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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第三章 三年前の亡霊
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雨音、外套を突き抜けて その7


 寝室のベッドの端に腰かけて、ルイスは深々とため息を吐いた。


 嵐の夜だ。分厚いカーテンに遮られていても、激しく打ち付ける雨の音は部屋の中まで届く。一度だけとは言え、稲光か何かが外を照らし出していたから、城中の人間が安眠を妨げられているはずだ。


「……俺も覚えたほうがいいかもなあ、護身術」

「そもそもそのような状況にはさせませんよ」


 部屋にはルイスの他に、マティアスの姿もある。彼は律義に扉の横に立ち、まるで銅像のように微動だにしない。

 一度は自分のいる部屋を変えることも考えたのだが、結局ルイスはいつもの寝室にいる。それもこれも、正体不明の内通者のせいだ。


 状況から見るに、情報漏洩はどうしても疑わざるを得ない。近衛隊を中心に全力で探っているものの、どうやらそいつはかなり狡猾らしい。正体の把握には時間がかかると、マティアスから申し訳なさそうに報告されれば、自分はそうかと答えるしかなかった。

 王子の移動、もしくは替え玉。それに気付かれたら一巻の終わりだ。そう判断した近衛騎士団は、この西支城を起点に幾重もの警備を敷いたそうだ。なるほど、正面切って護衛を排除しなければ王子を襲えない布陣にしてしまえば、小細工の利かせようもなくなる。単純だが、その分強固な策だった。


「なあマティアス」

「は」

「コーティどうしてるかな?」

「寮で待機しているでしょう」


 作戦中、この男が必要な言葉しか返さないのは知っている。多分、前回裏を掻かれたことを気にしているのだろう。暇だから喋り相手くらいになってほしいのに、今日は特に酷い。


「悪いことしたなあ……」


 ベッドの上に転がって、ため息を吐く。この間の休みに押しかけた彼女の部屋で交わしたやり取りを、ルイスは忘れてなんていない。コーティがそこまで言い張るならと、一緒の部屋にいてもらうつもりだったのに。

 昼過ぎに騎士団から緊急の報告を受けてから、コーティに会えないままで来てしまった。後で文句の一つでも言われそうだ。


 ちらと部屋の端の石頭に視線をやった。

 先程マティアスから、コーティに内通の疑いをかけていることを報告された。だから彼女に状況の一切を知らせず、部屋に返したのだと。


 ……まあ、ルイスも何も言い返せなかった。自分と彼女の隠し事が必要以上の誤解を持たせる結果になってしまったのは想定外で、けれどだからと言ってマティアスに知らせることもできないから。

 ルイスには分かる。多分、コーティは傷ついただろう。表面上何でもない風を取り繕って、彼女は無表情の仮面の下でしょげているに違いない。明日また、二人きりでちゃんと話をしたかった。


