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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第三章 三年前の亡霊
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雨音、外套を突き抜けて その6


 合図を待ち、一斉射。それが≪白猫≫を守るため、隠密たちに与えられた命令だった。


 魔導銃を手に周囲の建物に身を隠していた≪影法師(シルエット)≫たち。少女が狂信者の一人と建物内に入ってしばらく。外を警戒する白ローブたちから見つからないよう身を隠していた彼らは、微動だにせず、銃口を建物に向けていた。


 元々隠れ潜むことを得意とする人間たちの集まりだ。多少待つことくらい造作もない。状況によっては、数日以上監視する任務もざらにある。少女が情報を引き出す時間程度、集中力を切らさないようにすることなど造作もなかった。


 ≪影法師(シルエット)≫の中でも一番の若手の彼もまた、この夜駆り出された一人であった。

 彼らの主であるロザリーヌは、力の使いどころを弁えている人間だ。これまでの数度の任務で、彼はそれは痛感している。今日の任務もまた、彼ら以外に適任者はいないという自負があった。


 敵の規模から考えれば、過剰戦力ともいえる三部隊同時展開。

 だが、護衛対象があの≪白猫≫であるとするなら、決してやりすぎなどというものはないのだと彼も同意できる。黒いローブを最大限に活用して向かいの建物の屋上に潜みながら、彼は銃把を握りしめた。

 雨の日は、光槍魔法が空気中の水分の影響を受けて命中精度が落ちる。実際に問題になるのは長距離狙撃が必要になる場合だけだが、そうは言っても外さないに越したことはない。銃も似たり寄ったりではあるものの、それでも質のいいものを選べばある程度は狙撃にだって耐えてくれる。近距離、雨天、建物で風が遮られる中。そんな状況を鑑みれば、ここでは魔導小銃の出番だった。


 しかし、と彼は照星越しの白ローブを睨みつけた。

 奴らはかなりイカれている。これまで捕らえた≪鱗の会≫の教徒たちを思い出し、かすかに顔をしかめた。まだ若いあの少女が、奴らの狂気にあてられなければいいのだが。

 彼らが見守る中、最初に入っていった女信者に続いて、もう一人が扉を開けた。ちゃんと剣を外しているから、こちらも交渉役だろうか。


「……?」


 ふと、雨を貫き何か聞こえたような気がして。

 彼は銃の照準器から目を外し、微かに首を曲げて隣の僚友と視線を合わせた。なんだ、と声のない会話を交わした直後。


 彼らは、雨音に混じって落ちてくる、ごうっという音を聞いた。

 明らかな異変。自分の耳鳴りを疑う愚は犯さず、彼は弾かれたように僚友と空を振り仰ぎ。


 天頂から光の束が落ちて来たのを、彼らは見た。


 直上からまっすぐに。≪白猫≫がいるはずの建物と、その建物の前で警戒を続ける≪鱗の会≫たち。守るべき命、奪うはずだった命。それら全てが彼らの眼前で、一緒くたになって飲み込まれた。


「なッ……!?」


 まるで魔導砲並みの出力の光、それが轟音と共に地面に叩きこまれる。彼らが身を隠す建物もまた、例外なくその余波を受けた。

 耳を劈く破砕音。身を潜めていた建物すらも余波で徐々に削られていくのを見て、彼は間髪入れずに叫んだ。


「退避ッ!」

「状況は!? 何だこれは!」

「分かるか! ケト嬢を探せッ!」


 隣でがなる僚友と共に屋根の反対側へ。まるで水を地面にこぼしたように、路地裏に光がぶちまけられていく。更にはその照射範囲が少しずつずれていくせいで、一人、また一人と白いローブが飲み込まれていく。衝撃で建物の一階部分が崩落したのだろう。急速に傾き始めた屋根を踏みしめて、彼は歯を食いしばった。

 人が魔法技術の力を借りて、ようやく追いつけるかどうかという圧倒的な力。それが、何もないはずの空から降ってきた。とにかく姿勢を下げながら、ちらと見た空。そのどこかから伸びる光が少しだけ向きを変えているように見えた。


