせた。

 彼の青い瞳に映っているのは、肩を上下させる自分の姿。なんとなく二人で苦笑を漏らしてから、ルイスは王族としての仮面を被り直したようだった。

 先程までと打って変わった、威厳ある声がその証拠だった。


「何をしていた! 賊が城内に入り込んでいるぞ」

「申し訳ありません! 現在緊急で伝令を遣わせています」

「指揮系統が攪乱されている可能性がある。マティアス、悪いが指揮権を一時もらうぞ」

「はっ!」


 騎士たちに続いて最後に入ってきたずぶ濡れのライラと、破れた侍女服を身に纏うコーティ。二人、気の抜けた視線を合わせながら、侍女は半ば確信に近い予感を抱く。


 きっとまだ、夜は長いのだろう。

 だが、いずれにせよ、自分の使命は彼の隣で共に朝を迎えること、それは変わらない。


 騎士によって縛り上げられる≪二十三番≫から視線を離す。コーティはルイスのダガーと自分のナイフを拾い上げると、ルイスの側へと向かった。

 カーテンの隙間から覗く雨の夜空に、コーティはそっと呟いた。


「……教官、申し訳ありません」


 後でいくらでもお叱りは受けますから。

 だからほんのひと時でいいのです。≪白猫≫への復讐の前に、寄り道することをお許しください。 


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