 特徴的な符丁のノックに、意識が引き戻される。顔だけ上げた先、マティアスが剣の柄に手をやり、扉越しに誰何(すいか)の声をかけていた。

 どうやら部屋の外を警戒する近衛だったらしい。賊を捕らえた報告だろうか。騎士がマティアスに何事か耳打ちをする。


「……そうか。少し待て」


 近衛隊長がルイスの前へ。


「どうした?」

「予定地点で≪鱗の会≫と接触。無力化に成功と報告が」

「お、それはよかった。こちらに被害は?」


 起き上がったルイスは、話の内容とは裏腹に優れないマティアスの顔を見た。


「それが、想定外の状況です。()の部隊が消滅し、≪影法師(シルエット)≫にも被害が及んだと」

「……消滅? どういうことだ」


 なんだそれは。要領を得ない内容に、ルイスは立ち上がって襟元を整える。なぜだろう、マティアスの表情が少し焦っているように見えた。


「状況が混乱しているようです。私の方で状況を確認してみます」

「頼む」

「ルイス殿下はここからお出にならず。すぐに戻ります。そこの者には引き続き警戒させておきますので、何かあったらすぐお声がけを」

「……」


 マティアスは一つ頷き、足早に外へ。開いた扉の隙間からは廊下の騎士の姿が見え、警戒を厳にとマティアスの指示が聞こえていた。


「あいつ、おっちょこちょいだな」


 一人、部屋に取り残されたルイスは苦笑する。これでは部屋の中の護衛がいなくなってしまうじゃないか。ま、すぐそこに近衛がうようよいるので問題ないと判断したのか。

 実際、≪鱗の会≫の脅威は去ったらしい。念のため朝方までここにいれば、作戦も終了だ。


「よっ。ほっ。とっ」


 ベッドに飛び込んで、衣装がぐちゃぐちゃになるのも構わずゴロゴロ転がる。彼はベッドの端で隣のチェストの引き出しに手をかけた。


「……ったく。やっぱり俺、本格的に護身術くらい覚えた方がいいかもなあ」


     *


 微かな物音に目を開けた。


「……」


 相も変わらず雨音が響く寝室、照明はマティアスが出て行った後に消してしまったから、妙に薄暗い。闇の中、目線を上げたまま耳を澄ます。

 かちゃり、かちゃりと小さな音。例えるならそう、ドアの鍵を開けるような……。


「……マジか」


 体を起こし、周囲を探る。壁掛け時計はマティアスが出て行ってからそれほど時間が経っていないことを示しているが、そんなことはどうでもいい。ついでに護衛の姿も相変わらずない。


 マティアスが帰ってきたのか、なんて楽観視はしなかった。ノックもせずに鍵を開けるなんて無作法を、彼らがするはずもないのだ。


 どうやら、自分は前回の襲撃から何も学んでいなかったらしい。

 外からは呼びかけもなければ、戦闘音もなかった。寝ていて聞いていなかった、そんな話なんてありはしない。こちとら目はつむっていても、ずっと起きていたのだ。

 部屋の外の警護が音もなく無力化された、そんなことがあるだろうか? いずれにせよ、悠長に考えている場合ではなかった。


「何者だ!」


 大きく息を吸って、誰何の声を上げながら。先程引き出しから取り出した冷たい金属の感触を確かめる。護身用の武器は二種類。片方はベルトに挟み込み、もう片方のダガーは右手に握る。

 ルイスは部屋へ忍び込もうとする殺気を迎え討とうと、ベッドから起き上がった。


     *


 雨避けの外套にパチパチと水がはぜる音。


「うう……。ほんとにやるの?」


 西棟の通用口の影から、右を見て、左を見て。ライラの目の前に広がるのは、王城の庭園。いつもは気にせず歩くその場所も、今夜ばかりは茫漠(ぼうばく)たる芝の海だ。

 魔導街灯の灯りもけぶる、深夜の入り口。大きく深呼吸して雨の匂いを吸い込みながら、ライラは呟いた。


「誰もいないけど……、誰かいるんだよね……」


 見上げた本城は未だに再建中で、今夜に限ればまるで幽霊屋敷のように見える。あちこちに突き立つ柱が、まるで天に向かって助けを求める手に見えて、ごくりと生唾を飲みこんだ。

 雨脚こそ少し弱まりはじめたものの、ライラはもうずぶ濡れだ。泣きっ面に蜂とは、まさにこのことだった。


 けれど、怯んでいる暇はない。今この時にも、王子に刺客の手が迫っているかもしれないのだ。お腹一杯に空気を取り込み、邪魔な雨避けの外套を脱ぎ捨てる。コーティについていくと決めた時から、後戻りなんてできやしないと分かっているのだ。


「……気合入れろ、ライラっ!」


 向かうは本城を挟んだ反対側。東棟の四階、ロザリーヌの居室。西棟から東棟へ、城の敷地を横切ることになる。


「今度何かおごってもらうからね、コーティ!」


 隣にいない同僚への恨み言を合図に、新米使用人は夜の城を走り出した。

 掃除用具入れから持ち出した布巾を頭上に掲げて、大きく左右に振りながら。小道に入り、速度を上げる。

 制服が水を吸う。緊張で息が切れる。


「誰か、見ているんでしょう!? ねえ、誰か!」


 叫んでも返事はない。垣根に沿ってもつれる足を動かす。


「大変なんです! 殿下が危ないんです! 急いで、誰か、誰か!」


 わあわあ喚きながら、小さな噴水を左手に見ながら。もっと速く、とにかく速く。


 背筋がゾクゾクする理由は、夜の城で大声を上げる恥ずかしさが半分、そして実感の伴わない命の危険が半分。コーティの話を信じるなら、自分は内通者とやらに狙われていてもおかしくないのだ。まったく勘弁してほしかった。