「雷なんかじゃない、あれじゃまるで≪白猫≫の砲撃じゃないか……!」


     *


 天井が一瞬で消え去った。屋根裏へ続くはしごが塵に消えた。窓はガラスが割れるどころの騒ぎではなく、窓枠ごと消失し、木くずが飛び散る端から燃え尽きていく。

 直前、乱入者が窓の外に逃げた。それはちゃんと目で捉えていたものの、男を追う余裕なんてケトにはありはしない。


「な、なんだ!? ……ケトッ!」

「ぐっ……!」


 伸ばした両手の先には八重の魔法陣。必死に堪えながら、ケトは龍に問いかける。


「何!? 何なのこれ……!?」


 光が落ちてくる直前。いきなり龍がわめきたてたのは分かった。ただ一言、(防げ)と。

 何が何だか分からず、しかしケトの経験上、龍の言うことに間違いはないと分かっていたから。


 反射的に、少女が全力の魔防壁を頭上に展開した次の瞬間。空から光が落ちて来た。

 訳が分からず、しかし問いかけても龍はそれ以上何も言わず。しかし確かに、龍は全身の鱗を逆立てて上空を睨んでいる。ケトもとにかく同じ方向を見た。


 光、一面の光だ。

 かつて王都で魔導砲を受け止めたことがあったけれど、それと似ているようで似ていない。防壁にかかる負荷の移動を感じる。それはすなわち、射点が動いていると言うこと。


「ジェス! コンラッドさん!」


 コンラッドは、咄嗟に崩壊する屋根裏から飛び降りていた。勢いよくケトの防御魔法の傘に転がり込みつつ、流れるように女教徒を押さえ込む。ジェスはすかさずケトの前に出て、ロングソードを構えていた。

 光自体は防げても、どんどん上がって行く周囲の温度までは防げない。汗ばむ、と言うには熱すぎる空気の波に耐えながら、ケトはひたすら足を踏ん張った。


 やがてゆっくりと砲撃が収束の兆しを見せる。奔流から少しずつ勢いが抜け、だんだんと光の渦が残滓を残して細くなる。思い出したように陽炎が立ち上り始める中で、光が途切れたことを確認してから、ケトもまた防壁から意識を離した。


「大丈夫か、ケト!?」

「空、まだいるよ! ジェス、気を付けて!」

「っ、分かった……!」


 慌ててこちらを振り返ったジェスに鋭く告げる。

 耳元の龍は依然として唸り声をあげていたが、相変わらずケトにはその理由が分からない。昔と違い、ケト自身の感覚も追いついてきたはずなのに。最近こういうことも減ってきたから、随分と久しぶりの感覚だ。

 が、少なくともどこから撃ち放たれたものかくらいは分かる。


「そこか!?」

「待てケト!」


 駆け出して、右足に力を込める。ジャンプの要領で離陸すると、ジェスの切羽詰まった叫びが一気に遠のいた。


「撃ってきたのは……!」


 町の外へ向かう存在を、微かに感じ取る。

 目標は移動中、一瞬で随分と距離を取られた。上空から砲撃し、射撃後にすぐ移動したと考えるのが自然か。ガーゴイルをはじめとした翼を持つ魔物はケトも知っているけれど、王都で見ることなどまずないはずなのに。

 感覚を頼りに右手をかざす。左手で手首を掴んで補助し、狙いを定めて。下からコンラッドの声が響いた。


「ケト嬢! 撃つな!」

「……分かってる。退いたみたい」


 どれほど集中したところで、どれほど収束させたところで。この距離で、夜に、雨の中移動している相手には当たらない。

 そしてその正体も掴めない。誰か分からない敵に対して攻撃するほど、ケトだって馬鹿じゃないのだ。


「あれは、何?」


 問いかけたところで、相変わらず答えてくれない龍。けれどその感情は確かに感じ取って、その怒りの向け先を辿ってみれば、何かが街の上空から南側へ抜けたことまでは掴むことができた。


「……!」


 雨混じりの風が少女の体に吹き付ける。雨の夜に飛んだのは初めてだったが、これ程飛びづらいなんて思わなかった。煽られた体勢を立て直し、ケトは眼下を見渡した。

 こちらを心配そうに見上げるジェスと、女教徒を膝で押さえつけたままのコンラッド。二人は無事みたいだが、周囲の≪影法師(シルエット)≫はそうもいかなかったらしい。黒ローブを汚し、銃を空に向け、あるいは周囲を油断なく監視する横で、崩れた家屋の下敷きになった仲間を引っ張り出そうとする隠密の姿を見た。


 そして。


「連中、あんなにいたのに……」

「ここにいるのは得策じゃないな。ジェスくん、警戒を怠るな。まずは状況を把握し、この場を離れる」


 眼下の声が聞こえる。ジェスとコンラッドの言葉に余裕の色は欠片もなく、呆然と目を見開いたままの女教徒に至っては、何が起きたかすら理解していない様子だ。


「そんな……」


 建物の前を見つめ、ケトもまた声を震わせた。


 焼け焦げた地面、崩壊した建物の残骸。そこに広がるのは、まさしく瓦礫の山。

 そして、辛うじて残ったいくつかの人影を、ケトは見る。

 白かったはずのローブは、一つ残らず見る影もなく焦げていて。そして黒く変わり果てた者よりも、跡形もなく消え去った教徒の方がずっと多かった。


「こんなことを、平気でやるのか……」

「……ああ。口封じにしては、随分派手にやる連中だ」


 翼をはためかせて降下。注意深く地面に降り立ちながら、二人の声を聞く。何だか急に心細くなって、ケトは思わずジェスへと駆け寄った。


「ひどい……」

「ああ……。こんなの、人のすることじゃねえよ」


 寄り添う少年の声も、寒さではないなにかのせいで、微かに震えていた。


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