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侍女は少女に負けられないっ!  作者: 有坂加紙
第三章 三年前の亡霊
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毒舌家とご主人様 その5


 せっかく王都に来たのだから、普段できないことをしてみたい。

 ≪白猫≫などと呼ばれていようが、変な力を持っていようが、ケトだって十三歳の女の子。中々来れない都会に足を運んだからには、そう思うのも当然だ。


「という訳で、依頼を受けようと思います!」

「どうしてそうなった……」


 王都の冒険者ギルドの一角。ロビーの丸テーブルを囲む顔ぶれに向かって、ケトはそう宣言した。

 向かいのジェスは頭を抱えているけれど、椅子にもたれているコンラッドはどことなく楽しそうだ。


「ほら、流石にずうっと暇してるのもなあって思って。せめて宿代ぐらいは稼がなくちゃ」


 ケトが懐深くにしまい込んでいる革財布には、姉が持たせてくれたお金が入っている。とは言えいつまでもそれに甘え続けているつもりはなく、できることなら使った分くらいは稼いでおきたいのである。


「でも、ミヤはまだ≪木札≫じゃんか。受けられる依頼なんて限られてるだろ」

「うっ……」


 見事に言葉に詰まったケトを見て、コンラッドはどこか不思議そうだ。


「そう言えば、ミヤ嬢はまだ冒険者の昇級試験を受けないのか?」

「……受けたし」


 ぼそっと呟いたケトの隣で、ジェスがニヤニヤしている。むう、と膨れたケトを見て、コンラッドが机の上に置かれたギルドカードを取り上げた。


 その木の板には「ミヤ」という偽名が記されている。これはケトが元々持っていたものではなく、王都に赴くにあたって姉が用意してくれた偽装ギルドカードである。

 偽装、と言っても本物と何ら手順を変えずに作ったものだから、これ以上精巧な偽物もない。コンラッドに手渡したそれを見つめて、ケトはため息を吐いた。


「シアおねえちゃん、わたしにだけ試験の内容変えてくるんだもん」

「試験?」

「魔法と空飛ぶの禁止で、衛兵さんの詰め所に置いてある旗をギルドまで運ぶこと。……衛兵さんあれだけいるのに、持って来れるはずないじゃん」


 その時のことを思い出したケトはげんなりして、机に突っ伏してしまった。その肩をジェスが人差し指でつつく。なんだよもう、噛みついてやろうか。


「この間正面から守衛所に突っ込んで、見事に取り押さえられてたもんな」

「入ったとたんに、エドウィンさんにいきなり『確保ー!』って言われてびっくりした。あれ絶対シアおねえちゃん根回ししてるよ。さすがあくどい」


 コンラッドが一拍置いて笑みをこぼす。


「……それはなんとも、あの方らしい」

「ジェスはもう二回も試験に合格したのに……」

「まあ俺は普通の試験だったし。普段からあれだけみっちり仕込まれてるんだから、それくらいいいじゃないか」


 そう言って少年は笑った。

 彼のカードは≪錫札≫。中堅の入り口と言ってもいいその札は、十五歳という年齢からすればかなり早いと言っていい。ケトの実力についていくため、彼が大人たちの元で常日頃から猛特訓している成果である。

 そんなジェスは遠くの掲示板を眺めて言った。


「王都だと、≪木札≫で受けられる依頼って何があるんだろうな」

「んー。……薬草取りと、街のお掃除と、あと……買い出しとかあるね」


 ちょっとだけ目を細めてケトは言う。少女の視力なら、遠くの壁に貼られた依頼書の文字を読み取ることなんか造作もない。

 まあ中身が分かったところで、ぶつくさ言うしかないのだが。少女はレモネードのカップを手に取った。


「ブランカと変わんないや。薬草取りでも受けようかな……」

「だけどさ、ミヤが動くと護衛でついてくる≪影法師≫の人たちも巻き込まれるんじゃないか?」

「え? あっ……」


 ケトは思わず≪影法師≫の方を見た。

 表向き行動を共にするのはコンラッド一人だが、この建物内にはそれとなく変装した隠密が何人もいる。迂闊にケトが動こうものなら、彼らがゾロゾロとついてくる羽目になるのだ。

 一泊分の宿代になるかどうかの金額のために、この国最高峰の隠密があたふたするのは本末転倒である。そこまで理解したケトは、もう一度机の上に伸びてしまった。


「うーん、ダメです。わたし諦めます」

「そうしてくれると助かるよ。ま、どこか行きたいところがあれば、先に教えてくれたら我々も対応するさ」


 コンラッドの声を聞きながら、少女はふと思った。

 姉も、自分が王女にされていた頃は、毎日窮屈でしょうがなかったと言っていたっけ。もしかしたら貴族の人って毎日こんな気分なのだろうか。だとしたら偉い人も大変だ、ケトには一生できそうにない。