 西支城と東支城の間に立ちふさがっている本城に到達、分かれ道を右へ。壁沿いにぐるりと回り込む。

 本当にこれで内通者への牽制になるのか、そもそも何か勘違いしていて、新米二人が騒いでいるだけじゃないのか。不安はまるで尽きない。コーティの策はいくらなんでも滅茶苦茶だ。


「お願い、騎士様! 誰か、誰か……!」


 それでも、駆ける。ひたすら、騒ぐ。


 城内に内通者がいる可能性が高い。だが、それが誰だか分からない以上は、騒ぐしかない。

 それがコーティの作戦だった。……作戦と言えるのかとライラが聞いたら、目線をそっと逸らされた。


 それでも、これだけ騒げば、誰かしらが庭を走る自分に気付くはずだ。


 騎士、使用人、貴族たち。夜であってもこの城には沢山の人間がいる。一人でも多くの人に異変を気付かせることが目的なのだから、これでいいらしい。

 もしかしたら、敵は姿を隠しているのかもしれない。下手をすれば、裏切り者が味方を装って声をかけてこないとも限られない状況でもある。それでも、少なくとも状況を知る者が多ければ多いほど、敵は動きを制限されるはず。

 コーティの言い分は分かるものの、ライラには疑問が尽きない。


 大体、殿下の居室の近くに騎士様がいなくたって、刺客が襲ってくるとは限らないじゃないか。すぐ下の階にも近衛騎士がいるんだから、その人たちにこっそり教えればいいじゃない。そんな問いにコーティは答えた。


 ――この建物の騎士が、何か言い含められている可能性だってあります。もしも裏切り者がいるのだとしたら、その時点で私たちは口封じされておしまいです。


 廊下に続く扉を薄く開けて、外を覗いたコーティは落ち着いた表情で笑っていた。


 ――すみません。本当なら私も一緒に騒ぐべきなのですが……。今すぐ行かなければ取り返しのつかないことになる、そんな予感がするんです。……経験上、こういうのは当たるんで。


 ライラから視線を外した瞬間、コーティは雰囲気を変えた。

 侍女服の裾に左手を差し込み、彼女が取り出したナイフ。前は戦闘員、だったっけ? 今なら信じられる気がする。コーティの目に宿った剥き出しの敵意を見て、ライラも覚悟を決めた。

 仕方ない、もし勘違いならコーティを巻き添えにして怒られよう、そうしよう。


「……誰か、誰かっ!」


 本城の角を回り込み、一気に開けた視界に東支城が映る。

 ねえ、本当に誰か見ているの? 私たちの早とちりだったら、こんなに恥ずかしいこと……。迷いを振り払い、もう一度声を上げようと息を吸った瞬間。


 いきなり天地がひっくり返った。

 驚きのあまり声は出なかった。芝の上にうつ伏せに倒れこんだ後、間髪入れずに背中に重い衝撃。肺の中の空気を全て持っていかれ、ぐえっと潰れたカエルのように呻いた。


「貴様、何の真似だ!」


 殺気だった声がうなじにかかり、ゾッと鳥肌が立つ。倒れたこんだまま、肺の痛みに視界が揺らめく。首のすぐ脇にひやりとした感触。鼻腔に芝の青臭さが広がり、えずき、けれどぐっと首元を押さえつけられて、息、息が苦しい。


「抵抗は無駄だ、投降しろ!」


 え、何、何なの、と痛みと混乱で泣きべそをかきつつ、ライラは最後の気力で叫んだ。


「助けてっ! マ、マティアス様、ロザリーヌ様っ! 誰か、誰かッ! げほっ、ごほっ!」

「騒ぐな、大人しく……」

「警備に穴が……、げほっ、西棟の南側、使用人階段……」

「……!」


 ゲホゲホ咳込みながらも、ライラは自分を押さえつけていた手がピクリと震えるのを感じとった。

 あれ、この人もしかして驚いている? まさか通じたのだろうか。今のつたない、滅茶苦茶な叫び声で。マズい、だったらこの人、天才か内通者かのどっちかだ。


 けれど、どうやら背中の男はそのどちらでもないようで。先程とはうって変わった落ち着いた声が、背中から降ってきた。


「……どういうことだ。君は?」

「わあああ! 離せ、変態、触るな!」

「落ち着きたまえ!」


 首元の拘束が外れた途端、耐えていた涙腺が一気に決壊した。ぜえぜえ喘ぎつつ、ライラは涙目で揺らぐ視界のまま謎の男を睨みつけてから、一拍置いて目を丸くした。はずみで出かけた涙が引っ込んだ。


「……あれ?」

「私がマティアスだ。それより今、何を言いかけた」

「はえ」


 戦闘用の騎士鎧こそ身に着けていないものの、彼の片手にはロングソードが握られていた。マティアス、マティアスと名前が頭の中でぐるぐる回り、探していた人の顔をポカンと見つめ返した。


「その顔、ライラ・バッフェと言ったか?」

「な、なんであたしの名前を……」

「殿下に近づく者の身辺調査くらいする。コーティ君と同室だな?」

「隊長」


 横からかけられた押し殺された声に、ライラは慌てて周囲を見渡してようやく気付く。いつの間にか自分は数人の騎士に囲まれていた。いずれの騎士も雨に鎧を鈍く光らせ、油断なく周囲を警戒していて……。

 そうだ、呆けている場合じゃない。何のためにこんな思いをしていると思っているんだ。


「マ、マティアス様、裏切ってませんよね!? ……あっ!」

「おい貴様!」

「待て」


 慌てすぎて殿上人にとんでもない質問をしてしまった。近くの騎士がいきり立ち、けれどマティアスが手を上げてそれを抑えた。ライラは混乱してるのだ、分かってくれ偉い人。


「ルイス殿下が大変なんです! すぐに西棟に……」

「心配は無用だ。西棟には戦時体制に準じた警備を……」


 この期に及んで腑抜けたことを言う近衛隊長に腹が立ったのだろう。壮年の騎士に縋りついて、精いっぱいの本気で睨みつけて、ライラは上ずる声を必死に押し殺す。


「内通者がいるんです。多分、今のあたしたちを見てる!」


 騎士の動きが止まった。


「……どうしてそれを」

「今、コーティが、あたしの友達が止めに行ってます。西棟五階、ルイス殿下の寝室。だからお願い、すぐに助けて……」


 マティアスが固まったのは一瞬だった。その目に剣呑な光が宿ったかと思えば、先程までとは一転した低い声を上げる。


「……総員、警戒態勢!」


 瞬間、ライラを囲む騎士が武器を持ち上げた。各々が銃を構え、剣を抜き。ライラとマティアスを囲むように、保護対象の護衛の陣形を整える。


「ライラ君、状況を詳しく教えてもらえるか?」

「は、はい。南階段だけ誰もいなくて、五階の廊下にもいなくて……。コーティが、ロザリーヌ様かマティアス様に知らせないとって……」


 ライラの蜂蜜色の瞳が、鋭い騎士の目に映っていた。この人もコーティと同じ、戦士だ。目の色を変えた彼に、ライラはそう直感する。


「マティアス隊長。どうされますか」

「すぐに救援に向かう。オレット、三人連れて行け、伝令は貴様に任せる」

「はっ!」

「他は即応体制を維持、可及的速やかに西棟五階へ向かう! いいか、裏切り者がこちらを見ているぞ、警戒を怠るな!」

「了解!」


 騎士たちのうち、三人が分かれて闇の中へ消える。ライラの手を引っ張り上げて立たせながら、マティアスは何とも言えない顔で使用人を見た。


「ライラ君。感謝する」

「お礼言ってる場合じゃないんです。コーティが戦ってるかも……!」

「分かっている。内通者が近くにいるのなら、君も下手に離れない方が安全だ、我々から離れずに」

「は、はい……!」


 どうやら、コーティの考えは正しかったみたいだ。西棟へと駆け出した騎士に続いて、ライラももう一度、濡れた草を蹴立てて走り出す。

 やっぱりだ。この城で、戦争が終わった今も、何かが起きているんだ。


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