 と、そんな彼らに掛けられる声があった。


「どうしたんですか? ミヤさん、ため息なんか吐いちゃって」

「あ、オーリカさん」

「ういっす」


 まるで日向ぼっこをする猫のように机の上に伸びた少女は、目線だけ持ち上げて声の方を見た。

 後ろから近づいてきたのは、白と紺の制服姿。冒険者ギルドの職員を象徴する服である。机に頬をつけたまま見上げれば、職員さんがにっこり笑って、ケトの隣で立っていた。


「はい。ミヤさんにお手紙届いてますよ」

「ありがと。……流石だ、こういう時はほんとに早い」

「なんか宛先の違う手紙を何通も送ってきましたね、お姉さん」


 王都のギルド職員オーリカ。彼女はケトの姉の文通友達で、よく手紙のやり取りをしているらしい。

 今回の王都滞在には、オーリカの力を借りている。偽装名義での王都滞在に、宿泊先の手配。意外と目の前の女性の人脈がものを言っていたりするのである。


 オーリカから手渡された手紙には、鈴を模った封蝋がついていた。姉のお下がりのダガーを取り出して、ケトは手紙をそっと開けた。


「コンラッドさんも、こちらをどうぞ」

「ありがとう。いつもすまないな」

「いいえ、お手紙来るのが楽しみな気持ちは、分かりますから」


 そういうオーリカも、彼女自身に宛てられたのだろう、一通の封筒をひらひらと振ってみせた。

 ケトの姉はかなりの筆まめだ。特に今は妹が王都にいるからだろうか、大事な話から他愛ないおしゃべりまで、あちこちに手紙を出しているようだった。


「いいですよねえ、おそろいの印」


 そう言って彼女が示したのは、手紙に付けられた鈴を模った封蝋。

 実を言うと、この印は色々なところで見かけたりする。例えばジェスの服の胸元についている刺繍とか、身に着けてまではいなくともコンラッドも持っているとかなんとか。

 コンラッドは手紙をすぐには開けず、蜜蝋を指で弄って口を綻ばせていた。


「≪白鈴(はくれい)≫……。あの方もよく考えつくものだよ。表向きは冒険者パーティ、蓋を開ければなんとやらってやつか」

「人多すぎだろ、あれ」

「誰も放っておかない。それが、ミヤ嬢とあの方の魅力だろう?」

「やめて……。本人の前で言わないで……」


 ≪白鈴(はくれい)≫と名付けられた、冒険者集団。鈴の封蝋はその証である。

 一応、冒険者のパーティとして登録もされている団体ではあるが、その実、ケトに危害が及ばないよう見守る集団。設立当初は「ケトちゃん護衛隊」とかいうふざけた名前だったのは秘密だ。


 かつての戦争の際、敵と味方を識別するために冒険者たちが白い猫のワッペンをつけていたのが始まりだ。戦後、白い猫がケト・ハウゼンの代名詞として定着してしまったため、代わりに用意されたのが鈴の意匠である。だから彼らは大抵、持ち物のどこかに≪白鈴≫の徽章をつけている。


 彼らは普段、何もしない。なんなら冒険者パーティとして集団で依頼を受けることもほとんどないし、長に至っては冒険者ですらない訳で。

 けれどひとたび何かが起これば、長である看板娘が発する号令の元、彼らは一気に動き出す。


 コンラッドは手紙の封蝋を見ながら、「……そういえば、なんで鈴なんだ?」と、疑問を口にした。


「猫がなんかやらかした時に、首につけた鈴がチリンチリン鳴るからだろ」

「うがー」


 ケトは唸ってベーと舌を出してみせたものの、ジェスは全く気にせずに続ける。


「≪白鈴≫には冒険者だけじゃなく、コンラッドさんみたいな隠密もいる。いざとなったら国に知らせることもできるって名目の集団ってことはコンラッドさんだって知ってるだろ?」

「ああ。表向きそれくらいの監視がなければ、国としてもミヤ嬢の自由は認められない。終戦後、ミヤ嬢のお姉さんと嫌ってほど交渉したからな」


 一瞬苦労人の顔を見せたコンラッドは、何かに気付いたみたいだった。


「なんだ? つまりこの子が何かやらかしたら、我々が鳴ることで事態を知らせるということか」

「その通り。ま、その俺たちが≪白猫≫に近すぎるんだけどな!」


 何故か得意げなジェスと、合点がいったとでも言いたげな顔つきのコンラッド。二人は目を見合わせてから、揃って笑い出した。


「何がそんなに面白いのさ、鳴らされる身にもなってよ……」


 ケトは抱えたレモネードのカップの上から目だけをだして、二人をジロッと睨んだ。


 固い話をするならば。終戦と同時に立場が固まった≪傾国≫の廃王女エルシアに対して、≪白猫≫ケト・ハウゼンは全てをあやふやにしたまま。行方不明になった彼女の処遇が決まっていなかったことに、国が危機感を覚えた結果だった。

 人知を超えた少女への監視要請に対し、廃王女が提案したのがこれだ。あれこれ交渉した挙句、ようやく非公開約定への記載にまで漕ぎついた、言うなれば苦労の賜物だったりする。ちなみに国の文書ではこの件を「政治的封殺」と記載しているらしい。要は言い様、そういうことである。


「名前の変更を要請します!」

「なあミヤ、姉さんに憧れてるのは分かるけどさ、難しい言い方は似合わないぞ」

「うがー」


 どこぞのギルドに居ついている猫のように引っ掻いてやろうか。

 自棄になってレモネードを一気飲みしながら、≪白猫≫はなんとも張りのない声で吠えたのであった。


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